[23]自動販売機殺人事件?
ボク達が学校を出た時には、大雨はすっかり止んでいた。大雨が降った名残といえば、あちこちにできた水溜まりくらい。その水溜まりを避けて、ボクとアヤメはジグザグに歩みを進めている。
何しろここは、でこぼこの旧道。水鏡が点々と映し出すのは逆さまの街並みと澄んだ青い空、それと飛行機雲。洗い流された空気はひんやりと心地いい。
そんな学校帰りの道すがら、アヤメと今後の作戦について話し合っていた。
「困ったなー。今日は何とか逃げられたけど、これからどうしよう。確か津島さん、ウチに遊びに行きたいなんて言ってたよね? それってひょっとして……」
「それは考え過ぎではないでしょうか? あの後、津島さん達からの攻撃が無いというとはきっと、彼女達も攻略方法を考えあぐねているのでしょう。姫様があまりに強かったので、びっくりしたんですよ」
「うーん、アヤメもボク並みの楽観主義者だね」
「ギクリ! 悟られてしまいましたか!? 実は、物事を楽観視するというのは兵士にとって望ましくない傾向なのです……とは言え、こればっかりは生まれ持ったものなのでどうにも……って、姫様?」
「どうしたの?」
不意に会話を中断し、アヤメは立ち止まる。それにつられてボクも足を止める。
「あれ、何でしょう?」
そう言いながら進行方向右手を指さすアヤメ。その先には――いや、わざわざ示すまでも無くボクの視界にそれは入っていた。
目にしたのは自動販売機と、その前で大泣きしている子供、そして、大の字になってうつ伏せに横たわっている女の子……なんだ、ありゃ?
その少女、制服を着たまま何台か並んでいる自動販売機の隙間に腕を突っ込んでいる。何かを探しているみたいだった。
「何かトラブってるのかな?」
「どうします? 姫様」
「とりあえず、行ってみようか」
その現場。自動販売機殺人事件――ではない。この制服少女、自らの意思で自動販売機の下をまた探っている……ってこの制服、こりゃボク達と同じ白梅女学院のじゃないか?
アヤメと顔を見合わせた後、恐る恐る声をかけてみる。
「……えっと、どうしたんですか?」
「は、はぃーーーっっ!!」
その少女、ビクンと背中を震わせたと思ったら、突然素っ頓狂な声を上げる。そして何を慌てているのだろうか、じたばたと手足を動かし――ピチャピチャと水溜まりを叩いている。
おいおい、一体何をやっている――というかこの少女の背格好、そしてこの声、この挙動不審さ。ものすごーく既視感がある。どうやら良く知っている人物のようだ。
このとてもシュールな状況に耐えきれず、ボクはその人物の名前を口にする。
「香純ちゃん!?」
「……?……」
「香純ちゃんだよね、どしたの?」
「!!!!!!」
あ――スピードアップした。
水溜まりを叩く音が、ピチャピチャから、ビチャビチャビチャビチャ……って感じにレベルアップ。何かすごく焦っているようだ。
「は……は……果無さん!?」
何とか自動販売機から脱出した香純ちゃん。ボク達に気が付くと、尻餅のまま右斜め三十度ばかしのけぞった姿勢でようやく返事をくれる。ちなみに左手は顔の辺りまで持ち上げてチョップの手形。かなり間抜けな警戒態勢だ。
そんな姿を見て、今度はアヤメが中腰で彼女に近付き声をかける。
「カズミさん、どうされました! すっかり制服がビチョビチョですよ!?」
「お……お……お二人こそ、な、な、何でここにぃ!?」
まるっきり震えた声の香純ちゃん。本当に驚いてるみたいだ。左手のチョップも声に合わせて震えている。でも、『何でここに』と聞かれて答えないわけにも行かない。ボクは正直に告白する。
「うん。君達を避けていつもと違う道で帰る途中。よりによって、そんな君と出くわすなんて、物凄い偶然だね」
「あわわ、そうだったの……ですか? あああっ!……申し訳ないですぅ……」
「な、なんで謝るのさ?」
