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姫と近衛と魔法少女(その少女はボクのことを姫様と呼ぶけれど…)  作者: 阿弖流為
魔法少女に付きものなアレですよ、アレ!
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[45]MkI・アイボール・センサー

 クラス委員長、井澤さんは放課後の美術室にいた。


 しかし彼女の部活は合唱部。美術室に来る理由など無かった。

 キャンバスを前に正座する委員長は腕を組みじっとしている。まるで精神統一を図っているかのような。


 突然のことだった。カッと目を見開いた彼女は立ち上がり、筆を手に取る。


 見る見るうちに絵は仕上がっていく。猛烈なスピード。白と黄とピンク色を中心に、アクリル絵の具がどんどんと減っていく。要するに肌色成分大目。


「――うむ。上々」


 出来上がった絵を前に、委員長は満足そうに頷いた。


 その絵はとても写実的なものだった。いや、キャンバスに描かれていなければ写真と勘違いしてしまいそうな絵だった。


 それにしても、委員長にこんな絵心があったなんて――いや、それは無い。

 昼休みの間に、そのことは調査済みだった。


 多才な彼女は勉強だけでなく、芸術方面にも長けていた。ただしそれは音楽というジャンルに関して。絵画の方は、からっきしダメだったらしい。


 浅見さんだけでなく、委員長と中学が一緒だった子も口を揃えて言うのだから間違いはないだろう。委員長の絵の才能について聞いても、みんな首を横に振るだけ。音楽が得意だった彼女も美術の成績は中の下で、そもそも授業以外で絵を描くところなんて見たこと無いというのが、一致した意見だった。


 満足気な表情を浮かべる委員長は、その絵をイーゼルから取り外す。


 よりによって、その絵の題材はボクだった。ロッカーや着替え中のクラスメイト達を背景に、体操着を脱いだまま振り向き、不思議そうな瞳で小首を傾げ、じっとこちらを見つめている。


 それにしても、この絵の、この臨場感は一体何なんだろう。まるで更衣室の空気が伝わって来るようだ。あの瞬間の熱気や匂い、少女達の会話、ざわめき。その全てが、視覚を通じて五感から立ち昇って来る。それだけ真に迫った描写だった。


 記憶だけで彼女は、この写実的な絵を描き上げたのだ。素人のボクにも、こんなことプロの絵描にもとうてい出来ない芸当だというのは分かる。


 委員長はまだ乾ききっていない絵を棚の上に隠した。そこには幾つもの絵が隠されているようで、書き終えた別のキャンバスを手に委員長は美術室を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 彼女が向かったのは資料室だった。あのコピー機が置かれている部屋。


「――井澤さん?」


 コピー機にキャンバスをセットした委員長を呼び止めたのは津島さんだった。その声に気が付いた委員長はボク達に振り向き、目をぱちくりとさせる。


「何でござろう」

「一部始終は見せてもらったわ」


 津島さんがすうっと左の掌を上に向けると、小さな虫のようなものが降り立った。


 その様子をじっと見つめる委員長。気怠そうに視線を這わす彼女の瞳に、感情の色は無かった。ただ不思議そうな表情で、その小さな蜂型の飛行物体を追いかけていた。


「はいはーい、このワタシ、アヤメちゃんが説明いたしまーす! それ、機動歩兵の装備なのです! はい、いわゆるドローンですね! 凄いでしょう? 精巧でしょう? ま、テクノロジーの違いってやつですね! 何しろ我が王国は進んでますから」


 **


 ――それは昨日のことだった。


 あの盗撮画像。津島さんはそれが写真では無く、人の描いた写実的な絵だと言い当てた。

 それが絵だなんて俄かにはとても信じられないけど、恐ろしく写実的だと津島さんは断言したんだ。

 どうしてそんな事が分かるのか、いまだによく分からない。津島さんはみっちり三十分近くかけて説明してくれた。ヒストグラムがどうとか、アンシャープマスクがどうとか、そんな断片的な用語しか覚えていないのだけど。


 そこに来て更衣室での出来事。ボク達は委員長に狙いを付けて、アヤメの超小型ドローンを放った。美術室で繰り広げられたさっきまでの映像は、受信端末でもあるアヤメのカチューシャが白梅会の壁に投射したものだった。


 そう――最初から隠しカメラなんて、あるはずが無かったのだ。


 裏サイトに並んでいたあの盗撮画像はカメラが撮影したものではなく、人間の肉眼アイボール・センサーが捉えた映像だった。


 証拠は揃い、謎は解明された。だからボク達は、委員長が美術室を出たのを見計らいここにやってきた――。


 **


「いやあ……せっかく魔法少女なのですから、千里眼で透視するとか、透明になって後を付けるとか、使い魔を放ってしまえばとか、絵面的にはそっちの方がかっこ付くと思わないでも無いのですが……いやあ、ところが残念なことに白梅会の皆さん、使い魔は持っておられないようで……。駄目ですよねぇ? 全然テンプレになってませんよね? ……って、いえいえそれは置いておいて。よいしょ……っと。まあ、そんなこんなでワタシのドローンを活用させて頂いたワケです! やりました! 科学が魔法に打ち勝った瞬間なのです! えへん!」


