[31]戦いの始まり
ボク達がいるのは校外に近い市民運動公園。そのグラウンドでアヤメの〈デュープ・パペット〉――つまり、人間に成り済ました人形を追っかけていた。
「香純ちゃんのところに行ったよ!」
「……はいーっ、果無さん!」
香純ちゃんは魔法の呪文を唱える。すると、キラキラと光る極細の魔法の糸が何処からともなく現れ、四方八方に伸びていく。全力で走る人形だったが、まるで蜘蛛の巣のように展開されたその糸にあっけなく絡み取られる。
「カズミさんったら、さすが本場の魔法少女! 手際が良過ぎです!」
「あ、アヤメ? ようやく魔法少女を認めたね」
「はっ!? ワタシとしたことが!」
「ふっふーん。こちら側の世界にようこそ」
「うーん……仕方がありません、認めましょう。目の前で起こっていることを否定する程、ワタシも頭が固くは無いですっ!」
いや……今まで散々否定してきたのは無しかよ。
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「さて……じゃ、この方を元に戻しましょう……エゼル・ケン・フィオ!……導け、時の狭間に空きし扉。来たれよ、眠れし乙女たち!」
アヤメの呪文と共に、何度も見た光景が再び繰り返される。ついさっきまで人間に成り済ましていた人形。その人形が光に包まれる。次の瞬間、そこには裸の女の子が横たわり、彼女の身を包んでいたであろうユニフォームが傍らに落ちていた。
「こうなるのですかぁ……でも、一週間も入れ替わっていて……本人は大丈夫なのですかぁ?……ずっと、飲まず食わずで……」
「はい。亜空間の中では、時間の流れはとっても遅くなっています。ついでに言いますと、〈デュープ・パペット〉のメモリ情報は本人にフィードバックされてますので、入れ替わっていた間の経験も、本人の記憶として残ります」
「つまり、本人は亜空間に飛ばされていたっていう認識は無い訳だね……言ってみれば作り物の記憶だけど」
「じゃあ、メデタシ、メデタシですねぇー……」
「そうとは言い切れないかも……人形の人工知能って結構おバカだから……」
「どういうことですかぁ?……果無さんー……」
香純ちゃんは召喚した少女に服を着せながら、不思議そうな顔で聞いてくる。
「きっとね。この一週間、いろいろとヘマをやらかしているに違いないんだ、この人形。で、彼女自身はそれも自分の行動と思い込んでいるってこと……ちょっと可哀そうだけど」
「この一週間、恐るべき黒歴史が刻みこまれてしまった可能性がある訳ですね……ああ、恐ろしや恐ろしや……」
「こら、アヤメ。そもそも、キミの世界のテクノロジーがいい加減だから……」
「てへぺろ」
「……そうなのですかぁ……入れ替わったのが私で無くて、良かったですぅ……」
「それにしても、アンドロイドと人間を見分けられるって凄いや、香純ちゃん」
そうなんだ――何とか情報を探り当ててこの競技場にやってきたはいいけど、そっから一人一人確認するなんてどうするんだ? って途方に暮れていた時。香純ちゃんがこの女の子を指さしたんだ。
「はい……人形からは、マナを全く感じないのですぅ……」
「ふぅ……ん。そういえばそんな話、津島さんと浅見さんもしていたよね?」
「そうですぅ……」
香純ちゃんの説明によると、こうだ――。
マナ――つまり、魔法の源、聖なる力。でも、その量はものすごく個人差がある。マナを体内で大量に錬成できる人間が魔法少女になれるってことなんだけど、裏を返せば魔法少女で無くっても、多かれ少なかれ誰でも持っているものらしい。全くゼロっていうのは、あり得ないらしいんだ。
そして、彼女達魔法少女はマナの量を視覚的に感じる能力がある――つまり、人間とそれ以外を区別できるということ。
変身を解き、結界も解除したボク達は運動公園を散歩するふりをしながら、こちらの世界に呼び戻した女の子の姿を目で追っかける。しばらく当惑していた彼女だったが、駆け寄った仲間とニ、三言葉を交わすと何事もなかったかのように走り出していた。
「――そっか。そういうことなら、香純ちゃんが最初から仲間だったらこんなに苦労しなくて良かったのになぁ」
「世界は意外性と驚きに満ちています! というかその真実に行きあたった後、この一週間を振り返ると、一気に徒労感が押し寄せてきますッ!」
