[04]命の恩人!? このボクが?
ボクは鏡に向かって手を伸ばす――鏡の前にいる女の子も、同じように手を伸ばす。
鏡の少女とボク。二人の手が合わさる。もう片方の手で、自分の顔をなでる――これがボクの顔? それは間違いないような、でもそうじゃないような――困惑の振り子はやや後者に揺れる。
そもそもボクは女顔という訳じゃない。そうだったら、もうちょっとモテていた可能性だってある――いや、男にモテルという意味だったら真っ平御免だが。かといって、男らしい顔という訳でもない。
まぁ、小学校時代の演劇。シンデレラをやった時のことだ。クラスの女子達を差し置いて意地悪な姉Aを演じたことがあったっけ……まぁ、その程度には中性的な顔つきだったかも。
くらくらする頭に鞭を入れ、もう一度、鏡を良く見る。
顔の造形に関わる基本的なアイデンティティはほぼ変わっていない――と思う。
でも――まず、少し顔が小くなったよう印象だろうか。輪郭が心持ちほっそりとしたような。特に顎のあたりは随分とスラリとした印象。二重瞼の目はあまり変わらないようだけれども、小顔になった分、ちょっと目が大きくなったようにも感じる。
男にしては長いと言われてきたまつげと、切れ長の目。どちらかと言えばおっとりとした造形の中で、ここだけは何処となく気の強さというか、姉A的な雰囲気だ。比較的、彫が深い方だと思っていた目元あたりは、かなり女の子っぽい感じに。たぶん、この違いが一番大きいかも。
――って、いかんいかん。思わず冷静に状況分析などしてしまった。そもそも、これは一体どういうことよ!?
そして――恐る恐る視線を下の方へと向ける。もちろん、どういう状況になっているかは良く判っているつもりだ。でも、改めて注視すると……。
なだらかな稜線を描く狭い肩。ちょっとばかし控えめな、でも、十分自己主張している胸、なかなかエロチックなカーブを描く細いウェスト。真っ白で柔らかそうな肌はこれまた優雅なカーブを描いて悩ましい腰付きへと続く。そして、その、その大事な場所には――
「ぎゃ、ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
――ボクはもう一度叫んだ。脱衣所の扉を乱暴に開け、訳も判らず走り出す。
「きゃん!!」「うわぁっ!!」
脱衣所の前。そこにはあの少女が立っていた。正面衝突するボク達。折り重なるように床へと倒れ込む。そしてそのまま、見つめ合う二人。
「…………」
無言のまま、ゆっくりと目をそらす少女。しかしその横顔は、何やら誇らしげな、期待に胸をふくらましたような、ちょっと恥ずかしげな、意味深な表情を見せている。
「……そんな、お会いしてイキナリなんて……まだ心の準備が……でも……姫様とだったら……ワタクシの貞操も……」
「違ぁ――うッ!! そういうお約束はいいからっ!!」
「……あああ、どうしましょう……姫様とワ・タ・シ……禁断の肉体関係……そっけない態度をされてはいてもまだまだお若い姫様……きっと、湯浴みをされている間にムラムラと……このワタクシめに、お手つきをされるのですね?……」
「頼むから、話を聞いてくれよォォォォ!?」
「あ・あ・あ・あ……あ、はい・い・い……姫・様……の・御命令……と・あらば……例え・女・の・子・同士……で・で・で……も……」
途切れ途切れの彼女の言葉――ボクが彼女の肩を掴んで揺さぶるのに合わせ、カックン、カックンと前に後ろにと首を前後させている――なるほど、こんな風にされると、こうなっちゃうのか。
でも、そっちがそんな態度を変えないのなら、こっちだって……ほらほらほらほら……。
「ひ・ひ・ひ・姫・様……ぁぁぁ……ギブ……ギ・ブ……ですぅ……うぐッ!?!?」
突如、大きく目を見開き真っ青になる少女……え? ま、まずい! これって……。
「……げ……げぇぇぇ……」
浴室に駆けこむ少女……三半規管にかなりのダメージを喰らった模様。ちょっとやり過ぎたかも。まぁ、でも風呂場の前で良かった……お互いに。
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「……申し訳ありません……つい、調子に乗り過ぎてしまって……」
「いや……こっちこそ、ゴメン。大丈夫?」
「はい。姫様にはしたないトコロを見られてしまい、自己嫌悪です……」
