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[19]完璧美少女と、ボーイッシュガール

 放課後、約束通り生徒会室の入口に立つボクとアヤメ。お互い頷き合うと、意を決してドアをノック。返ってきたのは津島さんの声だった。


「はい、お入りになって」

「失礼します……」

「ようこそ。さぁ、中に入って」


 ボク達は促されるがまま、生徒会室へと足を踏み入れる。テーブルは普通の会議用テーブル、イスは教室にあるのと一緒。

 高級調度品に囲まれた生徒会室という、アニメなんかでありがちな『お前ら生徒会費を私物化しているだろう?』的な突っ込みを期待しているという訳ではないらしい。そもそもここは市立の学校だ。理事長の身内などというベタな技など使えるはずもない。


「今日は、役員のお姉さま方はいらっしゃらないの。そんな訳だから、あまり恐縮しないで、寛いでくれるかしら」

「あ、ありがとうございます……えっと……生徒会室って、こんな感じなんですね……」


 何とか絞り出した言葉がこれ。ははは……やっぱり間抜けすぎるぞ。だいたい、上級生がいないからって、この完璧美少女を前に寛ぐなんて土台無理だ。


(……ううう、ネットの中で人間の振りをしているインチキくさいボットだって今日日きょうび、もうちょっと気の利いた切り返し方をするよなぁ……)そんなことを考えていた時だった。飄々とした声がこの部屋に響く。


「生徒会室と言っても、ここはそのほんの一部だけどねー。知っているかいー? この奥に広がる、深淵たる生徒会室ワールドを見て、生きて帰った者は居ないという伝説を?」


 その声は、パーティションの陰から現れた少女のものだった。


「浅見さん、嘘は言わないの」津島さんはその少女に呆れたような笑顔。

「あはは。でも、このエリアの奥に、生徒会室の本部があるってのは本当だよ? ここは応対室っていうか、私達、白梅会所属の一年生が取り次ぎをするんだ。下っ端見習いって奴よー」


「あれ?」その姿を見て、アヤメがぱちくりと目をしばたく。「確か、委員長と話していた……」


 ――あ、そうだった。確かこの学校に来た初日、委員長の井澤さんに連れられた時に、彼女と話をしていた人だ。そうそう、委員長もこの子のことを浅見さんって言ってたっけ。


「やあ、こんちはー。こないだはどーもー。りさっちから話は聞いてるよー。病み上がりの庶民派王女様に、ヨーロッパから来た謎の転校生だよねー」

「さあ座って、お二人とも。紅茶で構わないかしら?」


 ボク達は言われるがままテーブルに着く。そういえば、さっきから紅茶のかぐわしい香りが漂っていた。その香りに乗って浅見さんの声。


「生徒会室まで文句ブータレに来る、面倒くさいお客さんも多いからねー。私達はその受付係よー。“白梅会の小部屋”なんていう小洒落た言い方をする子もいるけど、そんなイイもんじゃないってー」


 パーティションの奥に引っ込んだ浅見さん。やがて彼女は、紅茶ポットとカップを乗せたトレイを運んでくる。


 ボクは無意識のうちにその姿を目で追いかける。彼女の特徴を一言で表現すると、ちょっと背の高いサバサバとしたボーイッシュな感じ、かな? 髪の毛もショートヘアで、バレーボールをやっている女の子なんかによくいるタイプ。

 喋り方も凄くはきはきとして――でも少しおどけた感じが親しみやすい。きっと誰とでも仲良くなれる、そんな個性の持ち主。ある意味、とっても羨ましい。そうそう、さっき彼女が言っていた“りさっち”とは委員長のことだろう。


 二人に勧められるまま紅茶をすするうち、少しずつ緊張が解けてきたような気がする。普段あまり紅茶は飲まないボクだけれど、この香りにリラックスさせる効果があるというのを改めて実感。隣に座るアヤメもいつもの調子を取り戻してきたのだろうか、のほほんとした声色で彼女達に問いかける。


「あの……すみません。白梅会の方々って、津島さんと浅見さん、あと風見さんに……あと何名いらっしゃるのですか?」

「ええ、私達三名だけよ。風見さんは図書委員との打ち合わせに出かけているわ。もうそろそろ帰ってくる頃ね」


 アヤメの質問に、今度は津島さんが答えてくれた。その直後のことだ。ノックの音と共に、ドアの向こうでのんびりとした声。


「……すみませんですー……遅くなりましたぁー」


 その直後、バサバサという何かが落ちる音――その音を聞き、浅見さんがドアに歩み寄る。浅見さんが開けた生徒会室のドア、その先にいたのは、廊下に落ちたいくつものファイル拾い上げる風見さんの姿だった。


「ああああ……ゴメンナサイですぅー……」


 ――あらら。大量のファイルを抱えたままドアを開けようとして、落っことしちゃったのね……彼女、ドジっ子のところまで様式美過ぎないか? ボクは心の中で、風見さんにサムアップを送って見せる。


 それにしてもなんなんだ、このタイミングの良さ? 津島さん、予知能力まであるのかよ。完璧美少女ったって限度があるぞ?


