[21]アヤメ、壊れる
「何なんです、あれ!? 魔法? 魔法なの!? あり得ないです! 非科学的です! 非常識です! 姫様、何ですかアレ!?!?!?!?」
「……まぁ、魔法だよね? きっと」
「嘘です! ワタシは信じません!! それになんですか、この人達の格好、魔法少女? 認めませんよ、ワタシ! そんな、意味不明な存在!」
「おい、キミが言うか?」
「何ですか、あの無意味なひらひら、まるで映像映えのみを追求してデザインされたような、合理性のかけらもない恰好!?」
「えっ……と。キミの格好……あのパワードスーツとやらも、似たようなものかと思うけど……というか、見た目はまるっきり同じだよね?」
「一緒にしないでくださいーーーっ!!! 強化防護服は人間工学と合理性を追求してデザインされた、完璧なる機能美! 科学的考証も無しに、『これが一番萌えるよねー』の一言で採用されたようなコスチュームとは違うですーっ!」
「…………」
「そもそも、あり得ないです! 魔法ですよ!? 物理法則を無視してましたよ、今! エネルギー保存の法則は? 熱力学の第三法則は? エントロピーは何処行ったの!?」
「いや、全く同じ言葉、キミに返したい……」
憤然たるアヤメの表情。でもボクにはキミの言う強化防護服や最先端テクノロジーと、彼女達の魔法少女コスチュームや魔法との区別が、全くつかない……ゴメン。
ちなみに、魔法少女達はそんなボク達を見て無言のまま。さすがに面食らったようだ。しかし、そんな状況も長くは続かなかった。
「良く分からないけど……。まずは傀儡を倒すわよ。浅見さん!」
「了解、深央」再び攻撃態勢を取る浅見さん。
「まずい……アヤメ! 津島さん達、〈デュープ・パペット〉を破壊するつもりだ」
「はい、姫様!」
『urR=kraft!』
ボク達は呪文を詠唱。その声に感応してシステムは衣装を亜空間から召喚、再構築。次の瞬間には、それを纏ったボクとアヤメが立っている。
浅見さんは攻撃魔法を繰り出す。ボクは慌てて防御術式を展開する――その発動は同時だった。
「ハスティグリット!」浅見さんの呪文、それは攻撃魔法。
「y・p・e~顕現せよ、光の盾!」これはボクの呪文。空間位相特異点を生成し、防御障壁を展開するためのものだ。
再び炸裂する赤い旋風、片足をもがれ倒れ込んだ人形を守るように展開する二重の防護障壁。それらがぶつかり合い、対消滅を起こす。
「ひゅぅぅ……」浅見さんが口を鳴らす。「驚いたな。君達も“魔法少女”かよー」
その様子を見ていた津島さん。口元に手をやった彼女が小さく、しかしハッキリとした口調で呟く。
「――これではっきりしたわね」
「どういうこと、深央?」
「彼女達は傀儡を守ろうとした。つまり一連の騒動は彼女達によるもの、この茶番の黒幕ね。何を企んでいるのかは知らないけれど」
「でも、彼女達も魔法少女だろー? 何で悪さをするのさ。それに、『この二人が魔法を使えるなんてあり得ない』なんて言ってたじゃん。どういうことさ、深央ーっ」
「私にも分からない……果無さんと紫野さん、二人とも〈マナ〉は限りなくゼロ。それって、魔法を使えないどころか……」
「人間ですらないって、ってことじゃん!? と言うことはあれ? 二人ともゾンビとか? それとも、彼女達自身が傀儡なのかな?」
「さぁ……あるいは、闇と契約して人間であることすら放棄した、魔法少女の成れの果てとか……いずれにしても、まともな存在じゃないわ」
「ちょ、ちょっと待ったぁぁっ!!」
思わず叫ぶボク。黒幕とか企みとか……あまつさえ人間じゃないって!? ゾンビ? 冗談じゃない!
