[66]ボクには生き別れた妹がいるそうです(?)
「よう、果無! 久しぶり」
「ご無沙汰ー。元気してた?」
待ちに待った土曜日。男モード行使中のボクは以前の学校、市立第二高校時代の友人と遊びに出かけていた。
昨夜は酷い目にあったけど何故だろう、久方ぶりに会うダチの顔を見ているうち、そんなのは取るに足らない事のように思えてきた。やはり持つべきものは友人だ。
「それにしてもよ? 病欠の後に休学だなんて、心配してたんだぜ?」
ダチは笑顔を崩さないまま、ボクを取り巻く中々にヘヴィな状況をさらりと会話に織り交ぜてきた。奴がその事に触れてくることも想定内とはいえ、その事実はやはり心に痛い。
女の姿へと変えられたボクは、通う学校もそれまでの第二高校から白梅女学院へと変えられていた。それにしても同時に二つの学校へ入学していたって、そんなこと可能なのだろうか。そもそも戸籍や住民票はどうなっているのだろう? いろいろと疑問は尽きない。
現代日本でそんなアクロバティックな技が可能なことに驚くが、アヤメ曰く、王国の科学力を持ってすれば容易いことらしい。
無論、その科学技術力をどう応用しているのかという肝心の事については、一切合財謎のベールに包まれていて、全く意味不明なのだけれども。
ちなみに、本当は退学扱いとなるはずだった第二高校の籍も抜かずそのままにしてもらうよう、両親に頼み込んでいた。ま、アクロバティック序でって訳だ。だから今のボクは白梅女学院の生徒であると同時に、第二高校休学中という身の上だったりする。
このままだと第二高校の方は留年の公算大だけれども、男に戻る方法を見つけることができた時の保険として、他の選択肢は無いだろう。
「ああ、悪い。色々と家庭の事情があってさ」
ダチの質問に、ボクは用意してきた言葉で誤魔化した。この辺りのあれやこれやは、あまり話したくもない内容ではあるけど、せっかく心配してくれた友人の好意を無下にする訳にもいかない。
「そっか。まあ、そんでも拗らせて例えば女装趣味なんかに走って無くて良かったぜ。もし果無が女装してやってきたりしたら、他人のふりして全力で逃げていたところだ」
「あはは……そ、そんな馬鹿な」
なぜそういう話になる!?
思わず昨日のことがチラリと頭を過ってしまった。何で女装なんて話が出るんだよ。まさか昨日のアレ、見ていた訳じゃないだろうな? ――ボクはこの偶然の一致に恐怖した。
まあ、いいや。いずれにせよ、あれは封印だ。記憶の奥底に蓋をして、二度と出てこないようにしなければ。
そんなボクの苦悶を知ってか知らずか、ダチは再び話題を変えてきた。
「そういや果無?」
「ん、何?」
「お前、少し雰囲気変わったか?」
ちょっと待て……どういうことだ?
まさか、ちょっとオカマっぽくなっているとか!? まずい。もしそうなら、どこがどんな風に変わったか問い質して修正しないと。
「そう? えっと……そうかな? どんな風に?」
「うーん……うまく言えねえ。何というか、少し落ち着いたてきたというか……」
「あ……そう? そういうこと? あはは……嬉しいこと言ってくれるね」
ホッとしたのも束の間、ボクのことをジロジロと見つめるダチの表情が険しくなった。
「まさか……」
「ん?」
「果無てめえ、ひょっとして彼女ができたとか!」
「は?」
「まさか、そうなのか? お前一人でオトナへの階段を登っちまったとか!?」
「え? え?」
「許せねえぞ!? 『モテない者同士、惨めな高校生活だけど、それでも生き抜いていこうぜ』って誓い合った仲だろ!」
そう言うなり、奴は怨嗟の焔で焼き尽くしそうな勢いで睨みつけてきやがった。
「あはは……そ、そんな馬鹿な。彼女なんてできる訳無いじゃないか」
その勢いに圧されたボクの声は、少し戦慄いていた。
「……本当か?」
「本当だよ。もしそうなら、真っ先に報告して自慢するよ」
「……そっか。そうだな」
ああ、そうだよ。というか、僅かながらでも彼女ができてウフフできる可能性が残されているお前が羨ましいよ。
ボクは改めて自分の身に降りかかった不幸を噛みしめる。
今、こんな風にしている男の身体――本来の姿だって、時間制限付きの仮初の形でしか無いんだ。彼女なんかできる訳無いだろ?
