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[122]水戸黄門って毎週こんな気分だったのだろうか?

「――分かったよー、私がやればいいんだろー! ……脱げば凄いんだからね! よーし、おねーさん、行っちゃうぞー!」

「ヒューヒュー! あ、そうだ。もい良ければ私もご一緒しちゃいますか?」

「ええー、miwa姫も脱いでしまうのですかぁ? いくらゲームの中でも私には無理ですぅ、そんな恥ずかしいこと……」

「そう言えば私達、変身を解除しないでイイのかしら?」

「お、深央ナイスアイディア! よしッッ! それで行こう! パターン=変身解除で裸になっちゃったシチュ! かなりマニアックだよこれー! ヤバいよヨダカの野生本能に火を付けちゃうんじゃねー?」

「浅見さん、ゲームだと大胆ですぅ、人が変わりますぅ」

「SNSをやっちゃ駄目なタイプの人ね」

「ありゃ……浅見さん達まだやってるよ」


 ヨダカがフリーズしている中、魔法少女3人組とmiwa姫はさっきの話題でまだ盛り上がっている。


(ほん)ッとにおバカねアンタ達。これだから未開の生物は……原始的といえばソレ! そもそも使っている文字からして野蛮そのものだもの……何よその間抜けな表示!」


 おバカなJKのノリはベルさんに伝染した模様。彼女は香純ちゃん達の頭上にポップアップを強制表示させると、指をさして笑いだす。間抜けというのは、どうやら漢字で表された名前のことらしい。


「もう、そのみっともない文字体系を、私達のに替えてやるんだから……えいっ」


 ベルさんが手元にコンソールを呼び出し、何かやり始めた――と、ポップアップの文字が変わる。見覚えはあるけどまるで読めない例の文字。そう、あっちの世界の文字だ。


「ほら! いくら間抜けな未開人の名前でも、こうやって表示した方がよっぽどマシよ! ええっと何々……ミオにリコにカズミ? ふぅ……ん、あんた達、そんな名前だったの。もっと妙ちくりんなのだとばかり思ってたわ……そうよねぇ、アヤポンさ……ん?」


 ベルさんはボクやアヤメのポップアップも一緒に表示させたみたいで、ボクらの頭上にも異世界の文字。それを見たベルさんの声が詰まる。


「アヤポン……さん?」


 彼女はもう一度、愉快にツイストした声を出した。まるで脳天を突き抜けて出てきたような、裏返った声だった。


「何よッ!? アヤポンさん、『シノ アヤメ』ってどういう……え? え? どういうこと!?」

「はぁ……?」

「まさか……アヤポンって……偽名だったの!?」

「ありゃま……バレちゃいましたか」


 居心地が悪いのか照れ隠しなのか。人差し指で頬をつつくアヤメ。


「えーっとですねぇ……話せば長くなるのですが。困ったなぁ……」

「ガチガチのこのゲームでそんなことできるの? ――って、いえいえ! どんなズルを使ってるのよアンタ!? まさか本当にスパイな……え?」


 その時だ。頭上のフォントが突然崩れ出し、違う文字に変わった。そう言えばこの現象、前にも見たっけ。文字コードを変えてもこのバグは変わらないのか。ということは多分、今そこに表示されているのは彼女の本名のはず。


「表示が急に変わったわよ? え? どういうこと? マジスパイ? 3つの名を持つオンナ!?」

「これですか? あー、これですね。いやぁ、遂に全てをゲロしなければならない時が来ましたか! 本当に込み入った話で、筋道立ててのご説明は難しいのですが……」

「とゆーか……ちょ……それ……『アヤメ ジーノ』って……どういうこと?」

「ハイ! 此方こそが真のワタシ! 正真正銘、嘘偽り無いワタシの名です!」

「まさか……え? 嘘……でしょ? は……はい?」


 ごくりと唾を飲み、無理矢理気を取り直したベルさんは問う。


「それ、本名……よね?」

「はい、そうですよ。今まで黙っていてメンのゴ! といった感じでしょうか。いやぁ、お恥ずかしい! でも言い訳させてください! 何度も切り出そう思っていたのですよ本当に? ですがタイミングが見つけられなくて……ほら、一応軍属ですので、その辺りのアレヤコレヤで面倒くさいんです。本当にゴメンナサイです」

