[26]幕間~~この部屋で今宵、キミとボクと
警告! 警告! この後の展開に向けた雰囲気作りのいわゆる“チョーつまんね~”回です。なんかイチャついてやがりますよ、コイツら。例えるなら、イケイケのハードロックを聴きたくて買ったアルバムなのに、クサいバラードが入っていた時の失望感。「あ、ダメだ」と思われたら読み飛ばしてください。かしこ。
決して広い訳では無く、かといって狭過ぎる訳でも無い、特に特徴も無い建売住宅。
いきなりだけど、これって要するに我が果無家のこと。2階建てで床面積は50坪ほど。ちなみに資産価値も既に下がりきっていて、母さんなんて『毎年の固定資産税が安くなって助かるわー』と能天気なことを言っている。
つまり、小市民を代表するかのような、ありきたりな一戸建て。で、その2階にあるのがボクの部屋。日当たり普通、広さも普通。ごくごく普通の勉強部屋。
そして、その隣にある部屋なんだけど――そこはずっと空き部屋になっていたんだ。
今まで、この部屋の存在を特に不思議に思うことも無かった。昔から見慣れていると、疑問に思うことさえ無いらしい。まぁそれでも脳内ストーリーライターのボクだ。いろいろと設定を考えたこともあった。
例を一つ挙げると、『ボクには生き別れになった双子の妹がいるんだ! 彼女のことを忘れらない両親が、その妹が帰って来た時のために空き部屋として用意しているに違いない! そして、やがて戻ってきた彼女はボクと禁断の関係に……』などという、非常に安直かつありきたりなもの。
ところがどっこい――事実は何とかより奇なり。
ずっと前からここがアヤメの部屋――つまり王国の皇位継承者、第一皇女殿下の付き人兼護衛係である、機動歩兵の控室ということになっていたらしいんだ。ホント意味不明。見ず知らずの妹設定の方が、まだ説得力があるってもんだ。
それに、今でもはっきりと思い出す。アヤメがボクのところにやってきた時、彼女と交わした言葉――。
『キミ、何でボクの家が分かったの?』『もち! 事前に説明を受けていました』
『家の鍵はどうしたの? 魔法を使って鍵を開けたの?』『いえ、合鍵を持っています』
『ボクの部屋、良く分かったね?』『それも説明を受けてました』
『二階の空き部屋にキミの持ち物が』『はい、そこがワタシの部屋と聞かされています』
ボクが不思議に思っていたことなんて、ふたを開けてみたらどうってことのないことだったんだ。全部予定調和の上で、ボクの予想なんてせせら笑っていたって訳。
その付き人兼護衛係。彼女は今、ボクの傍らに座っていた。彼女の任務を全うしているのか、はたまた遊んでいるだけなのかは分からないが。
そんなこんなを、ぼんやりと考えていた時。この少女が口を開く。
「カズミさん、本当に良い子でしたね」
「うん」
ボクに声をかけるアヤメ。彼女は今、ボクの部屋でゲームをしている。これ自体は別に特別なことじゃない。アヤメったら、ほとんどの時間をボクの部屋かリビングで過ごしているから。アヤメに言わせると、こっちに来たばっかりで自分の部屋は何も無い。つまり、退屈で退屈でしょうがないから――とのことらしい。まぁ、無理もないけど。
それでも、自分の部屋に入り浸っているアヤメを煩わしいと思うことは無かった。ちょっとウザったいかな? と思い始めるタイミングで、彼女は自分の部屋に引っ込んでいく。たぶんかなり気を使っているのだろう、彼女なりに。
それにアヤメとゲームをしたり、駄弁っている時間は結構楽しいし、結構、丁度いい距離感かなー、ボク達って……なんて思っていた。そう。“丁度良い距離感”だと思っていた――んだけど。
「ねぇ、アヤメ?」
「はい、姫様」
「もうかなり遅いよね……」
「そうですね。明日も学校ありますし、そろそろ寝ないと」
「そうだね。ボクもいい加減眠いや」
「寝ましょうか」
「でさ、アヤメ?」
「はい?」
「いつまでボクの部屋でゲームやってるんだよォォォ! うっとおしい!」
「えええっ!?」
「早く自分の部屋に戻れよぉぉ!」
ボクの部屋を、ボクのゲーム機を、ボクのプライバシーを、私物化するな。
まぁ、ちょっとつっけんどんな物言いだけど、いつもだったら文句をブータレながらもその通りにするはずだった。でも――。
「嫌です。今日は姫様と一緒に寝ます」
「……え?……」
ハッキリと宣言するアヤメ。何なんだ!? いつに無くウザったいぞ。
「変な冗談はよせったら。ほら、じゃ明日!」
「ふーんだ」
「何だよ、アヤメぇぇぇ……」
どうしたんだ、何かいつもと違うんだけど……機嫌でも悪いか?