少し昂った気持ちを落ち着かせるため、手にしたペットボトルのミルクティーを口に付ける。その時、誰かがボクの背中をそっと突いた。
最初、気のせいかと思った。その位に自己主張の無いボディタッチだった。三回目くらいのそれでようやく振り向いたボクは、盛大に口の中のミルクティーを吹きだした。
「あ、アヤメ!?」
そこにいたのは、きっと走ってきたのだろう、顔を少し上気させ、おずおずとボクを見上げるアヤメだった。
彼女はボクの吹きだしたミルクティーをギリギリ避け、ダチの視線からボクを盾に隠れるように突っ立っていた。
丈の短いサロペットパンツにダボダボのTシャツという、少々ラフな出で立ちで現れた彼女は、何処かもじもじとした様子だった。まるでボクの連れにその姿を見られるのが恥ずかしいかのように。二、三度、瞬きをした藍色と翠色のグラデーションのかかった瞳が、口を開かないままの言葉の代わりに、ボクに何かを訴える。
「アヤメ? 付いて来るなって言ったのに……え?」
彼女は無言のまま見慣れたスマートフォンを手渡す。それはボクのだった。そう言えば、家に置き忘れて来たんだ。昨日もそれで酷い目にあった。
「え? わざわざ届けに来てくれたの?」
こくりと頷くアヤメ。その表情は『ダメです姫様……。昨日もお忘れになって』と語っていた。
(ボクに渡すため、わざわざ探しに来てくれたんだ――)
彼女の親切に、ボクは申し訳ない気分でいっぱいだった。
「あ……はい。どうもご丁寧に……」
返す言葉も思わず丁寧語だったり。
と、ボクは無防備な背中をジリジリと焦がす視線を感じた。その気配が意味することを悟ったボクは、ギイィという効果音がしっくりくるであろうジェスチャーでダチの方へと振り返る。
「果無ィ……?」
「……ん? 何?」
「誰だよ、その女の子?」
そっか……。このシチュエーション、親しげな男女の仲と思われても仕方がないかも。一瞬の後にボクの頭の中は『どう誤魔化そう!?』というセンテンスで埋め尽くされた。
「ま、まさか……彼女とか!? 俺を騙していたのか果無!」
傍目も気にせず叫び出すダチ。ちょっちエキサイト気味? こりゃ、まずいかも。
「ち、違う! この娘は親戚……じゃない、ボクの妹!」
それは答えというよりむしろ釈明というよりむしろその場しのぎ。ほぼ条件反射で浮かんできた完全な出任せだった。
「……え?」
「そう! 妹だよ、妹!」
「……お前、一人っ子じゃなかったのか?」
「あ、え、えっと……あ、そうだ、生き別れになった双子の妹! だよな、アヤメ?」
あああっ、我ながらなんて唐突な、しかもどんだけ手垢にまみれた設定を口走ってしまったんだ。というか無理があり過ぎる。自分で言ってておかしくなりそう。アドリブが下手な自分に嫌悪感。
一方、ポカンとした様子のままのアヤメ。小首を傾げてじっと佇んで。どうリアクションしたらよいのか分からない様子で。
しかも明らかにボクの連れを警戒している。アヤメったら、けっこう人見知りなんだ。
(口裏を合わせてくれ、頼む!)
ボクは全身の力を込め、視線による圧力を彼女に浴びせる。ようやく気がついた彼女は、自信なさげに、消え入りそうな声を出した。
「ええっと姫様……じゃない、あー、えーと、お兄……ちゃん?」
(――お、お兄ちゃん!?)
全身に電撃が奔った。その単語は一人っ子のボクにとって、その言葉は想像を絶するほど破壊的な攻撃力を持つ、まさに魔法の言葉だった。
無意識のうちにアヤメの唇を見つめていたボクを、ダチの言葉が現実に引き戻す。
「……おい、果無?」
「はっ!? な、何だよ!」
「彼女じゃないんだな、本当に?」
「あ、ああ……」
しかし、表情を固くしたままのダチ。
「妹なんだな、本当に?」
「あ、ああ……そうさ」
「なら……」
「うん?」
「妹さんを紹介してくれーーーッッ!」
「駄目だーーーッッッ!!」
条件反射。全力の心の叫び! 何でそうなる。いや、どこと無くそんなことになりそうな予感はしていた。はっきり言ってアヤメは可愛い。ボクの彼女じゃないとなればそうなるだろう。全く、男というやつは始末に負えない。ケダモノだこいつら。見境が無い。五味先生の言っていたことは正しかった。
かと言って本当のことを話すわけにはいかない。一種のジレンマ。まるで死神と悪鬼の間を揺れ動くブランコ。そのブランコの中に囚われたまま、ボクは戦わなければならない。知力と死力の限りを尽くす時だ。だが、そのどちらも今のボクには足りない。ならば力技で押し通すのみ!
ダチは叫ぶ。
「何故だよ果無! いいだろー?」
「まかり間違ってみろ! お前の義兄弟ってか? そんなの無理! 駄目! お兄さんは認めません!」
「ケチ!」
「ケチで結構!!」
しかし奴はなかなか諦めなかった。
もちろんこっちだって一歩たりとも引く訳には行かない。これは男の戦いだ。睨みあうボクとダチ。
だがやがて、ボクの心の叫びが伝わったのだろうか。白旗を上げたのは、ダチの方だった。奴は穏やかに言った。
「分かったよ……果無」
「分かって……くれた?」
「ああ。俺にも妹がいる。その気持ち、分かるぜ。畜生、ついこの間までガキだと思っていたが、一丁前に色気づいてカレシなんて連れて来やがった。この虚しさ、何処にぶつければいいんだ!」
ここに、心底悔しそうな表情で唇をかみしめる一人の孤独な男がいた。同情? そんな余裕は今のボクには無かった。
かなり無理があったけど、とりあえず助かった――そんな想いでいっぱい。というか、これ以上アヤメをここに置いておくのは危険だ。
「ほら、アヤメ。帰った帰った。しっ、しっ」
くだらない二人のやり取りに置いて行かれ、その挙句、ぞんざいに扱われた可哀想なアヤメは。彼女は何を思ったのか、あっかんべえすると、小走りに去っていった。
――それにしても良い響きだった『お兄ちゃん』。家に帰ったらもう一度『お兄ちゃん』って呼んでもらおう。
★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと4時間54分。




