[124]王子様参上!(むしろこれは王子様惨状劇場だと思います)(1/2)
「ちょっと待てアヤメ……てことは、本ッ当の本当にボクらだけ取り残されたってこと?」
「そういう事になりますねぇ」
「無人になったこのゲームの中に?」
「そうですねぇ。ベルさん達もいなくなっちゃいましたし……困っちゃいましたねぇ……」
どうするんだおい……いや待て、まだ希望はある。
「あれだよな? 津島さんが設定したゲームのクリア条件を満たさなくても、その……何と言うか……ソレが危険水域に達したら勝手にログアウトするんだろ?」
「ソレ? 危険水域?」
「ああっ、言わせないでよ! 尿意のことだよ! おしっこだよ! 安全対策されてるって言ってたじゃん」
「そうでした」
もしそれが無ければ、この恐るべき生理現象によってリアルの方が大惨事という、想像するのもおぞましい結末を迎えることになる訳で。正真正銘、最後の生命線だ。
「もうそろそろだよね? だって、かなり長い時間プレイしてるんだし……」
半ば自分に言い聞かせるようにボクは呟く。
ところが。
手元にウィンドウを呼び出したアヤメは、その画面を食い入る様に見ているだけで、目を逸らそうともしない。彼女は必死にウィンドウを操作するが――いや、むしろその度に、焦りと絶望の色が上塗りされていってるような……。
何か拙い事でも起きている?
「どうしたんだよアヤメ。何か答えてよ」
遂にアヤメは顔を上げ、言い出しにくそうにボクの方を見上げた。
「あのぅ……姫様。そのことなのですが……」
「な、何だよ。深刻そうな顔して……気味が悪いな」
いつになく重苦しい声。とても嫌な予感が、湿っぽい感触を伴いぬめっと背筋を撫でる。
瞳に宿る困惑と恥じらいの色。アヤメは晴れない表情のまま続ける。
「生体レポートを見るとですね? ワタシも姫様も……タイムリミットは残り数分とのことです……」
「げ」
嘘だろ。
「おかしいですよねぇ……ええっと……困ったなぁ。どうして強制ログアウトしないんだろう……?」
そんな。嘘だと言って!
未だに信じられないのだろう、未練がましくウィンドウを操作するアヤメ。かなり焦ってる様子――つまりいつもの酔狂や冗談でもない――と?
いやいや、こんな時には深呼吸。とにかく心を落ち着かせるんだ。
「すーはーすーはー」
「どうされました姫様? あ、まさか! この世界のワタシ達だけの新鮮な空気を独り占め? ですがいくら美味しく感じるといっても、所詮バーチャルな空気ですからねぇ。この緊急事態に、あまり建設的な行為とは……」
何を呑気に分析してるんだよ。
てゆーか、膀胱の貯水量まで一緒? ボクらそんな所まで仲がいいのか? ――って、それどころじゃないんじゃないの? ――否、まだ手はある筈だ。
冷静に分析を続けるボクに向き直り、アヤメは言い出しにくそうに。
「それでですね?」
「何だよおい。まだ何かあるの」
「もう、お手洗いまで間に合わないかも……」
「ああああッッ!!」
心の支えをいとも簡単にへし折るアヤメ。絶望に打ちひしがれる中、覇気のない声が背中にかけられた。
「――ねぇ? 美彌子っちー、アヤっちー……」
声の主は浅見さんだった。力なく隣の香純ちゃんに寄りかかり、とろんとした目でじっとこっちを見ている。
「……なんかさぁ。とっても眠いんだけど?」
そう言うと、香純ちゃんのコスチュームに顔をうずめたままズルズルとずり下がっていく。慌てたアヤメが彼女を抱きかかえると、その腕の中で、すぴーすぴーと心地良さそうな寝息を立て始めてしまった。
しかも、異変が起きたのは浅見さんだけじゃなくて。
「どうしたのかしら。私も眠くなってきたわ。ふわぁぁぁ……」
「目がぐるぐる……回ってます……ですぅ……」
「ちょっと、津島さん? 香純ちゃん!?」
まるで浅見さんの睡魔が伝染したかのように、津島さんと香純ちゃんもふらつき始める。二人はボクに寄りかかると、まるで安心したように身体を預け、あくびと共に崩れ落ちてしまった。
「何だこれ……ねえ、二人ともどうしたの? ほら、起きてよ……」
だけど津島さんも香純ちゃんも、虚ろに身をよじるだけ。ボクは顔を上げアヤメに助けを求める。 アヤメは、困惑と不安が半々に入り混じった表情をボクに投げかけていた。
「まさかとは思いますが……」
そこまで言いかけると視線を逸らし、頬を赤らめて彼女は言った。
「アサミさん達の方が半歩先を行ってるようです……」
「半歩?」
「ご存知でしょうか姫様。神経接続システムで兵器を動かしてる時の話です。極限までおしっこが我慢できなくなると、自律神経系と、大脳辺縁系に働きかけている感覚フィードバックとの干渉が起きてしまうそうなのです」
「はい?」
「するとですね。こんな風に、一時的な意識レベル低下という現象が起こるのだそうです」
「……それって……」
「はい! いやぁワタシ達、おしっこ事情まで同期してしまう程の仲良しさんだったのですね!」
レッドゾーンをはみ出して、ブラックゾーンに突入ってか?
