[53]再会、そして反撃開始
ここはキノコが作り出した結界。一方的に圧されている戦いの中、憔悴し切った表情の浅見さんは津島さんに振り返った。
「深央ーっ、やばいよこれもうマナの残量ほぼゼロだよ」
「……こっちももう駄目。残念ね。私としたことが……こんなキノコ風情を相手に下手を打ったわ」
「ピンチだよ洒落にならないよー」
「……ごめんね、浅見さん」
「ええっ? ちょっと深央!? なに今の? 諦めるのーっ?」
「せめて最後は気高くいましょう。でも……香純達は大丈夫かしら……それが心残り」
「えええっ、自分の心配よりそっちの心配!? 嫌だー、死にたくないーっ!」
キノコに取り囲まれる二人。津島さんも浅見さんもボロボロだった。その姿は、この状況に至るまでの戦闘の苛烈さを物語っていた。
『くっくっくっ……お祈りは済んだかな? ではそろそろ、我らが養分となってもらおう。 待ちわびたぞこの日を! 遂にピチピチの魔法少女から生命力を生でチューチューできる時が来た今日はチューチュー記念日』
ふざけた言葉とは裏腹に、キノコは本気で津島さん達に引導を渡すつもりのようだ。無力な魔法少女目がけて雪崩込む無数のキノコ。目を強く瞑り抱き合う二人。
だが両者とも、ボク達がこの空間に戻ってきたことを知らない。
ボクの持つ錫杖が力を発動したのはその時だった。
「r・a・k・b・l・a・d ~ 吹き荒べ鋭き烈風!」
荒れ狂う魔法の嵐。絶大な熱量と物理的破壊力が伴った嵐。それは全てを引き裂き、焼き尽くし、滅却し、破壊の限りを尽くした。
嵐が止んだ時、二人の魔法少女を取り囲むものは何も無かった。そのこと確認してから、ボクは掲げたそのロッドを降ろした。
〈æsc〉
アヤメはそれをこう呼んでいた。とても簡素な、だけど世界樹と同じ銘が刻まれた、王国最強のスペックを持つ錫杖。王家の者だけが持つことを許された司祭兵器、とも。
恐る恐る目を開ける魔法少女。二人とも何が起こったのか分からない様子で。だがやがて、空高くから地上へと降り立つボク達の姿に気付く。
「――果無さん!?」
いつもはクールに振る舞い滅多に表情を見せない津島さんが、感情を露わにしていた。今にも泣き出しそうな、でもホッとしたような嬉しそうな――そんな愛らしい彼女の顔、初めて見る表情だった。
「やあ。ボスキノコが油断しているところを突くという作戦は、どうやら有効だったみたいだね」
照れ隠しに取って付けた笑みと共に、ボクは二人の傍へと降り立った。
「ああっ姫様! この場合は『地獄から帰ってきたぜベイビー』でしょやっぱり?」
「無理無理、そんな歯が浮きそうなセリフ」
「津島さんー、浅見さんー、会いたかったですぅ……」
「おーっ!? 美彌子っちにアヤちゃん、それに香純も……三人とも無事だったのねーっ」
てんでバラバラの会話を交わす五人。キノコの作り出した袋小路を脱出したボクとアヤメ、そして香純ちゃんは再びここへとやってきた。
ギリギリだったけど津島さんと浅見さんも無事。ボク達は抱き合い、再会を確かめ合った。
「どうやって……ニヴルヘイムを抜け出して来たの?」
と津島さん。気取った口調はかけらも無かった。まるで子供のように無邪気な声。
「説明は後です! 今のうちにここの結界も解除してしまいましょう! g・u・l・l・i ~ 我が結界へとうつろい給え!」
アヤメの呪文と共に光が溢れ出た。次の瞬間、空は見慣れたパステル色のマーブル模様、つまり彼女の作り出した結界に上書きされていた。
「これで遠慮無しに戦えます!」
満足気なアヤメ。どこか不思議そうな表情を残した津島さん。対照的な二人が言葉を行き来させる。
「全く……紫野さんや果無さんには敵わないわ……」
「いやあ、嬉しいことを言ってくれますね! はい、我が王国のテクノロジーは超超進んでますから! 科学力は魔法に勝つのです!」
「そうね……さすが魔法の王国、本場ですものね」
話がズレているというか、認識が全然噛み合っていない二人。アヤメは魔法なんてあり得ないと思ってるし、津島さんはアヤメのこと魔法の王国の住人だと思い込んでいる。
「さあ反撃です! ワタシの結界に切り替わったからには何処に隠れていようが丸分かりなのです――」
アヤメはルナケフリを構えた。その先にボスキノコが潜んでいるはずだ。シャガの衣装を纏った少女は、朗々とした声で呪文を唱える。
「――覚悟して下さいボスキノコ! s・i・ŋ――」
無数の火球が彼女の周りに集うと、魔法のステッキを中心に渦巻く。ターゲットをどこまでも追尾し逃がさない強力な攻撃術式。タイミングを見計らい、彼女はそれを発動した。
「――aR!」
真っ直ぐに放たれる真っ赤に燃え盛る炎の渦。姿は見えないが、その先にボスキノコがいるはずだった。
そして、そのボスキノコを倒せばキノコ達は禍々しい力を失う。それはあのニヴルヘイムを抜け出した時、絵師キノコが独り言のように呟いた言葉だった。
しかし。
アヤメの攻撃が向かう先。炎の矛先に、その絵師キノコが忽然と姿を現した。
