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[おまけの話]生徒手帳

「さあ姫様、そろそろ学校に行きましょう! 気分一新、新たな一週間の始まりです!」

「はあ……学校か。いろいろあったけど週末終わっちゃったな。あ、ちょっと待って」


 いつものように部屋まで呼びに来てくれたアヤメを前に、ボクは最後の身だしなみチェック。基本スボラなボクだけど、クラスの皆から“お姉様”だの“北欧の王女様”なんてヨイショされていると、さすがにヨレヨレダボダボじゃまずいよね、って思うようになってきていた。


 まるで精神汚染されたようで不愉快千万だけど。


「はい姫様、生徒手帳も忘れないで」

「ありがとう、アヤメ」


 ボクはアヤメから生徒手帳を受け取ると、何気なく開いてみた。――と、猛烈な違和感。


「ん? ――ええっ!? なんじゃこりゃぁ」

「どうされたのです、姫様? ――え、何で津島さんの写真!?」


 つられて覗き込んだアヤメの言葉通り、それは津島さんの生徒手帳だった。


(一体何で?)


 ボクは記憶をまた探る――まるでキツネにつままれた気分だったけど、唯一の心当たりへ行きつくのに、そう時間はかからなかった。


「そっか……津島さんが落とした生徒手帳を返す時、間違ってボクのを渡してしまったんだ……」

「おとといでしたっけ? そんなことがあったって仰ってましたね?」


 なんてポカをやらかしてしまったんだ。これじゃ津島さんと、どっこいどっこいじゃないか。そんなことを思いながら、このワインレッドの手帳をポケットに入れる。


「それにしても津島さん、週末の間ずっと不思議に思わなかったのかな? ひょっとして一度も中身を確認していないとか? いくらなんでも迂闊過ぎるだろう」


 自分の事は棚に上げ、そんなことを考えながらアヤメと共に自分の部屋を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ええっと……やあ、どうも津島さん、ご機嫌いかが?」

「あら、果無さん。お昼休みに来るなんて珍しいのね」


 津島さんは例によって白梅会の小部屋にいた。彼女、ここのヌシと化しているようだった。ここ以外に行く場所は無いのだろうか?


「あのさ、津島さん。生徒手帳、持ってる?」

「え? ――ええ、持ってるけど。突然どうしたの?」


 珍しく何のヒネリも無く受け答えする津島さん。いきなり生徒手帳だなんて、きっと彼女にとっても唐突だったのだろう。


 さて、どうやって切り出そう。津島さんの生徒手帳をボクが持っているなんて、どうやって説明したものか。かと言って本当の事を言えるはずも無い。一昨日のあれがボクだったなんて――ボクが本当は男である事は、当然のことながら津島さんにも教えていなかった。面倒臭いしフォローが厄介だし。


 と、その時だ。突然ボクに天啓が下った。マンガ的に表現すると、まるで雷が落ちて来たかのように。いつになく素直な彼女を見ているうち、ちょっとした悪戯心が降ってきたのだ。


 そう。ボクにはエンターテイナーの血が流れている。別に父さんや母さんがお笑いをやっていたとか、そういった意味では無い。たぶん、人のことをびっくりさせたり驚かせたいという潜在的な欲求が、ボクの深層心理に組み込まれているのだろう。


「ねえ津島さん。生徒手帳を出してみてくれる? あ、中は見ちゃダメ」

「何なの?」


 津島さんは素直にポケットから生徒手帳を取り出す。ポカンとした顔でボクの事を見ている。いつも凛としたすまし顔の彼女だけに、滅多に見せないこんな表情、ちょっと意外で可愛らしかった。


「実はね。ボクは魔法を使えるんだ」

「――は?」


 今度は津島さん、口を開けたまま。こんな呆けた表情の彼女、初めて見るかもしれない。


「当たり前でしょ? だって果無さん、魔法の国の王女様なのでしょ?」

「いえいえ、その噂、一体どこから流れているんですか?」

「それ以前に私達、魔法少女の仲間じゃない」


 うーん。魔法少女じゃないんだけどな。とても魔法少女っぽいコスチュームを着て、とても魔法少女っぽいことをやっている記憶が無いでもないけど、でもやっぱり魔法少女では無いと思うんだ。


「まあいいから、津島さん。その生徒手帳、机の上に置いて掌で押さえてくれる? 隠すような感じで」

「ええ。こう――かしら?」

「うん。ねえ津島さん、『観測問題』って知っている?」

「え? ――ええ、コペンハーゲン解釈ね。いわゆる『シュレーディンガーの猫』でしょ、観測者から隠ぺいされた対象物は、観測しなければそれは実在しないのと同じことなのよね。数式と確率だけが支配する世界」


 さすが津島さん。良く知っている。


「なら話が速い。これからシュレーディンガーの猫を呼び出します。津島さん、『子子子子子子子(ねこのここねこ)子子子子子子子(ししのここじし)』って唱えてみて?」

「どうして? 子子子子子子子子子子子子子子」


 津島さん、とっても素直。


「はい。今、津島さんの手と机の間にシュレーディンガーの猫がいます。猫のせいで今、その生徒手帳は、全校生徒の生徒手帳が混ざり合った状態です。あ、まだ開かないで。手を退けた瞬間、その生徒手帳が誰のかが決まります」

「えええっ!?」

「そんなにビビらないで。それじゃあね、ボクの事をじっと見つめて?」

「?」


 ボクは右手を津島さんの手の上に、左手を机の下に置いて両手の間でサンドイッチ。津島さんの柔らかい手。彼女の体温が、ほのかに掌へと伝わる。突然の事に津島さんの瞳が泳ぎボクの姿を映す。そのことを見定めてから、ボクは続けた。


「あ、たった今、津島さんの心に呼応して猫さんが生徒手帳を入れ替えました。開いてみて?」


 恐る恐る生徒手帳を開いて見せる津島さん。みるみるうちに、その表情が変わっていった。


「嘘!? 果無さんの写真。これ、果無さんの生徒手帳よ!」

「うん。今、心の中でボクの事を思っていたでしょ?」

「え、ええ。でも……どうして?」

「で、ボクのポケットにあるのが津島さんの。はい」

「え? え? 本当! どうして? 果無さん。どうやるの? 教えて!」


 大はしゃぎの津島さん。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――ねえ聞いて聞いて! 果無さん、魔法を使えるのよ!」


 逢う人逢う人、宣伝して回る津島さん。


 てか津島さん魔法少女でしょ? あんなちょっとしたトリックの何処がそんなに不思議なのだろう。津島さんだったらリアル魔法でちょちょいのちょいの気がするんだけど。それに詐欺とか変なセールスとかに気を付けてください。ちょろ過ぎます。


 今回の一件でボクはまた一つ、津島さんの不思議を見つけたような気がした。


 追伸。

 その後津島さん、正体をばらして歩いたかどとかで魔法少女OGのお偉方から、しこたま怒られたらしい。


はい、エピソード3もようやくエピローグを残すのみとなりました。以前よりお付き合い頂いている方、新たに読者となって頂いた方、そしてそして、嬉しい事に評価まで入れてくださった方、本当にありがとうございます。

さて。次の展開なのですが、エピソード4をすっ飛ばし(!?)番外編という形でエピソード5に相当する連載『ランちゃんといっしょ! ~魔法で召喚★鋼鉄天使~』を開始しました。ほぼタイトル通りのアホな内容ですが、ご興味ありました冷やかして頂ければ嬉しい限りです。

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