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[115]極光のレーヴァテイン(という効果発動だったそうです)

 ――は? スパイ? アヤメが?


 当の本人が、反論するのも忘れて首を微妙な角度に曲げ不思議そうに見つめる中、ベルさんはアヤメがスパイだという前提で話を続ける。


「もっと早く気が付いているべきだったわ。不自然な出来事の連続……どう考えてもおかしいもの。貴女がどこかから派遣されたスパイだと考えれば、全て説明がつくわ」


 言うに事欠いて、また訳分からないことを。アヤメだよ? この能天気娘だよ? 深謀遠慮という言葉がまるで似つかわない、スパイとは真逆の存在だよ?


「スパイってあーた……アヤメに諜報員なんて務まるワケ無いだろ!」


 思わずツッコむボクの横で、感慨深げに頷くアヤメ。


諜報員(スパイ)ですか。いやぁ……部隊の適性試験を受けた時、『諜報活動への適性はゼロだね君』と言われたのを思い出します!」

「話がこじれるからアヤメはちょっと黙ってて! ――ちょっとベルさん! 聞くけど、もしそうだと仮定して、誰が何のためにスパイなんて送り込むんだよ! たかがゲームに?」

「たかがゲーム? 何をしらばっくれてるのよ、そっくりさん?」


 ベルさんは腕を組み、勝ち誇ったように言う。


「分かってしまったの……貴女がミヤコ王女殿下に成り済ましてプレイヤーのコミュニティを取り込み、それを足掛かりに本格的な作戦行動に出るつもりだってことに……なんて、あくどいことを考えているのかしら」

「は? は?」


 まさか……ボクのことか!?


「送り込んだのは、エクセリオンにそそのかされた辺境の開拓惑星辺りかしらね……魂胆が見え透いてるわ。王国の内紛を狙っているのかしら。手始めにゲームに入り込んだのは、それがいちばん手っ取り早い方法だから。混乱に乗じて大規模な反乱を起こす。そうでしょ?」

「ちょ……」


 反論の隙を与えず、彼女は断言した。


「判ったでしょ? こう見えても私、一応は愛国者なのよ? 研究者の職を蹴って王宮に勤めた位だしね……さあ、ヨダカ?」


 ベルさんはヨダカに振り返り、押し売りがましく詰め寄る。


「私と手を組まない? そうすれば、邪魔者の排除に手を貸すわ」

「ふぅむ……正直、助けなど必要ないのですがね――」


 しかしヨダカはしたたかに眉毛を吊り上げてみせる。


「――ですが、貴女のその、なりふり構わないところと、容赦のないところが気に入りました。条件次第ですね……で、その見返りは?」

「さっきも言ったでしょ。このゲームのスタッフをリストラして、大規模アップデートに向けてチームを再編するつもりなんでしょ? ヨダカさん」

「ノーコメント。守秘義務というものがありましてね」

「新たに入れるプロジェクトメンバーに、私も加えて欲しいってだけ」

「成る程――」


 ヨダカはベルさんから視線を外し、miwa姫のことをチラリと見た。


「――そういうことですか。そうですね……まぁ、いいでしょう」

「待ってくださいベルさん!」


 アヤメの強張った声に、ベルさんは恐ろしいほど優し気に答える。


「はい、契約成立――と言う訳で、今から貴女と私は敵同士よ。よろしくね」

「それでいいんですか!? だって、miwa姫が……」

「問答無用」


 冷たく言い放つと、ベルさんがレーヴァテインの刀身を撫でる。すると剣全体がフィラメントに点火したように光り輝き始めた。やがてそれは、直視できないほどの光となって――


「アヤメ!」


 バリバリと空気を引き裂く音と引き裂かれる大地。圧縮された光は、何の迷いもなく放たれた。それは紛れもなくアヤメを狙っていた。


 だけど、すっ呆けてはいてもアヤメはやはり超一流の機動歩兵だ。いざとなればその動きは素早い。瞬時に反応し、津島さんを抱えたまま、横っ飛びに全力で疾走。ボクもmiwa姫の手を引き、後を追う。


 残された空虚な場所は、微かなオゾン臭だけを残し完璧な空虚と化していた。遠隔攻撃ですらこの威力――レーヴァテインの力によりぽっかりと空いた黒の空間。システムの物理エンジンが異常を察知したのか、本来在るべき状態に戻そうと少しずつポリゴンで埋めていく。


 逃げる途中、視界の隅に引き攣ったヨダカの表情――鼻先を強烈な攻撃が横切ったのに肝を冷やしたらしい。


 ボクは走りながらアヤメと並ぶ。彼女の横顔はベルさんのことをしきりに気にしていた。


「ベルさん……」

「いいからアヤメ! そのことは一旦、頭から追い払おう……全速離脱! 行くよ? ウォスラッドニイドイス――大鷲よ我を乗せ静かに飛び立て!」


 未だ後ろ髪を引かれている様子のアヤメに檄を飛ばし、最大速力を強化防護服(パワードスーツ)に命じる。ふわりと浮き上がり、打ち出されたように景色が飛ぶ。行先は無い。とにかくベルさんとヨダカが居ない場所へ――戦闘の余韻を残しこの場を後にする。今はそれだけ。