「…………」

「怒らないでくださいベルさん! 長い付き合いではないですかぁ! 本当に許してくださいませませ後生ですから」

「…………」

「そう……もう私、嘘だらけの人生は終わりにするの……おおっ、このフレーズ! ちょっとカッコイイ歌詞みたいですね……後でメモしよっと」


 必死に取り繕うアヤメだったが、ベルさんの様子がどこかおかしい。まるで怯えたような、畏怖するような。


 彼女はアヤメの問いかけに応じる代わりに、恐る恐る口を開く。


「アヤポンさん……まさかあなた、ジーノ卿の……関係者……ってこと……無いわよね?」

「はい? えっと……まぁ。そういうことになりましょうか」

「とゆーか、ちょっと待ってよ。ひょっとしてアヤメ・ジーノって……あの近衛第一師団王宮付直衛騎士のアヤメ・ジーノ……様!? いえいえ……じゃないわよね……いくら何でも……でも確かに……そう言われてみれば似ているような……」

「え? ありゃりゃ何だってまた、ワタシの所属なんてご存じなのでしょう?」

「ご、ご、ご無礼をぉぉぉーーーッッ」

「えええっ!?」


 いきなり土下座のベルさん。


「ちょっとアヤメ? ベルさんいきなりどうしたの」

「うーん……どうしたんでしょうねぇ?」


 ボクがアヤメに寄り添うと、今度はベルさん怒り出した。


「ああっ、パチモンッッ! こらっっ!」

「あ、はい!?」


 あまりの剣幕に思わず後ずさるボクに、ベルさんは追い打ちをかける。


「いくら異世界の方でも馴れ馴れし過ぎますッ! もっと控えなさいッ!! ここにおられるの、あの偉大なる賢人にして王国の守護者ジーノ家の血族、アヤメ・ジーノ様ですよ……」

「……あの、ベルドールさん?」

「何よヨダカ、横からいきなりッ」

「よ、よ、良く見て……ください……」

「良く見てって、一体何を……よ……って……ヱ゛?」


 固まるベルさん。


 彼女は濁点付きの微妙な発音で唸ると、見る見るうちに青ざめていく。これ以上は無いというくらい見開かれたベルさんのまなこの先を追っかけると、そこにボクの頭上のポップアップ。


 血の気が引き顔面蒼白なベルさんの顔は、次に真っ赤になった。視界の隅には泣き出しそうなヨダカの姿。二人はうわ言のように言葉を洩らした。


「……ミヤコ・ハート=テナンシー」「王女……殿下?」


 そう言うと、二人はそのまま目を回して――。


 誰かが卒倒するという現象を実際に目の当たりにしたのは、この時が人生初めての経験かも知れない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ご無礼つかまつりましたご無礼仕りましたご無礼仕りました……」

「どうかお許しをどうかお許しをどうかお許しを……」


 地べたに額を押し付けながら、まるで念仏のようにこの言葉を唱えているベルさんとヨダカ。何だよ一体。居心地が悪いにも程があるってこれ!


