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[01]妄想を二乗してさらに倍掛けしたのが現実さ

 ――ボクは目を覚ます。


 目を開けるとそこにあるのは見慣れた天井、ボクの部屋。ゆっくりと身体を起こしながら、まだ少し朦朧とした頭をゆっくりと回す。外はまだ明るい――今、何時だろう?


 ベッドを出ながら部屋をぐるりと見渡す。机の上にある読みかけの本、ベッドの脇に脱ぎ捨てたままのジャケットや、出しっぱなしのゲーム機。そのどれもが家を出た時の記憶にあるボクの部屋。恥ずかしながら少々散らかっている我が居城だ。

 少なくとも異世界に召喚されてたり、未練を残したままあの世に行ってしまった訳ではなさそう。ボクの身に振りかかった出来事は、そんな安直な仕様ではないはずだ。寝起きの頭をフル回転させ、状況の解析にとりかかる。


(異世界転生という選択肢は外れた。次の可能性……ボクはたった一人、人類が滅亡した後の遠い未来に目を覚ました!?)


 そんな馬鹿な。とは言え、あの非常識な出来事の後どれくらい寝ていたんだ。せいぜい小一時間ほどだろうか。それとも既に日付は変わっていて休日の朝? いや、もうお昼を過ぎているかも……ってことはあれだ、貴重な週末を無駄に過ごしたってことに……それはかなりもったいない。


 ちょっと待った。それどころか……考えたくもないけど……実はボクが寝ていたのって“何日”単位だったりして。あるいは、ひょっとして何週間も……まさか、何年もこのベッドの中で!?


(まさか……それはちょっとハードすぎる)


 まあ、でもそんなことを考えはじめたってことは、少しばかし目が覚めてきた証拠かな。それに、この目覚めの感覚だと、寝たきりだったってことは無いだろう。


 ボクは生まれつき楽天的な人物だ。“受動的性善説”とでも言ってしまおうか、周りの状況が自分に悪意を持っていないということを前提に、安直な方に思考を組み立てる。これがとっても楽な生き方なんだ。


 そんな事を考えつつ、今日がいつなのか確認しようとスマートフォンを探し始めた時だった。


(あれ?)


 ふと、ボクのカバンがベッド脇に置かれている事に気が付く。カバンの置き場所はいつも机の横ってのがボクの習慣……ということは、やっぱり誰かがボクをここに運んできてくれたってわけか。


 ボクはあの女の子のことを思い出した。なるほど、バレバレだね。


 あの血まみれだった少女。


 ボクが1階に降りていくと、リビングかキッチンあたりに彼女がいて『あ、気が付いた?』なんて言って来てくれる訳だ。そしてボクに抱きつきながら『キミが無事でよかったわ……巻き込んじゃって、ゴメン』と涙ながらに囁いてくれる!


 もちろん、想像上の彼女は既にスプラッタ状態じゃ無い。怪我は治っている――あんな大怪我、どうやれば治癒させられるのかは知らないけど、何しろ相手は魔法少女だ。御都合主義の反則技でどうにでもなるに違いない。


 元気が出てきたかも。凄いぞ、こんなことって本当にあるんだ。多めに見積もっても宝くじ並みの確率だよな。あ、でも待てよ。そこまでお約束だとすると、その後の言葉はきっと――


『私と一緒に戦って……』


 って感じか。だとしたら断れない……よなぁ。


 そもそも戦うって、どうやるんだろう。特殊能力とか魔法的な何か?

 でも異世界に召喚された訳でもないし、特別な力に目覚めた様な感じもしないなぁ……。ベタなのは剣とかそういった類の武器を使った戦闘か。あ、どうせなら日本刀とかが渋くていいな。あーでも剣道なんてやったこと無いし……特訓とかしなきゃ駄目? 戦闘で痛い思いとかするのかな? 何かいろいろと面倒くさそう。ゲームやる時間とか減っちゃうよね……。


(う……ちょっとテンション落ちてきたかも……)


 ボクはそんなアホな脳内シミュレーションなぞ繰り広げ、そして勝手に盛り下がりつつドアノブに手をかける。その瞬間、頭をもたげたのが


(いや、まだ油断はできないかな? 自宅と見せかけておいて、実はここ、モノリスがボクの記憶をスキャンして忠実に再現した部屋だとか。部屋のドアを開けると、そこに広がるのは視界いっぱいの木星。今、ボクがいるのは木星の衛星軌道上だったりして)


 などという空想だったりする。この状況で我が空想癖はいつも通り。自分でも大したものだと感心する他ない。


 だけど幸いなことに、現実はそんなありきたりな空想をいとも簡単に否定する。目に飛び込んできた光景、ドアの向こうも普段と変わりない我が家だった。正直ほっと一息。

 一歩一歩、踏みしめる足の感触を確かめるようにして階段を降り切る。美少女の出現、その予感を胸に。さぁいつ出るか、どこで出くわすか。


(心の準備はもうできているよ。さあ魔法少女、何処からでもかかってきやがれっ!)