「アヤメも何か言ってよ!」
「……やっぱり、あり得ないです……」
「え?」
「あり得ないですあり得ないですあり得ないです……ぶつぶつぶつぶつ……」
「あああっ! アヤメが壊れた! しっかりしてよ!」
きっと浅見さんの魔法を二たび目の当たりにして、アヤメの中で何かが崩れ去ったのだろう。
一方、再び戦闘態勢を取る浅見さん。香純ちゃんは人形を抱えたまま、困ったような表情を浮かべていた。そんな香純ちゃんを津島さんが見つめる。
「さ、香純も判ったでしょ? この二人は敵よ」
「……でも……」
「まだ納得できないの? 仕方が無いわね。さ、傀儡を破壊するわよ。そして、この二人も……厄介だけど、倒すわよ」
そう、香純ちゃんはすごく悩んでいるみたいだった。友人になったばかりのボク達――でも、津島さんは敵だと言う。
きっと、この優しい女の子は友人を疑うことができない。でも、行動を共にする盟友が抱く信念を否定することもできないんだ。ボク達の存在が彼女を悩ませ、板挟みにしてしまっているんだ。ものすごく申し訳ない気分。
その思いを振り払うかのように、彼女達に向けて大声で叫ぶ。
「ちょっと、誤解だって! 話を聞いて!」
「問答無用ーっ!!」
しかし香純ちゃん以外は聞く耳を持たないみたいだ。そう叫びながら飛びかかる浅見さん。その周りには複雑な光のパターンがグルグルと回っている。それはまるで魔法陣。いや、正真正銘、本物の魔法陣なのだろう。
アヤメの手を引き、ボクは思いっきり飛びのく。
「c・t!」
「y・p・e!」
再び呪文が交錯する。浅見さんの魔法陣から飛び出す火球。防護術式でそれを食い止めるボク。混じり合い、その瞬間に眩いばかりの光が炸裂。
それでようやく我に返ったのだろうか、アヤメがボクに声をかける。
「姫様!?」
「正気に戻った? アヤメ。ちょっと、話が通じそうに無い。どうする?」
「はい……とりあえず〈デュープ・パペット〉を回収、撤退します!」
「了解。じゃあ、君はあっちのを。ボクは香純ちゃんの方!」
「はい、姫様! お願いします!」
**
「嫌いじゃないよー、こういうの! ワクワクするね。魔法少女同士のバトル!」
「ワタシは苦手ですーッ!」
浅見さんとアヤメはまるで正反対のことを叫んでいた。お互いに魔法攻撃と格闘戦を織り交ぜながら人形を追いかけていた。もつれ合う二人。人形は人形で、残った片足で逃げていく。
一方のボクは、香純ちゃんと向き合う。彼女の姿から目を逸らさず、しっかりと現実を直視しよう――そう心に決める。
目の前にいるのは魔法少女。でも、香純ちゃんは香純ちゃんだった。ふわふわしていて、ちょっとオドオドしていて、目を潤ませて――やっぱりカワイイよ、香純ちゃん。
「果無さん……これ以上、近付かないでくださいー……でないと、私……」
そんな彼女が、必死に叫んでくる。震えながら、とても、か細い声で。
しかもだよ、彼女のコスチュームは黄色系! 花で例えるなら、たんぽぽとか、ひまわりとか、そっち系。もうちょっとマニアックな花だとリュウキンカなんかかな。
うん、香純ちゃんったら黄色の人だ! うん、やっぱり彼女には黄色がしっくり来る。そう、カレーが好きな……じゃない……戦隊の癒し系、ちょっと抜けていて殺伐とした展開でも安らぎをくれるような存在。
黄色と言えば、香純ちゃん。香純ちゃんと言えば、黄色系魔法少女。となれば、彼女にかける言葉は決まっている――。
「ごめん、香純ちゃん。キミとは、できれば戦いたくない……」
「えっ?」パッと明るくなる彼女の表情。「……じゃあ……」
「あ、香純ちゃん。パンツ見えているよ? スカートが人形の脚に引っ掛かっている」
「えええっ!?」
「隙ありっ!!」
顔を真っ赤にしたと思ったら、慌てて下を向く香純ちゃん。思わずガードが甘くなる魔法少女……って、こんな古典的な技に引っ掛かるの? まじで可愛い過ぎるぞ!?
「a・r・n・i!」
すかさず飛行魔法を発動。ボクのやろうとしていることは決まっている。一気に香純ちゃんの脇をすり抜け、彼女の腕から人形をひったくってそのまま大きく上昇するつもりだった。でも――。
今更ながらボクは気が付く。黄色系魔法少女を相手に、ボクのような平凡な人間が考え付く思惑なんて、通用するはずも無いということに。




