[61]アッケラカンとした仮面の奥で
夜の歓楽街。道端で倒れていたボクの担任、五味先生はボクの買ってきたミネラルウォーターで喉を潤している。
「大丈夫ですか? 携帯使ってタクシーを呼んでください。ちょっと変な人達が見ていたみたいですから、トラブルになりそうなら迷わず110番して……」
「あー、てめー、オトコだなー。私をレ○プする気ねー。やっぱり男はクソだわー。男なんて全部死んじゃえー。絶滅しろ男ーっ。世界は女だけで回っていくんだー」
酷い言い方です。人権侵害です。
ろれつの回らない口で先生、こんな善良な男の子に向かって何てこと言うんだろう。
「……ではボクは行きますね? 水の代金は……後で払って欲しいけど……まあ、いいです。おごりです。じゃあ気を付けて」
「おらー、待てよー。話は終わってねえぞぉー。こらー、この男ーっ。ち○こ切らせろー。女になれー」
猟奇的な発言にビビるボクは盛大に溜息を吐き、先生に肩を貸した。
「駅まで……は遠いか。落ち着くまで、どっかここら辺のコーヒーショップでも入ってやり過ごしましょう。あ、コーヒー代金は後で回収……」
「おー、次行くぞー。ハシゴ酒だー!」
……勘弁して下さい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、ボクと五味先生は近くの立ち飲み屋に入ることになった。当然、お酒は飲まないって約束で。ソフトドリンクで体内のアルコールを薄めるってことで。
「おらー、おめえも呑め!」
「止めてくださいボクは未成年です未成年にお酒を飲ませる気ですか?」
「ああん? 私の酒が飲めない? 男がしみったれたこと言ってんじゃないわよー。甲斐性無いわね。何? 本当に玉、付いてるの?」
「それ、色々と問題発言です。ほんと、自分のクラスの生徒にお酒を飲ます気ですか」
「ばか言ってんじゃないわよー。カワイイ私の生徒達に、そんな酷いことする訳無いでしょー。虐待よ虐待! 未成年の飲酒は法律違反だし、少女の大切な身体にアルコールなんて冗談じゃないわ」
「は?」
言ってることが激しく矛盾しているのですが。というか、さっきの玉無し発言、撤回してください。今のボクにはしっかりと付いています。
……貴方の生徒でいる間は付いていませんけど! 不本意ながら!
「何その顔。私、おかしなこと言ったー? 女の子は優しく愛でなきゃ駄目。男? 知ったこっちゃないわ。勝手に悪さして、勝手にくたばってればいいのよ」
酷い差別発言。それが教師の言うことか。頑として抗議します。
店主は日本酒の一升瓶から、空になった枡へと、フルーティーさの混ざった芳香を立てる澄んだ液体をなみなみと注ぐ。
「津島酒造の銘酒『門出』、しかも特別純米酒よ! 地元民なら郷土の地酒くらい、ちゃんの呑めるようになりなさいよ! 全く、最近の若いのはだらしないわね!」
言い終わると、ぐいっと良い呑みっぷり。というか先生とボクらって、年齢は十歳位しか離れてませんよね? 最近の若いのって、線引きは何処にあるんですか?
「あれ? そう言えば君、さっき『自分のクラスの生徒』がどうのって言ったわよね? 何で私のこと教師だって分かったの?」
ぷはぁ、と酒臭い息を吐き、まじまじとボクの方を見る先生。
ちょっとしくった。何とか誤魔化そうと、ボクは脳内で適当な設定をでっち上げる。隙だらけだけど、酔っ払い相手にはこれで十分だろう。
「いえ、雰囲気が少し先生っぽいなーって。ちょっとカマをかけて見たんですよ」
「ふぅーん。やっぱり何気ない振る舞いに人格みたいのが滲み出てくるのねー。さすが私。というか君、見る目あるじゃない。男の癖に」
「あはは……ところで先生は、何で酔い潰れていたんですか?」
「うるうるうるうる……」
と、先生は突然泣き出した。ちょ、ちょっと!? ボクが泣かしたみたいじゃないか。カウンターに並ぶお客さん達の一見興味無さそうな、でもチラリチラリとこちらを窺う視線。
考えて見ると、若い女性教師と明らかに学生のボクという、ちょっと意味ありげな取り合わせ。場末の酒場。そして突然泣き出す片割れの女性――。
オジサン達が想像力を逞しくするのに必要十分過ぎる取り合わせじゃないか!? 止めて見ないで誤解だ。この人、泣き上戸なだけなんです多分! ボクは単なる被害者、通りすがりの可哀想な男の子なんです!
