[24]キャッキャウフフは程々に
香純ちゃんの自宅は本当にすぐそこだった。というか、地元では結構有名な老舗のせんべい屋。その裏手にある通用口に案内される。
「果無さんー、じゃあ洗濯物はこちらにー……あと、お先にシャワーどうぞー……」
「あああっ、いいって。それよりも、香純ちゃん! 君こそ早くシャワーに入って、早く泥を落としてきてよ!」
「果無さんからですー……」
「いや、香純ちゃんから!」
「……果無さんから、どうぞー……」
(ギクリ!)また、あの有無を言わせない口調。やっぱり香純ちゃん、魔法の呪文を使えるんだ。
でも……はじめてお邪魔する家で、しかも泥だらけの女の子を置いてシャワーだなんて、やはり抵抗がある。ちょっと困ったな――ボクは藁をもすがる思いでアヤメに視線を送る。
「そうですねぇ……」
うんうん。キミからも、香純ちゃんからシャワーに入るように言ってあげてよ。
「では、せっかくですので三人でお湯浴みするというのは? あ、ワタシも参加ということで! どうでしょう、カズミさん? ね、姫様!」
「おい!」
「えええっ!?」
冗談を言うな、アヤメ! 何を血迷って……。香純ちゃん、また真っ赤だぞ。急上昇した体温のせいで、顔に付いた泥が乾燥してポロポロと落ちていきそうだ。
「だ、だ、駄目に決まっているだろう!? そう言ってよ、香純ちゃん!」
「いえ……でもー……果無さんが……良ければぁ……」
お……おい、何だ。その、ちょっと嬉しそうな視線は?
「はい、決まりですねー。さぁ、行きましょう。姫様?」
「ああああああぁぁ!」
「なにを恥ずかしがってるんですか、姫様! 女の子同士でしょ、ノープロブレムです!」
こいつ……ワザとやってるな。ボクのこと、からかってやがるよォォ!
――そのまま更衣室に強制連行、ひん剥かれて風呂場へ。ちょっと広めの浴室とは言え同時に三人。触れ合う肌、『果無さん、とってもきれいな肌ですぅ……』というお約束の会話。果無都、ここに斃れる。無念――。
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ボク達三人は熱いシャワーで汗と泥を洗い流した後、今度は香純ちゃんの部屋に集まってコーヒーとお煎餅を囲みながら、どうってことの無い会話を楽しんでいた。
「そもそも香純ちゃん、魔法少女だろ? 考えてみたら魔法を使えば良かったと思うよ、さっき?」
「あぁ……そうでしたぁ」
的確かつ冷静な指摘を香純ちゃんに投げつけるボク。でもそれは、今にも崩壊しそうな自我を何とか保とうともがく深層心理の裏返し。今のボクを取り巻くのは、まるで天国に昇るかのような状況。それに溺れないよう自分自身を鼓舞して、冷静な“果無美彌子”を演じていた。
なにしろ、女の子の部屋にお邪魔するなんて初めての経験。いや、それどころじゃない。今着ているのは、香純ちゃんのお姉さんが着ていたというルームウェア。ボク用に揃えた服じゃない。女の子が実際に着ていた服、それを身につけているんだ。何と言う背徳感だろう?
下着に至っては――そう、目の前の少女がいつも身につけているモノ――つまり、香純ちゃんの。YES、香純ちゃんのパンツ。
そして……さっきの……キャッキャウフフの嬉し恥ずかしシャワータイム。アヤメのちょっと幼児体型っぽい――だけど、伸びやかでしなやかな体躯、そこから優雅に伸びる四肢。
そして香純ちゃん。その幼い見た目や大人しい性格に似合わず、なかなかもう、グッと来るものがあった。肌もきめ細かくて、細かい産毛までもが愛らしくて――舞い上がっていたせいか、心ゆくまで堪能できなかったのが恨めしい。もっと目に焼き付けていればよかった
しかもだよ? その二人が、前後からボクを挟んで……ああ、もう一度思い出そう……あの、暖かくて柔らかい感触。
(ハッ!?)
しまった。何を思い出して楽しんでいるんだよ!?