「果無さん、せっかく遠回りまでしたんですよねー……それなのに……私……」
「だから、香純ちゃんのせいじゃないって……」
さっきの軽口、いきなり信じて謝り出しちゃったよ……さすがは香純ちゃん、ボクが見初めた天然ポンコツ少女だけある。
「で、何やってるの?」
そんな香純ちゃんに対して、ボクは改めて状況説明を求める。彼女はほんの少し、瞳の中に戸惑いの色を見せる――が、やがて自動販売機に片腕を喰われていた理由を話し始めてくれた。
彼女の説明によると――。
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「……つまり、この男の子が自動販売機の間に小銭を落として、それを拾ってあげてるってこと?」
「はい……そうですぅ……」
いつの間にか、小銭を落っことしたおっちょこちょいの少年は鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにしつつも、何とか泣きやんでいた――きっと、ボク達のやり取りに面食らったんだろう。
「どれどれ?」
膝と手をつき、自動販売機の隙間を覗き込む。
「……あれかぁ……かなり奥の方に行っちゃってるね」
「はいー……もう少しで届きそうな、手ごたえはあるのですが……」
鈍い光を放つ硬貨。あのサイズから察するに、どうやら500円玉だ。この少年――小学生低学年かな――にとっては、かなりの財産だろう。
「うーん。しょうがないなぁ……」
そしてボクは小銭入れをポケットから取り出す。半分は――通りすがりの少年が落とした500円玉。たったそれだけのために、そうまでして尽くす香純ちゃんに敬意を表して。
残り半分はこのおっちょこちょいで、どうしようもない少年がかつてのボクとダブって見えたから。
でもその直後、悲鳴のような叫び声がボクの耳に突き刺さる。
「だめですぅーっ!!」
「え? どうしたの、香純ちゃん?」
「そういうことをしたら、ダメです! いくら可哀想だからって、お金を施すのは、良くないことですぅー」
「……!……」
……参った……今の言葉、心にぐさりと刺さった。そうだ、香純ちゃんの言う通り。こんなこと、しちゃ駄目だ――ボクは気が付く。安易に金銭をあげるという行為が、この少年の将来にとっても良くないことだということに。
「……香純ちゃんの言う通りだ」
「あ……ごめんなさいです! つい、差し出がましいことを……」
「うん、いいんだ。って、ちょっと待てよ……香純ちゃんじゃ届かなくても、ボクの腕のリーチだったら、もしかして……」
「ええっ!? 果無さん!」
「ああっ、姫様ダメです、濡れちゃいます! まずはワタシが……」
「いいから、ちょっと任せて!」
二人が制止するのを横目に、香純ちゃんがさっきやったように自販機の前で腹這いになる。そこはちょっと窪んでいて大きな水溜まり。水が染み込んでくるのを、お腹から胸の辺りに感じる。
「姫様! パンツ見えてます」
そう言いながら、アヤメが捲れたボクのスカートを戻すのを感じる――それにしても500円玉、どこだ?……この体勢では手元が見えない……。
と、その時。一つの疑念が脳裏をよぎる。
帰り道、魔法少女の一人に出くわす――たまたま偶然に、だ。しかも、その少女はそれまで仲良く話していたクラスメイト。そんな彼女は凄く困っていた――これもまた、偶然に! お人好しなら当然、助けようとするだろう――こんな偶然って、あるのか? ちょっとおかし過ぎやしないか?
(しまった! ひょっとして――そもそも全部、仕組まれたこと!?)
身動きできないこの隙を狙えば、ボクを血祭りにあげるなんていとも簡単なこと――その予感に心臓はドキリと跳ね上がる。全身の痛覚がザワつき、冷たさと圧迫感をごっちゃにした、あるはずの無い感覚が灼熱した血流と共に頭へと流れ込んでくる。
(――まさか、そんな見え透いた手に、まんまと嵌っちゃったのかよ?)
