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[58]姫様の衣装タンスの一番奥に隠されたモノ

少々どぎつい描写がある回です。ストーリー展開に影響の無い話ですので、ちょっとこれは……という印象を持たれた方は躊躇なく読み飛ばしてください。

 夕食を終えたボクは後片付けも投げ遣りに済ませ、そそくさと自分の部屋へと向かった。


 部屋着の上下、そして無地のハーフトップを乱暴に脱ぎ捨てる。鏡に映っているのはパンツ一枚、トップレス状態の女の子。


 この姿になって一カ月程。まだ見慣れたとは言えない自分の裸体だけど、ようやく精神と肉体の一致を見るようになったというか、これが仮初かりそめのものであっても、一応はボクの身体からだなんだと、ぼんやりとではあったけど認知出来るようになってきた。


 まだ自分の温もりの残る部屋着を丸めベッドの隅へ。


 家では男物――この間はじめて、アヤメに付き合ったショッピングで女物のスリープウェアを買ったけど、それだって、あまり女の子していないデザインのやつ――でいることを貫いているし、下着だってアヤメや母さんに色々と突っ込まれる程、素っ気ないデザインを選んでいる。ボクがボクでいるための最後の抵抗だった。


 女の子の肉体になったとはいえ、それはボクが望んだことじゃない。


 ミントグリーンのハーフトップは丁寧に畳んでかたわらへ。もう今日は付けることも無いからこのまま洗濯だ。

 控えめなお胸の人用のブラでも、逆にそれを生かした可愛らしいスタイルが売りのブランドがいくつかあって、ボクもそういったのをチョイスしている。


『――昔はそんな気の利いたの、無かったのよ? いい時代になったわよねぇ』と母さんは言っていた。もちろんそんな事情、ボクは知る由も無い。


 そう、下着。ブラやショーツは男にとって特別な感情を引き起こすものであったとしても、自分自身が身につけるものじゃ無いはずだ。

 まあ、そういった性的嗜好を否定するつもりも無いけど、幸いなことにそっち方面の趣味は無かった。


 それはかつてのボクの身体とは決して相容れることのないデザインの布切れ。とてもじゃないけど、その物体が自分の物だなんて理解することができず、最初の頃はそれこそ恐る恐る手にしていた。


 そうは言っても、最近では衣装ケースの中に並ぶそれを見てギョッとすることも無くなったし、当たり前に扱えるようになっていた。まあ、紛れも無く自分の持ち物だし、こっちの方が当たり前のはずだけど。けれど気のせいか、精神を侵食されてきたかのようで、ちょっと複雑な感情。何でこんな事になっちゃったんだろう。


 改めて裸の自分を見つめる。スラリとした四肢、白い肌。くびれた腰から胸にかけて指を這わせると、見た目通りとてもきめ細かくて柔らかかった。かつてのボクには夢想することしたできなかった女の子の柔肌。でも、これが自分だというのは、やはり少し不思議な気分だった。


 最後まで穿いていた一枚を脱ぐ。目に飛び込んでくるのは、自分が男じゃなくなったという決定的な、そして残酷な真実。居た堪れなくなって、今脱いだそれを握りしめた手で、そこを隠す。ボク以外、誰も見ていないのに。


 実のところ、積極的にそこをいじったり、鏡なんか使って仔細に観察したことさえ無い。もしも、こんな事態が現実として身に降りかかる前の自分に言ったら、『ちょっとおかしいんじゃないの?』と返されそうだ。


 当然、ボクも男だ。とても興味がある。こんなカワイイ女の子の姿になって、しかも自分の身体なんだから何やっても自由――そんな嬉しい事になったら、毎日朝昼晩、狂ったようにそこをもてあそび快楽にふけり続けるでしょ普通? ――かつてのボクなら、そう答えたはずだ。


 でも、それを実行に移すことはできなかった。


 大した理由は無い。怖いというのもあるけど、どこか申し訳無いような気がして。心の片隅で、この肉体が借り物のような錯覚が残っているからかもしれない。とにかくボクは憶病な人間らしかった。


『――姫様は男という仮の姿でずっと過ごされて来たから、お馴染みでは無いでしょうけど、大切なところですから綺麗にしてなくちゃダメです!』


 この身体になった初日にアヤメはそう言っていた。その一週間後、母さんが戻って来た時もまるっきり同じようなことを言った。だから、まるで触ったことさえ無いという訳ではないけど、それこそ腫れ物に触るように扱っていた。


 一度だけ、浴室でアヤメが『私が綺麗にして差し上げましょう……ぐふふふ……じゅるじゅる……あ、イケないヨダレが……』なんて言いながら手を伸ばしてきたことがあった。

 その時は必死に抵抗した揚句、足を滑らせてお互い頭を盛大にぶつけ、二人ともタンコブを作ったっけ。その日の晩はさすがに少しムラムラと来てしまい、なかなか眠れなかったのだけど。



 ボクはタンスの引き出しを目一杯開け、その最深部に仕舞われた下着を取り出す。


 今となっては使われることのなくなったそれ等を、母さんは『いいかげん捨てたら?』と言う。けれどボクはそれを全力で阻止した。これはボクがボクであった証。いや、それは今も変わらない。その数が増えることは無くなったけど、使わないまま打ち捨てる訳にはいかない。


 取り出したトランクスに足を通し、再び鏡の前に立つ。男物のパンツを穿いたトップレスの女の子。ちょっと倒錯気味な姿に、自分のことながら少しドギマギするのは何故だろう。


 階下からドタバタという足音が近づいてきたのは、その時だった。


★☆ミヤコ君の男体化ゲージ☆★ ―― あと8時間34分。

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