「時に姫様」
「はい、何でしょう。アヤメお嬢様」
「カズミさん、良い方ですね」
「そうだね」
「姫様、カズミさんとずいぶん親しくされていました」
「そうかな」
「そうです。やはり、惹かれるものがありますか?」
「そりゃあ、香純ちゃんの様なタイプは男心をくすぐられるというか……惹かれない方があり得ないと思うよ?」
「ふぅ……ん」
「どうしたんだよ、アヤメ? なんか変だぞ。というか、アヤメはどうなのさ?」
「……どうって?……」
「香純ちゃんのこと、どう思ってるのさ?」
「…………」
不意に無言となるアヤメ。ボクはもう一度聞く。
「アヤメ?」
「……もちろん、大好きですよ。カズミさんとお友達になれて、本当に良かったと思っています」
「じゃあ、何なんだよ。何を聞きたいの?」
「…………」
「アヤメ、どうしたんだよ……」
ほんの少しの間、黙りこくっていたアヤメだったが、ボクの言葉に促されて口を開く。その口が紡ぎ出す、ぼそりとした声――。
「……嫉妬です……」
え? 何を言い出すかと思えば……アヤメ?……あの、何を言っている?
「そういうことです。お分かりいただけたでしょうか、姫様?」
「はい!?」
それまで無愛想だったアヤメが、突然、物凄く嬉しそうな表情に変わる。
「というワケで! 今宵はご一緒しましょう!」
それは、たまにしか見せない表情。嬉しさを全てさらけ出すというのだろうか、明け透けな喜怒哀楽。でもこの表情、いつもよりちょっと幼く見えて、いつもとはまたちょっと違う可愛さがあるんだ。これはきっと、この世界ではボクだけが知っている秘密。
そういえば、どちらかと言えばアヤメ、いつも物思いにふけっているというか、あまり表情を見せないタイプ。彼女が良く見せるのって、ちょっとだけ困ったような顔や、はにかんだような表情。そっちの方がずっと多い。目をまん丸にして驚いてみせることもあるけど。
でも、だからといって別に感情が薄いという訳じゃない。そのことはよく知っている。むしろ、内面的にはとっても感情豊か。上っ面の表情に出しては見せないけど、見た目以上にしょっちゅう困ったり、怒ったり、笑ったりしているんだ。
「――カズミさんのことは大好きです。でも、姫様のことはもっと大好きです! という訳なので、姫様ともっと、お近づきになっちゃいます! つまり、ワタシの方が一歩前進なのです!」
「え?」
ゲーム機のコントローラを放り出して、ボクに抱きついてくる。そしてもう一言。
「それで、満足ですよー」
何か良く分からないが、そういうことらしい。
「はいはい、それは良かった。あ、でも一つ言っておくけど、ベッドは明け渡さないからね。ほら、キミは自分の布団を敷いて」
「はーい、姫様! 今日は姫様と一緒の部屋、安心して眠れます! 異世界で一人ぼっちの部屋で眠るのって結構、心細いんですよぉ!」
そっか……そうだよね。
そんなこと、あまり考えたことが無かった――能天気に振る舞っていても、生まれ育った故郷とはまるで違う異世界。アヤメ、ずっと心細かったんだ。そして、そんな彼女がこの世界でただ一人、ボクを慕ってくれている――嬉しかった。
――でも――。
アヤメが慕ってくれているのは『王女様』としてのボク。『男の、果無都』としてのボクじゃあ、ないんだ。何故か良く分からないけど、得も知れぬ不安感に襲われる――その感情に追い立てられるかのように、ボクはアヤメに話しかけていた。
「アヤメ……ボクからも一つ、聞きたいんだけど」
「へい! 何なりと!」
「もしも、だよ? もし、ボクが王女でも何でもない、たまたまキミに出会った、普通の男子だったら? それでも、こんな風に接してくれるのかな……」
「?」
彼女はクエスチョンマークを一つ瞳に浮かべたまま、ほんのちょっとだけ、思案するような表情を見せる。だけど、その表情も長くは続かなかった。
「姫様は姫様ですよ? というか、ミヤコ様はミヤコ様です」
その言葉の真意は判らない。ひょっとしたら、ボクが理解したのとは違う意味だったかもしれない。でもそれで満足したんだと思う――ボクはひとつだけアヤメに言葉を返す。
「うん、ありがとう」