後悔とも自己嫌悪ともつかない感情が頭を駆け巡る――その時――。
「果無さん! もう少し、右ですぅー……あ、もうちょっと奥……」
すぐ横で香純ちゃんの声。慌てて横を見ると、ボクのすぐ横で寝そべったまま、彼女は必死にボクの指先と、コインを目で追っかけている。
顔を地面に付けた、その体制のままで。彼女のアドバイス通りにボクは手を動かす――その時だ。
「よし、掴まえた!」
指先に感じる平たい金属の感触。それを引き寄せると親指と中指の間に。
「やりましたー、果無さん!!」
「うん、やったぞ!」
「さすがです、姫様!」
500円玉のサルベージ成功。ボク達は肩を寄せ、抱き合いながらピョンピョンとジャンプする。そう、今ここに奇跡が起きたのだ! と言わんばかりの達成感――いや、別に奇跡でも何でも無いのだけど。
言ってしまえば、下着までずぶ濡れの悲劇と、制服の洗濯と引き換えに、見ず知らずの少年のささやかな財産を取り戻しただけ。それでも、妙な達成感がボク達を包んでいた。
その少年は何度もお礼を言うと、走り去っていく――おう、これからは気を付けろよ!
少年を見送ると、香純ちゃんと向き合う。お互い、すっかり濡れ鼠の泥んこ仕様だ。
既にさっきまでの疑惑は溶けて無くっていた。ここに集っているのはクラスメイトの仲良し三人組――いや、この瞬間にボク達は親友になった――そう思いたかった。しかしその感傷は、ボクが抱くただの思い過ごし、そして願望。
「あーあー、香純ちゃん、顔中泥だらけだよ?」
「いえ、私は大丈夫ですぅ……それよりも、果無さんがー……本当に、申し訳ありませんでした……本当に……何とお礼を言ったら良いか……」
「ちょっと待って! そんなに畏まらないでよ! ボクが勝手に協力しただけなんだし」
「それにー……制服がすっかり汚れてしまって……あああ……本当に、ごめんなさいですぅ……」
「うん、早くウチに帰って洗濯しないとね……さ、アヤメ。行こう」
ボクは踵を返す――ちょっと、居たたまれない。だって――。
香純ちゃん、とてもいい子だ。ちょっと抜けているように見えて、物凄くしっかりしている。人間こうあるべきだって、ちゃんと分かっているんだ。
それに引き換えボクは――最低だ。お金で誤魔化そうとしたり、あまつさえ――香純ちゃんをあんな風に、疑ってしまった。
(彼女の顔を正視できない――)ボクは顔をそむけたまま、足を踏み出す――と、その時。
「??……香純、ちゃん?……」
ボクの手を握る柔らかい手――香純ちゃんの、だった。
「……駄目ですぅ……そんな恰好で街を歩くなんてぇ……」
「そう? 気にする人は気にするだろうけど、ボクは別に気にしないから」
「でも……」
「大丈夫、誰も見ちゃいないって」
「……そんなこと、ないですぅ……ウチで、洗濯していってくださいー……」
「本当にいいって……ちょっと香純ちゃん。もう、いいだろ?」
「絶対、駄目ですぅ!!」
香純ちゃんの言葉。それはきっと、魔法の言葉だったんだ。いつものノンビリとした口調の『絶対、駄目』。たったそれだけの言葉、でもそこには、有無を言わせない何かが込められていた。
「……はい……」
――思わず背定。そして彼女の顔――とても嬉しそうな、泥だらけの顔。ボクはその泥だらけの顔を見つめる。
「分かった……洗濯、お願いするよ……で、香純ちゃんの家って?」
「はい!」パッと明るくなる香純ちゃんの表情。「すぐ、そこですぅ……」




