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[65]ミヤコ は きれい な ふく を てにいれた

 女の子の衣装。それもど派手で煽情的なやつ。それを身に纏ったボクはスタジオミラーの前に立たされていた。

 それは想像以上に……アレだった。何がどうアレなのかは……考えたくもない。


 しかも、このミニスカートの中にあるのは……白とブルーの縞……パンツ……駄目だよ!? まるで変態さんじゃないか!


 これで充分だろ? 満足しただろ?


 ボクはそう叫びたかった。だけど高橋店長と五味先生は、それでも許してくれないらしかった。


「あら。女の子が、こんなボサボサの髪じゃ駄目じゃない?」

「だめだだめだー! おんなのこがだめだぞー」


 ボクの髪の毛を弄び、流し目をくれる店長と、一升瓶片手に茶々を入れる先生。


「やっぱり若いわね。肌がキメ細かくて羨ましい……でもね? 女の子なんだもの。お化粧は必要よ」

「そうだそうだー! おんなのこがだめだぞー」


 すっかり心が砕け諦観ていかんしたボクは、二人の成すがままだった。


 せめてもの救いは……二人が納得するのに、そう時間はかからなかったということだ。


「やべえぇぇぇ、これ!? シャレになってねー」

「男の娘……というより、どこからどう見ても完全に美少女ね」


 ヘアアレンジとメイク。ご丁寧に可愛らしい髪飾りまで付けられたボクは、いろんなポーズで立たされ、座らされ、寝かされ――先生はヨダレを垂らしながら、スマホで必死に写真を撮っていた。


「キミ、今日から私のおもちゃー!」

「ねえ? お姉さんのサークルに入りなさい……きっと夏のイベントの話題は総取りよ!」


 そう言うと三月さんはガラス張りのケースからやたらごついカメラハッセルブラッドを取り出した。


「えー、今時フィルムのカメラなんて使ってるのー? 三月も好き者よねぇー」

「あら。世界で一番、女の子を綺麗に写せるのはこのフィルム、エクタクロームE100Gなのよ?」

「ボクは女の子じゃないでずー……うるうるうるうる」


 器用にフィルムブローニーをフィルムバックに詰めた三月店長は、再びボクにポーズを取らせると、無心になってシャッターを押し始めた。カメラのシャッターが切られる度に放たれる『バタコン』という音と、フラッシュがチャージされる『キュイーン』という音がスタジオに反響する。


 しかも今度は、明らかに縞パンツ狙いの超ローアングルで迫りくる店長。必死にスカートの裾を押さえようとするボクだったけど、『いいわよー、その恥じらいのポーズ。それが一番グッと来るのよ! 分かってるじゃない』なんて言われた日には、もうどうしようもない。


「キミ、さいこー! キミ、今日から私のおもちゃー!」


 ――繰り返される五味先生よっぱらいの声が、ボクの置かれた状況を代弁していた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……今日は楽しかったわ。また遊びに来てね?」

「キミ、さいこー! キミ、今日から私のおもちゃー!」

「ひっく、ひっく……うるうるうるうる」


 ようやく地下室から解放されたのは、それからどの位経ってからだろうか。店じまいを終えた薄暗い店内で、生き生きとした顔の女性二人と嗚咽を漏らす男の子。


「このお洋服はプレゼントよ。楽しかったお礼……きっとこのお洋服も、キミに出会えて良かったと言ってるわ」

「おおおっ、憧れのメイド・バイ・三月のワンオフがロハでっ!? キミ、ラッキーじゃん!」

「そうだ。キミの連絡先は? お名前を聞いて無かったわ――」

「ごめんなさいっ、さようならーッッッ!!」


 ボクはここに来るまで着ていたボクの服が入った紙袋を掴み取ると、脇目もふらず逃げ出した。こんなところ一秒たりとも居たくないし、正体を知られる訳にもいかない。


 拘束から解かれ、夜の街をひた走るボクの中を駆け巡る解放感。だけど、そんな安堵の心を締め付けるのは――。人もまばらになった夜中だけど、道行く人は皆、こちらをチラリチラリと見ている。この超目立つ服で女装し、走り続けるボクの姿を。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、姫様! おかえりなさい。帰りが遅くて心配したんですよ……って……え!?」


 玄関までドタバタと走ってきたアヤメは絶句したまま、目をまん丸にしていた。

 夜中だというのに彼女は外出用の服を着ていた。きっとボクの帰りがあまりに遅くて、探しに出かけるところだったのだろう。


 そんなアヤメの姿が愛おしくて、ボクの涙腺は遂に決壊した。


「うるうるうるうる……アヤメぇぇっ、こ、怖かったよぉぉぉっ!!」

「……え? ちょ、姫様!? どうされたのです、その格好?」


 ボクはアヤメに抱きつき、しゃくり上げた。


「アヤメぇぇぇ」

「姫様ぁ!?」


 アヤメの胸に顔をうずめたボクには、突然抱きしめられた彼女の表情がどんなんだったか分からない。でも彼女は優しく受け止めてくれた。女装したままの変態さんを拒絶しなかった。ボクはそのままの姿勢で泣き続けた。


 ――帰る途中の何処かで女モードに変身してれば良かったと気がついたのは、それから三十分程してからだった。


★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと6時間02分。

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