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[69]ミヤコ は もうひとつ の ふく を てにいれた

「おい何だよ果無! さっきの余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度は!? あんな美少女とさり気なく普通に会話しやがって。やっぱりテメー……」


 ダチはボクのことを小突きながら憎まれ口を叩く――奴はボクと津島さんを巡る事情を知らない訳だし、その気持ち分からないでもないけれど。まあ、とにかくそんなやり取りをしながら、ボクらは中央公園へと続く街道を歩いていた。


 今、歩いている辺りは旧市街のメインストリートということになるのだろうか。でも、再開発から取り残されたこの一角は、ビルは多いけど若者が歩く姿はあまり見かけない。遊べる商業施設はあらかた駅向こうの新興開発エリアへと移ってしまったからだ。


 学生っぽいのが居るとしたらボクらと同類。この辺りの雑居ビルにオタク系のショップが何軒か入っていて、彼らの目的はそう言ったお店だったりする。


 ところが今日は妙に女の人が多い。どうやらこの先にある中央公園が目的地らしい。そちらからは、時々風に乗って音楽やトークが聞こえてくる。何かイベントをやっているらしい。ボクらは気紛れにそっちの方へと向かうことにした。


 やっていたのは放映中の腐女子向けアニメのイベントだった。あちこちにそのアニメののぼりが立ち、城跡を利用した公園に常設されたステージでは、いわゆる“イケボ”と呼ばれる方々が摩訶不思議な衣装を纏い、トークやら寸劇みたいなことを繰り広げ、それに合わせ腐女子のお嬢様方がきゃあきゃあと黄色い声を上げていた。


 そう。ここはやたらと女性比率の高い空間だったりする。


「凄いところに来ちゃったね」

「まあ話の種にはいいかもしれねえな」

「でも、何でこんな地方都市であのアニメのイベントが?」

「確かこの辺りが舞台の一つだったはずだ。妹がそう言っていた」

「なるほどねー。それにしても異様な空間……」


 ヘッドセットを付けたイケメン声優が音楽に合わせ歌って踊る。オーディエンスの異様な盛り上がり。凄いなぁ。激しいなぁ。というか、こんなマニアックなイベントを白日堂々とやっていいのだろうか。もうちょっとこう、慎ましくやった方がいいんじゃないの?


 そんなボクの疑問に答えたのは、さっきからずっとスマホを弄っているダチだった。このイベントの情報を漁っているらしい。


「――なる、市の商工会が後援してたのか。だからこんな大掛かりにやってるって訳ね」

「ふぅん……ご当地アニメってことで、地域活性化に期待しているのかな?」

「だろうな。しかし上手く行くかねぇ?」

「難しいんじゃない? さあ、行こっか」


 これ以上、ここの空気に当てられると暗黒ホモ面に堕ちてしまいそうだ。ペットボトルのお茶で咽を清めながら、ボクはダチのスマホ画面を覗き込む、と――。


「ぶはあぁぁっ!?」

「何だよ果無、お茶噴き出すなよ汚ねぇなあ……」

「協賛『ミスティー・ムーン』って、あの高橋店長の店!?」


 ボクはキョロキョロと辺りを見回した。今、すぐそこに高橋店長が潜んでいるような気がして。


「そっか……コスプレ系サークルを持っているって言ってたし、公私混同でスポンサーやっているって訳? 何なんだ、あの人……」

「何ぶつぶつ言ってるんだ果無? ――ふむふむ。素人コスプレイベントなんてのもやるのか。ほら、見て見ろよ。登場人物なりきり企画『壁ドン大会』に『顎クイ大会』当日エントリー受付中……しかも男同士でだってさ。こりゃヒデェ……誰が企画したんだこんなの? いや、待てよ。このまま行くと阿鼻叫喚の地獄絵図が見られるかも知れないぞ?」


 愉しそうな表情のダチ。勘弁してくれ。


「ねえ、早く出ようよ……こんなところ、もう居たくない……」

「つまんねぇなぁ……でもまあ、男ばかり見ても確かにショッパイな。オネーチャンのコスプレはねえのかっと……おっ!?」


 不意にスマホをスクロールさせていたダチは固まった。どうしたのだろう?


