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[68]津島お嬢様を探して

(津島さん、何だって生徒手帳なんて落としていくんだよ!)


 全く、どういうことなの? 彼女、その落ち着いた物腰とは正反対に、あり得ないほどにおっちょこちょいで、うっかりさんなのだ。


「おい、それって生徒手帳……げっ! ひょっとして、さっきの超絶美少女のか!?」


 ボクの手元を覗き込んだダチが声を上げる。


 まあ、プライベートで学生証を持ち歩いて悪いということは無い。免許証を持たないボク等にとって、それが身分証明になる訳だから。だけどこれは、白梅女学院の学生という一種のプレミア証明書でもある訳で、その取扱いについては慎重を期するよう、学校から何度も口を酸っぱくして言われていたはずだ。


 よりによってそんな大切なもの、何で落とすかな……ドジっ娘にも限度があるだろう、津島さん。


「仕方がない……追っかけよう」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「やべえよ、フラグが立ったよ。立っちまったよ! どうするよ! これがきっかけで彼女とお知り合い……お礼にお茶でもどうぞって、お屋敷にお招きなんかされたりしてよ! それともストーカー扱いされるかな? いやいや、ゲームじゃ出会いの悪印象が逆に彼女の心を惹いて恋愛に発展するなんて定番だもんな! 望みはあるぜ。そうだ、俺らの格好、まさかイケてねえとか? その辺りのカジュアルショップでもうちょっとマシな服に着替えてからにするか? 美容院予約すっか?」


 さっきからダチが煩い。


 にしても学生証を落とすって、どうやったらそんな難易度の高い技を決められるんだ?


 きっと着慣れないワンピースのポケットに入れて滑り落ちたか、手にしたポーチの口を閉じないまま振り回したか、きっとそんなところだろう。津島さんならどちらもあり得る。


 ところが、人生ままならないのはボク達の方も同じだった。


「参ったな……すれ違ったのはさっきのことなのに全然見つからないや。あんなに目立つ二人なのに……」


 人探しというのは本当に難しい。ドラマや映画では簡単に見つけられたりするけど、そんなの嘘だ。早くもボクは挫折気味となっていた。


 なにしろ学校では毎日のように顔を合わす間柄だ。何なら月曜日、しれっと渡してしまおうか? それとも後でメッセージでも送ろっか? どうせ明日はアヤメとそこら辺ほっつき歩くくらいしか予定が無いから、都合が付けば津島さんと何処かで落ちあってもいい――そんな弱気が頭をもたげる。


 それとも今頃、学生証を落としたことに気が付いて、顔面蒼白で探しまわっている頃だろうか。ちょっと可哀想な気もするけど自業自得。今後、こんなヤバい落し物をさせないためには丁度いい薬だ。


 だけど問題は――ここに居るダチの存在だ。


「畜生、見つからないぜ」

「あのさ?」

「何だ果無。『警察に届けよう』なんて後ろ向きなこと言うなよ! これは俺達に課せられた使命なんだ! 今、俺達がこうしている間にもあのカワイコちゃんが泣いているんだぜ? 美少女に涙は似合わない。だから俺達は諦める訳には行かないんだ! 男の意地を見せる時だ、頑張ろうぜ果無!」


 その言葉を意訳すると『美少女とお近付きになれるせっかくのチャンス、みすみす逃すわけないよな?』という下心に満ち溢れた主張、あるいは脅迫だ。『物は言いよう』なんていうけど、本当に便利な言葉。奴の心の奥底に潜むやましさに気付いていても、ボクはそれを否定する術を持っていない。


「ああ、でも――少し休もう。確かに彼女達も探しているだろうから、そのうちばったり会うって」

「そんな呑気なことで……」

「きっとお互いに行き違いになっているんだよ。少しタイミングをずらした方がいいって。ほら、そこの洋菓子屋で一服どう?」


 少し目立たない店構えのそこは、それでも食べ物サイトでもそこそこのポイントを稼いでいる隠れた名店。学校帰りに立ち寄る時間帯だと品切れも多いし、暇したオバちゃん達の会話が騒々しくて、入るとしたらこんな週末の昼下がり。幸いダチも甘党だ。