 心の準備ができている、そのつもりだった。


 しかしそんなのは、どこかで読んだ物語、ボク自身の貧相な発想、その範囲内で動かしているキャラクターが演じる“突飛な行動”に対する心の準備に過ぎなかったんだ。ボクは現実が妄想とは全く異なるということを思い知らされる。


 階段を降り切って一階のダイニングに足を踏み入れたボクの目に飛び込んできたのは、確かに彼女だった。だった……んだけど……。


(え?……どういうこと!?)


 そんなボクを知ってか知らずか、優しげな表情を湛えた黒髪の美少女が声を上げる。


「気が付かれましたか! よ、良かったーっ」

「…………」


 ボクに気付いた彼女は立ち上がり、ゆっくりとボクの方へと歩いてくる。ボクはそんな彼女が浮かべていた表情に釘付けとなる。その表情――上手く言えないけれど、ずっと探していた迷子の子猫をようやく見つけ出した時の子供みたいな――そんなふうに例えれば良いだろうか。


 でも、ボクは無言。


「一時はもう、諦めかけていたんです。あー、ワタシもこれで終わりなのねー、なんて走馬灯まで浮んでしまって……そうなんです。御存じでしょうか? それまでの人生が走馬灯のようにグルグルと思い浮かぶっていうあれ、本当なんです。ちょっと、感動です」

「…………」


 その女の子は、ダイニングの椅子に座っていた。想像通り、右足も、右腕もちゃんと付いているし、腸もはみ出していない。ちょっとびっこを引きながら、ボクに近付いてくる。


 でも、ボクは無言のまま。


「ようやく、この世界に降り立って“さぁ、任務遂行がんばるぞー”なんて意気込んでいたんです。なのにですよ? イキナリこんなことになっちゃって……実際のところ、もう絶望しか無かった訳です」

「…………」


 ボクを見つめるのは藍色と翆色のグラデーションがかかった瞳。ああ、やっぱり思った通り、見つめられるとドギマギしてしまう位、可愛い女の子だ。


 でも、相変わらずボクは無言。


「頭の中にあったのは、『これじゃぁ王様と王妃殿下、そして何より、敬愛する王女殿下にとても顔向けできない……』という想いだけ。こんなはずじゃなかったのに……ああ、どうしよう、って心の中で泣いていたんです!」

「…………」


 彼女の喋りかた、思ったより舌っ足らずだ。でもちょっと可愛い。それに何処かとても親しげな感じで――まるで親友と数年ぶりに再会した様な、懐かしい感じがする。


 でも、ボクは無意識のうちに無言を貫き通す。


「そしたら、ですよ! 偶然、あなた様が通りかかって!! ワタシ、確信しました。これってもう、定められた運命以外にあり得ないです! って……あれ?……あ、あのー?」

「…………」

「あのー、もしもし?」

「…………」


 ようやくこの少女はボクがずっと無言だってことに気付いたようだ。正確には、見てはイケないモノを直視してしまった哀れな男の子が、ここに立っている。


「すみませーん、聞こえてますかー??……って……あれ? 言葉、通じてないのかなぁ? この世界の言語、これで良いハズなんだけど……おーい、姫様ーっ?」


 はい。聞こえています、あなたの言葉、理解しています……いや、内容については全く理解できていないけど。

 ついでに言うと、キミが異世界からやってきたみたいってことも何となく判りました。でもね、別の理由でボクの思考回路は無限ループ。大脳新皮質は、さっきからエラーコードを吐きだしっぱなし。言葉を紡ぎ出すことができないんだ。


「……えと……?」


 少女は聞く。


「!!!!!!!」


 ボクは答える。


「……はい?……」


 もう一度、少女は問う。



 ようやく絞り出した言葉にならない言葉。それを、この少女は聞き直してくる。しかも御丁寧に、両手でボクの手を握りしめて。それだけじゃない。ちょっと小首を傾げて、上目遣いで。そしてボクは、さっき言語として紡ぎ出し損ねたのと同じ言葉を繰り返す。


「な、なんでキミ、は だ か なのーッッッ!!!」


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