[27]対決
「みゃあちゃーん、ゴミ捨て手伝ってーっ」
「ん?……うん……」
ボクに声をかけてきたのは、クラスメイトの女の子。彼女は教室の隅で、ゴミ箱を持ち上げようとしていた。覇気の無い声で答えるボク。教室にいるのはボクやアヤメを含めて六人。そう、今日は掃除当番の日だ。
実を言うと今日一日、ビクビクし通しだった。なにしろあの出来事は昨日の今日。津島さん達が何か仕掛けてくるんじゃないかって、ずっと心配していたんだ。
ところがいざ蓋を開けてみると――登校時間何もなし、朝礼何もなし、一限目何もなし、休憩時間何もなし、二限目何もなし――って感じで過ぎていき、終わってみると結局何事も無いまま。いわゆる杞憂に終わるってヤツ。香純ちゃんとも普段通り。
それできっと、油断してしまったんだ。
アヤメは黒板消しを両手に、あの機械――そう、あのチョークの粉を吸い取るやつ。そういえばあれ、何て言う名前の機械なんだろう? とにかく楽しそうに、チョークの粉をあの機械に食べさせていた。
あっちの世界には黒板消しクリーナー(正式名称を知らないのでとりあえず仮称)って、無いのかな。そもそも、黒板とチョークがあるのかどうかも怪しい。そう言えばアヤメ、黒板に字を書く時、いつも悪戦苦闘していたっけ。
そんなアヤメを見ると、声をかけるのが悪いような気がして――あまりに楽しそうだったんだ。それでボクはアヤメに黙ったまま、ゴミ捨てに出かけてしまった。
時間にして数分。教室に戻ってきたボクはアヤメの姿を見つけようとする。でも、アヤメはいなかった。ゴミ捨てに出かけた時、前の方に集められていた机はすっかり元通りになっていた。一仕事終わった掃除当番の子達は、端っこの方で世間話に花を咲かせている。
何故か分からないが、もの凄く嫌な予感がして彼女達に向かって声をかける。
「ねえ、アヤメは?」
「アヤちゃん?……そう言えば、いないね」
「どこ行ったんだろう?」
「あれー、さっき他のクラスの子が来て、何か話していたかもー」
「……え?……」
まさか――アヤメの身に、何か!? その時だ。
「果無さんー……!」
香純ちゃんが血相を変えて教室に入って来るなり、ボクの名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
「あの……菖蒲さんなのですが……」
下を向き、口ごもる香純ちゃん。漠然とではあったけどこの時、不吉な予感が現実になってしまったと確信したんだ。
「……香純ちゃん? ひょっとしてアヤメ……津島さん達に」
ボクは香純ちゃんの肩に手をかける――下を向いたままの香純ちゃん。でも、何かを決心したのだろうか。ボクの方に向き直る。
「果無さん……聞いてください。菖蒲さん……生徒会室ですぅ……入っていくところ、見てしまいました!」
「!!!!」
――目の前が真っ白になる。アヤメが一人で? 何故!?
「きっと、津島さん……お二人が別行動になるのを待っていたの……かもですぅ……」
ボクはそれ以上、香純ちゃんの声を聞いていなかった。彼女が話し終わる前に廊下へと足が向かっていた。『教えてくれて、ありがとう』――そんな当たり前の言葉さえ忘れて。
**
気がついたら、生徒会室の前に立っていた。
ここまでどんな風に歩いてきたのかさえ、覚えてなかった。憤然たる表情のまま、肩で風を斬りながら大股で? それとも、落ち着きなく小走りでここまで? それくら頭に血が上っていた。
でも、そんなことはどうでも良かった。早くアヤメを取り戻さないと――それしか頭に無かった。いずれにしても、ボクは生徒会室の前にいた。
生徒会室のドアがストッパーに叩きつけられる大きな音。そんなに力一杯開けたつもりはなかった。でもきっと、頭に血が上って力加減を忘れてしまったんだ。
そこには、津島さんが座っていた。その傍らには浅見さん。津島さんは無感情な瞳でボクを見据え、気怠そうに口を開く。
「随分と乱暴なのね? 果無さん?」
「アヤメは何処だ!」
「今日は貴方のことをお呼びしていないけど?」
「アヤメは何処だ、って聞いている」
「あら、突然やってきたと思ったら、ずいぶんな物言いね?」
そこにアヤメはいなかった。返って来るのは、津島さんの冷静な言葉だけ。
「答えろっ! アヤメを返せッ!」
「何を言っているのか、良く分からないわね?」
「とぼけるな! 彼女をどうしたッ!」
「はぁ……随分と頭に血が上っている様ね? もう少しクールな方だと思ったけど、私の買いかぶりかしら?」
「……なんだと?」
「果無さん……」津島さんは座ったまま腕を組む。まるで動じていない。「何故、紫野さんがここにいると思ったのかしら? それにもし、ここに来ていたとしても、もう帰っていったのかもよ? 案外と、貴方と入れ違いで……それをこんな風に喚き立てるなんて、随分と失礼じゃないかしら」
