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[63]遊びましょうか?

「ど、ど、ど、何処に連れて行くんですかぁぁぁっ!?」

「うふ。怯えた顔も可愛いわね」


 愛おしげに見つめる先生。その奥に見え隠れする不気味な何か。数百年の長きに渡り人間の魂を取り込み続けてきた妖怪だって、そんな邪悪な影を纏うことはできないはずだ。

 ボクを無理矢理引きずって歩く先生の、ショウウィンドウの光で照らされた笑顔の横顔がとても怖い。


「何が目的なんですかぁ……」

「キミの変身願望を満たしてあげる。好きなんでしょ? 女装」


 連れて来られたのは、この辺りでは結構有名な女性向け服飾店。きらびやかなお店が立ち並ぶこの通りの中でも一際目立つ、飛びぬけてお洒落なお店だ。

 気軽にウィンドショッピングするのはちょっと憚られるような雰囲気。『入ってみたいけどちょっと敷居が高いよねー』とクラスの中でも時々話題になる、いわゆる高級ブティックにカテゴライズされる店舗。そこに先生はボクを連れ込もうとしていた。


「無理です無茶です何を着せようとしているんですか! そもそもボクに合うサイズの服なんて置いてないですよ!」


 いくらボクが小柄な方とはいえ、さすがに女の子との身長差はかなりある。女モードのボクはスラリとした長身だって良く言われるけど、それだって、以前着ていた服はだぼだぼで、とても着られたもんじゃない。


「心配しなくていいわよ。そういう趣味の男性は多いの……ちゃんと市場も確立しているのよ?」


 そんなマニアックな事情なんて知りません。そのまま半ば強引に、眩い店内へと吸い込まれるようにボクは引きずり込まれた。

 容赦なく降りそそぐ店内の明かり。これだけのお店だ、商品をより引き立たせるため緻密に計算された照明のはずだけど、でも夜の暗がりを通ってきたボクにとっては、強烈すぎる明かりだった。


「いらっしゃいませ……ってあら、葉月じゃない。珍しいわね」

「久しぶりね三月やよい。元気してた? 私は元気よ」

「……葉月……また出来上がってるのね? 酒臭いわよ」


 出てきたのは先生と同じくらいの歳格好の女性。めっぽう美人だった。


 華やかさと愛嬌が同居した、目鼻がくっきりとした顔。しかも、スタイル抜群。さすがブティックの店員だけあって、豊かなバストも誇らしげに、その身をセンス抜群の洋服に包み、堂々とした立ち居振る舞いで近付いてきた。

 彼女が動くのに合わせて、微かな花の芳香がふっと鼻腔をくすぐる。すっかり腰が引けているボクの不安げな目に気付いたのだろう、先生は彼女のことを紹介した。


「彼女は高橋三月。このお店の店長よー。そして私は教師よー。あははっ!」

「こんばんは。店長の高橋です」


 ボクの方へと向き直り、嫋やかに微笑む店長さん。一種の営業スマイルなのだろうが、人を魅了するのに十分すぎる。この瞬間、ボクの警戒心は八割方溶けていた。

 若過ぎる店長と思ったけど、この落ち着いた物腰……だいたい見当がつく。やり手でカリスマ。そういうことだ。そしてこの二人は知り合い。当てずっぽうにこの店に入った訳ではないのだ。


「どうしたの葉月? 男嫌いのあなたが、こんな若い子を連れ込んで」

「見て見て、なかなか上物でしょー。これ以上ない素材だと思うの」

「……ああ、そういうこと? てっきり年下の彼氏ができて、見せびらかしに来たのかと思ったわ」

「どお? どお?」


 ボクを突き出す先生。この若い店長は女性の割に彫の深い顔を近づけ、値踏みするように頭のてっぺんからつま先まで、ボクの身体を視線でなぞった。


「うーん……パッと見ちょっと冴えないけど、磨けば光るかも……確かに上玉……の原石ね。どこで拾ったの?」

「ひ・み・つ」


 まるで奴隷商人の会話だ。しかし先生はいかにも移り気な酔っ払いらしく、店内をきょろきょろと見回し始める。そんな先生は、店の真ん中で誇らしげに飾られている、一着のドレスに目を輝かせた。


「あら。この洋服、素敵じゃない! うわー、なにこれー」


 一同の視線がそこに向かう。きらびやかだけど上品さの漂う、少しドレスっぽい夏物のワンピース。男のボクから見ても、それは魅惑的なデザインだった。


「お客様からオーダー品よ。ようやく完成して明日、納品なのよ」

「オーダーメイドですか?」


 思わず口を挟んだボクの言葉に、この店長さんは気さくに、だけど少し誇らしげな様子で答えた。


「ええ、フルオーダー。想像以上に良く出来たものだから、飾らせてもらってるの」


 深みのあるロイヤルブルー。しっとりとした風合いの、とても肌触りが良さそうな生地。全体的に落ち着いた色合いだけど、ゼフィリスの翅を思わせる鮮やかな翆がアクセントを添えている。

 組み合わされるショールは清楚さを演出。肩の辺りがかなり大胆に露出していても決して下品にならないという、ぎりぎりのバランスを保っていた。


 抜群のセンス。ただ、スタイルの良い美人が着れば申し分なく引き立つだろうけど、ちょっとアバンギャルドで人を選びそう。背伸びして着るには敷居が高過ぎる気がする。


 思わず見とれるボクの横で酔っ払いの声。


「お金持ちー?」

「そう。お嬢様よ」


 うん。確かに高価そうな洋服。幾ら位するんだろう。こんなのオーダーするのって、やっぱりお金持ちのお嬢さんだよね……って、あれ? 何か忘れてないか。


 そうだ! そもそも、こんな所に連れて来られたのって――。


「それじゃあ三月ぃ、遊びましょうか」

「遊びましょう、葉月」


 二人の瞳に昏い光が宿る。


「あ、遊ぶって何ですか!?」

「うふ。キミのちょっと倒錯した願望を満たす、そのお手伝い……」

「ですからそんな倒錯した願望なんて無いです帰して下さい!」

「さあ、もう閉店の時間ね。後はお店のスタッフに任せて私達は……」

「うふふ……」

「うふふふふふ……」

「ぎゃ、ぎゃああぁぁっ……」


 不穏な笑みを浮かべる二人は、ボクのことを、扉の向こうにある深く暗い所へと引きずり込んでいった――。


★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと6時間58分。

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