いやいや、ソレが意味するのは――
「ということは……」
「はい姫様! ワタシと姫様も、いよいよ後がないってことです!」
勘弁してくれ。いや本当にマジで。
「どうしましょう姫様……」
「どうしましょう……って。どうするんだよ!」
喚くアヤメに慄くボク。絶体絶命って事じゃん。眠れる森の美女症候群。その正体はおしっこが我慢できないという生理現象……って、シャレになってないよ。
そんな中、何か思い当たることがあったのだろう。アヤメはピクリと体を震わせ、俄かに移ろうた真剣そのものな眦を差し向ける。
「そうです姫様!」
「どうしたアヤメ」
「一つだけありました! ワタシ達に残された道!」
「おおっ!? あるんだね、助かる方法が」
「ハイッ! それはゲームをクリアすることです!」
…………。
「あの、姫様? どうされたのです、黙り込んでしまって?」
「いや何でもない……てか、答えになってないじゃん」
「いえいえ、ですから王子様が津島さんとぶちゅーっっとキスを……」
「だから、それが無理なんだろ!?」
真面目に取り合ったボクが馬鹿だった。
すぴーすぴーと寝息を立てる津島さん達と、支離滅裂な掛け合いを続けるボクら。しかも追い打ちをかけるように、アヤメは殊更ワケの分からない言葉を言ってのける。
「それでですね姫様? 例のアレ、少しやってみてはいただけないでしょうか?」
「はい?」
「はい、例のアレです!」
「例のアレ……って、何?」
「アレですよアレ」
「??」
「ですからその……仮初の姿……男性の姿に変身するアレです」
「は?」
ようやく言葉の意味は分かったけれど、その意図はまるで掴めない。むしろ意味不明度は大幅にアップ。
「男の姿? 本来の姿に戻るアレのこと?」
「いえいえ、男モードの姫様は、本来の姿ではなく仮の姿なのですが」
「仮の姿違う! 本・来・の・姿――だよ!」
そこは譲れない一線。
「……まぁこの際、どちらでも構わないのですが……何しろ緊急事態ですので」
「何へんなこと言ってるんだよ。だってさ? これ、ゲームだろ」
ああ、変身できるよ。元の姿に戻れるよ。リアルならね? 時間制限付きだけど。もっとも、どういうメカニズムでそんな物理法則も自然の摂理もまとめてウッチャリかました現象が起こるのだなんて、自分のことながら理解の範囲を遥かに越えてるんだけど――まぁ、それはイイ。
そんな超自然的現象がゲームの中にまで適用されるワケ無いじゃん。
「ええ。確かにゲームの中にオカルトが存在する余地はありません」
「だろ?」
「ですが良く考えてみてください。このゲーム、リアルさを追求するため、プレイヤーの生体情報を正確にモニタしているというのもまた事実です! とゆーことは……」
「とゆーことは?」
「リアルの姫様が男モードになれば、それに引きずられてアバターもそっちの姿になる可能性が!」
「んなバカな」
一笑に付すけれど、アヤメの方も引き下がらない。
「まぁまぁ姫様、モノは試しといいます。ダメ元でやってみてくださいよぉ」
「うーん……」
押しが弱くて流されやすい自分にホント、嫌気がさす。
「分かったよ……ダメでも文句言うなよ? ゴホン……x・i・n・n・i!」
この呪文で、一時的にではあるけど悪い魔法は解け、ボクは本来の姿を取り戻す――もちろんそれは、リアルでの話。量子力学と情報理論という、科学の理に支配されたゲームの中で、そんな質の悪い冗談みたいな現象、適用されるなんて可能性、1パーセントも無いはずだった。
だけど。
一瞬の立ち眩みのような感覚の後――
「思った通りです、姫様!」
「え?」
ふと我に返ると、気持ち上がったアイポイント。その視界の中に、ちょっと上目遣いでボクの顔を覗き込むアヤメの表情。心持ち明るい表情のアヤメの顔と、上手く口では言えないけれど昔懐かしい身体の感じが、今起こったばかりの変化を物語っていた。
この感じ……ひょっとして本当に?