「でも……」

「いいじゃないか、もう疲れて歩けないよ」

「あ、ああ……果無がそう言うなら」


 男二人でスイーツ? キモい! ――そんな罵倒が聞こえてきそうだけど、好きなものは好きなのだ。男も女も関係ない。『チャリン』という鈴の音と共に、アンティーク風の扉を開けたボク等は店に入った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 脳細胞に糖分とカフェインも行き渡り、充電を完了したボクとダチはお会計を済ますべく席を立った時。


「えっ!?」


 ダチが洩らした驚嘆の声。そりゃそうだ――ショーケースの前にボクらの探していた二人、津島さんと浅見さんがいたのだから。


 何やら、どれを注文するのか悩んでいるご様子。あれ? 二人ともこの店はあまり通い慣れていないのかな。

 それだけじゃない。あの様子だと生徒手帳を落としたことにさえ気付いていないらしい。ちょっと迂闊過ぎるんじゃ……。


 ボクらは二人の背後に近付いた。ダチは浮足立っている。津島さんと浅見さんはあーでもない、こーでもないと小声で話し合っている。津島さん、どうでもいいことでは絶大な決断力を見せるけど、こういった日常のちょっとしたことでは優柔不断らしい。


 そんな二人を見ているうち、生徒手帳のことも忘れ、心の奥底からちょっとした悪戯心がムクムクと湧き上がってくるのをボクは抑えられなかった。


「――このお店はカーディナルシュニッテンとバウムクーヘンのセットがおススメかな? 紅茶には良く合うよ」

「!?」


 背中越しにかけられた声に二人はピクリと身体を震わせ、慌てたように振り向いた。


「この季節ならレアチーズケーキもいいかもね。このお店のはマーマレードがトッピングしてあって爽やかでおいしいよ?」


 ボクはお構いなしに続ける。津島さんは怯えたように浅見さんへとしがみ付き、浅見さんは胡散臭そうにボクのことを睥睨する。というか、そのリアクション激し過ぎない? 今にも悲鳴を上げられそうな勢いだ。やっぱり、ボクにはこう言ったことは不釣り合いなようだ。二人をからかうのも、そろそろ潮時。


 二人に対するチョッカイを諦め、ボクはポケットから生徒手帳を取り出し、軽くボウ・アンド・スクレープの真似事をしてからそれを津島さんに差し出した。


「これ、落としませんでしたか――お嬢様?」


 津島さんは浅見さんの肩に顔をうずめている。浅見さんの方はようやく事態を飲み込んできたみたいで、警戒の解けた視線をボクの持つ生徒手帳へと落とす。


「ちょっと、深央ー。まさか、あんた!?」


 津島さんは慌てた様子でポケットをまた探り、次にポーチに手を突っ込んだ。見る見るうちに顔面蒼白となり、その顔はやがて真っ赤に紅潮していく。

 そのまま彼女は恥ずかしそうに両手で顔を隠し、あろうことか走り去り店を出ていってしまった。


 想像以上に激しいリアクション。浅見さんを含めたボク達は、その様子を黙って見送るだけだった。


「あ、ちょ、深央、え、ちょっと、どうしたら!?」


 浅見さんは向こうとこっち、視線を行き来させる。津島さんを追っかけたいのだろう。だけど生徒手帳は相変わらずボクの手の中にある。


「ああっ、申し訳ありません! ありがとうございます、あの子ったらそそっかしくて人見知りで……私が預からせてもらいます、本当にすみません、もしよろしければ連絡先を……って、ああっ深央っ何処行っちゃうの!? ごめんなさい、お礼は後ほど……ちょっとーっ、深央ーっ!」


 彼女も生徒手帳を受け取ると、そのまま走り去ってしまった。


 取り残されたボク達は顔を見合わせる。超絶美少女とお近付きになれるまたとないチャンスを逃したダチは、泣き出しそうな顔でじっと佇んでいた。


★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと2時間59分。

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