[46]それは言葉通りのおぞましい光景だった
ごめんなさい。今回の話、下ネタありです。そっち系の展開は苦手なくせに勢いで書いてしまいました。このまま投稿するか悩んだのですが…ご容赦を。
「キ、キノコ……!?」
誰かが思わず口にした言葉。目の前に繰り出された変異は、まさにその言葉通りの光景だった。委員長のうなじの辺りからニョキニョキと生えてきたのは、腕ほどある大きなキノコ。毒々しい色をしたそれが傘を開く。
『くっ、くっ、くっ……怯えておるのか? 隠さぬでも良いぞ、心置きなく恐怖するが良い。拙者の真の姿を心に刻み付け、心の底から絶望を噛みしめることを許すぞ! さて、人間共よ。どう出るつもりかな? それとも恐怖で身動き一つできないか。滑稽な!』
つられるようにして津島さんの手がピクリと動く。
『おっと。今、拙者を引き抜き、この娘を助けようなどと思ったか? 無駄よ。知っておるか? うぬらの見ているこの子実体は、キノコの一部に過ぎぬ。本体である我が菌糸体はこの娘の奥深くにまで根を下ろしておる。下手にひっこ抜こうとするとこの娘の……って、おい!?』
津島さんは委員長から生えたキノコを鷲掴みにして引っこ抜くと、ポイと投げ捨てた。
「え、えっと……津島さん? このキノコ、何かそれやるとヤバいって言ってたような」
「ん……? そうだったの?」
どうやらキノコの言葉がハッタリだという確信があった訳では無くって、単純に話を良く聞いていなかっただけらしい。
だけど、まるで道化のような役回りを演じることとなったキノコとしてみれば、気持ちが収まるはずも無い。何処からともなく、心持ち不機嫌そうな声が響き渡った。
『うむむ……大胆不敵な娘よ。よかろう! 望み通り地獄を見せてくれようぞ!』
言い終わるが早いか、裸のまま横たわる委員長の首元から、腕から、お腹から、キノコが次々と生えてくる。かなりエログロちっく。さしもの津島さんでさえ、ギョッとしたような表情で仰け反るのをボクは見た。
状況はそれだけでは終わらなかった。畳み掛けるかのようにキノコは言い放った。
『さて。我が眷族が集まってきたようだ……』
その言葉に合わせ、勢い良く開くのは生徒会室のドア。
続々と入って来る少女達。その中には見覚えのある顔もあった。たぶん他のクラスの生徒。生気の無い無表情な顔をこっちに向けて、まるで壊れかかった機械の如くのたりのたりと歩いてくる。ゾンビ映画でおなじみの光景だった。
ゾンビ映画と唯一違う点があるとしたら、それは井澤さんと同じように身体中からキノコが生えているということ位だろうか。
『恐怖せよ』『恐怖せよ』『恐怖せよ』……。
何処からともなく聞こえてくるキノコの高笑い。キノコには口も声帯も無いはず。だけどそれが異形のモノが発した声だというのは本能的に分かった。
白梅会の小部屋に反響するキノコの合唱に包まれ、誰かがボクの手をギュッと握りしめた。アヤメだった。続々と集まるキノコ人間に、ボク達は壁際へと追い詰められていた。
「こうなるのは当然と予想して然るべきだったわね。乗っ取られたのが井澤さんだけじゃない……何しろ、他のクラスでも同じことが起きていたのだから。さしずめ各クラスに一人ってことかしら?」
ボクは声の主に振り向く。そう吐き捨てたのは津島さん。彼女の端正な横顔から昏い笑顔がこぼれ落ちる。
でも津島さんは恐怖の感情を微塵も見せていない。むしろ、どこかリラックスした様子で壁に背を預けていた。
彼女はまるで楽しんでいるかのようだった。微笑みの中に見え隠れするチリチリとした炎は、これから巻き起こるであろう嵐のぶつかり合いをボクに予感させた。
一転、キッと表情を鋭くしたヒメサユリの君は呪文を唱えた。彼女の唇が動く度に言霊が紡ぎ出されていく。
「g・u・l・l・i~結界、発動!」
朗々とした声が生徒会室に響く。澄んだ声色の呪文が淀んだ空気に吸い込まれると同時に、視界がグニャリと歪む。それは光と影が入れ換わる合図だった。
ボク達を取り囲む物質の、全ての色と形が混じり合い、溶け出し、やがてまるでかき混ぜられた後の水と油のように分離していく。
気が付くと、白梅会の小部屋は見渡す限りパステル色のマーブル模様に覆われていた。広大な異空間。現実世界の中に生まれ、だけど現実世界との因果が断たれた魔法結界。その中にボク達はいた。
「さて――始めましょうか」
津島さんの声に、香純ちゃんと浅見さんが頷く。
三人の、三つの声が重なった。
『全ての始祖、偉大なる魔導師、レーイェストゥに誓う。
我が魂、我が心、我が意志を汝に委ねん。
