[35]明かされる完璧魔法少女の本性?
夢を見ていた――変な夢。ボクは女の子になっていた。そのなのって、あり得ない。
黄色、赤、青、ピンク――どこまでも広がるお花畑の中、ボク達は並んで腰かけている。隣に座る少女――その子はドレスを着ていた。幼稚園に上がったか上がらないかくらいの幼い女の子。その子は無邪気な瞳で、じっとボクを見つめていた。吸い込まれそうな藍色と翆色のグラデーション、まん丸な瞳。
その夢の中にいるボクも同じくらいの歳。何でそんなことが分かるのだろうか? でも、知っていたんだ。
ボクはその小っちゃな女の子に何かを語りかける――女の子も言葉を返す。でも、ボクはその言葉が分からない。
彼女は大きな絵本を広げて、その中に描かれているお姫様を指さす――でも、彼女が何を話しているのか分からない。
(――アヤメ、何を話しているの?)
え? そう言えば何で、この幼い少女のことをアヤメだって思ったのだろう……。ボクの知っているアヤメは、セーラー服に身を包んだ十五歳の少女、そして魔法少女に変身した黒髪の女神――。
(――そうか、これは夢なんだ)
混沌としていた頭が、自分自身の漠然とした質問の答えを導き出す。少しずつそのまどろみから抜け出し始めていた。これは夢の中の出来事、揺さぶり起こされた昔の記憶だってことを、理解し始めているんだ。
(――姫様?――)
再び、彼女がボクの耳元でささやく。ああ、アヤメ、やっぱりここにいたんだ――ボクの、初恋の女の子。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「姫様ーっ……」
ゆっくりと目を開けると、そこにはアヤメの顔があった。彼女は涙をいっぱいに溜めた瞳で、ボクの顔を覗き込んでいる。
「ああああっ、お目覚めになりましたかーっ! うるうるうる……良かったですぅ……」
ボクは頭をアヤメの膝枕の上に乗せたまま、仰向けに横たわっていた。
「ああ、アヤメ……今度は何を言っているのか、ちゃんと分かるよ」
「何を言ってるんですかぁ……姫様ぁ……」
ああ、一体何を言っているんだ。本当に寝ぼけている。でも、既にさっきまでの混沌としたイメージは頭の中に残っていない。夢の中の少女のこと、何でアヤメと思ったのかさえ。
「いやぁ……参ったよ。えっと……ここは?」
――どこか公園の中。空は相変わらずパステル色だった。まだ、結界は解除されていないようだ。
「はい。何とか地下街から脱出して、反撃を加えながらストリングスの追跡を逃れているところです」
「そっか……助かったんだ……香純ちゃんは?」
「ここですぅ……」
香純ちゃんは丁度ボクと同じような姿勢で、津島さんの膝枕に頭を載せていた。
「良かった……無事だったんだね」
「はいですぅ……果無さんのおかげですぅ……ありがとう、ございました」
「それは微妙かなぁー。無事っちゃぁ無事だけど、死にかけたって言えば死にかけてたもんなー、二人とも」
「浅見さん……?」
「あんがとね、果無ちゃん……いや、美彌子っち。君のお陰で香純も、私達も助かったわー。ホント、命の恩人だよ」
「あああっ、浅見さん! 姫様への感謝の気持ちが軽過ぎですーっ! 姫様、命がけで助けてくれたんですよぉっ!」
「あれ? 浅見さんにアヤメ……いつの間にか仲良くなったの?」
そう言いながら、ボクはよろよろと身を起こす。
「命の恩人と言えば、果無さんもそうだけど、香純も、ね……二人とも、本当にありがとう」
そう語りながら、太ももに頭を乗せる香純ちゃんのことを、愛おしそうな目で見つめる津島さん。その香純ちゃんもゆっくりと身を起こす。
「果無さん、御自分を犠牲にされてまで、私を助けてくれたんですぅ……すごく痛かったですけど、果無さんの声、聞こえていましたぁ……」
「あはは……止めてよ、香純ちゃん。ボクはその……何も考えていなかっただけなんだ。そんな大層なこと、全く考えていなかったよ?」
というか香純ちゃん、アレに巻きつかれてやっぱり、相当痛かったんだ。
「この様子だとボクと香純ちゃん、かなりダメージを受けていたみたいだけど……治癒魔法でも使ってくれたの?」
