[50]囚われの魔法少女
「――罠かしらね?」
「罠、だろうねー」
白梅会の小部屋。津島さんと浅見さんは、お互いの心中を確かめ合うように『罠』という言葉を縫い合わせた。
机を挟んで向かい合う二人の間には、一枚の紙が無造作に広げられている。それは放課後の白梅会の小部屋、いつも通り真っ先に入ってきた津島さんが開けたドアの隙間に押し込まれていたもの。
その紙には絵が描かれていた。セーラー服姿の黒髪ロングで色白の少女。かなりデフォルメされていたけど、それが津島さんだというのは一目で分かった。乱暴に描かれてはいるけれど、いい感じに特徴を捉えている上手な絵だ。
もちろん、ファンの女の子が津島さんへの想いを託してとか、そういった類の物では無い。この絵の津島さんの頭にはツノが生えているし、ギザギザの牙でキノコに齧り付いている。
おまけに『バーカ、バーカ』というヘタクソな文字やら、胸の辺りを指し示す矢印の根元には『ぺったんこ』という文字が書き込まれていたり。
かなり稚拙なやり方だけど、作者としては挑発の限りを尽くしているらしい――つまり、あのキノコ以外にあり得ない。
ちなみに食用キノコだとしても生で食べるのはおススメできない。ヤバ気な酵素が含まれているので、とっても身体に悪いのだ。加熱すればその酵素は分解されるのだけど。
よくよく見るとデフォルメされた津島さんはとてもチャーミング。いわゆる萌え絵というやつにカテゴライズしても差し支えない出来栄え。絶対に本来の趣旨からかなり外れている。正直、この絵をクリアファイルに挟んでお持ち帰りしたいくらいだ。
「ほうほう、なるほど。『けっちゃくつける。しちょうかくしつでまつ』ですか……果たし状というやつですねぇ。いやぁ、実物を見るのは初めてです」
いやいや、異世界から来たアヤメで無くても今時、果たし状なんて見る機会はそうそうない。ましてやこんなイラスト付きのやつ、江戸時代だって無かったはずだ。
「それで津島さん……行くのですかぁ?」
「当然よ」
「大丈夫でしょうかぁ……」
「私に任せなさい」
不安そうな表情で尋ねる香純ちゃんに、津島さんは小さな胸をこれでもかと張り、きっぱりと断じた。
言動が色々とズレている津島さんだったけど、さすがは地元の名士を多数輩出している旧家に育ったお嬢様、決断力はさすがだ。
もっと言うなら、それに多少なりとも根拠という名の裏付けが伴えばいいんではなかろうかという気がしないでも無い。
「何で視聴覚教室なんだろう。津島さん、心当たりは?」
「放課後、あそこは滅多に人が来ないからじゃないかしら」
「そっか……」
「それでは行きましょうか」
津島さんはボク達を引き連れてドアを開け、白梅会の小屋を後に――。
「えええっ!?」
足を踏み出した瞬間、グニャリと視界が歪んだ。世界から音が消え、地平線と空、光と闇が溶けあう奇妙な世界。気が付くと僕はそこに立っていた。
「みんな、来ないで!」
津島さんが放つ悲鳴混じりの警告。でも、それは間に合わなかった。気が付くと、五人ともこの見慣れない結界に立ちすくんでいた。
「おいおい、視聴覚室で待っている、じゃないのかよー」
「やられました。見事なフェイントです」
浅見さんとアヤメが思い思いに語り、辺りをきょろきょろと見渡す。だけれども入り口も出口も見当たらない。キノコのやつら、白梅会のドアに結界の入り口を張ったという訳だ。永遠に広がっているのか、それとも広がりが無いのかさえ不確かな世界だった。
『くっくっくっ……魔法少女共! 楽しい時間の始まりぞ』
ベタなセリフと共に、あちこちから、まるでチューブを思いっきり握ったみたいにニュルニュルと姿を現すキノコ。その数数百……いや、数千かも。
あちこちでポフ、ポフと弾ける音。ぶちまけられる胞子。赤白茶色。色取り取りのキノコがそこらじゅうから生えてウネウネと動いていた。気が付くとここはイメージ通りの腐海の森、キノコの園だった。
「視聴覚室まで待ち切れなかったのかしら? 甲斐性が無いのね」
穏やかな口調の津島さんは油断なく辺りを見回す。そんな彼女の問いかけにキノコは答えず、一方的に言いたいことを見えない口で喋り続けていた。
『我らが結界にようこそ。さて、嬉しい知らせだ。この亜空間は我が紡ぎし物。うぬらに解除は出来ぬと思うぞ? そして仮に我らを滅ぼしたとしても、うぬらはここから抜け出せぬ。さあ、どうする? 囚われの小鳥たちよ』
再び、魔法少女(一部、魔法少女らしき魔法少女じゃない二人も混じってるけど)とキノコとの戦いの火蓋が切って落とされた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――まずいわね」
ヒメサユリの衣装を身に纏った魔法少女、津島さんは肩を上下させ、荒い息と共にそう言った。いつもクールに振る舞う彼女らしくない、かなり余裕の無さそうな表情。
津島さんがこんな弱音を吐くのを見るのは初めてだった。
