[02]女の子にボクの服を着せるのはちょっと勇気がいるかもしれない
――あ、今度はちゃんと声を出せたようだ。しかし、その言葉を受けた少女のリアクションがすこぶる付きに奮っていた。
「いやぁん」
彼女は直立不動のまま、ワザとらしくそんな言葉を吐く。それが、『何で裸なの?』と聞いたボクに対する回答らしい。それはもう、“お約束”を遂行するためにのたまった白々しい代物であることは、恥じらいのかけらも無いその仕草から明らかだった。
「だ・か・ら! 何で、すっぽんぽんの、ままなんだよぉぉぉ!」
「あ、はい。申し訳ありません。着用していた強化防護服が全損してしまったもので……」
は?……パワードスーツ?
「私服はこちらで調達する予定だったのですが……ほら、イキナリこのような想定外の状況になってしまったでしょ? どうしようもなくって、姫様がお目覚めになるまで、この恰好のままお待ちしていた、という次第なのです! ああ! 何という忠実な下僕!」
「は? はい?? ゴメン……キミ、何を言っているのか判らない……だけどさ?」
「はい? 『だけど』……何でしょう?」
「そんな恰好で、恥ずかしくないのーッッ??」
「いえ? 別に……」
ううう……言ってくれる。この直後、この少女はこれまでの会話の意味不明さを、さらに三乗ほどして、混沌レベルまで水増しした言葉を返すのだった。
この少女、どう答えたと思う?
「だって、女の子同士じゃありませんか?」
「はぁぁぁぁ!?!?!?!?」
まずい、まずい、まずい、まずい。完全に彼女のペースに乗せられつつある。テンプレ通り、ちょっとエッチなシチュエーションを織り交ぜながら、少しずつ距離を縮めていこうという目論見は完全に外れてしまったようだ。
この少女、真面目そうな顔をして、真面目そうな表情のまま、真面目そのものといった口調で、さらりと訳の判らないギャグを挟んでくる。これはかなり難易度の高い攻撃だ。さっきから会話がまるっきり噛み合わない。
「えっと……じゃあ、ウチの服を適当に選んで着れば良かったじゃないか!」
「そ、そんな恐れ多い!!」
本当に、恐縮したような顔をプルプルと横に振りながら彼女は言葉を返す。その時ようやく、ボクはふと気が付く。女の子の裸を正視してしまっていることに。慌てて顔を明後日の方にそらし、さも興味ないかのような口調を心掛ける。考えてみたらまるで、ボクの方が恐縮してしまっているみたいじゃないか。
「仕方がないなぁ……じゃあ、母さんの服でも借りるか……」
「いえいえ!! そ、そんな、ワタシ如き下賤な人間が、勝手に王妃様のお召し物をお借りするなんて、そんな大それたことを!!」
「え、どうしたの? その大げさなリアクション。別に、通りすがりの助さんに水戸黄門の印籠を渡されて『格さんがいないから、じゃあ君いつものセリフお願いね』って頼まれたわけじゃあるまいし……」
「同じようなものですよォォォ! とにかく、駄目です! そんなこと、恐れ多過ぎて、王家の方に対してトンデモナイ粗相をしでかしたうつけ者として、末代まで語り継がれてしまいます!!」
「?? は、はぁ……でもなぁ。その格好のままじゃ……それなら、ボクの服でどう? あ、でも男が着ていた服なんて嫌かなぁ?」
「いえいえ! 嫌だなんてとんでもないです!……むしろ……じゅるじゅる……えへへ、姫様のお召し物……えっと……いいんですか、本当に?……いやいや、やっぱりそれも恐れ多いです……」
「あの……どっちなの?」
彼女は一瞬、よだれを垂らしそうな勢いでニへっとした顔になったかと思うと、真顔に戻る。もう一度念を押すボク。そんな黒髪の美少女は、まるで御馳走を前に『待て』を命令された子犬の様な表情で再び躊躇した後、吹っ切れた様な表情で顔を上げる。
「はい! 謹んで賜ります!!!」
**
ボクは部屋に戻り、衣装ケースからトレーナーの上下を引っ張り出す。もちろん、一片たりとも納得はしていない。ずらりと整列したクエスチョンマークがアルゴリズム体操しながら縦列行進して、ボクの頭の中をメビウスの輪みたいにしてグルグルと闊歩しているような感じ。
ここでボクは一つの選択に迫られる。下着は……どうしよう。
しばらく悩んだが――だって、女の子に男物の下着を着せちゃうんだよ? そんなの、ちょっとした変態行為じゃないか?
かと言って、下着無しでボクのズボンを直穿というのもチョッチ変態チックなプレイの様な気もする。
(でも、とりあえず持って行くだけは持って行って、判断は彼女に任せればいいよね?)
そう結論づけて、降ろしたてのボクサーブリーフと、AC/DCのロゴが入ったとっておきのTシャツをさりげなくトレーナーに挟み込んで、この意味不明な来訪者に手渡す。
「えへ……えへへへ……」
この変な少女は、何を思ったかそんな新品の下着に顔を埋めると、肩を大きく上下させてニ、三度ばかし深呼吸を始める。そっちの世界での、何か感謝を伝えるジェスチャーなのだろうか? その後おもむろに下着とトレーナーに足と袖を通すと、ちょっと女の子らしい仕草でクルリと一回転。
「え、えっと……似合いますか?」
「う、うん」
グレーに緑のアクセントが入ったそれは、彼女にはちょっと大きくてブカブカ気味だった。柔らかそうな彼女の身体を包む地味なトレーナー。その姿には、ちょっとドキッとするものがあった。
というかこの少女、良く見るとかなりスラリとした体形――派手さは無いけどしっかしとした背筋、柔軟そうな腰つきと脚、緩やかなカーブを描く肩と、そこから優雅に伸びる両腕。トレーナーを通して見ても、かなりのスタイルだ。
ついさっきまでは恥ずかしくて正視できなかった彼女の姿、幾つもの新発見がそこにあった。そしてちょっとだけ、はにかんだ様な表情――これはかなり反則だ。ちょっとときめくボクの心臓。それまでの異常なシチュエーション、彼女の突拍子のない言動よってもたらされた不信感は一瞬にしてリセット。
「ありがとうございますっ!!」
そう言うと彼女は、ボクの手を握ったままソファへと倒れ込む。その手に引っ張られてボクもそのソファへ。並んで座る二人。
トレーナーのスウェット地を通して、ほんのりと感じる彼女の体温。いつもボクが着ているトレーナー。その中にあるのは他でもない、さっきまでの彼女の身体……そんなことを想像していたボクに、彼女は屈託のない笑顔で話しかける――