[エピローグ]コスプレ衣装は普段着にクラスチェンジしていた
「さあ、このハートの女王に跪くのよ! そして称えなさい、この私の美貌を! おーっほっほっ!」
居間に入るとそこに、真っ赤なドレスに身を包んだ女王様がいた。片手を腰にもう片方の手を口元に添えて、仰け反らんばかりに胸を反らして高笑いという、いわゆる女王様ポーズのお手本を実演している。
「おおおっ、王妃殿下! お似合いですっ! バッチグーです! 若々しいです!」
足元に傅き、王女様に美辞麗句を並べ立てているのは儀礼用の真っ白な第一種礼装も凛々しい黒髪の近衛騎士。というかアヤメ。
「ねえ? 二人とも何やってるの?」
ボクに気付いた二人は、この奇妙な寸劇を見られたことを恥ずでも無く、ゆっくりとこっちに振り向いた。
「あ、おはようございます姫様!」
「ミヤコおはよー。どお? 似合うでしょ」
「母さん……どうしたの、そのドレス」
それは、この間のイベントでもらったシェルカちゃんのコスプレ衣装だった。
「あんたこのお洋服タンスに押し込んだまま着ようともしないじゃない。もったいないから借りてるのよ……あ、でもやっぱりまだ胸元は窮屈ね。ほら、二人ともそっち向いて!」
母上はドレスを脱ぎ捨てると、ミシンへと向かった。
「王妃殿下、お裁縫ができるなんてさすがです!」
「まあね。お繕いは得意よ! なにしろ、こっち来てから貧乏暮らしが長かったから」
「おおお、ハート・テナンシー王国の女王、御自ら繕い物を……長いこと御苦労されていたのですね。心中お察しいたします……うるうる」
そんなことを言いながら目尻を押さえるアヤメを引っ張り、ボクは訊いた。
「どういうこと、これ?」
「はい! 王妃殿下と遊んでいたのです! 乙女ゲーの姫君と親衛騎士の真似っこです!」
「……それ、近衛師団から支給された儀礼服じゃなかったっけ? 皺を付けたりすると怒られるんでしょ? いいの、こんな事に使っちゃって?」
「雰囲気を盛り上げるためです! といいますか王妃殿下の御用命ですので、部隊長の指示より優先なのです! トップ命令なのです!」
「はあ……」
「あ、姫様も一緒にやりましょう!!」
「止めて。というか、これから一緒に出かける約束でしょ?」
「ああっ、そうでした! 姫様と一緒に映画! 行きましょう!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
着替えを取り出そうと、クローゼットを開けると信じられない光景が広がっていた。
びっしりと生えた菌糸。中に掛けていた洋服は真っ白い菌糸に埋もれていた。クローゼットの中の小宇宙、腐海の森にボクは途方に暮れた。
やがてその奥に二つの物体が埋もれているのを見つけ、ボクは再び裏返った声を上げる。
「ディッピーにデュラン! 何でこんな所に!?」
それは忘れもしない、魔法少女の使い魔としてやってきた――そして、果無家の面々の胃袋に収まったとばかり思っていたキノコ達だった。干からびかけた二体はボクとアヤメに気が付くと、最後の力を振り絞るかのように胸へと飛び込み、しくしくと泣き始めた。
『怖かったキノコ……寂しかったキノコ……』
「食べられたんじゃなかったのかよ!?」
『あの悪魔の女王に追いかけられたキノコォォォ、包丁片手に襲ってきたキノコォォォ、必死に逃げたキノコォォォ、ずっとここに隠れていたキノコォォォ!!』
悪魔の女王って……母さんのこと?
『見つかったらキノコ汁にされるキノコォォォ……』
ボクとアヤメは安堵と悲嘆の入り混じった表情を見せあう。安堵の方は“この得体の知れない物体”を経口摂取せずに済んでいたと分かったから。
悲嘆の方は当然、“この得体の知れない物体”がボクらの目の前に再び現れてしまったから。これからずっと、こいつら付き纏ってくるのだろうという絶望に満ちた予感に打ちひしがれる。
「それにしてもやっぱり菌類なのですねぇ。閉じ籠っているとこんな風になっちゃうんですねぇ」
「何呑気なこと言ってるんだよアヤメ……この洋服、どうするんだ!?」
「全部クリーニングですね」
「あああっ、ボクの他所行きが全部……」
「衣装ケースの中に入れていたお洋服は?」
「運悪く丁度全部洗濯機に放り込んだところだよ……ああっ、間が悪い」
肩を落とすボクに、部屋へと入ってきた母さんが嬉々とした声をかけて来た。
「ふふっ。話は聞かせてもらったわ!」
『出たッッ!? 鬼BBAだキノコ! 逃げるキノコ!!』
「そのキノコ、ミヤコとアヤメちゃんのお友達だったのね? うふ」
『ギクッ……』
「そんなに緊張しないで、キノコさん達? 食べないから」
『ガクガクブルブル……』
「どうしたんだよ母さん、いきなり」
「安心しなさいミヤコ。こんな事もあろうかと準備していたから」
「え?」
「じゃじゃーん」
母さんは手にした服を広げて見せた。それはあの、高橋店長からもらった禍々しいピンク色の服だった。
「なぜ母さんが!?」
「だってー。ミヤコあんた捨てようとしてたじゃない? こんな綺麗なお洋服」
