[25]アヤメの世界と流通貨幣……ってなんじゃこりゃ!?
「えっと……どこからお話ししましょう……まずですね、ワタシ達の世界、ここよりもチョビットだけ科学が進んでいる……っていうのは信じてもらえます? ものすごく、失礼な言い方ですけど……」
「いや、信じるよ。というか、チョビットどころかかなり進んでるんじゃないの? それこそ、恒星間移動や時間跳躍ができる位に……」
「まさか! ワタシ達にとっても、恒星間移動だとか、ましてや時間跳躍なんて、夢のまた夢ですよ! 進んでるとは言え、何とかスケール的尺度ではここと大して変わりません! 時間に換算すれば、せいぜい数百年分程度の違いです。」
「それじゃあ、やっぱり魔法技術? 異世界に繋がっている魔法の扉があったり……」
「ですから! 魔法なんて無いですって!」
「じゃあ、ボク達の世界にどうやって来たのさ?」
「ええとですね。恒星間移動は無理でも、太陽系……あ、ここで言う太陽系はワタシ達の、ですよ? その中を行き来できるくらいの技術は、まぁ何とか持っています――」
何か、本当にSFっぽい話だ。アヤメが暮らしていた世界について、漠然と中世風異世界ファンタジー的世界を想像していた。宮殿とか騎士団とか、そんな話がしょっちゅうアヤメの口から飛び出していたせいかもしれない。
そんなイメージと宇宙スケールの話がどうにも結びつかなかったけど、アヤメの解説は核心に近付きつつあるようだった。心なしか彼女の語気が力強くなる。
「――で、ですね。ある時、小惑星の探査をしてたそうなんです……そしたらびっくり!」
「…………」
「ナント! そこには数百隻に及ぶ謎の宇宙船が! もう、科学者たちはビックリ鼻血ブー、それらは未知のテクノロジーに包まれた人知を超えた存在! で、訳判らないなりに、それに乗り込んで、とりあえずセットされていた行き先ボタンを押すと……」
「……辿りついたのが、ここだったと……」
「はい! 正確には、幾つもある行き先の内の一つ、ですね……というか、良く御存じで!」
「……ははは……で、そのヒーチー人の遺跡宇宙船に乗って、キミはやってきたと?」
「ヒーチー??」
「あ……いや、何でも無い。良く似た設定を昔読んだ気がしたんで……」
「はぁ?……でも、それが本当に宇宙船なのか……あるいは時空を超えることのできるタイムマシン、それとも確率論を操り並行世界を行き来するマシンなのか……はたまた、異世界へと転送されてしまっているのか、ワタシ達自身は、サッパリ分からないのです」
「…………」
――そう、結局何がなんだかよく分からない、アヤメ自身も良く分かっていないという、驚愕の事実がつまびらかになったのであった! めでたしめでたし――なんかじゃねぇぇぇッ!
しかし、香純ちゃんはこの話にえらく胸を打たれたようだ。感慨深そうな口調で、アヤメの与太話に対する感想をぶちまけてくる。
「……そうだったのですかぁ……」
「えっ、今の話、理解できたの? 香純ちゃん」
「いえー……全然?……」
「あはは……そうだよね」
「でもー……良かったのですかぁ?……そういうお話……地球に潜入した宇宙人とか、普通は秘密ですよねー」
さすがに香純ちゃんもこの程度の初歩的お約束くらいは知っているようだった。
「あ、いいのいいの。香純ちゃんにだったら」
「でもー……一応、敵対する魔法少女同士ですしー……」
「うん。だいたいさ、世の中の創作物では、明かしたいけど明かしちゃいけない秘密のジレンマって満ち溢れているけどね。それはお話の中の都合でそうなっている訳で、ボク達までそれに倣う筋合いなんて無い訳だよ! ね、アヤメ?」
「……ハッ!……」
その声に振り向いたのは、真っ青な表情のアヤメ――って、おい?