  **


 生徒会室の一角、通称“白梅会の小部屋”での雑談。二杯目の紅茶をお代わりした時、話題は何故かボクの自宅へと移っていった。


「……果無さん、この学校の御近所にお住まいなのね。じゃあ今度、お邪魔させていただいてもよろしいかしら?」

「あ……はい。喜んで……」


 そうは言っても内心は穏やかじゃない。津島さんの言葉、社交辞令のはずだ――うん、そうに決まっている。というか、ウチなんかに来てもつまらないしね。築20年の建売住宅だよ? 平凡な小市民だよ? ボクの部屋に至ってはゲームと小説と漫画だけ。津島さんの引きつった表情が目に浮かぶ。


 ところで、一方の津島さんは超良いところのお嬢様らしい。クラスの女の子が話していた。


 津島さんの一族は地元の名士で、住んでいるのもトンでも無いお屋敷。いくつも会社を経営していて、親戚は当たり前のように市議会議員だの代議士だったり。それだけじゃない、各方面で名前を残すような人物を多数、輩出している家系なんだそうだ。そして彼女自身も小学生の時から神童っぷりを発揮。とにかく将来を嘱望されているんだと。


 ――まあしかし、津島深央お嬢様のそんな神童っぷりとは無関係に、生徒会での面白い出来事なんかを織り交ぜながら、彼女達との会話は当たり障りなく粛々と進んでいた。

 とにかく津島さん、話し上手で聞き上手。こりゃ、上級生から一目置かれるはずだ。時々、『果無さんって、どちらの中学から? 中学の時の同級生は誰かしら?』なんて聞かれたりとか、『紫野さんが暮らしていた国って、どちらかしら?』と世界地図を引っ張り出してきたりとか、少しばかり焦る場面もあったが……。


 それでも何とか、ボロを出さずに乗り切れた――むしろ、見識の広い津島さんの話術に引き込まれて、結構楽しい時間を過ごせてるんじゃないかな? そう思い始めていたんだ。でも――。


「ところでお二人、屋上で何をされていたのでしょう? 月曜日のことですが」

「……え?……」


 唐突な津島さんの質問。屋上? 月曜日?……って……まさか、井澤さんを取り戻した、あの時のこと? 思わず、ボクはアヤメと顔を見合わせる。


「何か、事情でもあるのかしら?……月曜日だけじゃなくて、毎日のように校内をあちこち、回られているようですし……」

「……あ、それは……」


(どういうこと? え、なんて言えばいいんだろう……)空回りする思考。


「えっと……ゴメンナサイ、ワタシ達、何かマズいことでも?……」


 アヤメも同じように混乱しているみたいだ。今にも墓穴を掘りそうな、挙動不審レベル急上昇的な言葉遣いで釈明を開始する。


「いえ、そういう意味じゃないの。純粋に興味が湧いただけ。事情があって答えたくないのなら、それでもいいわ?」

「そういう訳ではないです! この学校に早く慣れようと、あちこち徘徊しているだけです!」


 って……あああ、ボクの方が墓穴を掘ったかも!? しかし津島さんは優しく答える。


「そうなの……ええ、そうね。無理も無いわ」

「すみません……何か、拙かったでしょうか? 生徒会に苦情が来たとか?」

「そんなこと無いわ。ごめんなさいね、変なことを聞いちゃったかも……さて、そろそろ時間ね。じゃあ、この場はお開きにしましょう。ありがとうね、果無さん、紫野さん」


  **


 ボク達は生徒会室を後にする。その時のことだった――生徒会室のドアを閉める瞬間の津島さん、何か独り言をつぶやいた気がする。声は聞えなかった。でもなんか、こんなことを呟いた様に見えた――


『普通なのね』


 ――と。


 楽しかったはずのひと時。でもなんか、ボクの心は沈みがち。何となく感じる不安感。出所の分からない不安を押しのけるかのように、ボク達は声を掛け合う。


「じゃあアヤメ、今日の調査を始めようか」

「……はい……そうですね」


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