 後ろも見ずに、ひたすらボクらは飛んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 城下にある市街地エリア。無人となった商店街。そんな商店の裏にある物置小屋の中で、ボクらは肩を寄せ合っていた。


「……ベルさん、何であんなことを……」


 薄暗い小屋の中の、少しひんやりとした空気は薄暗い土とカビの混ざった臭い。木箱が山と積み上げられた冷たい三和土(たたき)の上に腰を下ろし、両膝に顔を(うず)めながらポツリとつぶやくアヤメ。


 逃げては見つかり、戦闘を交えて再び逃げて――を繰り返し、結局、王宮の近くに戻ってきていた。そんなボクらの最新の隠れ場所がここって訳。


「どうして姫様をあんな酷く言うのでしょう……ねぇ、姫様?」

「ん?」

「ずっと不思議だったのですがベルさん、どうして姫様にあんな冷たい……いえ、冷たいどころじゃないです。まるで見下すみたいでした。何故あんな態度を取るのでしょう?」

「さぁ」

「しかもニセモノだなんて……まるで、姫様が姫様だって知らないみたいじゃないですか……」

「知らないんじゃない?」

「……え?」

「だって言ってないし」


 こっちをじっと見たまま、口をあんぐりと開けたままのアヤメ。昔飼っていた小鳥のヒナがこんな風に口をあけて餌をねだっていたなぁ……なんてことを思い出しながら、もしもアヤメの好きなお菓子が手元にあれば、この無防備な口の中に放り込んだのに……とまで想像を巡らせた時、ようやく彼女は次の言葉を紡ぎ出した。


「えええッッ!? ひ、姫様……教えて無かったのですか!」

「うん」

「てっきり、ワタシが合流する前に話されていたものとばかり思ってました……と言うことはまさか……」

「当然、知らないと思うよ?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 頭を抱え、自慢の黒髪をクシャクシャにして、アヤメは悶絶した。


「何故ですか!? どうしてですか!?」

「嫌だよ。あんな変なテンションの人にバレるだなんて面倒くさい……それ以前にボクがその……王国のプリンセスとやらだなんて、自分自身でも納得できてないし」

「道理で……ずっとおかしいと思いました。だってまるっきり話が噛み合わなかったんですから」

「あら、理由があって正体を明かさなかったのだとばかり思っていたわ」

「ツシマさん!?」

「あのメイドさん、果無さんのこと熱っぽく語っているのだもの……その当人が目の前にいるのに……可笑しくて、笑いを堪えるのが大変だったわ」


 横から会話に割り込み、顔をほころばせてみせる津島さんに、ずっと張りつめていた空気が少しだけ穏やかになったような気がした。


 そう語る津島さんもポーションの効果か、すっかり元通りになっていた。魔法少女の衣装の肩口とお腹の辺りに空いた穴はそのままだったけど、そこから見え隠れする白い肌は綺麗で、傷跡も無かった。こんなところはさすがゲームといった感じ。


 もちろん、ここに来るまでには、彼女にも一緒に戦ってもらっていた。彼女の援軍があったからこそ、ここまで逃げ延びることができたとも言える。二人じゃ、あのモンスターの大群とチート武器を持ったベルさん相手に、とても逃げおおせることはできなかったと思う。


「はぁ……そういうことだったのですか。またワタシ、思い込みでとんでもないことを……」


 盛大に落ち込んで見せるアヤメ。その時、ボクの横で人影が立ち上がる気配。miwa姫だった。どうも様子がおかしい。


「う、嘘!?」


 彼女はわなわなと震え、ボクの肩に両手をかけた。


「ミヤコ……王女殿下?」


 否定も肯定もせず、取り敢えず照れ笑い。


「そうです! 姫様ですよ!」

「魔法の国のプリンセスなんだから」


 ボクの代わりにアヤメと津島さん。miwa姫は目を見開き、濃いブルーの瞳は瞳孔が大きく開いていく。


「だって……いえ、確かに時々“ミヤコ”さんと呼ばれていて変だなぁとは思ってましたが……でも、ご自身は“ハテナシ”さんって自己紹介されてましたし、“ミヤコッチ”とも声を掛けられてましたので、てっきり王女殿下に似ているから付けられた、あだ名の類かと……」


 ニックネームね。そういやアヤメの“姫様”にもすっかり順応しちゃったっけ。


「姫様が暮らす世界ですと、ハート=テナンシーだと浮きまくってしまうので、少しもじって、現地風に果無(ハテナシ)という苗字(ファミリーネーム)を名乗られているのですよ!」

「ミヤコ・ハート=テナンシー王女殿下……私の、オリジナル?」

「そうです! 姫様です!」


 ボクの代わりに答えたアヤメの言葉を背に、そのまま、彼女はぎゅっと抱きつく。思ったより力強く、紅潮した頬は熱かった。


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