胃の中を空っぽにしたであろう彼女は、ボクの前に正座で座り、かしこまった表情で謝り始める。ボクも彼女につられたのか、同じように正座で座り直していた。
こんな風にしおらしくしている姿を見ていると、彼女にとても悪いことをしてしまったような気になる……正直、かなり後悔。もうちょっと謝らないと……。
「本当にゴメン。キミに命を助けられたっていうのに、こんなことをしちゃって」
「……はい?……」
そうなんだ。きっと、ボクは彼女に助けられた。
あの怪物――この少女が戦っていた相手。そこに、ノコノコとボクが現れた。きっと、この華奢な少女は最後の力を振り絞ってあの怪物を倒し、巻き込まれたボクをウチまで運んできてくれたんだ。
「ボクは多分、生死を彷徨う様な大怪我をしたんだよね? それをキミは魔法か何かで救ってくれた。でも、その時の手違いか何かで、女の子として再生してしまった……」
「は?……はぁ?」
「うん、わかっている。実は、この間までやっていたゲームはそんな内容だったりするんだ。という訳で、大丈夫。状況は理解できたよ……まぁ、さっきはちょっと取り乱しちゃったけど、こういったお約束のパターンはいろいろと熟知しているつもりだ」
「……そう……なのですか?……姫様のおっしゃっていること、よく……わかりませんが」
「でね?」
「はい」
「ボクの姿を、元に戻してくれないかな?」
「???」
目の前に座る少女は、藍色と翆色が混ざったその瞳でボクのことをキョトンと見ていた。ボクは彼女の手を握り、畳み掛けるように言葉を続ける。
「まぁ、正直に告白するとボクも男だ。女の子の身体になって、あんなこととか、こんなこととか、妄想しない訳でもない。でもね、そんな夢のようなことがいざ現実になると、いろいろと考えちゃうんだ……これじゃ、いけないって」
「……???……」
「ある意味、惜しいことだと思う……いろいろとムフフなことを楽しんでから、元の身体に戻っってもいいんじゃないかって……いや、こんな変態チックなこと、キミだから正直に言えるんだ。出会ったばかりだけど、キミが信用できる人物だって、何となくわかる」
「……はぁ?……ありがとうございます……」
「でもね、女の子の体になって欲望を満たすなんて、とても虚しいことなんだ。すぐにでも男の体に戻らないといけない……そうしないと、ボクは堕落してしまう……わかってくれるかな?」
「……あの?……」
「うん。じゃあ、元に戻してくれるんだね?」
「……何のことか、サッパリ分からないのですが??……」
――うん、そうなんだ。あは……あははは…………。いや、くじけないぞ!
もう一回、ループだ!!
「キミは大怪我をしてボロボロだった……」
「はい! もう、大変でした。足は吹き飛んじゃうし、手は食べられちゃうし、内臓まで飛び出しちゃって……とっても、どうにも、大ピンチだったんです!!」
「そこに、ボクがやってきた」
「はい! いやー、偶然というか、運命的な出会いというか……あ、でも姫様のお住まいのすぐ側ですし、姫様が帰宅されるはずの時間帯でしたので、心のどこかで“ひょっとしたら”という想いはあったんですよ!」
「そして、ボクは怪物との戦闘に巻き込まれて大怪我をした……」
「いえ?……姫様はかすり傷一つしていないはずですよ?……というか、万が一にでもワタシのせいで姫様が大怪我でもされたら、それこそワタシのクビなぞスポーン!……いえいえ、ミヤザワケンジ的表現で言いますと“シュッポーン!!”て感じで跳ね飛ばされてしまいますうぅぅ!」
「??……で、キミがあの怪物を倒して、ボクを助けてくれた……」
「逆ですぅぅぅ! 姫様が、自ら、恐れ多くも危険を顧みず、颯爽と奴をブチノメして、ピンチだったワタシを救ってくれたんですぅぅぅ!!!」
「……は?……」
「もう、ワタシ感動してしまいました……姫様の覚醒!! 圧倒的戦闘力!! 氷の様に冷徹な攻撃!! そして、血まみれのワタクシを慈悲深くも抱きかかえてくださって……ああ、そのお姿、この目にしっかりと焼きつけておりますぅぅぅ!!!」
「??……は?……は?……」
「もう、ワタシの脳内で何回リピート再生したことか……未だにあの情景をオカズにご飯三杯はイケちゃいます!!」
「????????????」
「あ、そうそう。その時の映像……ワタシの目に焼き付けられた最高のエンタテイメント、一緒にご覧になりませんか!?」