「見ろよこれ! コスプレイベントの一般参加投票やるんだとよ。『どハマり賞』はあの声優さんのサイン入りCDに握手特典だってさ!?」


 サインと握手をしてくれるというその女性声優さんは確か、この作品のメインヒロインの声を当てていたはずだ。その関係でこのイベントに来ているのだろう。何しろここ地元出身の美人声優。ボクの周りにもファンが多かった。ダチもその一人だ。


 嫌な予感がしたボクは及び腰に後ずさる。


「ちょっと……まさか、勘弁してよ!?」

「行こうぜ!」

「本気!? この観衆を前に大恥を晒すことになるんだよ!」

「サイン入りCDに握手だぜ! このチャンス、逃すわけには行かねえだろ」


 ボクはダチに引きずられたまま、コスプレイベントの参加受け付けをしている運営のテントへと向かっていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――あー、すみません。『壁ドン大会・男性の部』は参加受け付け終了です」


 受付のお姉さんは申し訳なさそうにそう答えた。こんな恥ずかしいイベント、参加する野郎がいるのかよ? と思っていたがそうでもないらしい。サインと握手の訴求力はかなりのものみたい。


 まあ、でも良かった。このおぞましいイベントに参加しなくて済む。そう思った時だ。受付嬢がさり気ない口調で問いかける。


「もしよろしければ、こっちイベントに参加してみては? こちらにはまだ空きがありますよ?」


 無理無理。そんなのに参加する奴いるのかよ!? 『空きがある』じゃなくて『誰も参加していない』の間違いじゃないか?


 壁ドンはまだ分かる。男性キャラ同士で壁ドンする方される方。いわゆるホモカップリング。BL好き女子の妄想を、イケメンでも何でもないそこらへんの男が再現してみせる。死ぬほど恥ずかしいけど、精々が虚しい笑いを取るだけだ。プライドと引き換えにサインをゲットする心理も分からないでも無い。


 でも『顎クイ』だって!? そりゃ無理。野郎が野郎の顔に触って顔を近づけるんだよキス寸前まで? ホモプレイの更に上を行くホモプレイ。これって、まるで公開処刑じゃないか。


 それにしても、撒き餌をばら撒いておいて『おあずけ』した上で、こんなのに誘導するなんて酷いやり口だ。詐欺で良くある手法じゃないっけ、これ? まるで酷い罠を仕掛けてきやがる。当然、こんな手口に乗る奴なんていないだろう――。


 そう思いつつ、ダチの顔を覗き込んだ時だ。


「うーん……」


 おい!? ふざけるなよ、何で悩んでるんだよ。そんなにサインが欲しいのかよ!


「参加者が少ないですから、賞を取れる可能性は高いですよ?」


 受付のお姉さんがニコリと笑い、悪魔のささやきをかけてくる。おまけに意味ありげな視線をボクに投げかけて来た。


「あ……もう締め切り時間ですね。参加枠未達ということで、こちらのイベントは開催中止になっちゃいますね……ああ、勿体ない。せっかくのサイン入りCDに握手権をゲットできる機会なのに」

「……くっ!」


 おいこら悪質過ぎるだろ。ダチの心は見るからに揺れ動いている。何とか阻止しないと!


「冷静になって考えてよ! そんなことをしてみろ、一生の心の傷に……」

「今なら声優さんとツーショットの特典も付きますよ?」

「乗ったァァァーーーッ!」

「ええええっっ、な、何故だよ!?」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボク達はステージの上に立っていた。


 案の定、この狂気のイベントには高橋店長の息がかかっていたらしい。用意されたコスプレ衣装は、彼女のサークルが提供したものだということだ――何と念入りな。


 ダチの衣装は白いダブルのロングジャケット。赤と金のモールで縁取られ、やたら大きい襟が付いたそれは、ヒール役としてヒロインに辛辣な言葉を浴びせつつも、その裏では影に日向に彼女を支える役回りの登場人物。聖騎士をイメージした衣装なそうだ。

 ウィッグを付けたダチはその役に成り切ろうとしているのだろうか、それっぽいポーズを取るが滑稽でしか無い。


 ステージの下からは失笑と、向けられる無数のスマホのレンズ。当分の間、SNSではダチのこの情けない姿が行き交い、弄られることになるだろう。げに恐ろしきことかな。


 だけど――ダチが受けるダメージはその程度だ。ボクに降りかかった試練と比べれば、どうってこと無い。


(何故、こんな事になってしまったのだろう……)


 まだ混乱が収まらないボクは、さっきまでのことを思い返していた――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『そちら様の衣装はこのドレスです。あ、私がメイクを担当しますので』


 それはさっき、控室へと通されたボクにスタッフがかけた言葉。ボクの目は点になった。その時になってようやく、ボク達がとんでもない勘違いをしていたことに気が付いたのだ。


『ええっと、何で果無が女の衣装なんだ? これって「顎クイ大会・男性の部」だよな?』

『いえいえ。お二人が参加するのは「お嬢様抱っこ大会」ですが?』

『はあぁっ!?』

『ちょっと待て、男性キャラ同士でお姫様だっこするのかよ?』

『さすがにそれはキモ過ぎます。こちらの方には女性役となっていただきます』


 どういうこと? ちゃんと確認しろよ!! というか完全にハメられた――てか、お嬢様抱っこ!? 何だそれ。あり得ないだろマジで。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――そうなのだ。またしてもボクは女装していたのだ。