『魔法少女よ。集中力が欠けて来たのではないかな?』
一方、キノコの活力は無尽蔵だった。倒しても倒しても、続々と湧きだしてくる。
「危ない、深央!」
浅見さんが津島さんの手を引いた。ついさっきまで津島さんがいた空間を何かが貫く。それは射線の先にいた可哀想なキノコへとかかり、ジュウジュウと音を立てて崩れ落ちる。
魔法少女達は疲労困憊の色を隠せないでいた。浅見さんの身体へ引き寄せられるようにもたれかかる津島さん。彼女の魔力は目に見えて分かるくらいに消耗している。
「深央?」
「大丈夫……r・i・s・t・a d・r・ö・m ~ 去れ幻惑の霧、来たれよ現世!」
津島さんは何度か目の呪文――結界解除の呪文――を唱えた。彼女の喉はいつしか嗄れ、その嫋やかな声に、まるで岩を擦り合わせたかのような疲れた色が混じっていた。
しかし今度も彼女の願いは叶わなかった。相変わらず地平線と空はもやっと繋がり、ボク達はキノコと共に、夜か昼か判別できない白日夢のような空間に取り残されている。
キノコの言葉はハッタリでは無かった。この結界の解除は、津島さんの力を持ってしても無理なようだった。
「――ねえ、アヤメ?」
「はい、姫様?」
「この状況、どう思う」
「そうですねぇ……」
彼女は口元に手をやり、目を泳がせた。傍らでは香純ちゃんが防御魔法を展開して、キノコからの攻撃を防いでいる。
「結界はキノコの言うとおりでしょう。全滅させたとしてもワタシ達がここから解放されることは無いかもしれません」
「そうか。ということは、先ずはこの結界を何とかしないと」
「ええ。ただ、望みはあると思います」
「というと?」
「キノコの無尽蔵とも言える魔力――いえ、例えるなら――です。要するにキノコのエネルギー源です。いくらなんでも無から造り出すことはできないはずです」
「つまり、魔力の供給源が何処かにあるって言いたいの?」
「……マナをどこからか集めている、ということでしょうかぁ?」
防御の手を休めず香純ちゃんが尋ねてきた。アヤメは彼女へと振り返り、答える。
「はい。あるいは違う形態のエネルギーから変換しているのかも。いずれにしても一つ言えるのは……」
「言えるのは?」
「見渡す限り、この空間にそのエネルギー源は無さそうです。となると、この結界と他の空間との間に何らかの繋がりがあるはずです」
「つまり、この結界は完全に閉じている訳じゃいということ?」
「そのはずです。もし見つける事ができれば、それが突破口になるかも」
そう言うとアヤメは自身の装備、少し大きめの魔法のステッキを思わせる儀仗兵器〈ルナケフリ〉を掲げ持った。
「そう何度も撃てませんが、フルパワー攻撃で薙ぎ払います。キノコはダメージを受けた分を補おうと、他の空間とのチャネルを開くはず。その機を逃さず、空間スキャンをかけてみようと思います。姫様、力の行使の御承認を!」
「え? ああ、もちろん」
「ありがとうございます。では行きます――」
アヤメが口の中で何か呟くとルナケフリは白熱に輝いた。刹那、アヤメの見据えた方向に目も眩むような光の束が真っ直ぐに迸る。ルナケフリを小脇に抱え両手で握りしめるアヤメ。ゆっくりルナケフリを振るうと、彼女の放つ光もそれに従う。
威力は絶大だった。光に飲まれ弾け飛ぶキノコ達。キノコの群れは、一気に半数以下となった。
アヤメはルナケフリを両手に握りしめたまま目を瞑る。きっとキノコが空間を開く瞬間を待ち受けているのだ。
その時のこと。
『――成る程。トールケルの魔女が言っていたことは本当のようだ。スィンガリズィの力は厄介、という訳か。よかろう……トールケルの魔女から授かりし力……ニヴルヘイムの檻へうぬらを誘う!』
地底から響いてくるようなキノコの声。だけどまるっきり意味の分からない言葉。
ところがその言葉を聞いた途端、香純ちゃんは大きく目を見開き、幽霊でも見てしまったかのような真っ蒼な表情に変わった。
「トールケルの魔女!? 何故貴方がその名を? 教えて! キスゲの魔女を知っ――」
香純ちゃんの声は、いつものノンビリした口調を微塵も感じさせないものだった。しかしその言葉は最後まで紡がれることは無かった。
襲ってきたのはまるで落下していくかのような感覚。視界はグニャリと曲がり、世界は暗転した。
最近PC環境を一新したのですが…あれ、フサルク(ルーン文字)フォントがサポートされてる?
なのでちょっと実験。
ᚱᛁᛋᛏᚫᛦᛞᚱᛟᛗ
r・i・s・t・a d・r・ö・m
呪文名称:リースタ・ドゥレム
意訳:去れ幻惑の霧、来たれよ現世。
魔術的ビグレップスルーナ解釈:囚れ人、旅立ち、氷の世界から日の当たる世界、軍神ティールと古き神々の眷属アウスに祈る。
さて、ブラウザでちゃんと表示されるかな。まぁ成功したとして、今のところは本文の呪文詠唱部分を(本来の)ルーン文字に置き換える予定は無しですが(きっと見辛いですものねぇ)。
肝心のお話の方は…はい、がんばります。




