[114]JSプログラマーという職種に、一瞬心がときめいた
ごめんなさい。一部リョナ描写があります。なろう小説の中では残酷と言う程のレベルでは無いと思いますが、念のため。
「はっ、はっ、はっ。一体全体、どんな風の吹き回しですか?」
必死に笑い声を堪えているヨダカ。その視線の先に一つの人影。仏頂面で切り立った岩の上に立っていたのはベルさんだった。
彼女はツンと顎を上げ、憐れむような瞳でこっちを見ている。その視線の意味は分からない。ただ、彼女はじっと口を閉じたまま。
「ツシマさん!」
アヤメの悲痛な声に、今さっき起こったばかりの惨事を思い出す。眼下に尋常じゃない津島さんの姿。
肩口から容赦なく潜り込み、脇腹から大きく突き出ている槍の穂先。彼女は、彼女自身の身体を残酷に貫いたそれをどうすることもできず、しかと掴んだまま、小さく荒く浅い呼吸を繰り返している――
そう。それをやったのは、ベルさんだった。
アヤメは、仰け反り身悶え横たわる津島さんの横で、ガタガタと戦慄いていた。
「姫様! ど、どうしましょう……おかしいです! こんなダメージを受けたら、即ゲームオーバーで強制ログアウトのハズなのにどうして!?」
そんなボクらの姿を、ベルさんは憐れむような目で見ていた。興味無さそうに彼女は言い放つ。
「本当に妙ね。ヨダカさんが強引にシステムに介入したから、バグってるんじゃないの?」
「ベルさん?」
「あらら。本当に辛そう……これじゃまるで生き地獄。酷いことをするのね」
「え? あの、ベル……さん?」
そんな……その言い方、まるで他人事じゃないか。
「感覚介入タイプの没入型ゲームのシステムはデリケートなのよ? 下手に弄るとこうなってしまうって、考えなかったのかしら」
「それは私に対して言ってるのでしょうか?」
「他に誰がいて? ヨダカさん」
何を呑気な!? そもそも、津島さんにこんな酷いことをしたのは、ベルさんじゃないか!
一方、放心状態のアヤメは、涙目のままオロオロと泣き縋る。
「姫様、姫様、姫様」
「くそっ……ちょっとアヤメ、しっかりして!」
「姫様ぁぁぁ……」
「とにかく津島さんの苦痛を和らげないと。ポーションとか回復魔法とか無いの?」
「……!?」
半ばパニックに陥ったアヤメは、こんな初歩的なことさえ思い当たらなかったらしい。ハタと気が付いた彼女は、慌ててウィンドウを呼び出し、震える手つきで回復ポーションらしいアイテムを手あたり次第に引っ張り出し始める。
「姫様!」
金切り声。だが、その声には何か覚悟を決めたような響き――あるいは決意――が宿っていた。さっきまでとはまるで人が違ったかのように、真剣な表情でボクを見つめるアヤメ。
突然、彼女は目を落とすと、両手で津島さんの手を包んだ。そして、槍の柄から津島さんの指を強引に引き剥がすと、強く握り過ぎせいで不自然なほど白くなっていた指をボクに握らせる。
「ちょっと待て、アヤメ!?」
アヤメのやろうとしていることに気が付いたのは、その時だった。
彼女の正気を疑ったボクは大声を上げる。だが彼女は、一瞬だけ躊躇しながらも槍の柄を握った。そのまま二、三度深呼吸し、ギュッと目を瞑り――そのまま一気に引き抜いた。
「――――ッッ!!!」
思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴。大粒の涙をボロボロ流し、痛みに顔を歪め、スラリとした四肢を滅茶苦茶に振り回し、のたうち回るヒメサユリの君。痛みに耐えきれなかったのだろうか。彼女はセーラー服の胸元を掴むと、荒々しく引き千切ろうとまでし始めた。
「姫様!」
アヤメの鋭い声。津島さんの悲鳴じみた喘ぎ声を巻き込みながら、ボクは彼女のことを必死に抱き締めた。その行為に罪悪感に髪を引かれる余裕なんて無い。もんどり打とうと暴れる津島さんと、それを押し留めるボク。彼女は行き場を失った拳で、この背中を何度も叩き付けている。
アヤメはポーションを片っ端から発動。それがエフェクトと共に消えていくにつれ、津島さんは落ち着きを取り戻していく。
幸いにも、異常をきたしたゲームの中で、ポーションの効果まで変質しているということは無かった。
