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姫と近衛と魔法少女(その少女はボクのことを姫様と呼ぶけれど…)  作者: 阿弖流為
魔法少女に付きものなアレですよ、アレ!
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[38]香純ちゃんのリボンは曲がってなどいなかった

――果無はてなしみやこ君 (15歳・♀化した♂と自分では信じている)の独白――

 女子高に一人だけ紛れ込み、取り囲まれてチヤホヤされる――。


 そんな妄想を抱いたことがあるのはボクだけでは無いと思う。しかもそこが白梅女学院、誰もが認める県下有数のお嬢様学校ならなおさらだ。


 たまたま模試の会場がこの白亜の殿堂だったとき、試験そっちのけで興奮気味にきょろきょろしていたことは、今でもはっきりと覚えている。


 少子化とか生徒の女子高離れとか、パッとしない地方都市のくせに、同じ市内に女子高が四つもあって過当競争気味とかで、この学校が男女共学になるという噂もあった。


 だから中学時代はそれが現実にならないかとかなり期待していた。期待していた分、それが根拠のない噂に過ぎないと知った時の落胆は大きかったのだけど。その時の自分は、果たして今の自分を想像できただろうか。


 **


 このあり得ない状況と極度の緊張を多少なりとも和らげるために、脳内で自分語りなんてやってみよう。


 お嬢様学校潜入なんて妄想は、あくまで合法的な、しかも誰もが認めるシチュエーションの場合に限定されるとボクは思う。


 女子高に潜入して悪さを働く盗撮魔のような連中がもし本当にいたとしたら、そいつらを心底軽蔑するし、例えば、女装して女子高に入り込むなんてこと、誰かに頼まれたとする。仮にその報酬として数億円積まれたとしても絶対に断る。そんなの、真っ平御免だ。


 だって、もしもバレたらどうする?


 裏切られた事を知った女子生徒達の手で八つ裂きにされるボク。変態として後ろ指を差され続けるその後の一生。恐怖のあまり、想像するだけで震えが止まらない。とても妄想どころじゃない。


 それなら、女の子との入れ替わりなんてのは?


 潜入とか女装よりはマシだけど、やっぱりパス。だってその身体は所詮借り物。

 そりゃそんなシチュエーションのフィクションを楽しむ位までならアリだけど、自分に置き換えてみると妄想も捗らない。


 当然、入れ替わる相手はハイスペック系女子だろう。容姿端麗、スポーツ万能、オシャレや小物のコーディネートもセンス抜群、性格も良くて交友関係もばっちり。付き合いが良くてノリもいい。ひょっとして楽器なんかやってるかもしれない。そんな相手に乗り移って、どうしろって言うのさ。


 彼女が培ってきた人生。当然、彼女自身の努力が積み上げてきた評価なり、交友関係を、入れ替わったボクが滅茶苦茶にしてしまう。

 そんな恐ろしい事、できる訳がない。他の誰かが築き上げたポジションを、何の努力もしていないボクがちゃっかり借り受けるなんて、心苦しくてとてもできない。


 いかにも。ボクは自分でも嫌になる位、気が小さくて、どうしようもない奴なんだ。


 ところが――。


 あろうことか、そのボクは今、この乙女の楽園――白梅女学院の廊下を歩いている。


 今着ているのは白梅女学院の制服。ついこの間、夏服になったから半袖のセーラー服。冬服でさえ、スースーするスカートが慣れなかったのに、スカスカのヒラヒラの半袖セーラー服。落ち着かないったら、ありゃしない。


 しかも廊下ではここの生徒が僕のことをじろじろ見ている。勘弁してくれ。罪悪感と恐怖で心臓が破裂しそうだ。


 この学校に通うことになって一カ月足らず。こんなでも変な風に疑われてないらしいことは、ようやく体感できるようになってきたけど、やっぱり心臓に悪い。緊張のあまり、体がギクシャクして上手く手足を動かせない。


 しかも、よりによって今日は一人きり。いつもは一人じゃないから、多少は気が紛れるんだけど。


 というか、ボクをこの状況に追い込んだ張本人だよ! その張本人様が、

『あ、姫様。ワタシ急用ができてしまいまして……先に行ってて下さい! すぐに追い付きます』

 なんて言い残して、どっか行ってしまうんだもの。何なんだよ。ぜんぜん追い付いてきてないじゃないか!