 超ド派手な肩出しドレス。光沢のある真っ赤っかが目に痛い。ひらひらフリルと巨大なリボンが歩く度に揺れ動く。

 ウィッグは縦ロール。合計4本。胸の辺りまである前2本が、大きく開いたドレスからのぞく肌を撫でる。


 壇上に足を踏み入れた瞬間、静まり返る会場。オーディエンスが息をのむ音さえ聞こえてきそうだ。


『さあーっ! 「お嬢様抱っこ大会」最後のエントリーっ!! おおおっ、これは美しい! ヒロインのライバル、首切り(ハート)の女王、シェルカちゃんに扮する殿方はこの方ッッ!! 金髪縦ロールも決まってるッッ! 凄いぞっ! 完全にメス堕ちだぁぁぁっ! さあっ、この悪役令嬢に甘い言葉をかけると共に、子爵の三男坊は優しくお姫様抱っこだあぁぁッッ!!』


 やたらハイテンションなナレーターの声に促されるかのように、ダチは恐る恐るボクの腰へと手を伸ばす。奴の顔は引きつっていた。


 この瞬間、ボクの理性がプツリと音を立てて消え去った。


『ぴしゃり』


 伸びてきたダチの手を、ボクは手の甲で勢いよくはたく。


「え?」


 シナリオには無かった演技に戸惑うダチ。


「馴れ馴れしく触らないで下さる? 私のことを誰だと思っているのかしら! この私を残虐王の一人娘、シェルカ・カーネルと知っての狼藉? 貴方など釣り合わなくってよ!」


 そう叫ぶ声は完全に裏返っていた。目をパチクリとさせるダチ。

 そのダチを睨めつけ、ボクは憎まれ役の王女に成り切っていた。ふと、小学校の演劇、シンデレラの意地悪な姉Aを演じた時の記憶が蘇る。電撃の様に身体中を奔る快感。目一杯、詰め物をした胸を張り虚勢を誇り、ボクは続けた。


「心の底ではあの乳臭い娘を想っている癖に! ああ、汚らわしい! 二度と私に近付かないでッ!!」


 ボクはそう言うとしゃがみ込み、両手で顔を覆い泣いた。肩が震えているのが自分でも分かる。そして涙を拭き、思わず差し伸べたダチの手を払いのけ、ドレスの裾を掴んだまま、マジ泣きで壇上を走り去っていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――その後、ボクがうっちゃったこの腐ったイベントがどうなったのかは知らない。ステージ裏でずっと泣いていたからだ。


 ステージ裏のボクをダチが見つけたのは、どの位後のことだろうか。

 やけに大きなトロフィーと紙袋を手にした奴は肩を落としていた。てか、受賞したのか……まじかよ。


 け恥ずかしさと自己嫌悪で、ボクは消え入りそうな声を奴にかけた。


「そっか――。じゃ、サインはゲットできたんだ? でも、どうしたの? 浮かない顔して」

「いや。無理だった」

「え? でもそのトロフィー。受賞したんじゃないの?」

「あはは……」

「え?」


 力無く笑うダチにボクは小首を傾げた。


「ああ、受賞したよ。ただし『どハマり賞』じゃなくて『最優秀賞』な!」

「え? え? 凄いじゃないか!?」

「だからサインも握手も無し!」

「……は?」


 心底悔しそうなダチに、ボクがかけられる言葉は一つしか無かった。


「で……最優秀賞の景品は何なの?」

「これだよ!」


 奴が震える手で差し出したのは、一枚のチケットだった。


「温泉旅館ペアご招待! ふざけるな男同士でしっぽり温泉だとぉーーーっ!」


 ボクらは運営局の悪意に打ち震えた。


「……それで、その紙袋は?」

「お前にだってよ。ほら」


 それを受け取ったボクは、中に入っているモノを知るや否や、思わず落としそうになった。

 そこにあったのはさっきの衣装、悪役令嬢シェルカちゃんのドレスだったからだ。


「どハマり以上のどハマりだってよ。あまりに洒落にならねえんで『どハマり賞』は無しだってよ。んで、その代わりと言っちゃなんだが記念にだってさ……良かったな、果無」

「あは……あははははは……」


 ――そしてダチは静かに言った。道を踏み外すなよ、と。


 追伸。

 風の噂だけど、このアニメの二期でシェルカお嬢様の設定が微妙に変えられたのは、半ば神話として語り継がれようになったこのハプニングが影響しているらしいと、人づてに聞いたことがある。それが本当のことか、確かめる術も無かったけれど。


★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと0時間47分。


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