[47]粘液攻撃はちょっと嫌だった
魔法少女とキノコモンスターの戦闘は続いていた。
イカガワシイキノコは早々と退場し、代わって大きいのやら、小さいのやら、平べったいのやら、束になったのやら、フニャフニャしたのやら、様々な形をしたキノコが現れては消え、様々な攻撃を魔法少女達に加えていた。
一方の津島さん達も様々な魔法を繰り出し応戦している。残念ながら、最初に放たれた津島さんの浄化魔法は本来、人間に憑りついた邪悪を滅するためのもので、この状況では使えないらしい。
そんな中、ボクとアヤメは結界の中で肩を寄せ合い、魔法少女とキノコの戦いを眺めていた。
「ねえ、アヤメ?」
「何でしょう、姫様」
「ボクらも戦闘に参加しなくていいの?」
「どうしたものでしょうか……。でもこれって、魔法バトルですよねぇ?」
君も魔法少女みたいなものだろう? と咽から出かかったのをぐっと飲み込み、もう少し違う表現で彼女に問いかけた。
「戦闘もかなり膠着しているみたいだし、手伝った方がいいのかなって」
「うーん……」
いつもの癖で右手を口元に添えたアヤメは考え込んでいた。やがて結論を出した彼女は口を開く。
「まあ確かに、ワタシ達だけ傍観者に徹するのは申し訳ないような気もしますが、餅は餅屋と言いますか、こういったことは専門家……魔法少女にお任せした方が良いのではないでしょうか?」
「そうかなあ」
「ええ、何しろワタシ達は魔法など遣えない訳で……足手纏いにしかならないのでは?」
おいおい、今度は“魔法など遣えない”と来たか。
君も魔法少女みたいなものだろう? というフレーズがもう一度頭をよぎる。それを無視してボクは続けた。
「でも、せめて変身して一緒に戦う振りをするとか?」
「えっと強化防護服を装備して……ってことでしょうか。うーん、ちょっと悩ましいところですねぇ」
「どうして?」
「何しろ強化防護服を運用するには戦闘統括用のシステムを作動させる必要がありまして。システムを起動するのって、物凄い経費がかかるんですよ」
「経費って……君の下着を転送するのに給料の二年分くらいかかるって言うあれ?」
「いえいえ、それとはケタ違いの金額だったりなのです。とても個人では払いきれないような額なんです、実は」
「そうは言うけど、この間の騒ぎでは好き勝手に変身してたじゃないか?」
この間の騒ぎってのは、〈ストリングス〉とかいう怪物がこの街を襲ってきた事件。それが元で、ボクとアヤメ、そして魔法少女達との関り合いが生まれた。
その後も〈糸胞〉という厄介な物体が降り立ったりして、魔法少女のお手伝いで変身することも、ちょくちょくあったのだけど……。
「そうですよねぇ。はい、そうなのです。一応ワタシにもシステム起動の権限が与えられていることは与えられているのですが、それはあくまでもワタシの任務の枠内、つまり“姫様の護衛”という理由付けが必要な訳でして……。しかも権限行使した後は、報告書とか色々と書かなくちゃならなくて、とっても面倒なんです――」
本当に面倒くさそうな雰囲気が、彼女の声の調子から滲み出ていた。
ボクにはあまり見せないけどアヤメ、お役目関連で色々と苦労してるっぽい。
「――しかもほら、この間なんて必要も無いのに悪ノリでシステムを起動してしまって……その時は通常の報告書の他に、顛末書とか理由書とか……もう、とっても本当に大変だったのですよぉ。まるで反省しかない訳です! どうしましょう、それが原因でもしも今の任務から外され……姫様と離れ離れになったりしたら、ワタシ、生きていけません!!」
涙目になるアヤメ。なるほど、そんな事情があったのか。
「泣くなよ、アヤメ。大丈夫だって。万が一にでもそんな事になら無いよう、父さんに言っておくから」
「うるうる……有難いお言葉ですぅ……姫様ぁぁぁ」