いつしか、津島さんはぐったりとボクに頭を預け、小刻みに肩で息をしている。数十個はあった筈のポーションを使い果たしたアヤメが、「ごめんなさい」と何度も口走りながら、津島さんの背中にそっと寄り添う。彼女は何も悪くないのに。
「――ふむ。なかなか厄介な状況ですな。プレイヤーの意志に関係なく、私を含めゲームに残った全員のログアウトを受け付けないという訳ですか……開発チームに連絡して、対策してもらうしかないでしょうかね。こんな茶番、とっとと終わらせたいのですが……」
ヨダカはそんなボクらをずっと観察していたらしい。ヤツにとっては反撃のチャンスの筈。だけど、ヤツにとってみても状況がまるで読めない中、考えあぐねていたのだろう。
独り言とも愚痴ともつかない声を溜息と共に吐き出すと、ヤツはベルさんの方を見やった。その視線に気付いたベルさんは、値踏みするような目でヨダカを見返すと、慣れた手つきで手元にウィンドウを呼び出した。そして彼女は言う。
「それとも、もっと強烈にダメージを与えれば、ゲームオーバーにできるかも知れないわよ……例えば、こんな超Sレア級の武器を使ってとか?」
言いながらウィンドウに指を滑らせ、その指を天に突き出した。すると、七色に光るエフェクト共に、ベルさんの手許へ大仰なディテールで飾られた一振りの剣が出現した。
明らかに状況は悪い方向に動いている。その予感をアヤメも感じ取ったらしい。ベルさんの方へと振り向きその武器を見た途端、彼女の顔はみるみるうちに色を失っていった。
「ベルさん……それって……ひょっとしてレーヴァテインじゃないですか! いつの間にそんなものを手に入れたのですか!?」
レーヴァテインって……つまり、あのレーヴァテインってこと? そう言われれば、いかにもそれっぽい造形だけど……安直というかメジャー過ぎるというか。他のゲームとダダ被り上等ってワケか。
いずれにせよ、そんな大層な名前を持ってるってことは、確かにかなりヤバい類の武器なんだろう。だけどベルさんは自慢する風でもなく、アヤメの問いに冷たく答える。
「長いことゲームをやってると手に入ることもあるのよ。チート武器は貴女達だけの専売特許じゃないの。お分かりいただけたかしら、アヤポンさん?」
「え? ワタシ達のチート武器? あ……ひょっとして、この強化防護服……のことを言ってるのですか?」
「他に何があるって言うの?」
「誤解しないでくださいベルさん。これは正規に支給された装備品でして……」
あわあわと弁解するアヤメを、ヨダカが遮る。
「助けられておいて間抜けな質問かも知れませんが……ベルドールさん? 一体どういう心変わりなのでしょう。まさかとは思いますが、仲違いですか?」
その声の中に、彼なりの困惑が混ざっているように思えた。ということは――ベルさんの裏切りは、彼にとっても意外な展開だったってこと?
「そうですベルさん! 一体、どうしちゃったんですか?」
アヤメの感情を露にした叫びに、腕に抱かれた津島さんが「……ん、」と小さく身を逸らす。ありったけのポーションと引き換えに、彼女のダメージはかなり抜けたらしい。もう少しの辛抱だ。
ベルさんはアヤメの質問を無視したままだった。でも、冷淡な眼差しが少し緩んだような。
彼女はゆっくりと首を回し、一人ずつここに居るプレイヤーの佇まいを確かめ始めた。そして最後に、所在無さげに立ちすくむmiwa姫へと落ち着く。
困ったような、怒ったような。一瞬だけそんな表情を浮かべた彼女は、覚悟を決めたような様子で視線をmiwa姫から引き剥がし、真剣な目つきでヨダカを睨め付けた。彼女はヨダカに問いかける。
「さっき言ったわよね? 私のことを雇ってもいいって」
「――ほう?」
ベルさんの突然の提案に、ヨダカは驚かなかった。ヤツには、ボクでは思い至ることさえできない、ベルさんの心の内が分かるのだろうか。
暫しの熟考の後、ヨダカはこう答えた。
「自分を売り込みですか……して、私にとってのメリットは?」
「邪魔者の排除。見たでしょ? この人達、裏技を使うかなり厄介な相手よ。また一発逆転を狙っているのかも」
「まぁ確かに。ですがベルドールさんも同類――ましてやお仲間でしょう? 信用できますかねぇ……」
「少なくともニセモノとパッツンとは仲間になった覚えは無いわ」
「そうなのですか?」
そうだったのかよ!?
