[44]薄いブルーと白のチェック模様
「……カメラの一つや二つ、いいじゃない。ぶつぶつ……」
捜査開始三日目の放課後。せっかく用意したカメラを取り上げられたのがまだ納得いかないのか、ぶつくさとブータレている津島さん。
何でそこまでこだわるのやら。まさか津島さん、そっち方面の趣味があるとか? そういえば盗撮画像を見ていた時の津島さん、とても楽しそうだったのだけど……。
「どういうことなんだよー、これーっ!」
浅見さんは天井に向かって吠えている。無理も無い。盗撮魔のしっぽを捕まえるどころか、その気配はまるで無し。だけど次々とアップロードされ続ける新たな画像。謎は深まるばかりだった。
「あのさ、“盗撮魔を捕まえる”というのから少し離れて、今、分かっている事実だけを一度整理してみない?」
静まり返る白梅会の小部屋。気の抜けた息を吐く二人を前にそう切り出したのは、昨日アヤメが呟いた言葉を思い出したボクだった。津島さんと浅見さんの視線が絡み合う。ボクの問いかけに、いつも通りお菓子を用意している香純ちゃんがポツリと答えた。
「分かっていること、ですか。えっと……誰かが、着替えとかシャワー中の画像を、サイトにアップロードしてる……ですかぁ?」
「うん。それともう一つ。隠しカメラは無かった。でしょ?」
「まあ、そうね」
渋々同調する津島さん。ボクはこのまま話を進める。
「他に分かっていることは何もないよね?」
「そうだけれども……」
「なら調べるべきはその裏サイト、あとは画像そのものじゃない?」
ボクの言葉を受けてだろうか、津島さんは部屋の片隅に置いてあるパソコンへと向かった。電源を入れると、カチャカチャとキーボードを打ち始める。
モニターに映し出されているのはアヤメの着替え画像。どうやら津島さん、ここにいる全員のフルサイズ画像をコンプリートしているようだ。
「……あれ?」
津島さんが声を漏らした。ちょっと驚いたような響きが混じっている。いつもより半オクターブほど声のトーンが高い。彼女は他の画像も開いて何やら調べはじめた。
「どうしたの、津島さん?」
「この画像、ひょっとするとカメラやスマートフォンで撮ったものじゃないのかも」
「え? 何で分かるの」
津島さんはみんなを手招きすると、パソコンの画面を指し示して解説を始めた。
「画像データの中に“Exif情報”っていうのが入っているの、知ってるかしら?」
ボクを含めた津島さん以外の四人はお互いに視線を交わし、その視線を津島さんに差し向けた。
「えっと……聞いたことあるかも。写真を撮った時の日付とかが埋め込まれているんだっけ?」
「あ、あれかー。場所も分かるんでしょ? そのことを知らないで恥ずかしい写真を画像掲示板にアップロードしちゃって、自宅を特定される事件が起きちゃったりー。悲劇だよねー」
「ええ。でね、カメラやスマートフォンの機種も分かるのよ――でも、ほら。こんな型番、聞いたことないわ」
ヒメサユリの君こと旧家の令嬢でもある津島深央さんなんだけど、実はこういったことに関してやけに詳しかったりする。
周囲が彼女に抱くイメージとはまるで違うのは本人も自覚しているみたいで、滅多にそういった知識はひけらかさない。だけど生徒会のサーバーを自力で立ち上げたり、あと、この間ボクらが呼び出されたスマートフォンのアプリも、津島さんが作ったオリジナルのやつだったり。
「うーむ、確かに……アルファベットと数字がたくさん並んでますね!」
「でも、メーカーの名前とかでだいたいの推測はできるわ。これはきっと、スキャナーで読み取った画像よ。しかもオフィスなんかに置かれている複合カラーコピー機ね……」
つまり、プリントされた写真をコピー機でわざわざ読み取っているということだ。そのことが分かっただけでも一歩前進だろうか。でも、何でまたそんな回りくどいことを? それにコピー機ということが分かったからって、犯人の居場所とどう結びつく?
(――あまり役に立たない情報じゃないかな?)