「それにほら、父さんも母さんもアヤメのこと気に入ってるんだし」
「そうでしょうかぁ……」
「そうだよ。これからも頼むって。ほら、このティッシュで鼻をかんで」
「ありがどうございまずぅぅ……姫様ぁぁ……ちーん」
というか、アヤメが居なくなったらボクが困る。もしもアヤメの異動なんて話が出たら、全力で阻止するつもりだ。
「ところでさ? 変身するのって、君でさえそんなに面倒なんでしょ? てことは、ボクの場合はどうなるの? やっぱり君の許可が必要とか?」
「え?」
アヤメは、なんかとても不思議そうな目でボクの顔に焦点を合わせた。
「何を言ってるのですか? だって、姫様の場合は……ほえっ!?」
しかし彼女の言葉が最後まで語られることは無かった。
アヤメを引き寄せて、力の限り抱きしめたから。
別に酔狂でもなければ、頭がおかしくなった訳でも無い。理由は単純そのもの。アヤメの後ろ、すぐ向こう側にキノコが出現したからだった。
妙にヌメヌメとしたそいつは躰を膨らまし、こっちに向けて何か液体を噴射した。
彼女の手を引いて逃げる余裕など無かった。ボクはそれに背を向けアヤメに覆いかぶさった。
「うぎゃぁぁぁぁっ!」
この情けない悲鳴はボクが発したものだった。
ヌメヌメとした気持ち悪い粘液が背中を滴る。制服越し――なんだけど肌に直接かかったような、心底嫌になるような感覚。
「ひ、姫様!?」
アヤメは目を大きく見開き小さな悲鳴を上げた。ボクはアヤメを抱く腕の力を緩める。
「だ、大丈夫……気持ち悪いってだけで、特に命に関わるものじゃ無さそう……」
咄嗟の行動だった。もしもアヤメにかかっていても大したことは無かったはず。だからボクのやったことなんて無意味だった。けれども、この気持ち悪い思いをアヤメがしなくて良かった。それだけが救いだった。
拍子抜けしたボクは、脚の力が抜け膝をついた。今度はアヤメがボクのことを支えてくれていた。
相変わらず情けないやつだ――ボクは自己嫌悪に陥る。その時だった。
「!!」
それは声を伴わない叫び。アヤメは涙をぽろぽろと流していた。ギリギリと歯を噛み締め、誰もがまるでお人形のようだと形容するその整った顔は、苦悩に歪んでいた。
彼女は半袖の制服に顔をうずめ涙を拭きとると、もう一度叫んだ。
「ごめんなさい、姫様! ワタシがお守りしなければならなかったのに!」
まくしたてるアヤメに、ボクは小さく首を振り答えた。
「……そんな怖い顔をしないで、アヤメ? 何とも無いから」
「いいえ、姫様!」
立ち上がる彼女の肩からは、ゆらゆらと怒りの焔が昇っていた。
その瞳には、まるで見たものを焼き尽そうとするかのような炎が揺蕩っていた。
まるで怨嗟の言葉を吐き出すように、彼女は悔しそうな声を漏らす。
「私を守ってくれた姫様を守れなかったワタシを許せないのです! 情けなくて死にそうです、自己嫌悪です。そして、姫様に刃を向けた愚弄すべきこの下郎もまた許せないのです! このやり場のない怒りの矛先……殲滅なのです。殲滅するしかないのです! urR=kraft!」
アヤメは変身の呪文――正確には、システムを起動するための符牒を言い放った。
次の瞬間、光が彼女の元に集まり、彼女を祝福するかのように纏わりついた。
王国の第一近衛師団所属、第一王女護衛の特命任務を請け負った機動歩兵である彼女、ジーノ=アヤメは、任務遂行のため特別に調整された強化防護服を纏っていた。
それは何処までも儚く、そして天女の纏う羽衣のように美しい衣装。
少し薄紫がかった白に山吹色と薄紫のアクセント。白鷺の羽を思わせるマント。彼女の衣装、そのモチーフはシャガの花だった。
「ミヤコ王女殿下護衛のフラグはたった今、立ちました! 敵を蹂躙する条件は整ったのですっっ! さあ、見ていてください姫様! 行きますっ! freyr! freyr! freyr!」