「やってしまいました……現地人には絶対に知られてはならない秘密です……」
「意気揚々と語ってたじゃないか!!」
「うふ……うふふふ……秘密を知られた以上、生きて帰すわけには……」
「秘密をバラしたのはキミだろ! そもそも『生きて帰す』というか、ここは香純ちゃんの家だよ?」
「御覚悟を! カズミ殿ォォォ!」
あ――襲いかかるアヤメ。
「きゃあぁぁ……ですぅー、菖蒲さん、ヤメテくださいですぅ……」
香純ちゃんの悲鳴。
「姫様! 援軍を! この小娘、強情であります!」
あーあ、アヤメったら。今度は香純ちゃんにくすぐり攻撃かよ。じゃれ合ってるぞ……香純ちゃんのジャージがめくれ上がって、おなかが丸見え……目のやり場に困る。
「どうでもいいけど、パンツ見えてるよ、アヤメ?」
一応言ってみるけど、ボクの言葉は耳に入っていないようだ。
はい。サービスタイムと言うものらしいです。唐突にこの展開、ちょっと強引かもね。そして約、3分ほど経過――。
「はぁ……はぁ……引き分けであります……」
「……菖蒲さんの、エッチ……ですぅ……」
はい、ごちそうさま。目の保養になりました。まったく、テンションの上がった女の子ってこんなじゃれ合いするのかよ。肩を上下させ、はぁはぁと深く息をする二人。おまけに何か目が潤んでいる。
「で、秘密がどうとか、っていう話はもういいの?」
「はい、姫様。考えてみたら、そもそも強化防護服から何から、既に全部見られてますし……それに、姫様がオーケーなら全然問題ないです!」
「だってさ、香純ちゃん。良かったね」
「……はいですぅ……えっと……それで……なのですが……果無さん、紫野さん?」
「?」
改まった口調で話しかける香純ちゃん。突然立ち上がり、ボク達の方に向き直る。
「学校での騒動……本当に……申し訳ありませんでしたぁ」
目をギュっとつぶり、深々と頭を下げる香純ちゃん。
「ちょっと待ってよ、香純ちゃん!」
「そうです! そんなに畏まって謝られても困りますぅ! カズミさんがワタシ達に頭を下げる理由なんて、無いですよぉ……えっと……頭を上げてください……」
「……でも……」
「でも?」ボクは聞き返す。
「……お二人は、私の大事な友人です……でも……津島や浅見さんも……私にとって大切な人なんです……」
「…………」
なるほど――ようやく理解した。香純ちゃんは板挟みに逢ってるんだ。
彼女ならきっと、ボク達の味方になってくれる。でも、そんなことをしたら香純ちゃんの立場はどうなってしまう? 協力してくれと言うのは容易い。でもそんな酷なこと、できないじゃないか。
そもそも、今回の件ではボク達の方が圧倒的に分が悪い。そんなボク達に味方しろって言うのは土台無理がある。でも、香純ちゃんは――
「私が……津島さんを説得します……あ、もちろんお二人が異世界人というのは、秘密にしたまま……」
――そんな優しいことを言ってくれる。うん。その言葉だけで十分、うれしいよ。
「……香純ちゃん?」
「はいー?」
「ありがとう。でもさ、津島さんへの説得はいいよ」
「……え!? でも……」
「まぁ、香純ちゃんはあまり本気にならないで、ボク達と戦闘するポーズだけ取ってくれると嬉しいかな?」
そうなんだ、本気になった香純ちゃん、とても怖そうだ――雰囲気で分かる。そしてボクは言葉を続ける。
「できれば、さっきの戦闘みたいに防御に徹してくれると助かる……告白するとボクはどうやら、力の加減ができないらしくってさ……ね、アヤメ?」
「もちろん合点承知です。私たち二人で、何とか津島さんの誤解をといて見せますとも!」
「本当に……ごめんなさいですぅ……私がもうちょっと、シッカリしていれば……」
落ち込んだ表情の香純ちゃん。そんな彼女を前に、アヤメ突然話題を変える。
「ところで自動販売機でのお二人、素晴らしい連携プレーでした! とっても輝いていてワタシ、思わずぐっと来てしまったのです!」
ん? 何を言い出すんだ、アヤメ。
「……は……はい……」香純ちゃんもキョトンとした表情で言葉を返す。
「と、言う訳で! 今日はお二人に、ワタシの宝物を進呈差し上げようと思います!」
そう言うとアヤメは、制服のポケットをガサゴソとあさり出す。
「これですっ!!」
アヤメがボクと香純ちゃんに手渡したのは、それぞれ1枚のコイン。両方とも同じもの。それは1円玉位の大きさだろうか、ずいぶんと小さい。でも、手に持つとそのサイズに比べてズシリと重い。
「……ええっと……ひょっとしてー……銀貨でしょうかぁ?……これ……何処の?……」
「はい! ワタシ達の国で流通しているものです!」
へぇ……これがアヤメの世界で使われているお金か……そのコインを目の前に持ってきて、まじまじと観察。
異世界の貨幣。雰囲気がいつも見ている小銭とずいぶん違う。何か新鮮で、とっても興味深い。片側には何やら大きな文字と紋章。反対側は肖像だ。誰かの横顔。
その肖像を見て、香純ちゃんが声を上げる。
「……素敵ですぅー……このティアラを付けた美しい女性、誰なんですぅ?……」
「はい、良くお聞きになりました! 姫様です!!」
……は?
