[29]対決の行先
「――aR!」
津島さんの攻撃魔法発動。気が付くと、思わず目をつぶっていた。頬に感じるのは灼熱の炎が放つ熱波。その本体が、間もなくボク達を焼き尽す――
「??」
――でも、それはやってこなかった。恐る恐る目を開く。
(香純ちゃん!?)
そこには、魔法少女の衣装で身を包み、防御魔法を展開した香純ちゃんが立っていた。
「風見さん……どういうことかしら?」
問いただす津島さん。香純ちゃんは津島さんの放った魔法攻撃から、ボク達を守ってくれたんだ。でも、黄色のコスチュームはあちこち焼け焦げていた。ギリギリの防御だったんだ。きっと、彼女は命がけで――。
「私に、内緒で……果無さん達に、こんなことするなんて、酷いですぅ……」
「だから、私達の邪魔をしたの? 貴方、何をやっているのか……」
「どうして……津島さん……私の、言うことに……耳を貸してくれないのですかぁ……」
「…………」
そう言うと、香純ちゃんはよろよろと後ずさる。
「津島さん達……私のことを、避けていますぅ……お二人だけで決めて……今だって、私のいない時に……果無さん達のこと、ちゃんと説明させてください!」
「……カズミ……さん?……」
その言葉を聞いてだろうか、アヤメが彼女の名を絞り出す。でも頭をがくりと落とし、それっきり。そう、アヤメは変身していない――ボク達を締め上げている、この魔法の蔦に対してまるっきり無力だ。
圧迫する力を少しでも和らげようと、彼女を抱きかかえているボクが腕に渾身の力を込めて抗ってはいるけど――もうそろそろ限界。津島さんは無言のまま。その時、浅見さんが声を上げる。
「……香純ーっ、誤解しないでくれよー。深央も意地悪でやっているんじゃないんだよー。君が二人と親しくしているのは知っているんだよねー。それで二人を弁護しようとしていることも……それで、君が傷つかないように私たちだけで……」
「それは詭弁ですぅ、誤魔化しですぅ」
あはは……香純ちゃん、言う時は言う……ストレート過ぎるよ。彼女はボク達の傍らまで来ると、警戒の態勢を怠らないまま、そっと声をかけてくれる。
「いま、自由にして差し上げますぅ……」
香純ちゃんは右足で地面に十字を切る。その瞬間、体を圧迫する力がふっと消え去る。今のは、津島さんの術を無効化するものみたいだ。ボク達を締め上げていた魔法の蔦は、いつしか消え去っていた。
「そう……そういうことね。判ったわ」
その様子を見ていた津島さん――彼女が、がっかりしたような表情で発したのは、溜め息交じりの言葉。
「風見香純さん、今から貴方も私達の敵……この世界の秩序を乱す、闇の者達と言うことね……」
「おい、深央!?」浅見さんが津島さんの方に振り向く。「正気なの!?」
「ええ……仕方が無いわ。それが彼女の選択……」
「…………」
泣きそうな表情の香純ちゃん。でも彼女は表情を引き締めると、ボク達の方に振り向く。
「果無さん、紫野さん……準備は……いいですか……」
それはつまり、共に闘おうという意思表示。香純ちゃんは選択したんだ――津島さん達と袂を分かつってことに。その姿を前にアヤメが頷く。
「はい……スミマセン。ワタシがウッカリしていたせいで、カズミさんに迷惑をおかけしてしまいました……urR=kraft!」
アヤメの唱える変身呪文。でも、心なしか沈んだ声のように聞こえる。
「アヤメ、体はもう大丈夫?」
「何とか……得体の知れないオカルト的方法による麻痺には面食らいました……でも、強化防護服の生体スキャン・システムが作動中……すぐに中和されるはずです」
良かった。そして、とりあえずは危機を脱した――でも、これからどうする。本気で、戦うのか? 命の取り合い? 香純ちゃんも巻き込んで?
その事実にビビるボク――でもその直後、津島さんが発したのはボクの予想を180度覆す言葉だった。
「今日のところは、この辺りでお終いね……二対三じゃ分が悪いわ……」
その言葉が終わるや否や――ボク達三人は教室に立っていた。
津島さんが、どうやったのかは知らない。生徒会室の中でも無かったし、結界の中でも無かった。つまり、津島さんの意思で、ボク達は解放されたって訳。
「……姫様……助かりました……」
「……怖かったですぅぅぅ……」
二人も心底ほっとしたような表情で、まるで覇気のない言葉を口にする。きっとボクと同じように、津島さん達と本気で戦う――そして、そのことによってもたらされる結末――その予感に怯えていたんだ。
そしてボク達を解放した、その津島さんも――ひょっとしたら?
「もう皆さん、お帰りになったのですね……」
そんな物思いを断ち切るようなアヤメの声、我に帰るボク。
掃除当番で一緒だった女の子達の姿は、すでに無かった。がらんとした教室、整然と並べられた机。その中に、ボク達はぽつんと立っている。
「そうだね……あああ、しんどかったよぉぉ。もう、駄目かと思った」
そう言いながら変身を解き、手近にある椅子に腰かける。ボク達の姿を見る者は誰もいない。アヤメと香純ちゃんも、同じようにして椅子へと倒れ込む。
「ごめんなさいですぅ……私が……ちゃんと津島さん達を説得できなかったせいで……」
「謝らないでよ、香純ちゃん! むしろ、こっちがお礼を言わなきゃいけない!」
「そうですよ!……悪いのは……ワタシです。姫様を預かったって言われて、ノコノコ付いて行っちゃったんです……申し訳ありません!」
「何を言ってるんだよ? 悪いのはボクだ……勝手に単独行動なんかしちゃって……」
――それっきり三人とも沈黙。机に突っ伏した三人が、気怠い表情で宙を眺める。聞こえてくるのは校庭にいる女の子の掛け声、時折廊下から反響してくるドアの音。
「帰ろっか……」沈黙を破り、あまりにも画期的な提案をするボク。
「そうですね……」その提案にアヤメの賛成票。
「香純ちゃん、一緒に帰ろ?」
「……はい」
「何なら、ウチに遊びに来ない?」
「……えぇ?」
「どうかな、アヤメ?」
「確かに……津島さんの言葉を信じるなら、少なくとも今日一日は大丈夫のはずですが、万が一ということを考えると、姫様のご自宅なら安全です。むしろ、今日はお泊まりするのがおススメですね……いかがでしょう? よろしいでしょうか、姫様?」
「うん、もちろん……で、どうする? 香純ちゃん」
「……本当に……いいのですかぁ?……」
「大歓迎だよ。来てくれる?」
「はいー……よろしくですぅ……あ……その前に、お家に連絡しないと……」