「ちょっと二人とも、止めてくれよ!」


 しかし両名とも止める気配は無い……はぁぁぁ。


「お、お、畏れ多くも王女殿下とは露知らず……」

「何故もっと早く仰ってくれなかったのですか……あ、いえいえ滅相も無い! ああっ、私としたことが……なんということを」

「…………」

「先程までの無礼の数々、お詫びの言葉もございませんッッ!」

「やはり、死を持って償わなければ……」

「そんな訳無いでしょ! 勘弁して!」

「おおおっ、海よりも深き王女殿下の御慈悲ッッッ!」

「まさしく女神!」

「だからさぁ……早く顔を上げてよ!」

「し、しかし……」

「あああっ、面倒くさいなぁ! 何か言ってやってよアヤメ」


 頭をポリポリと掻いたアヤメは二人に話しかける。


「ええっと……お二人とも、姫様……ミヤコ王女殿下の御命令です。顔を上げてください」

「「はぁッッッ!」」


 まるでバネ仕掛けのおもちゃの様な勢いで顔を上げるベルさんとヨダカ。そんな二人に、アヤメが気の抜けた声をかける。


「それにさっきからずっとワタシ達、姫様のことを『姫様』とお呼びしていてましたよ? どーして気付かなかったのです?」

「これは失礼いたしましたぁッッ!」

「てっきりニックネームのようなものだとばかり……」

「あのね?」

「ギクリッ!? や、やはり王女殿下は全てお見通しッッ!?」

「……え?」

「いえ今まで寧ろ不敬なニックネームと思っていたというのは、ここだけの秘密のはず……」

「何しろ異世界のそっくりさんとばかり思っておりました故……」

「…………」

「あっ、ああぁぁぁ……何という恐ろしいことを私は口走って……一生の不覚ッッ!」

「失礼いたしましたァーッッ!!」


 そう言うと再び平伏ひれふす二人。残念ことにまるで会話にならない。


 二人を見ていると、まるで自分が怪しげな御神体にでも祭り上げられたような気がする。御神託を待つような瞳。そんな瞳を見ていると、こそばゆいと言うか、申し訳無いと言うか、とても居た堪れない気分になってきてしまう。


 こんな時、頼りになるのはアヤメだけだ。彼女ならきっと、混乱しているだけのベルさんとヨダカを諭してくれるはず――


「うふふふふ……お二人ともようやく自覚されましたか……そう、姫様の御前であることにッ! そうですッ! さぁ、もっと敬うのです! ひれ伏すのですッッ! これまでの無礼は姫様に代わりワタシが許しましょうッ! 遅きに失したとは言え、姫様のご尊顔を拝するという至上の光栄! そのことにようやく気付かれたという僥倖! 心の底から噛み締めるのです! さあ、もっと! もっと畏れ敬うのですッッ!!」


 ダメじゃん!?


「おいこら」


 もうそうよ……ボクはアヤメの袖を引っ張る。


「あああッッ姫様!? 邪魔しないでください、イイ所なのに」

「アヤメ?」

「さあッ、姫様もご一緒にッ!」

「…………」

「え?」

「ねえアヤメ?」

「ど、ど、どうされたのです……ジト目で?」

「もう止めさせて」

「……えぇーっ。まだまだこれから……」

「何が『ご一緒に』だよォォォッ!?」

「ひえぇぇぇ……」


 最終手段に打って出たボクの中指でこめかみをグリグリされ、涙を目いっぱい溜めたアヤメに代わり、今度はmiwa姫がボクの傍らへと躍り出た。


「私のオリジナルですっ!」

「miwa姫、知っていたの!?」


 驚きを隠せない様子のベルさんが、ようやく顔を上げてボクのことを直視する。


「ええ、ベルさんが居ない時……もう私、感動しちゃって」

「そうですよねー、miwaちゃん」

「はい、アヤポンさん……じゃなかった、アヤメさん……でしたね?」

「いやぁ、こうやって改めて姫様とmiwaちゃんのツーショットを見ると、感慨深いものがあります!」


 グリグリ攻撃から抜け出したアヤメがmiwa姫と手を取りはしゃぎ出す。その様子を、ベルさんはじっと見ている。しばらく黙っていた彼女だったが、やがて意を決したように口を開いた。


「それで……あのぅ……」


 彼女は藁をも(すが)るような表情だった。その表情を見て、ボクはピンときた――はいはい分かってますって。


 ベルさんが見守る中、ボクはヨダカへと向き合う。


「ねぇ、ヨダカ?」

「ははぁッ! イエスッッユアマジェスティィィッ!!」

「お願いがあるんだけど?」

「何なりとぉッ!」

「あのね? miwa姫のことなんだけどさ……」

「それはもう、王女殿下の御命(おんみこと)とあらばッッ!」


 これ以上の言葉は必要無かった。ヨダカがひざまついた。

 そして、ベルさんも。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 かくしてmiwa姫の処遇は決まった。


「……でもさ、アヤメ?」

「何でしょう、姫様」

「ボクらが今までやって来たことって、何だったんだろう?」

「え?」

「そうですねぇ、何だったんでしょうねぇ……」


 遠い目をするアヤメ。


 物凄く遠回りして、とてもたくさんの徒労を引き連れて、ようやく辿り着いた着地点のような感じがするけど、それは気のせいだと自分に言い聞かせよう。


 ほんと、疲れたよ!


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