いつものボクだったら、彼女の冷静な言葉で我に返り、すごすごと退散してしまっていたかもしれない。そんな情けないヤツだ、ボクって。
でも、今のボクは腹を立てていた。むしゃくしゃしていた。卑怯な手でアヤメを籠絡したこの人達に、ホイホイと付いていったアヤメに、そしてなにより、こんな自分に――アヤメを置いてけぼりにしてしまうような、こんな自分に。
そう、全てに腹を立てていた。何よりも大切なアヤメ。その彼女をボクから奪うなんて、絶対に許せない。
「キミ達と話に来たんじゃない……アヤメを取り戻しに来ただけだ! さあ、早く!」
「聞く耳持たず……ね。とんだクレーマーだわ」
「urR=kraft!」
ボクは彼女の声を無視し、変身の呪文を唱えた。風と光が集まり、エーデルワイスの衣装に身を包む。
「……あらあら、果無さん。結界も無しに変身するの? 誰かに見られたら、どうするつもりなのかしら?」
「黙れ! これ以上しらばっくれるなら……」ボクはスッと腕を上げ、魔法攻撃を繰り出す体勢を取る。「先ずは、一発。それでも答えないなら、答えるまでいくらでも!」
「ふぅ……」呆れたような顔の津島さん。「ハッタリはお止めになって。お芝居が下手よ」
でも、ボクは本気だった。もしもアヤメが戻ってこないのなら――そんな世界、クソ喰らえ――そんなことさえ、思っていた。
「――そう思うなら、試してみるかい? こっちは構わないぞ」
「そもそも……もしも、よ? 紫野さんが私達のところに、自分の意思でここに来たんだとしたら?……貴方のやっていることって、物凄く滑稽なこととは思わない?」
(何ッ!?)津島さんが放った今のこの一言。この一言でボクの中にある何かが心の中ではぜる。それが何だか分からない。でも、何かが一線を超えてしまったんだ。自分でもまるで滑稽なことだと思うけど。
「そうだとしたら、なおさら許せない! アヤメは、ボクのものだッ!」
(――ああ、嫌だ)女の子を『自分のモノ』だと言い切るなんて、最低だ。ボクはそんなことを言うヤツは大嫌いだ。心から軽蔑する。そういつも思っていた。でも、そんな大嫌いな言葉を、まるで突き動かされるように口にしてしまったんだ。
次にボクの中で起こったこと――それはボク自身が発した、この言葉に触発されたかのようだった。心の中で荒れ狂う、怒りと惨めさと後悔と悔しさと嫉妬をごちゃ混ぜにした感情、自分を許せないという感情、津島さん達を許せないという感情が、一段と勢いを増す。そして――。
「freyr!」
ボクの掌から迸る光の奔流、それは彼女達の斜め頭上、窓の方に向けて放たれた。猛烈な力を携えた眩いばかりの光束。その明るさに目を背けながら、ボクは頭の隅で考える。
(ああ――馬鹿なことをやってしまった。それも一時の感情で)
結界無しでの魔法攻撃。でも、他に幾らでもやりようがあったはずだ――そう、こんな自暴自棄な手段を取らなくても良かったに違いない。本当にボクはバカだ――そんな言葉にならない罵声がボクの頭の中を何度も反響する。
でも、ボクの放った攻撃が校舎を破壊することは無かった。
「g・u・l・l・i!」
ボクが術を発動したその時、耳に入ってきたのは、結界呪文――ボクの放った光は、マーブル模様の中に吸い込まれて行く。
「ひゅううう……マジかよ」
それまで黙っていた浅見さんが感嘆の声を上げる。そして――。
「信じられない……果無さん……あなた、本当に、愚かなのね」
いつしか津島さんは立ち上がっていた――結界を発動したのもまた、彼女だった。
さっきの攻撃、彼女達にとって不意打ち同然だったと思う。でも、一瞬のうちに状況を判断して、最適な対処法“結界の展開”をやってのけた。やはり津島さん、只者ではない。
そして憂いに満ちた表情の少女は、魔法の言葉を唱える。
「まあいいわ……urR=kraft」
話のターニングポイントとなる回です。が、この形で投稿して良いものかどうか、悩んだ回でもあります。実は未だに悩んでいます。この回のテーマは「恋慕」と「怒り」でしょうか。主人公は自分でも気付かないながらも、少女に想いを寄せています。そしてその想いが、とんでもない行動を取らせます。おぼつかない感情のコントロール、戸惑い、後悔。そんなことを表現したかったのですが、この行動原理がズレていて、読んで頂いている皆さまに違和感(あるいは反感)を与えてしまったかも知れません。申し訳ない限りです。もし良ければ「これはちょっとあり得ない」というご意見で構いませんのでコメントいただければ参考になります。心情の機微を表現するのは難しくて私の手には負えませぬ。