そう落胆しかけたその時だった。パソコンの画面を次々と変えて何やらやっている津島さんは、こう言葉を続けた。
「……このコピー機の型番、白梅女学院の資料室にあるのと同じだわ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。今日は体育の授業だ。
お昼前の三時限目に体育を突っ込むという凶悪な時間割のせいで、この一コマは空腹を訴えかける胃袋との戦いだったりする。
授業を終えたボクらは、体操服から制服に着替えるために例の更衣室へと入った。
この更衣室はとても小奇麗で、それまで通っていた市立第二高校の男子更衣室とは大違いだった。ロッカーもベコベコになっているなんてことは無く、どれも新品みたいにシャンとしている。
それには、ここが品行方正なお嬢様学校という以外の理由もあった。この更衣室が出来たのは比較的最近のことで、男女共学になる計画が持ち上がった頃のことらしいのだ。それまでは教室で着替えていたし、女しかいない女子高だからそれでも別に支障は無かったと、ある上級生は話していた。
結局、共学化の話はポチャってしまい、その名残として女子更衣室だけが残されたという訳なのだ。
わざわざ更衣室に行って着替えるのは面倒臭いというのも事実で、今でも上級生の一部は、教室で着替えているとのこと。ただ面白いもので、一種の集団心理というやつだろうか。クラスの中で教室着替え組と更衣室組に分かれるといより、クラス毎どっちかに分かれているらしい。
学校としては、向かいのマンションから教室が丸見えなので――今のところ覗きの被害とかは無いらしいけど――念のため更衣室で着替えてね、というスタンスのようで、ボクら一年生は今のところ全クラス、更衣室組となっている。
「いやあ、いい汗かきました! いよいよ夏本番になって来ましたね、姫様!」
「そうだね。というか、うっとおしい季節だよな……」
ざわめきと共に、そこらじゅうでデオドラントの『シュッ』という音。汗とデオドラントが入り混じった臭いが、むわっとした熱気を伴い更衣室を満たす。
汗で貼り付いた体操着を苦労して脱ぎ捨てると、隣のアヤメがタオルを差し出してきた。ボクはそれを受け取り、身体を拭く。
ボクはいつも、頭の中から感情を追い出してこの時間をやり過ごしていた。こんな天国のようなシチュエーションを堪能しないのは勿体ないけれど、一人女子更衣室で興奮しているなんて、そんな恥ずかしいこと気取られる訳にはいかない。
けれども。
アヤメも体操着を脱ぎ、下着姿のまま持ち込んだ下敷きでパタパタと煽ぎ始めた。そんな光景がそこらじゅうで繰り広げられている。夢にまで見た女子の着替えシーン。
一カ月ちょっと前まではボクにとって無縁の空間だったリアル女子更衣室。脳内で妄想してムフフするしか無かった女子更衣室。夢にまで見た女子更衣室での着替え!
絶対に意識しないという決意は陥落寸前だった。
そんな中、ボクは鋭い視線を感じた。クラス委員長の井澤さんがじっとこっちを見ているのだ。
「どうしたの、井澤さん?」
できるだけさり気なくボクは訊いた。
彼女はショーツにブラジャーだけという姿で腕を組み、仁王立ちでこっちを向いていた。浅見さんが言っていた通り、彼女はかなりのプロポーションだった。細く締まったウエスト、魅惑の腰つき、誇らしげなバスト。その一切合財を惜しげも無く見せつけている。いくらここにいるのは女だけとはいえ、かなり大胆な立ち振る舞いだった。
女の子の下着姿を直視しているという軽い罪悪感に、思わず目を逸らしそうになったボクはそれでも委員長をじっと見つめた。変に意識しては駄目なのだ……男の視線を気取られる訳にはいかない。
それにしても。
委員長はかなり可愛い。小奇麗で真面目な感じの面立ち。少し短めの髪はヘアピンで丁寧に整えられている。そんな一寸したコーデもその印象を強くしている。
しかし、そのボディはドーンでバーンなのだ。このギャップに興奮するなという方が難しい。ボクの視線は再び少しずつ下がっていく。
ほんのり上気した肌と、二つのふくらみを覆う布地の、薄いブルーと白のチェック模様が目に焼きつく。薄い布地は向こう側にあるどえらい膨らみを隠しきれるはずも無く、その直線的なチェック模様は、伸び伸びと大きく緩やかなカーブを描いていた。
委員長はそんな成りでボクをじっと見つめている。そんな必死に、どういうつもりだろう。ボクを挙動不審にさせてからかうつもりなのだろうか?
だけど彼女の目は真剣そのものだった。彼女はボクの質問に答えた。
「いえ、お気になされぬよう。拙者は見ているだけ故。さ、着替えを続けなされよ」
「え?」
まるで時代劇の登場人物のような口調に、ボクの返事はつっかえた。もちろん、いつもの委員長の井澤さんは、そんな言葉遣いなんてしない。
見た目も可愛いし、しっかり者で、勉強も出来て、話も面白くて、女子力も高めで。そんな誰からも好かれる、クラスの牽引役と言っていい女の子だ。
かと言ってギャグをかましている様子でも無い。そもそも委員長はくだらないギャグで笑いを取るようなキャラではなかった。
「は、はあ……」
あいまいな言葉を返し、ボクは着替えを続けた。