時を司る秩序と天空を司る理、その隠された法に則り、
汝を讃えるガルドゥルを描き、そして唱えるものなり。
我、封印を解きて力を解放せん。
汝、大地よりたぐり寄せるたる根源の力を貸し給え――。
urR=kraft!』
光が舞った。音は光に吸い込まれ、仮初の静寂が訪れる。
光りは包む。三人の契約者を。
眩い光から解放された時、津島さん達は魔法少女に変身していた。
ヒメサユリの少女、津島さん。
彼女の衣装はほんのり薄いピンクを基調に萌黄色とオレンジのアクセント。
ミヤマリンドウの少女、浅見さん。
彼女の衣装は吸いこまれるような深い藍と紫。
リュウキンカの少女、香純ちゃん。
彼女の衣装は息をのむような山吹色と淡い黄色。その中に織り込まれた純白と橙。
変身した三人の姿は可憐で、どこか神秘的で、それでいて力強かった。
『な、なんと……魔法少女だと!?』
そう漏らすキノコの声には明らかな驚愕の響きが含まれていた。
白梅会――それは魔法少女の集い。ボクがこの隠された真実を知ることになったのは、ついこの間のことだ。
ありきたりな日常。だけどそのすぐ先には、人智を超えた不可思議な何かが渦巻いていた。それらを隔てるのは“常識”という名の薄く頼り無い帷。
この世界を取り囲んでいる秩序を乗り越え、忍び寄る怪異。少女達はずっと、そんな存在と戦っていた。
「一気にカタを付けるわよ?」
問いかけるような津島さんの声。だけどその声には、有無を言わせない意志の力がこもっていた。視線で頷く浅見さんと香純ちゃん。
津島さんは魔法のロッドを手にしていた。trekefliという名のそれを掲げ、彼女は魔法の呪文を唱えた。
「ærkriuflt・kriurithon・glæstæpæn/tol!」
韻を踏むような彼女の唄声が終わると同時にトレケフリから光が迸り、世界は目に焼きつかんばかりの爆発的な眩さに満たされた。
単なる光ではなかった。あまりの明るさに思わず目を細め手で視界を遮ったボクだったけれど、同時に暖かで優しい光だということを知った。それはまるで子守唄のように優しく空間を包み込んでいた。
『うぎゃあああぁぁぁっ、じょ、浄化~~っ』
キノコの断末魔がパステル色の空に吸い込まれていく。井澤さんから生えているキノコはポロポロと崩れ、空に溶け、霧散していった。
井澤さんに取りついたキノコだけでは無かった。キノコに寄生された少女達も津島さんが発した光を浴び、次々と崩れ落ちる。
それまでキノコに乗っ取られていた少女達の表情には生気が甦っていた。
「香純ちゃん、今のは?」
横たわる少女を抱え上げながら、ボクは香純ちゃんに聞いた。彼女の答えは予想通りのものだった。
「はい……浄化魔法、“3の言の葉、9と3と3で顕す30文字の真理”と呼ばれる呪法なのですがぁ……」
「やっぱり。それって難しい魔法なの?」
「そうですぅ。この中では津島さんしか使えない必殺技ですぅ」
「あああっ、姫様! その会話、魔法などという非科学的な現象をあっさりと受け入れておられるのですかぁっ!?」
「受け入れるも何も、たった今目の前で起こったことじゃないか?」
アヤメの抗議も今やお約束というか、ボクもアヤメも魔法少女の活躍を何度も目にして現実として受け止めてはいるのだけど、やっぱり、心のどこかで納得できない部分もあるのだろう。
そんなアヤメも浄化魔法を浴び意識を失ったままの少女達を抱え込んでいた。
コスチュームに身を包んだ魔法少女と、制服を着たままのボク達の共同作業という、傍から見るとちょっとシュールな光景かもしれない。
「それにしてもさ? 色々とテンプレな展開だけど、いきなり必殺技を繰り出すなんてところは、さすがに現実的というか、魔法少女的な創作物通りじゃないよね」
「そりゃそうです姫様。アニメの場合は構成の都合上、最後に必殺技を出さなければいけないってだけの事情ですから」
「まあね」
「ご存知の通り、戦術論で言えば戦力の出し惜しみは下策中の下策ですよ。王国騎士団・機動歩兵向け教本の、一番最初の最初に出てくる基本です! 戦力の逐次投入は……」
アヤメがそう言いかけた時だった。
ざわざわと地面が蠢く。
何だろうと目を凝らした次の瞬間のことだ。辺り一面からウネウネと生え出すキノコ。再びあの声が響き渡った。
『ぬふふふっ、人間共よ! まだ我ら菌類の恐ろしさを知らぬようだな。我らが胞子は空に漂い、ありとあらゆるものに根を下ろし、増殖することができるのだぁっ!』
復活したキノコを前に魔法少女達の間に緊張が走る。たたらを踏みながら後ずさる浅見さんと香純ちゃん。
