[71]浅見さんに見られちゃった
『――もう、早くしてよ。ディッピーったら、またこんなイカガワシイ場所に入り浸って出てこないの』
そう急かすのは浅見さんの使い魔、オカマキノコのダレスだった。
『早く連れ戻して! キノコは高貴で潔癖な存在なの! このままじゃ、キノコの名折れもいいところだわ!』
キノコが高貴で潔癖な存在とは初めて知った。キノコと聞いて思い浮かべるのは、薄暗くてジメジメしたところに沸くイメージなのだけど。
このオカマキノコが出現してから二週間ほど。最初は気持ち悪そうにしていた浅見さんだけど、ようやくその存在を受け入れたようで、ダレスを肩に乗せたままそれが指し示す雑居ビルの三階を眺めていた。
「連れ戻すってさー、まさか、あそこー?」
浅見さんの声が心なしか震えている。
「あの姫様? イカガワシイ場所って、何でしょう?」
アヤメがあどけない表情で尋ねるけれど、それをストレートに答えるのはちょっと憚られるそんなお店。ボクは言葉を濁すしかできなかった。
「うん……エッチなグッズを売るお店……」
「はあ? エッチなグッズ……ですか?」
ああっ、繰り返さないで!
『フッ。お嬢さん、エッチなグッズって言うのはな、アダル……』
「こらデュラン! それ以上言うな!」
アヤメに変なことを教えるなよ全く……。ボクはアヤメの使い魔、デュランの言葉を遮る。こいつもキノコだ。で、このイカガワシイ店に入り込んだ変態キノコ、ディッピーはボクにまとわり付いている何か。つまり、ボクに監督責任があるということらしい。
「というかデュラン! ディッピーの相棒だろ? デュランが迎えに行けばいいじゃないか!」
『フッ……そいつは無理な相談だぜ』
「何で!」
『あんな嬉し恥ずかしな店に入ってみろ? あまりの嬉しさに、俺だって抜け出せなくなるゼ……フッ』
「あああっ」
マトモなキノコはいないのか……いや、いるはずないか。ボクは周りを見渡す。
ここにいるのは浅見さんとアヤメ。学校帰りに参考書を買うっていうんで付き合っている。今日は、香純ちゃんはお店の手伝いの日、津島さんは琴のお稽古ということで一緒じゃない。
「し、仕方が無いなー、は、入ってみようかー? 美彌子っち……つ、付き合ってくれるよねー?」
「駄目! 浅見さん」
ドギマギしながら切り出す浅見さんをぴしゃりと退ける。彼女、入る気満々だ。
「だってー」
「駄目なものは駄目! ボクら白梅女学院の生徒だよ? 世間様から清楚で高潔なお嬢様学校って思われてる女子高の生徒だよ? その制服を着たまま、こんなお店に入る気!?」
「う、うーん……」
「通報されたら休学、下手したら退学だって! そうでなくても、隠し撮りなんてされたらシャレにならないし」
『早くしてよぉ。レディを待たせる気?』
「あああっ、ダレスは黙っていて!」
仕方が無い……ボクがどうにかするしかないか。ボクは路地裏に入り、人の目が無いことを確認してカバンからジャージを取り出す。今日は体育のある日で良かった。
「アヤメ、浅見さん。悪いけど見張ってて?」
「ちょっとー、美彌子っち……野外で生着替え!? まじすかー、大胆じゃん!」
「ひょっとして姫様、アレをやるのですか?」
「背に腹は代えられないよ」
「時間は大丈夫なのですか? この間、ほとんど使われてしまいましたよね?」
「ニ十分位なら何とか」
「なになにー!? 美彌子っちとアヤっち、なに話してるのー?」
着替え終わった白梅女学院指定のジャージ。脱ぎたての半袖セーラー服をアヤメに手渡す。ブラは外していないけど、今日のは伸縮性のあるハーフトップだからこのままで大丈夫だろう。
「浅見さん、悪いけど驚かないでね?」
「え?」
「x・i・n・n・i!」
ボクは男体化の呪文を唱えた。唱え終わると同時に光が襲いかかり、『果無美彌子』から男モードの『果無都』へと変身を完了していた。
サイズの合わないジャージはつんつるてんで、足首や手首はすっかり出ちゃっているけど、これは仕方が無い。よくよく見ないと胸の所にある白梅女学院のマークまでは分からないはずだ。パッと見、だらしの無い男子高校生で通用するはず。男女兼用のデザイン、ジャージは偉大だ。
「えええっ!? う、嘘!? 美彌子っち、どゆこと!」
男モードのボクを知らない浅見さんは、口をあんぐりと開け、目が飛び出さんかの勢いでこっちを見つめていた。きっと心底驚いているのだろう。そんな彼女に、ボクはこの能力のことを軽く説明することにした――念のため、こっちが本来の姿ってことは伏せた上で。
「うん……見ての通り、男の姿に変わることができるんだ」
「だってー、えー、そんな馬鹿なー!?」
「ずいぶん驚いているようだけど?」
「そりゃそうだよー」
「何で? 浅見さん、魔法少女でしょ? そうだ……考えてみれば、浅見さんだって魔法を使えば男に変身するなんて簡単なことじゃないの? なら、わざわざボクが……」
「無理無理! 男と女って魔法体系じゃ陰と陽という、全く逆の属性だよー!? 性転換魔法なんて、それこそ百年に一度の大魔法使いでもないと行使できないわよー」
そういうものなのか。話ついでで、ボクは前から気になっていたことを尋ねることにした。
「それじゃあ、津島さんでも無理とか? 性転換魔法」
「そりゃそうだよー」
「そうなんだ」
「いやー、びっくり。さすが魔法の国のお姫様……」
「いや、だから違うって」
「……あれ?」
「どしたの?」
急に僕の顔をまじまじと見つめる浅見さん。何か言いたげ。
「どこかで見たような……あーっ、思い出した! この間、深央の生徒手帳を拾ってくれた……」
「あはは。ようやく気が付いた?」
「そうだったんだー。いやぁ、親しげに話しかけてくるから、誰かと思ったわー。そっか、そっか、美彌子っちだったんだー」
憶えていてくれたのか。それは男モードでダチと街をほっつき歩いている時のこと。偶然、落ちていた津島さんの生徒手帳を見つけて彼女に届けようとしたんだ。
その時はえらく警戒されて、挙句の果てに逃げられちゃったんだけど!
納得してくれた浅見さんは、今度はごくりと唾を飲む。
「……それで……あの……ねえ、美彌子っちー?」
浅見さん、何かもじもじしながら聞いてきた。彼女の視線はボクの股間に向いている。
「やっぱり……そこも……そうなっている……の?」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきたような――そんな気がした。浅見さんの視線は相変わらず同じところを指し、プルプルと震えている。
「あああっ、じろじろ見ないで! それじゃあ行ってきます! 待っててよ?」
全く浅見さん、健全なティーンエイジャー過ぎる。こんなのに興味津々でどうするんだよ。