……意識しちゃ駄目だ意識しちゃ駄目だ意識しちゃ駄目だ……邪念を頭の中から振り払わないと……。そうだ、会話を無理矢理にでも続けるんだ! 正気を保つには、それしかない! さっきの魔法の話、その続きを――。
「そうだよ、香純ちゃん! せっかく便利な能力があるんだから、それを最大限に生かさないと!」
「そうでしたぁー。自動販売機を魔法で……ブン投げてしまえば良かったですぅ……」
「違うーっ! お金の方を動かせば良かったでしょうが!?」
「あ」
「…………」
「なるほどぉ……その通りでしたぁ……果無さん、頭いいですぅ……」
おいおい……普通、子供の前で自動販売機をブン投げたりしないだろう? 見た目によらず結構過激なのか? この風見香純という少女……。
「あああっ、姫様っ! 魔法などという意味不明なもの、認めてしまうんですか!」
突然、横から口を出すアヤメ。魔法というモノが、いまだに納得いかないらしい。
「うん。というかオカルトは一切信じないボクが、訳の分からないモノを素直に認めてしまう切っ掛けになったのは、キミの出現に他ならないんだけど?」
「えええっ! なんですか、それ……まるで人を魑魅魍魎みたいに! 酷いです、姫様」
口をとがらせるアヤメ、クスリとほほ笑む香純ちゃん。
正直、ボクはこんなやり取りが帰ってきたことに、凄く安堵していた。香純ちゃんが魔法少女と知ってからずっと抱いていた心のつかえ――もう二度と、香純ちゃんと笑い合いながら会話できないんじゃないか――そんな不安がすっかり取り除かれたんだ。
それで調子付いちゃったのだろうか。香純ちゃんにボクは同意を求める。
「おかしいだろ? アヤメったら。異世界から来た魔法少女の癖に、魔法を一切認めようとしないんだよ?」
「……はぁ……菖蒲さん、異世界から来たのですかぁ……」
「あ、姫様! 何を言ってるんですか! ワタシは魔法少女ではありません! 何度も言うようですけど、私の所属は第一近衛師団、親愛なるミヤコ王女殿下をお守りする、最強の機動歩兵です!」
「ほらね? 香純ちゃんからも、何か言ってあげてよ?」
「……あのー?……王女殿下?……機動歩兵?……何なんですぅ?……」
「というか、ワタシが異世界人なら、姫様だってじゅうぶん異世界人ですよ! この世界の方々から見れば?」
「ああー、聞こえない聞こえないー」
「聞いて下さいよぉぉ! 姫様ぁ!」
「????」
可哀そうに、香純ちゃん。ボクとアヤメの会話にすっかり取り残されちゃってる。
「……お二人とも……異世界人なんですかぁ?……」
「はい。正確には、宇宙人かもしれないですし、並行世界の住民かもしれないですし、未来人かもしないです!」
「地底人って言う選択肢は無いの?」
「止めてください姫様」
「でも……シャワーの時……裸を見ちゃいましたが……まるっきり人間でしたよねー?……それでも、宇宙人なんですかー?……」
「はいっ! 姫様のアソコ、一緒にコチョコチョしましたが、ありませんでしたよね! 脇の下に鰓なんかっ!!」
「あああっ! 思い出させないでくれ!」
そう、さっきの体験……いわゆる“三人娘の仲良しシャワータイム”……いや、違う! 断じて違う! “ガールズラブ”なんてそんなの、百合小説の中だけで展開していればいいんだ!
(……でも……楽しかったな、シャワータイム……えへ……えへへへ……)
ああいかん、イケませんぞ、果無都! 思い出してはダメだ。その記憶を頭から振り払うんだ! 滔々とこんな他愛のない会話をしているボクが、その脳内では、そんなこんなの妄想を何度も反芻して楽しんでいるなんて、目の前の少女達は夢にも思っていないだろう。
話題……そう、今のボクに必要なのは、さっきの体験を一瞬でも忘れるための、違う話題だ! よし、前から気になっていたアレをきっちり説明してもらうぞ!
「そう言えばアヤメ、この間も言っていたけど、こっちと行き来しているのに、ここと君の世界がどういう関係か分からないってどういうこと。そもそも、どんな手段を使って来ているのさ? 教えてよ」
「はぁ……では……SF的解説がしばらく続きますが、覚悟して下さい……」
そして、驚愕の事実が、地底人アヤメの口を通して明らかになるのだった。