 そうこうしているうちにもう教室だ。


 こんな日はいつもより廊下が短い気がする。きっと、良く分からない宇宙の法則によってローレンツ収縮を起こしているに違いない。今度、アヤメに聞いてみよう。アヤメならそういった胡散臭いことをよく知っているはずだ。


 ああ、気が重い。今日も彼女達に気取られる訳にはいかない。覚悟を決めて、気合と共に教室に足を踏み入れる。


 踏み入れる……。


 みんな、見てるよ……。


 いっつも、こうなんだ。何でボクのことを注目しているんだ。ボクの何がおかしい、ボクの何が変なんだよ!


 いや……変だよね。ああ、そうさ。そのことはボクが一番分かっている。


 早くアヤメ、やって来てよ。何処で油を売っているんだよぉ。


 クラスメイトの視線を掻い潜り、ボクはできるだけ自然を心掛けつつ歩みを進める。傍から見てると、とても滑稽で、ギクシャクしていて、無様な歩き方なんだろう。


 そんな時。教室の後ろに立つ一人の少女の姿が目に入った。


 ボクにとって心のオアシス。慈愛に満ちた女神!


 藁にもすがる思いで彼女の方へと進み出した。彼女もこっちに振り向く。どうやらボクの存在に気付いたみたいだ。


 それまでの緊張が一気に緩む。ああ、香純ちゃん。君は今日も素敵だ。君はボクに勇気をくれる。ボクは思わず心の中で叫んだ。


(香純ちゃん、カワイイよ、香純ちゃん!)


 十人いたら十人とも同じことを思うはずだ。


 香純ちゃんは天然ふわふわ系女の子。おっとりとした目元、ゆったりウェーブした髪、思わず守りたくなる華奢な体。ほんわかした語り口も癒されるし、全身から湧き立つ、マシュマロっぽい柔らかそうな雰囲気。もちろん超絶美少女。全ボク、羨望の的だ。


 しかもカワイイだけでは無い。面倒見が良くって、根がまじめ。お嫁さんにしたい女の子ランキングの頂点は彼女のものだ。そのことは何より、彼女の目の前にある紫陽花の花瓶が物語っている。


 そう。誰に頼まれたでも無く、朝一番に来て花の水やりを買って出ている。そんな偉いこと、誰だってできる訳じゃない。


 ……いや、香純ちゃんより僕の家の方が学校に近いんだから、ボクが朝一に来てそれをやれって話だよね。ごめんなさい、香純ちゃん。


 何はともあれ、彼女のそばにいればもう安心だ。ただ一人乙女の園に放り込まれたボクの不安も一瞬にして霧散する。


 ボクは香純ちゃんの前に立った。少し熱っぽい瞳で見上げる香純ちゃん。ああ、やっぱり抱きしめたくなるほど魅力的だ香純ちゃん。


 それにしても……相変わらずクラスみんながボクの一挙手一投足を見守っている。一体、何なんだ。ボクの何がそんなにおかしい!


