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[60]五味先生の毒牙にかかる姫様

 駅前の繁華街。通りには雑居ビルが立ち並び、飲み屋とかレストランとかカラオケ屋とかゲームセンターとか、要するにいろんなお店。路地裏に入ればイカガワシイお店がピンク色中心の照明で看板を照らし、まるで誘蛾灯のように、はっちゃけたいオトナ達を呼び寄せている。


 ボクはそんな光景を眺めながら、意味も無く歩いていた。


 男の姿で歩くのは本当に気が楽だ。ちょっとガラの悪そうな男達の視野へ入る度に身構える必要も無いし、腹立たしいチャラ男のナンパで無駄な足止めを食らうことも無い。


 大股で歩いたり、少し肩を怒らせたり、腕を組んだり。そんな事を色々と試しながら、早くも出来上がっている酔っ払いや、大声を出す会社員の集団を時々避けつつ、ボクはそんな風にして、夜の街を徘徊する人間ナイト・プロウラーの一人に加わっていた。


 ビルの隙間から夜の風がひゅうと吹いた。風にあおられ前髪が垂れ下がる。


 ここ一カ月、ボクは髪を伸ばしていた。ボク自身というより、母さんとアヤメの意向だ。

 どこまで伸ばすの? と聞いたら、腰のあたりまでかしら、と二人は答えた。現状でも相当うざったいのに、かなり洒落になっていない。


 ふと、学園のアイドル、“ヒメサユリの君”の二つ名を持つ同級生である津島さんの姿を思い出す。彼女はしっとりとした緑の黒髪を、その位まで伸ばしていた。どうやれば、あんな長い髪を綺麗に維持できるのだろう。


 まあ、そこまで髪の毛が伸びるのはまだ先のことだし、今はまだ思い悩む時ではないだろう。ボクは今々の事に物思いを引き戻す。


 ボクの身体の変化について、さっき気が付いたことなんだけど、どうやら男の状態と女の状態で、髪の毛の長さが連動するらしい。


 だけど髪質まで一緒という訳では無いらしく、女モードでは緩くウェーブした感じだけど、男モードではかなりの癖っ毛。たぶん男の時は父さんの髪質が発現しているのだろう。


 こんな理由もあり、元々ボクはどちらかと言うと長髪の方だった。中途半端な長さだと、髪の毛が爆発して始末に負えないから。そのお陰で、女の“果無美彌子”で過ごす間もベリーショートにならず済んだようで、まあ、今更のことなんだけど。


 それにしても、この前髪はさすがにうっとおしい。

 家を出る時、手持ちのヘアバンドで誤魔化していたけど、ちょっとしたきっかけで垂れ下がって来てしまう。


(もっと伸ばすとなると、男モードではレゲエ状態になっちゃうよ……)


 ボクは髪を掻き上げ、どうした物かと考えながら、何気なくビルとビルの間を縫う小路の方へと目を向けた。すると――。


 そこに、倒れている人がいた。


 その人は看板にもたれかかれるようにして、地面にへたり込んでいた。服装から見ると、どうやら女の人らしい。


(あらら。酔っ払いか……大丈夫?)


 泥酔しているようだ。時々、肩を震わせている。ありゃあ……胃の内容物を吐き出しちゃってるよ。

 顔は見えないけど、姿恰好から見ると若い人のようだ。それにしても若い女性が一人、あんなになるまで呑んでいるなんて、そこに至ったのはどんな経緯でだろう。辺りには連れらしい人はいない。独り飲みだろうか?


 何が彼女をそこまで深酒させているのか……社会にはボクの知らない理不尽なことが色々なことがあるのだと、改めて思い知らされる。あんな大人にはなりたくないと決意を新たにするボク。


 ちょっと気が引けたけど、その人のことを見なかったことにして、そのまま立ち去ろうとした。ボクは正義漢でも無ければフェミニストでも無い。

 それに『大人になるというのは、自分の行動に責任を持つこと』だと、担任の先生も言っていた。


 ――と、その時。


 好事魔多しとは良く言ったものだ。ボクが立ち去ろうとしたまさにその瞬間、その女の人は顔を上げてこっちを向いた。


 よりによって、その担当の先生、五味先生だった。


 ボクの心の中で葛藤が始まった。

 先生は何かを訴えるような眼でこちらを見ている。だけど先方は、ボクが担当クラスの果無美彌子だとは分からないはずだ。たまたま通りがかっただけの男子A。


 見捨てて立ち去ったところで、ほんの少し罪悪感がざわめくだけで、これからの身の振り方に悪影響があるはずもない。そもそも自己責任って言ったのは先生自身だ。


 下手に関わると厄介なことになるのは目に見えている。この貴重な時間を無駄に使う訳にはいかない。


 そう考え、先生から目を逸らした時。ボクの他にそんな五味先生の醜態に気付いたギャラリーが何人かいることに気が付いた。


 その中にチーマー風の男達もいる。奴らは、ピアス付きの浅黒い顔に、ニヤニヤとした厭らしい表情を貼り付け、先生の方を指さして何やら相談しているようだった。


(えーい、仕方が無い)


 躊躇ためらいを振り解き、ボクは先生に近付いた。


「大丈夫ですか?」

「……はあぁん? わぎゃしごぎゃぎがわわいっえ? おあ、いっえうぃえ!」


 先生の言葉は日本語になっていなかった。ツーンと鼻につくすえた臭い。完全にグロッキー状態というか末期症状。ボク一人じゃどうにもならなさそう。やっぱり見なかったことにして踵を返す。


 ところがボクは最初の一歩を踏み出せなかった。


 見ると先生は、そんなボクのカーゴパンツの裾をしかと掴んでいた。カーゴパンツを引っ張っても離さない。その指を解こうとするボクの手を、今度は握りしめてくる。


(はあ……)


 どうしようもなく面倒臭いことになったらしい――。


 果てしない後悔をしながら、ボクはもう一度、先生に声をかけた。


「水を買ってきます。少しだけ、ここで待っててくれますか?」


★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと8時間03分。

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