「……姫様ですかぁ?……って、どなたでしょう?……」
「はい! 姫様です! 王国の王女殿下! ミヤコ姫様!! この人ですぅぅぅ!!!」
アヤメはズビシっとボクを指さす……え? ええええっっ!?
「……えええー!?……」
香純ちゃんはいつの間にかボクの横に立ち、コインとボクの横顔を交互に見比べる。
「ソックリですぅー」
「最高ですよねーッッ! ちなみに、額としては流通している硬貨の中で真ん中くらいでしょうか……まぁ、微妙な金額なので、お釣りとして貰うことが殆どというのが、ワタシとしてはやるせないところで……」
……はぁ。この硬貨、50円玉的ポジションなのだろうか。お金のデザインに自分の姿が使われているって聞くと、照れくさいような、ちょっと嬉しいような感じ。
こそばゆい、とでも表現すればいいのだろうか。でも、よりによってそれがイマイチ微妙な硬貨というのは、少し複雑。
しかし、香純ちゃんは素直に感動しているようだ。
「……すごいですぅ、本当に果無さんと、瓜二つですぅぅ……」
「告白しましょう!! 近衛師団からワタシに支払われるお給金は、全てこれにしてもらうよう、頼んでいるんですぅぅ!!」
「……おおお! コレクターですねぇー……」
「お、おい!」
そう言えばアヤメ……前にもそんなこと言っていたような……確か、買い占める野望があるみたいなこと。レアアイテムを独占してプレミア価格を狙う悪徳コレクターかよ? というか、個人で買い占められるほど流通量が少ないのか、これ?
2000円札的な何か??
大量の50円玉で支払われる給料……ちょっと頭が痛くなる。しかし香純ちゃんは、またまた何の疑問も感じていないようだ――いろいろと疑問を感じていいはずなのに。
「ありがとうですぅ……大事にしますぅ……」
そう言うと、大事そうにそのコインを机の上にある小箱に入れる。
「香純ちゃん、いいの?……何か変だなー、とか思わないの?」
「いえー?……なぜですぅ?」
「例えばさ? このボクがお金の肖像になるだなんて、ありえないでしょ?」
「はいー?……ああ!」
「ね?」
「果無さん、本当に王女様だったのですねー……感動ですぅ、羨ましいですぅ……」
……はぁ……そうですか。納得してるんですか……きっとボクが、ボクだけが、こんな簡単なことを受け入れられない頭の固い人間だってことね。
「あはは……とりあえず……二人とも、ありがとう……」
そんなやり取りの中、乾燥機が任務完了をアピールする音。そして洗濯が終わったばかりの制服に腕を通し、ボクとアヤメは香純ちゃんの家を後にするのだった。
明かされる謎……のはずが、かなり個人的趣味に走った回になってしまいました。少し退屈な話だったかも。楽しめたでしょうか? 少し、不安です(つまらなかったら、ゴメンナサイです)。ちなみに“ヒーチー人”というのは……えっと、興味のある方はググって頂ければ幸いです。