「……で、それをどうしろと?」
「サイズ直しておいたから。本来の状態に戻っている今の身体にピッタリのはずよ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いつも以上に通行人の視線が痛い。
この露出度が高くてど派手な洋服。スカートの裾とか肩の辺りとか、手で隠したくて仕方がないのだけど、さすがにそれはみっともなくて、できるだけ堂々と振る舞うよう意識しながら、雑踏の中をひたすら歩く。
「あら、果無さんに紫野さん」
聞き慣れた声に振り向くとそこに津島さん。さも当たり前といった感じで、浅見さんも一緒にいる。
「まあ、どうしたのそのお洋服? 素敵!」
「美彌子っち、すげーカワイイじゃん。やっぱりお姫様、何で似合うかなーこんな大胆な洋服」
ボクの姿に驚いた様子の津島さんと浅見さん。二人とも口元を手で押さえ、いかにもお淑やかなお嬢様といった感じで、その感情を示していた。
ボクの方はそんな二人のリアクションでさえ恥ずかしくて、誤魔化すように言葉を返した。
「あはは……で、お二人もおめかししてお出かけ?」
「まーねー」
というか津島さん、また例の青いワンピース。相当気に入ったようだ。お金持ちのご令嬢は一度着た服は二度と着ないものだとばかり思っていたけれど、そうでもないらしい。ちょっと庶民的で微笑ましい。
その津島さん、やっぱりどこか羨ましそうな視線でボクのことを見ている。そうは言っても彼女、これがまさか自分と同じ〈ミスティー・ムーン〉の洋服とは思いもしないだろう。高橋店長さんの表の顔と裏の顔を象徴する衣装がここに揃った訳だ。
ふと見渡すと遠巻きに見つめる老若男女。目立ち過ぎている? と、その時。見慣れた顔がもう一つ、こっちの方へ歩いてくるのが目に入った。
というかそれ、一番出会いたくない人だったのだけど。
「あら、五味先生。ごきげんよう」
「え? まあ、皆さん。お揃いでお出かけ?」
無視する訳にも行かないのでかけた声に反応する先生。イージーパンツに地味な色のブラウスというラフな出で立ちの先生は、眩しそうにこちらを見ている。
それにしても、こんなちょっとくたびれた感じの先生は、どこからどう見ても人畜無害にしか見えない。でも、ボクはその正体を知っている。
今もまさに、エロい視線でボクらのことを見ているに違いない。その眼がボクらの姿をあまさず脳内に記録しようするかのように、小刻みに動いている。
「……って、あれ? 果無さん――」
五味先生、不思議そうな表情に変わった。
「――そのお洋服。うーん、どこかで見覚えのあるような……あれぇ思い出せない。何だっけ……」
げ、まずい。この洋服のこと気付かれると絶対にヤバい。先生の注意を逸らすべく、ボクはよそ行きの声を投げかけた。
「どうかなさいました、先生?」
「あれー、私。デジャヴ? 津島さんと果無さんのお洋服、見たことあるような無いような……」
「そうですの? あら、もうこんな時間。映画始まってしまうわ。さ、行きましょうアヤメ」
「え? あ? はい姫様?」
「それではさよなら、皆様。また明日、学校で」
まだ納得いかなそうな顔でこちらを窺っている先生を残し、そそくさと逃げるような足取りでボクらはこの場を後にした。
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追伸。
良いものは良いと言うけれど。
その異常な性癖は別として、ミスティー・ムーン店長、高橋さんの技術は確かだった。このふざけたピンク色の洋服、身体にフィットするし着心地は良いし、縫製はしっかりしているし、デザイン以外はばっちりだということにボクは気が付いた。
気が付くと、何だかんだ言ってこの洋服を気に入ってしまったのは秘密だ。
皆さまお付き合い頂きありがとうございます。エピソード3完了です。
今回はこれまでとは趣向を少し変え、『女装男子』を題材にミヤコ君の週末をだらだらとお送りしました。お楽しみいただけたでしょうか? いわゆる日常系というのをやってみたのですが、日常系というのはストーリーで盛り上げようがなく、想像に反して難しいですね。スベっていたらスミマセン。
さて。次のエピソードはこれまたなろう定番テンプレの『婚約破棄(え?)』を題材に魔法少女達を無慈悲に引っかき回そうと思ってます――が、その前に。
本作品の番外編として『ランちゃんといっしょ! ~魔法で召喚★鋼鉄天使~』という作品の連載を開始しました。本編と独立させましたが実質的にエピソード4(いえ、時系列的にはエピソード5でしょうか)に相当します。申し訳ありません。しばらくの間、連載は番外編の方へ移りますので、ご興味ありましたらそちらを冷やかして頂ければ作者としては嬉しい限りです(どして別建て? の理由につきましては、活動報告に長々と書かせてもらっております)。
本編であるこちらもストックは若干ありますので、並行して週一くらいのペースで更新させて頂こうと考えております。ではでは。




