[40]緊急招集!
机の中に入れてあったスマートフォンがブルブルと震えたのは、昼休みにお弁当をパクついていた時だった。こんな時間に何の着信かな? と思いつつスマートフォンを手に取ると、一緒に机を囲んでいるアヤメと香純ちゃんも同じような仕草をしている。
どうやらこの三人宛てに送られたメッセージ……ということは、やってきたのは例によってロクでも無い災難ということらしい。
ボクは渋々とスマホの画面を一瞥してから、そいつを机の中に戻した。席を囲んでいる二人は、まるでそれが無かったかのように、さっきまで続けていた会話を再開している。きっと、ボクと同じようなことを思ったに違いない。そうだよね、アヤメ? 香純ちゃん?
正直言うとこのメッセージ、できれば見なかったことにしたかった。
送信元は『白梅会』。要するに白梅女学院の生徒会見習いというか、生徒会の出先部門というか、そういった類の集まり。ありがち過ぎて笑ってしまうけど、現実に存在するのだから仕方が無い。
ちなみに、目の前にいる香純ちゃんも白梅会のメンバー。白梅会に籍を置くということはつまり、次期生徒会メンバー候補、生徒達を束ねる上位の存在ということを意味していた。そこに香純ちゃんが選ばれていることは、彼女も将来を嘱望された特別な生徒ということ。そう、香純ちゃんは凄いのだ。
ところで。
生徒の間では、ボクやアヤメも白梅会に名を連ねているというのが、衆目一致した見方のようなのだけど……。勿論そんなことは無い。誰が何と言おうと、これだけは自信を持って言える。
いや――確かに、何かある度に脅され、巻き込まれ、こき使われている。
こき使われてはいるが――それでも、白梅会に入った憶えは一切無い。というか、白梅会には一つの暗黙の了解、あるいは秘密の入会資格のようなものがあって、ボクとアヤメは絶対的にその資格を持たない。仮に望んだとしても、そもそも入りようが無い。
さて。先程のメッセージだけど、放課後に白梅会の詰め所へ出頭せよ――もとい、白梅会の小部屋まで遊びに来てね、という内容だった。できることなら、永遠に放課後など来ないで欲しいというのが、偽らざるボクの想いだ。
とは言え、校内放送で『ピンポンパンポーン~風見香純、紫野菖蒲、果無美彌子の三名は放課後、白梅会に来るように……ブツッ』などと鳴らされるような、そんなベタな昭和の学校じゃないだけ、まだマシかもしれないけれど。
でも、すっぽかした日には、そんな公開処刑が発動する可能性だって無きにしも非ず。ボクはあまり多くの選択肢を持っていないらしい。
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午後の授業もそつなく終わり、放課後はあっという間にやって来た。ボクは重い足取りで生徒会室に向かう。
もちろんアヤメと香純ちゃんも一緒。二人は相変わらず世間話をしながら僕の後をついてくる。呑気なものだと思わないでもないけど、ひょっとして気乗りしていないのはボクだけ?
ドアの前でボクは深呼吸した。覚悟を決めて軽くノック。想像したより一寸早く、ドアの向こうから「どうぞ」という声が聞こえた。何時まで経っても、この瞬間は慣れない。
足を踏み入れるそこは生徒会室。当たり前だけど。
彼等は贅沢にも教室を丸々一つ占拠している。職権乱用だ。そして、白梅会は入口付近のこのエリアを拠点として陣取っていた。
――もとい、彼女達は生徒会見習いとして、入り口付近に領地を与えられ、ここにやってくる生徒達の応対をしていた。
ここが通称、白梅会の小部屋。会議用テーブルと折り畳み椅子と、本棚と、いくつかの備品がある質素な空間。生徒会本部は、パーティションで区切られた向こうにある。そこがどうなっているのか、ボクは知らない。
そこに居たのは、憂鬱そうに頬杖をついた大魔王。その魔王様が、こちらをギロリと睨め付けて呆れたように言った。
「早かったわね。というか、入ってくる度にノックなんてしなくていいのに――」
彼女は頬杖をつく手を右から左に替え、もう一言付け加えた。
「――ひょっとして果無さん。今、私のことを地獄の大魔王、とか思わなかった?」
はい御免なさい。というか津島さん、人の心を読む能力でもあるんですか?