「でも、ボク達が人形と同じ……マナを持っていないってのは、ちょっとショックだよ」
「……はいですぅ……それなのに、とても強力な魔法を行使されて……とても驚きましたぁ……」
「ですから、あれは魔法では無く!……」
「はいはい。高度に発達した科学技術によるもの、でしょ? ところで、ボク達がそのマナを持っていないってのはどういうこと? 地球人じゃないからでしょうか? 検証願います、宇宙人のアヤメさん」
「はい。そう推測するのが妥当かと思われます、地底人の姫様」
「だそうです、地球人の香純ちゃん……って……あれ? 香純ちゃん!? どうしたの」
――ボクは彼女の異変に気が付く――それは、突然のことだった。
真っ青な表情、彼女は定まらない視線で空を見上げていた。
「香純ちゃん?」
「……来ます……」
「来ます……って、何が!?」
「……結界、発動します……g・u・l・l・i!」
「えっ!?」
再び、ボク達はマーブル模様、その空の下にいた。
「どうしたの? ねえ、香純ちゃん!」
「……異形のモノが来ました……ものすごい数です」
「ものすごい数って……何が?」
「……あわわわ……」
今度はアヤメが呆けた声を上げ始める――彼女もまた、空を見上げていた。ボクはそれにつられて空を仰ぐ――目に映ったそれは、あり得ない光景だった。
「……あれって……隕石?」
きっと、的外れなことを言ったんだって自覚している。でも、それしか言えなかった。真っ黒い石飛礫のような何かが、パステル色の空の中にゆっくりと動いていた。それは火花を散らし、稲妻を放ち、モクモクとどす黒い何かを曳いている。
「ストリングスです……姫様……それも、あり得ない数の……」
「…………」
そう。それはアヤメがやって来た時に、彼女を襲ったと同じ――そして彼女を死の淵にまで追いやった怪物、その同族。気がついたら、奴らが曳く邪悪な軌跡がパステル色の空を埋め尽くしていた。てんでバラバラに落ちてくる〈ストリングス〉、縦横無尽に描かれる昏い噴煙。それはまるで、死の刻印を刻んでいるかのようだった。
「……果無さん、紫野さん……」香純ちゃんは寂しそうな表情で、ボク達に振り向く。「私は……あれを倒しに行かなければなりません……さよならです……」
彼女は走り出す――そして。
「召喚……ユグドラシル!」
ユグドラシル?――そう、確か神話に伝わる世界樹。全ての源、力の根源。彼女が虚無から呼び出し手にしたそれは、箒の姿をしていた。
昨夜、ボクの部屋で聞いた香純ちゃんの話を思い出す。世界樹の力を受け継いだ魔術を操るロッド。魔法少女達はそのロッドを媒介に“マナ”を“力”へと変換し、魔法を発動する。変幻自在な“在り方”を持つそれは、普段は実体を持たない精神的なものとして彼女達の体内に宿っている。
しかし、必要な場合には彼女達の心に感応し現実世界に現示する。物質として形を持つんだ――今のように。そのトネリコの木でできた箒に跨り、香純ちゃんは飛び立つ。
「姫様!」
「うん、行こう。アヤメ!……a・r・n・i!」
ボクとアヤメは飛行魔法を発動、香純ちゃんを追いかける。先に飛び立った香純ちゃんとの距離は50メートルほど。彼女がまたがる〈魔法少女〉の箒と、ボク達の飛行魔法の速度差はあまりないらしい。距離は殆ど縮まらない。
「香純ちゃん! これってどういうことーッ?」
大声で彼女の名を呼ぶ――どうやら気付いたようだ。振り返り、速度を落とす香純ちゃん。そして、ボクと同じように大声を張り上げ、質問に答えてくれる。
「はい……私達はあれを倒さなければなりません……それが……魔法少女に課せられた使命です……」
「もう少し詳しく教えてください、カズミさん! あれ……ストリングスはこの世界には現れないはずじゃぁ……先週のはイレギュラー、ワタシの後を付けてきた“はぐれ”ストリングスとばかり思っていました……」
「え?……紫野さんの言っていた〈ストリングス〉って……あれのことだったのですかぁ?」
「そうですが……というと、ひょっとして!?」
「……はい。私達は……歴代の魔法少女は、ずっとあれと戦っているんですぅ……」
「そうだったの……ですか!?」
「どういうこと!? 二人で話を進めないでよ! ボクにも分かるように説明してくれ!」
ボクがおぼろげながらも状況を把握したのは、二人から順に説明を聞いた後だった。