「それに毒を持って毒を制すと言うわよね。私、ロクでもない人間だって自分でも分かっているわ……でもその分、役に立つ人材だと思うけど? 同類だからこそ、この三人の考えていることを先回りして挫くことだってできるわ」
「ふぅむ……」
「そんな私のこと、使いこなしてみたいとは思わない?」
「成る程……とは言え、それだけでは弱いですねぇ」
悩むフリをするヨダカ。そう――あの顔は、絶対にフリをしているだけだ。
「もちろん、それだけじゃないわ。私がこのゲームに詳しいのは知ってるでしょ? システムを改変するなら、まるでいい加減な今の運営より、よっぽど役に立つと思うけど」
「ふむ……」
「ちょっと待ってくださいッ!?」
裏返った声でアヤメが割り込む。
「ベルさん、何だってまたそんなことを! どういうことですか? ……ワタシ、ベルさんに何か悪いことでも……」
「ヨダカと話してるの! 邪魔しないで」
ぴしゃりと言下するベルさん。彼女は冷淡な口調で言葉を返した。
「それに……言うに事を欠いて『どういうこと』――ですって? それ、自分の胸に聞いてみたら」
「え?」
言葉に詰まるアヤメをよそに、ベルさんの辛辣な言葉は続く。
「何か変だとずっと思っていたわ。突然消えたと思ったら何か月も音信不通……いきなり現れて、しかも異世界の人間を引き連れて。しかも何? アドミニストレータ並みの権限を持っていて、ゲームシステムの根幹に係わる改変までできるって……あり得ないでしょ」
「……で、ですからそれは! ずっと昔、このゲームを開発していた時に、父上の仲介で外部の開発スタッフとしてスカウトされたから……それと、今のお仕事の関係もありますし……」
――え? 開発スタッフ? そんな話、初耳だぞ。
「ふぅん……つまり、βテスターとしてプレイしていたから、ゲームの裏側まで良く知ってるとか言い出すんじゃないでしょうね? ……バカじゃない! アニメの見過ぎなの? そんな世迷い事、信じられると思って?」
「そうじゃなくて……エンジニア兼プログラマーとして、だったのですが……」
ちょっと待て。さすがにそれは信じられないよ。この言葉にベルさんも色を失う。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ゲームの開発時……って。何年前のことよ。貴女、小学生とかそんな頃じゃない?」
「はい。小学生の頃でした。当時リアルJSですね。何しろ孤独なネクラ少女でしたから……父上が心配して、イロイロと手を回してくれたんです」
いやいや、もっと信じられないって。おいアヤメ、もっと説得力のある言葉を返してくれよ! とゆーか、自分語りは止めてくれよ!
「……しかも、実家がエクセリオン社と繫がりがある……?」
「え、ええ」
「って……あの会社、『陰謀のデパート』なんて揶揄される黒い噂でいっぱいの、ジーノ卿の息がかかった死の商人じゃない……貴方、何者?」
「えーと、あのー……」
「フッ。言えないでしょうね」
勝ち誇った様子のベルさん。アヤメは何か言いたそうに――だけど言い出せずに逡巡している。ひょっとして王宮騎士団の近衛兵だってこと、言い出しにくいの?
そんな彼女の答えを待たず、先回りしてベルさんは言った。
「貴女、スパイでしょ?」