そして、彼のキノコは筆ではなく剣を手にしていた。
『――鋭!』
裂帛の掛け声と共に絵師キノコは剣を振るった。一刀両断。
炎は弾け、散った。しかし、それでもアヤメの放ったこの術式は強力過ぎた。愚直なほど攻撃と真っ正面に向き合い剣を交えたキノコは、まともに炎を浴び、吹き飛んだ。
「えええっ!」
アヤメが悲鳴を上げた。それが合図だった。
あの薄気味悪い声――ボスキノコの放つ悪しき声が再び木霊した。
『くっくっくっ……詰めが甘いぞスィンガリズィ。我は我が盾をまだ失っておらぬ!』
あの絵師キノコ。ボスキノコに見捨てられたとぼやいていた、あのキノコが身代わりになった理由。それがまるで解せなかった。
その意味を問いかけたのはボクでは無く、絵師キノコの傍に駆け寄ってきた小さなキノコだった。
『おい、ブッシャー!? 何でこんな事を』
『……ディッピー殿でござるか……仕方無きこと……我らは“個にして全”……ボスの意志には逆らえぬ存在にござる……』
『ふざけるなキノコ! 何でブッシャーが……おい、目を開けるキノコ! 何か言うのだ!』
『……見ての通り、拙者はもう……さらばでござる……しかし、かような役回り……拙者だけで……十分……ボスの力が……弱まった今……魔法少女と力を……』
しかし絵師キノコははらはらと塵となり消えて行った。
消えゆく絵師キノコを抱えようと手を伸ばしたキノコは、そのままじっと動かない。
「う……嘘……」
アヤメはへたれ込み、両手で顔を覆った。
あの絵師キノコとはニヴルヘイムで短い時を共にし、数度言葉を交わしただけ。けれど、アヤメにとっては、感情移入するには十分な関わりのようだった。
彼女は兵士としてはあまりに優し過ぎた。しゃがみ込んだまま肩を震わせている彼女は泣いていた。
ボクは周りを見渡す。
津島さんと浅見さんは魔力を使い果たしている。
香純ちゃんは強力な攻撃魔法は使えない。
まるで時を止められたかのような今の状況。だが、こうしている間にもボスキノコは次の一手を放とうと虎視眈々と狙っている。
「仕方が無い――ボクがやるか」
遠隔攻撃では再び配下のキノコを盾にして逃れられる。ならば他の攻撃方法。
ボクは地に手をついた。
一カ月近く前のこと――いや、今となってはもっとずっと前の事のように思えるけど、つい先日のことだ。ボクは津島さん達魔法少女と反目し合い、戦っていた。
そんな時。魔法少女のリーダーである津島さんは、ある魔法を使った。
それはとても厄介でかつ強力無比な魔法だった。危うくボクとアヤメはその魔法の餌食となり、命を失うところだった。
あの出来事はただの行き違いがもたらした一時的な衝突。だが、アヤメはそんな単純に片付け無かった。彼女は考えた。自分達にとって厄介な魔法――ならば、逆にそれと同じ効果を持つ攻撃術式が手に入れば?
そうすれば有効な攻撃手段、切り札となり得る――そう考えたのだ。
同じものを王国騎士団の科学力で構築できないだろうか。そう思い立ったアヤメは近衛師団長を通し、技術工廠とかけあったらしい。
そしてその成果を、アヤメに代わり今、ボクが振るう。
「ë・g・o ~ミズガルズル!」
術式発動。錫杖にイメージを放り込み、システムはその意志に応えた。
まるで地獄の蓋を開いたかのように、大地から無数の大蛇が生まれる。それは土の色と同じ鎌首をもたげ、うねり蠢き、ある一点、ボスキノコがいる筈の場所へと殺到する。
地中に喰らい付いた大蛇はその身体をくねらせ、獲物を引きずり出した。
『うぐぐぐぐ……我を捕えるか!』
土の大蛇に絡み取られるキノコ。今までずっと隠れていたボスキノコが、遂にその存在を明らかにしたのだ。
それはキノコというにはあまりに大きく、邪悪な姿をしていた。人型とキノコとヘドロを混ぜ合わせ、地獄の釜で茹で上げた出来の悪いクリーチャーを思わせる造形。
怪物が無数の毒蛇に絡まれジタバタともがく姿は、まるで悪夢の中の光景だった。
「おいたが過ぎたようね、異界のキノコさん? 貴方は不幸を撒き散らし過ぎた……この世界は貴方を受け入れない。消えてくださるかしら?」
それは無意識のうちに口を突いて出てきた。ボスキノコに下す最終宣告。自分の言葉にボクは驚く。
(何?――これ)
こんな言葉使いをする自分が信じられなかった。まるで王女様の尊大な物言い。この口を借りて、ボクの中に居るもう一人のボクが発した言葉――そんな想像が頭をよぎる。
いや、違う。きっとアヤメの泣く姿を見たせいで感情が高ぶり、頭に血が昇っただけだ――そう自分を納得させ、術の完成に専念。
「姫……様?」
目の周りを真っ赤にしたアヤメが顔を上げた。大丈夫、アヤメ。君を悲しませる奴をボクは許さない。後は発動するだけだった。
「――p・e・p ~ algiR!」
数百の土の大蛇を通して、ありったけの破壊的な力が、ボスキノコに注がれた。ボスキノコを構成していた物質は砕け散り、火花を散らし、燃え盛り、弾け飛んだ。