目の前の少女は津島深央さん。白梅会の大ボス。あ、スミマセン。睨め付けないでください……。訂正。彼女は白梅会のリーダー的存在、津島深央さん。
同時に、ボクら一年生のリーダー的存在でもある。この学園で彼女の存在を知らない生徒は居ないと思う。才色兼備、容姿端麗を絵に描いたような、まるでフィクションの世界から飛び出して来た美少女。
立ち振る舞いから何から、まるで別世界の住人。それが彼女。初めて出会った時、現実世界にこんな凛々しくて神々しい雰囲気を持つ人間が本当に存在していたのかと衝撃を受けた位、強烈な存在感を持った少女だった。
その時の衝撃は既に記憶の中の一ページとして収まっているが、津島さんの放つ強烈な雲の上の存在感はいまだに色あせていない。
ボクがぼんやりと見とれているさなか、彼女は立ち上がった。腰まであろうかという黒髪が揺れる。そのつややかな黒髪一本一本までが、まるで神秘的な輝きを放っているようだった。彼女が特別な星の元に生まれた、選ばれし人間だということは、その立ち振る舞いを見ただけで分かるような気がする。
とにかく彼女は学校の中でも一目置かれる存在で、同級生の間では『ヒメサユリの君』という通り名で呼ばれていた。ヒメサユリは高原に咲く百合の一種。儚さとか、気高さとか、そういった情緒を抱かせる薄いピンク色の綺麗な花。数が少ないとても貴重な花で、誰が名付けたかは知らないけど、彼女のイメージにぴったりだった。
津島さんはいかにも淑女的といった感じの優美な足取りで、隅っこにある戸棚へと向かった。そこにはティーセットが仕舞われている。
「お茶にしましょうか。果無さんはコーヒーだったわね」
いえいえ、それは畏れ多い。深央お嬢様のお手を煩わせるなんて。ボクは半ば本能的に駆け寄った。
「ああ、ボクがやるよ」
「姫様! ワタシもワタシも!」
「おいこら、押すなアヤメ」
「ちょっと、二人とも邪魔しないで」
何と言うか、軽く押し合うようにして、津島さんとアヤメとボクが戸棚の前に取りつく。傍からだと、世に言うキャッキャウフフというやつに見えなくも無いかもしれない。しかも、全校生徒羨望の的である津島さんを相手に。
津島さんと軽く体が触れ合った。目の前の、津島さんの香り。ほんのりとシトラス系。少しだけ、ドギマギした。
ボクとしては、これはこれで悪くないかも――。そう思ったまさにその時、この部屋に聞き覚えのある、よく通る溌剌な声が響いた。
「ありゃりゃあ、これは目に毒ねー。『ヒメサユリの君』と『エーデルワイスの君』、それにアヤちゃんまで仲良くイチャついちゃって……。もしもこんなエロエロの現場を見ちゃったりしたら、一体どんだけの生徒が卒倒しちゃうことやら」
眩しそうに目を細め、頭を掻きながらやって来たのは、隣のクラスの人気者、浅見さん。彼女も白梅会の一員。いつも津島さんをサポートしている、これまた、なかなかのスペックを持っている少女だ。
どのクラスにも一人いるだろう。スポーツ万能で、さばさばした性格の女の子。男子女子隔てなく話の輪に入ってきては、あっけらかんと、ちょっとエッチな話をしたりして。思い返してみると、中学の時もそんな子がいた。みんなに好かれるアイドル的存在。
じゃれあうボクらは、彼女の出現に動きを止めた。文句を言いながらも、どこかまんざらでも無さそうな感じだった津島さんも、ちょっと恥ずかしさを表情に残しつつも、いつもの真顔に戻っていた
これで津島さん、香純ちゃん、浅見さん白梅会メンバー三人と、何故か彼女達と行動を共にしているモブキャラ二人が、勢ぞろいした訳だ。
そんな中、香純ちゃんだけが淡々とお茶菓子をテーブルに用意していた。さすがしっかり者。全ボク一押しの素敵少女。
やっぱり素敵だ、香純ちゃん!




