[62]女の子のパンツ穿いたことあるでしょう?
「じゃ、さよならせんせー」
本能的な恐怖を感じ、恥も外見も捨て逃げに入るボク。これ以上、こんなヤバい相手にかかずらう訳にはいかない。
「うふーん。逃げるの?」
しかしボクの手首を握る先生の手は、稀代のペテン師が間違って突っ込んだ真実の口のように、ガッチリと掴んで離さなかった。この細い腕の何処にそんな力があるのだろう。
ニヒリと悪魔的な笑みを浮かべる五味先生。
「だ、誰か助けて……」
だが、助けが来る筈も無い。ああ、こんなことならアヤメと一緒に来れば良かった。
「あれ?」
ふと先生は、幽霊でも見てしまったかのような目でボクを窺う。
「おかしいわね……私、男と普通に話している? しかも、手を握っても体が拒絶反応を起こさない!? どういうこと!」
聞かれてもボクには分かりません。いえ、男と話すことがそんなにおかしなことなのですか? 拒絶反応? 先生、社会人でしょ? そんなんでどうして生きていられるのですか?
「不思議だわ……。あ、そっか。あまりにキミが男らしくないからね。そう考えれば納得がいくわ!」
「ひ、ひどいでず先生ー……」
今の言葉、心にぐさりと突き刺さった。涙声になっているのが自分でもよく分かる。
「そう言えばキミ、雰囲気が似ているわね……」
「似てるって?」
先生の瞳がきらりと輝いた。不吉な予感に心が騒ぐ。
「私のクラスの果無美彌子さん……そう! 彼女、もう北欧のお姫様なの! 天使なの! 初めて見た時は心臓が爆発しそうだったわ……この娘をモノにできるなら私、どんな汚い手を使ってもいいって心に決めた程だったわ!!」
「!?!?!?!?」
「エーデルワイスの妖精のような顔をして彼女、性悪なの。紫野さんと風見さん、私が目を付けた美少女を二人とも侍らせて……毎日イチャイチャ。きっとヤリまくりなんだわ!」
「やめろおいこら風評被害だ!」
「でもいいわ……いずれ三人とも私のモノにして見せる……うふふ……私の手で滅茶苦茶にしちゃうの。ああ、どんな刺激的になるのかしら。四人であんなプレイやこんなプレイ……」
恐怖のあまり身も凍える。ボクはずっと、この悪魔に魅入られていたのだ。
誰でもいい。この危険物、どうにかしてくれ!
「キミを見ていると果無さんを思い出すの……おかしいわね、どうしてそう思うのかしら。知ってる? 果無さんはね、お姫様なの。彼女、きっとドSよ。そのお人形様みたいな綺麗な顔でね、その宝石のように冷たい目でね、いつも私を汚らわしいモノのように見下ろしているのよ……ああっ、ゾクゾク来るわ! たまらないわ! きっと私を滅茶苦茶にしてくれるのよ」
「知りません! そんな怖い人!」
ボクはSではありません。ついでに言うならMでもありません! それに先生を冷たい目で見下ろしたことなんてありません……たぶん。
きっと先生自身が、心の奥底で自分にヤマシイ思いがあって、それを自己投影しているだけです!
「キミ、男の癖に可愛いわね」
ひたすら狼狽えるボクを前に、再度、唐突に話題を変える五味先生。酔っ払いはこれだから困る。
男だって可愛いと言われて嬉しくないなんてことは無い。でもそれはシチュエーションによりけりだ。今この文脈の『可愛いね』は、とてもヤマシイ意味合いでの『可愛いね』だ。断じてうんと頷く訳にはいかない。そんなことした日には、どんな苛烈な運命がボクを待っていることやら。
「うふ。そっちの趣味、あるでしょ?」
口をつぐむボク。だが先生は許してくれなかった。彼女はもう一度繰り返した。
「そっちの趣味、あるでしょう?」
「ありません! そっちの趣味って、具体的にどんなものか知りませんが、先生が想像しているような種類の趣味なんて、断じてありません!」
「隠そうったって無理よ? ほら、そのヘアバンド」
「はっ!?」
「女の子になりたくてウズウズしている男の子の顔よ、キミ。そっちの気があるのね? 恥ずかしがること無いわ! それはとっても当たり前のこと!」
それは違う。ヘアバンド違う! 全然違う! 一語一句、断じて違う!!
「それにしても、とんでもない変態ね、キミ」
「な、な、な、何を突然!?」
言い出しているんですか先生。名誉棄損で訴えますよ!?
「キミ、女の子の服を着たこと、あるでしょう? 正直に言うのよ? 嘘を言ったって分かるんだからね?」
何という恐ろしい攻撃。『ズボシ』という効果音と共に、先生はボクの痛いところを打ち抜いた。しかし、その事実を断じて認める訳には行かない。ボクは全力で否定した。
「あ、ありません!」
「嘘ね」
「嘘じゃありません!!」
「ふっ……教師をなめないことね」
「!?」
「顔に書いてあるわ。それ、嘘をついている顔よ?」
「……ぐぬぬ」
はい。
あるよ! ありますよ! だって仕方が無いじゃないか!? 事情ってものがこっちにもあるんだ。
あれか? 女の果無美彌子でいる間も男の恰好でいろってことか? 行ってあげようか? 第二高校の制服、男の制服を着て授業を受けてもいいんだから!
「うふふ……遂に認めたわね」
「認めてません!」
「女の子のパンツも穿いたことあるでしょう?」
「あ、あ、あ……ありません!」
――最近は慣れっこになった毎日の行為がふと、脳裏をかすめる。
「ブラジャーも付けたことがあるって顔ね? とんだ変態だわ」
「ありません!」
「まさか、女の子の制服とか体操着も着たことあるとか?」
「な、な、な、な……」
「今度、スクール水着まで着ようとしているでしょう? ……恐ろしい子」
「うるうるうるうる……えっぐ、えっぐ、えっぐ……」
ついにボクは泣きだした。下を向き、唇を噛みしめ、しゃくり上げる。男の癖になんて情けない……いや、これは悔し涙だ。
それにしても、何という容赦の無い精神攻撃なのだろう。錆びついた鋼鉄の鎖でジョリジョリと締め上げるような。この人は悪魔だ。
「さあ、行くわよ」
先生は突然、立ち上がった。彼女はボクの手を引く。
「行くって何処へ!?」
「キミの心の隙間を埋めに……そして、私の肉欲を満たす為に!!」
「!?!?!?!?」
「さあ、お姉さんに全てを任せて……怖がることは無いわ。何も考えなくていいの。手取り足取り、キミの知らない世界へと導いて、あ・げ・る」
「い、嫌ぁーーーっっ!!」
先生は慌ただしくお勘定を済ませ、ボクを夜の街の暗闇へと引きずっていった。
★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと7時間10分。