一人、津島さんだけが仁王立ちしていた。
彼女は軽く顎を引き、その瑞々しくて形の良い唇を愉快そうに緩めるとこう言った。
「思った通りね。妙に手応えが無いと思ったの」
『ぐっふっふっ……言ってくれる。生意気な小娘め。今までのはちょっとした余興よ。さて、次はどのような趣向で行くとするか……』
さっきからずっと、キノコはオドロオドロしい言葉を吐き続けている。吐き続けてはいるが、何か必死にお約束を遂行しようとする姿勢を感じずにはいられない。
負け惜しみっぽい言葉を吐いたり、何やら解説をしてくれたり……何故かボクは(ああ、もしこのキノコに“中の人”なんて居るとしたら、彼なりに頑張ってるんだな)なんて思ったり。
そんなボクの空想をよそにキノコは続ける。
『……そうじゃのう……では、これでどうかな?』
その言葉が終わるか終らないかのうちに、ニョキニョキと何かが生えてきた。それが頭を出した時、ボクは小さな違和感を抱いた。
今までのは、例えるならあのゲームの巨大化アイテムを思わせる、いかにも“キノコ”って感じの、とても分かりやすいビジュアルだった。少し造り物っぽいキノコと言い換えてもいい。
だけれども今度のキノコは、さっきまでのとは一線を画するというか、明らかに違うモノだった。
ニュルニュルとのたうちながら這い出し、やがて全貌を現すソレ……ってゆーか……。
「おいおいおいおい! それ、駄目な奴だろ!」
思わずそう叫んでいた。
地面から完全に這い出し、ピョコピョコと歩いてくるあまりにも悍ましい物体に、ボクは恐れ慄く。それも、顔が盛大に引きつっているのが自分でも分かる位に。恐怖のあまり思わず身がすくんだ。
何とも形容し難い……いや、ソレの姿を言い表すだけなら、たった一つの単語で事足りる。ただし、可憐な魔法少女達がいる中では、口にするのも憚られるような代物だった。
はい、あれです……男のアレです。しかも戦闘態勢の。
良く下ネタでマツタケがどうのとか言うけど、そんな生易しいものじゃない。形と言い、色合いと言い……とても正確っぽいです。おまけに根元には球形の膨らみが二つ。
そこまでやるか!
『ぐふふふ……恥じらうが良い小娘共よ! “それ”に手を出せるかな? それとも、直視することさえできないかの? 所詮は小娘、耐性も出来ておるまい。ふふふふ……はっ、はっ、はっ』
勝ち誇ったかのように、ボク達を取り囲んでいるキノコは笑い出す。
「ちょ、ちょっと……ひょっとしてアレってアレ? まさか、そうなの? そういうこと? アレの形をしたキノコ??」
怯えた声を漏らしたのは浅見さん。いつもの少し茶化したような喋り方では無く、恥じらう乙女の語り口だった。
彼女は両手で顔を覆いながら、わなわなと震えながら後ずさる。ボクと体が触れ合った彼女はピクリと背中を強張らせ、真っ赤な顔で見上げた。自分の言葉が本当に現状を言い表しているのか、ボクに向かって確認しようとしているかのようだった。
この瞬間ボクのキノコモンスターに対する親近感は霧散した。あまりに邪悪で恥知らずな仕打ち。奴の卑劣さに怒りがこみ上げる。
そんなボクの感情とは関係なく、イカガワシイモノは次々と湧き出し、先頭に立つ津島さんの足元へと集まり始めていた。あまりに破廉恥な光景に、逃げてと叫ぼうとするボクの喉が凍りつく。その時だった。
グチャリ。
津島さんが躊躇なくそれを踏みつぶす音が響いた。
しかも根元の方……二つの球状の部分を踵でガシガシと踏みつける。その一部始終を見てしまい内臓の辺りがキュンとなるボク。
「何なの? この気持ち悪いの……香純、それに浅見さんも手伝って! ほら、果無さんと紫野さんも!」
ナニコレ? という表情で彼女は卑猥キノコのせん滅に勤しんでいた。それに加わる香純ちゃんとアヤメ。この二人も、何の感傷も無く、心持ち気持ち悪そうな顔で平然と。
『な、何と! この娘共……アレの姿を見ても何とも思わぬのか!? しかも躊躇なく……あり得ない程の奥手か、とんでもないビッチなのか……』
いかにも無念そうな声を絞り出すキノコ。
――あの、キノコさん。
たぶん前者だと思います……というか、そう思いたい。
恐るべし、津島お嬢様!
はい。今回の変身魔法、フル詠唱バージョンを突っ込んでみました。フル詠唱である意味は全く無いのですが、久しぶりの戦闘パートですし、気まぐれというか一度やってみたかったというか…それだけの理由です。
あと魔法関連でいくつか元ネタも散りばめたり(この話に出てくる呪文やアイテムはオリジナルでは無かったのです!)。次回、戦闘パートはあっさり終わらせる予定です。