 アヤメは延々と自慢げに語り続ける。かなりシラケ気味な場の空気。緊迫した良い感じの雰囲気の中、ひたすら浮いていた。

 津島さんはアヤメの自慢話を無視して一歩踏み出す。


「詳しくお話を聞かせて頂けないかしら、井澤理沙さん――いえ、彼女を操っている誰かさん?」


 穏やかな津島さんの声がこの六人の他に誰もいない資料室に沈んでいった頃、委員長はその睫毛の長い目をパチクリと瞬きさせ、いつもの口調で独り言をつぶやいた。


「……あれ? 何で私、こんな所に」


 それまで無表情だった彼女の表情に色彩が戻ったような気がした。その瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。


「えっと……浅見さん? それと果無さんも。白梅会の皆さんを引き連れて、一体どうしたの?」


 不安と困惑の色を浮かべた委員長の目は、心細そうな視線で何かをボク達に訴えていた。だけどその声は、ちょっとだけ強がっているように聞こえた。まるで、胸の中で渦巻いている心細さを悟られまいとしているかのように。


 マンガアニメゲーム小説ラノベSF古典文学マイスターのボクは状況を即座に理解した。まるでありきたりなテンプレだった。もう少し捻ってくれよと思った。


 今瞬間、委員長は正気に戻ったに違いない。委員長を操っていた何者かが引っ込み、素の井澤理沙さんに入れ替わったのだ。


 だが運命は無慈悲だった。彼女の悲劇は始る――魔法少女の手によって。


「ふっ……そんなお芝居で逃げられると思って? 皆さん、準備はできて?」


 まるで勝ち誇ったかのような表情で髪を掻き上げる津島さん。頷く香純ちゃんと浅見さん。そして津島さんの号令。


「行くわよ……身柄確保ーっ!」

「きゃーっ!? な、何ーっ?」


 三人は悲鳴を上げる委員長を羽交い締めにし、小脇に抱え、走り出した。魔法バトルでも始まるのかと思ったボクとアヤメは、拍子抜けした表情で顔を見合わせつつも、三人を追っかけた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 行先は白梅会の小部屋だった。


 祭壇よろしくテーブルの上に無理矢理寝かされた委員長は、三人の手によって服を剥ぎ取られる。


「ちょ、ちょっと、やめてーっ!」

「往生際が悪いよーっ。ほら、アヤちゃんも手伝って!」

「了解ですっ! 姫様、御一緒に」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 遂に“薄いブルーと白のチェック”のアレまで脱がされた委員長は、そのまま机の上で仰向けに。何とか魔の手から逃れようと暴れる彼女だったが、四人の手によって押さえられ、体を仰け反らせるので精いっぱいという、超ヤバい状態に置かれていた。


 目の前で繰り広げられているのは完全に犯罪。洒落になっていなかった。


「つ、津島さん!? 血迷ったの?」

「ふっ。貴方から悪いものを取り除くのよ井澤さん……外科的手法でね。うふ。うふふふふふ……」

「い、いやーっ!」

「御免なさいね。痛くしないから……いえ、かなり痛いかも……覚悟してくれるかしら?」


 聖母のような微笑みを浮かべる津島さん。でも目は笑っていなかった。怖すぎです。


 犯罪以上の何かだった。委員長は青ざめ、ボクは目を背けるのも忘れその光景に見入っていた。明らかにやっちゃいけない、一線を超えた凶行。黒魔術とか悪魔払いとか、何かそんな邪悪な光景が繰り広げられる予感。


 というか、外科的手法? なんだよ、それ!


「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……」


 津島さんがブツブツと呟きはじめる。本当に黒魔術? 魔法少女のイメージとかけ離れているんですけど? というかその呪文、いくらなんでも古典的すぎます。


 緊迫の度合いが増す中。突如、委員長の口調が再び変わった。


『ぐぬぬ……まだ倒される訳には行かぬ! まだ志半ば故……止むをえぬ。ええい、小娘共! 括目せよ! そして恐れ慄け! 我が悍ましき姿を見るが良い!!』


 明らかに数多の創作物で数千回は引用されたであろう、ありきたりな言葉を吐き捨てると、委員長は静かに目を瞑った。彼女の身体に異変が起こったのはその時だった。


「……っ!?」


 委員長を押さえる四人が声にならない悲鳴を上げた。

 彼女の身体を支配している何者かの言葉通り、それはあまりにもおぞましい光景だった。


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