 そうは言っても、さすがに一カ月以上ここにいて、彼女達がこのちっぽけで無力なボクに何を期待しているのか、おぼろげながら分かるようになって来ていた。


 ナンセンス極まりないのだけれど、どうやら彼女達はボクにその……宝塚的というか、百合的というか、夜店の出し物的というか、何かそんな類のことを期待しているらしい。


 その理由は……改めて確認するのも恥ずかしいし腹立たしいことなんだけど……。


 今のボクは、女の姿だったりする。


 そうなんだよ。誰かさんのせいで。おーい、アヤメ。何やってるんだよ。


 だがしかしアヤメを待っていても始まらない。ボクは思い切って、目一杯気取って彼女に声をかけた。


「香純ちゃん、ごきげんよう」


 少し声が上ずっていたかもしれない。


 というか『ごきげんよう』って……自分で言っといてなんだけど、こんな朝の挨拶なんてリアルでは絶滅危惧種だろう。許されるのはそれこそギャグの中だけだ。


 だけど香純ちゃんは、ボクの放った言葉を馬鹿にするようなことはしなかった。


「ご、ごきげんよう……果無さん……」


 香純ちゃんはたどたどしくそう言うと、にっこりと顔をほころばせた。その笑顔と共に、何かの光線がボクの心臓を貫く。


 ボクは彼女の放つメロメロ光線にノックダウン寸前だった……って何だよ、メロメロ光線って。この間、家の押し入れの奥から出て来た昭和のマンガに感化されたのかな?


 **


 そう。果無というのはボクの名前だ。


 珍しい苗字だってことは自認している。ガキの頃に『ハテナ氏』とか『果物さん』なんてからかわれたのも、今となっては良い思い出。


 果無都。だけどここでは果無美彌子で通っている。誰だよ、果無美彌子って。


 ……ボクのことか。でも当の本人がつい一カ月前まで知らなかった名前って一体何なんだ。


 それにしても教室中の注目が止む気配は全く無い。

 むしろ注目度ゲージはMAXを越えているんじゃないかって感じだ。


 するとどうだろう、ボクの中に潜むエンターテイナーの血がむくむくと沸き立ち始めた。クラス中がボクに何かの役を期待している。そう、ボクは根っからのエンターテイナーだ。もっともそれは、たった今脳内で付け加えた設定なのだけど。


 香純ちゃんはまだ、ボクの事をじっと見ていた。相変わらずボク達に向けられる同級生の視線。

 ボクは香純ちゃんを見据え、改まったような態度で語りかけた。


「あら、香純ちゃん?」


 こういった喋り方は概ねマスターしたつもりだ。何しろ一カ月近くもこんな事を繰り返しているから。究極奥義を極めた女の子喋りマイスターでも無ければ、それっぽく聞こえるはずだ。


 自分でもキモいと思う。だけど、こうすると何故かクラスで受けるんだ。そう、ボクにはやはりエンターテイナーの素質があるんだろう。


 言い終わるとボクは香純ちゃんの胸元に手を伸ばした。いやいや、決してエッチなことをしようというのではない。


 香純ちゃんはキョトンとした目で、ボクの手をぼんやりと見つめていた。人を疑うということを知らない、ボクの事を信頼しきっているどこまでも無垢な少女の瞳。


 ボクはあらん限り気取った声で言った。


「リボンが曲がっているわ……」


 言い終わってから香純ちゃんのリボンを結び直すフリをした。そう、真似ごと。だって、香純ちゃんのリボンは曲がってなどいなかったから。


「はい、これでいいわね」


 ついに言ってしまった。というかこのセリフ、一度言ってみたかった。特に理由は無いけれど。

 満足満足。お腹いっぱい。今日の目的達成。もう、とっとと引き返して家に帰ってもいいくらいだ。


 香純ちゃんの宝石のように澄んだ瞳がじっとボクのことを見ている。彼女はどちらかというと小柄な方。ボクとは多少の身長差があるから、勢い彼女を見下ろすことになる。香純ちゃんの整った顔が、とても近いです。至極の時間が流れる。


 相変わらずクラスの女の子達はボク達をじっと見ている。居たたまれず、ボクは香純ちゃんに囁いた。


「さあ、席に付きましょう」

「……はい」


 その時。教室に素っ頓狂な声が響いた。

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