思わず胸のあたりに手をやる――慎ましいけれど、じゅうぶん自己主張していたはずの二つのふくらみは無かった。
「ほぇぇぇぇ?」
吐き出した息と共に、声帯を気の抜けた声が通り抜ける。その声は半オクターブほど低くなっていた。
「ホントかよ!?」
全てはアヤメの予言通りだった。
だが、もう一つの真実がボクの脳裏で警告を上げる。とても身に覚えがあるものだけに、何が起こったのか想像するのがとても怖かった――だけど思い切って、ボクはボクの身体に目を落とす。
「う、うぎゃぁぁぁ!?」
思った通り、恐ろしいことに着ている服は魔法少女の衣装のままだった。スカートの中の、スースーする感じが改めて気持ち悪い。下着も当然女モードの時のまま……しかし、その中には舞い戻ってきたボクのコアエレメント……変態じゃんこれ。
そして、そんなボクに向けられたアヤメの視線が怖くって。
「見るな見ないでこんなボクのこと!」
「どうされたのです姫様? そんな慌てて」
「だって……男が魔法少女姿なんて……女の子の下着なんて……そんなキモイこと……」
「いえいえ、創作物の中では増えましたよね、そういったシチュエーション」
思わずしゃがみ込み、両手で顔を覆ったボクの頭を、アヤメがよしよしする。
「それに、とても似合ってます姫様! 王妃殿下さえ『我が娘ながら稀代のオトコの娘っぷり!』と豪語するだけあります! さすがです!」
「どういう褒め方だよ! とゆーか、母さんのその言葉、意味不明だし」
「何処からどう見ても魔法少女コスの美少女さんですよ、姫様! 剥いで見ない限りは……いえ、それはそれでアリかも……じゅるじゅる……あ、よだれが……正直、羨ましい限りです」
「しくしく……」
「ああっ、泣かないで姫様! 自信を持ってください姫様!」
他人事過ぎるよアヤメ。自信もってどうすんだよ。勘弁して。
「さあ、顔をお上げください姫様。次はコスチェンジですね」
「コスチェンジ?」
「はい!」
恐る恐る顔を上げると、手元にウィンドウを呼び出したアヤメが、画面いっぱいに表示されたサムネイルをスクロールさせていた。
「まさか……そのサムネイルって」
「はい。衣装の選択画面です……あ、コレコレ! これなんてイイのではないでしょうか姫様?」
そう言うが早いか、ひときわ目立つ衣装を彼女は選んだ。真っ白い生地に黄金の刺繍。赤の裏地が目に痛い、一目見てベタな白馬の王子様と分かる、どんな酔狂な人間がそれを選ぶのかっていう衣装だった。
心の準備ができていれば、いくらゲームでもこんな痛々しいコスチュームを身に着けるなんて、断固阻止していただろう。
だけど気付いた時には――
アヤメの操作により、キラキラなエフェクトがボクを包み込んでいた。
やがて光の乱舞が終わり、アヤメはボクの姿を認めると満足げに頷いた。
「お似合いですよ、姫様」
「何の真似だよアヤメっ!」
やたら高い襟、分厚い肩章。おまけに金のパイピングやモールで細工されたやたら豪奢な造りのジャケット。そのジャケットを翻し、ボクはアヤメの肩を掴んだ。
「何か物足りないですねぇ……そっか、王冠も必要でしたね! えっと……よしっ、これなんかでどうでしょう!」
彼女の真意を掴みかねるボク――いや、心の内の何処かでは分かっていた。だけど、それを認めるのが恐ろしすぎて。だからボクは、彼女がやろうとしていることをイメージすることを拒否していた。
「あのさアヤメ?」
「はい姫様」
「コレ、どーゆーこと?」
いや何となく想像はつくんだけど……まさかね。
前回のあとがきで「このエピソードは残り1話」などと書いておきながら、ちょっと長くなり過ぎたため2話に分割いたしました。舌の根の乾かぬ内になんという様なのでしょう…そんな計画性の無さに自己嫌悪しつつ、えいやっと投稿いたします。ご了承を。