アヤメはそう言うと、炎の攻撃術式を乱れ打ちし始めた。そこらじゅうで上がる爆炎。吹っ飛ぶぬるぬるキノコ。状況は混迷を極めていた。
『ば、馬鹿な!? 魔法少女がもう一人……しかもマナをまるで感じない娘が、か?』
キノコの王国――あるいはキノコワンダーランドのような様相を見せるこの結界の中で、キノコの言葉が木霊する。その言葉の主が何処にいるのかまるで分からない。
ただ、そのキノコの親玉がこの空間を俯瞰し、ボク達のことを見ていることは確かなようだった。
「姫様! 今、カズミさんを呼んできます。念のため回復魔法をかけてもらいましょう。それまでの間、ご辛抱を! a・r・n・i、大鷲よ我を乗せ静かに飛び立て!」
「ちょっと待ってアヤメ、何かおかしい!」
ボクは焦躁の混じった声でアヤメの飛行魔法発動を遮った。この不快な感じの正体が少しずつ分かってきたのだ。
キノコの放った粘液は制服を溶かしていた。既にセーラー服の背中の部分は無くなり、首の辺りで辛うじて繋がっているだけ。それだけではなく、スカートも腰の辺りがボロボロ、立ち上がったら落っこちてしまう状態だし、ブラも後ろの部分が消え去ってしまったらしく、胸の辺りがとても頼り無い感触だ。
そうこうしているうちにも、制服の浸蝕被害はどんどんと広がっている。
「どこまでもスケベなキノコなんだ! というか……あちちっ! なんか肌が焼けるように熱い!?」
「あああっ、姫様!? すぐに変身して下さい! 強化防護服の生態回復機能を使いましょう!」
「そうだった! urR=kraft!」
ボクの呼び掛けに応じて、再び光が集まる。今度はボクの周囲に。
不思議な力を持った光は、ただの布切れになりつつある制服と下着を引き離し、その代わりとして、新たな衣装をボクの身体へと巻きつけていく。
その衣装はアヤメと同じ、彼女の言う強化防護服。
だけどボクのそれはモチーフが少し違っていた。完全な純白とエメラルドのように深い翠のアクセント。幾重にも重なるフリルは、エーデルワイスの花弁を思い起こさせた。
「姫様、お身体は大丈夫でしょうか?」
ボクの傍らに傅くアヤメ。ボクは答える。
「大丈夫。焼けつく様な感じも収まった」
「良かった! では戦闘を続けます。ワタシから離れないでください、姫様」
アヤメの手を借りて立ち上がった時。キノコの声が上がった。
『ば、馬鹿な!? あれはまさか……』
『魔法少女……否、それよりも上位の存在!』
『あり得ぬ。あれは幻の存在ではないのか……プリンセス、だと!?』
『古の伝承にある!?』
『何故この時空に。どういうことだ』
それまで同一人格だったキノコが、まるで自我が分かれたかのように会話を始めていた。
「――遅かったわね、エーデルワイスの君?」
ヒメサユリの君――津島さんはそう言うと、跨っていた箒を器用に持ち直し、空中からボクの傍にすたりと降り立つ。香純ちゃんと浅見さんも一緒だ。
「魔法少女、勢ぞろいですねぇ……」
「さーて、ここいらで決着を付けようかー?」
集まった五人は、肩を寄せ合うようにして並んだ。不思議なくらいに心強さを感じる瞬間だった。
「さあ――そろそろ決着をつけましょうか。楽しかったわ、キノコさん達……どんな魔法で決着をつけるのがお望みかしら? 丸焼き、氷漬け、それとも分子レベルで粉々にして差し上げましょうか?」
いかにもお嬢様といったツンとした仕草で、やたら不穏な言葉を吐く津島さん。というか、そんな魔法を使えるのなら何故もっと早くやらない?
『ぐぬぅ……止むを得ぬ! ここは一旦、矛を収めるとするか。だが忘れるな、我らはすぐ側に居るぞ! せいぜい、目に見えない恐怖に怯えながら過ごすことだ……はっ、はっ、はっ……』
そう吐き捨てると、キノコは消えた。
「……へくち」
机の上に横たわる委員長のクシャミが、シンとした空間に響き渡った。