しかし先生はそんな微妙な空気など歯牙にもかけない――いや、全く気付いていないのだと思う。取り出したハンカチで涙をぬぐうと、とんでもないことを言い出した。
「うるる……女の子が好きで好きで、たまらないの!」
「……はい?」
「特に十代の女の子。オトナの入口で戸惑うティーンエイジャー! 女の子同士の愛!! そんな美しい少女だけの世界を見続けたくて教師になったの! だから共学は駄目。私の天使達が、邪悪な男共に次々と穢されていく姿なんて見ていたくなかったから……許せないわ憎むべき獣共! だから女子高って決めてたの。念願の白梅女学院の教師になれた時は飛び上がるほど喜んだわ! でも……現実は残酷。全然、百合して無いじゃない! 失望したわ。クソビッチだらけよ!」
いえ、そんな勝手に夢見て勝手に失望されても……。
そもそも、先生の高校時代はどうだったんです? まさか、本気で女子高がそんな百合百合していたなんて信じていた訳ないでしょう? そうだったとしたら逆に怖いです。
というか生徒をクソビッチ呼ばわりですか!? 看過できないです、それ。
「……おまけに珍獣を見るような目で私を見るの」
はい。ボクも珍獣を見るような目で先生を見ました……今朝のことです。
だって、先生の言動がアレだから。たぶん、先生のクラス全員が同じように思っているはずです。といか自覚しているじゃないですか、先生? なら慎みましょうよ。
「だから男なんて嫌いよー! おやじ、もう一杯!」
何でそう繋がる!?
それにしても……良く理解できました。この人はヤバい人だ。創作物と現実の区別が付いていない。これまで無駄な時間を過ごしたけど、それが分かっただけで大収穫。これからは先生ともうちょっと距離を取ろう。
さ、そろそろ帰らないと。
「そうですか。大変ですね。じゃ、ボクはここで」
「ゴルァ待てぃ。話は終わって無い」
がしとボクの手を握る手。見た目によらず五味先生、力が強い。
「でも悪いことだけじゃないわ。ぐふふ……さすがは県下一、二を争うお嬢様学校。より取り見取り、上玉が揃っているのよ? ま、クソ男子には想像もつかないでしょうけど」
「はい?」
妙に冷たい物を背中に感じたボクは、恐る恐る先生の目を見つめた。
「例えばクラス委員長の井澤さん。良い子ぶっちゃって……でも、ああいった子が一線を超えると乱れるのよ!」
「センセ、生徒の人権尊重の観点からそういった発言は……」
「あと皐組の津島さん。ウチのクラスじゃないのは残念ね。でも見てなさい、絶対モノにして見せるから。彼女も五味コレクションに加わるのよ!」
「生徒をコレクション扱いですか! というか犯罪です止めましょうよ」
「あの、つんと澄ましたところが最高よね。でもね、断言できるわ。彼女は処女よ」
「マジすか! 分かるんですか」
「当然よ。私を誰だと思っているの。ああっ、萌えてくるわ! 津島家の御令嬢、穢れを一切知らない気高い魂。でも、私のテクニックを持ってすれば……最初は恥じらいながら……やがて彼女は、背徳感と抑え切れない快楽との間を揺れ動きながら、こちらの世界へと足を踏み入れるのよ。禁断の園へと私が一つ、二つと、手取り足取り導いていくの!」
「うわぁ……」
想像を遥かに超えてヤバい人だった。
いつもの先生の言動を思い出す。脳裏に浮かんでは消えするのは、気負わず自分をさらけ出し、とてもフレンドリーに接する五味先生――。
そんなアッケラカンとした仮面の奥で、いつもそんなヤマシイことを夢想しているのかよ! 駄目だ、この人……。
★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと7時間28分。