「はい! というか、姫様は強化防護服の生命維持及び生体回復機能が働いて、ですが。カズミさんは津島さんの治癒魔法で、ですね!」
「そうか……まぁ、足や手を吹き飛ばされたキミがピンピンしていた位なんだから、これくらいの怪我はどうってことないんだろうけど……で、地下通路にいた怪物は倒せたんだね?」
「モチ! です。上から落ちてきたのは、姫様が消し屑に。その後、通路の奥からやってきたのは、私達三人で。その後、お二人を担いで地下通路から脱出、いくつかの戦闘を挟んでここに至る……と言う訳ですっ!」
「そっか……それとさ?」
「はい、何でしょう姫様!」
「津島さん達の誤解は……解けたんだ? みんな、普通にしてるけど」
「そうだよー。美彌子っち達の事情、ちゃんと理解したよー。だよね、深央ー?」
「……ぇぇ……」
どうしたんだろう? 津島さん、下を向いたまま小さく呟いている。
「声がちっちゃいよー、深央ーっ?」
「……ええ……」
「深央っ!」
「……ええ! それで……」
何か言いたそうにしている津島さん。
「ん?」ボクは聞き返すが、相変わらず何やらもじもじしている。
「ほらーっ、深央ーっ。ちゃんと言ってよ。謝りたいんでしょ?」
「……分かっているわっ……えっと……果無さん……」
「はい?」
彼女はボクの方へ身を寄せ、改まった態度で真っ直ぐとボクを向きあう。その瞳は落ち着きなく泳いでいたが、覚悟を決めたかのように、しかとボクの目を見つめる。紅潮した頬と恥ずかしげな表情。やがて彼女の形の良い唇が開く。
「ごめんなさいーッッ! あんなことや、こんなこと……とんでもない暴言まで吐いちゃって!……」
「……え?……」
「あああっ、私ったら、本当に思いこみが激しくって……この、馬鹿、馬鹿、馬鹿……」
そう言いながら、自分の頭をポカポカと叩きだす津島さん……えっ……どうした? まるでミスマッチなその光景。そこにいるのは何事にも動じないはずの完璧美少女。でも彼女の行動は、まるでお茶目なドジっ子。そのドジっ子が自らやらかしたヘマの恥ずかしさに耐えきれず、自虐行為に出ているようにしか見えない。
「だよねー、深央の思い込み、犯罪級だよーっ? どうにかした方がいいって」
「言われなくても分かっているわよー……あああ、穴があったら入りたい……うるうるうるうる……」
「それどころか美彌子っち達のこと、本気で丸焼きにしようとしたよねー?」
「すぐに回復魔法をかけようと思ってたのーっ!……でも駄目よね、許されないわよね……本当に御免なさいーっ!! うるうるうる……どうしたら私の罪を許してくれるの? はっ!? 私、奴隷? 果無さんの性奴隷? それなら、罪を償えるのかしら!?」
「……は?」
「あぁぁぁっ! ついに奪われる私の貞操……でも……初めて見た時から思ってた……まるで天使のように美しく気高いあなたに凌辱されるのなら、私……たとえ女の子同士でも、構わないって……」
「ちょっと、津島さん……え?……え?……どしたの?……あの……キャラ、変わり過ぎ……」
「いやいやーっ、こっちが素の状態の深央、平常運転中の深央だよーっ?」
「え?」
「うるうるうる……こんな私で、御免なさい……こんなポンコツで、御免なさい……」
おい!? 何を言っている津島さん? ポンコツ? どゆこと?
「まぁ、見ての通り……“完璧美少女”ならぬ、“完璧残念美少女”って訳だねー」
「は……はぁ?……」
「それに深央ったらさぁー。ほら、実験室での最初の戦闘。ビックリし過ぎて、変身するのも忘れてたし……ボケぇっと突っ立ってたよねー?」
「うるうるうる……蒸し返さないで……だって、果無さん達の正体が魔法少女だなんて、思いもよらなくって……頭の中、真っ白になってしまったんですもの……」
「え?……そうだったの? てっきり、余裕のよッちゃんで仁王立ちしているのかと思った……」
「でしょー? 深央ってすぐ頭の中真っ白になるんだー。でも、周りから見ると何事にも動じない、クールで冷静な美少女に見えちゃうんだよねー。ホント、得な性分だよねー」
「…………」
――まじかよ?




