[110]ボクらはみんな生きている……チューリング博士もびっくりです!
「ねえ、miwa姫!?」
倒れ込むmiwa姫。たまたま近くにいたボクとベルさんとで抱きかかえるけれど、腕の中で彼女は力なく身をよじるだけ。伝わってくる彼女のぬくもり。だけどそれは、とても頼りなさげに感じた。
「どこか具合が悪いの?」
「…………」
呼びかけるも、眠たそうに小さく首を横に振るだけ。異変に気付いたアヤメと津島さんも駆け寄り、肩を寄せ合うようにしてmiwa姫のそばに集まった。
四人で見守る中、しばらくしてmiwa姫は重たそうに瞼を開けた。ボクらが取り囲んでいることに気が付いた彼女は、これ以上心配させまいと、精一杯の笑顔を作り微笑みかけていた。
無邪気にはしゃいでいた、底抜けに陽気な彼女は今、何処にもいない。ボクは隣のアヤメに振り向く。
「ねえ、アヤメ? 一体どうしちゃったんだよ」
アヤメなら何か思い当たることがあるかもしれない。だけど、困った顔のまま言い淀んだ彼女は、ボクの視線を浴びて居心地悪そうにしているだけ。
「えっと……」
「アヤメ?」
重ねて聞いたボクの言葉に観念したのか、彼女はようやく、のそりと口を動かした。
「は、はい姫様。……ヨダカさんがプレイヤーをこのゲームから締め出してしまった影響……があるのかもしれません」
「え?」
どういうことだ?
「あのぅ……ベルさん?」
藁をもすがるような表情でベルさんの方を窺うアヤメ。しかしベルさんは、そんなアヤメに対して、見て見ぬふりを決め込む。分かっている、だけどmiwa姫の耳に入れないでちょうだい――まるで、そう言いたげな目の鋭さだった。
気まずい沈黙。だが、その沈黙を破ったのもまたmiwa姫だった。ボクらが見守る中、彼女は穏やかな表情のまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……すみません……皆様にご心配をおかけしてしまったようです……」
「miwa姫!」
「大丈夫? 気が付いた?」
「ええ。もう落ち着きました……大丈夫です。あ、でもちょっとお腹がすいてきましたね……」
あの、クタクタって感じのお腹がすいた時の困り顔を見せるmiwa姫。それはボクらを心配させまいとした偽りのリアクションなのか、あるいは違うのか。いずれにせよ、彼女が意識を取り戻したことに、ボクはほっと胸を撫で下ろしたことに変わりはない。
だけど、そんな彼女の気遣いさえもが、小さな棘となって心に引っかかったままみたいだ。そして、それはアヤメも同じらしくて。
「あのベルさん……ひょっとしてmiwaちゃんがウトウトしてしまう現象……ずっと続いていたのですか?」
もう一度、彼女は聞いた。いつになく真剣な表情。だけど、ベルさんは怖い顔をしたまま何も答えない。アヤメは続ける。
「ごめんなさい。一時的なシステムの問題だとばっかり思っていました……ひょっとして、ヨダカさんがこの状況を作る前から、こういうことがあったりしていたのですか?」
「だったらどうだと言うの?」
「でも……」
「止めて頂戴。部外者がいる前で話すことじゃないわ!」
「ちょっと待ってよ!」
ベルさんのあまりの言い様に、ボクは思わず大声を出していた。
「部外者ってどういうことだよ? そりゃ確かに、ボクらはゲストプレイヤーかも知れないよ? でも、だからと言ってそんな風に突き放される筋合いは無いんじゃないの」
「ふん。興味本位で横から首を突っ込まないでくれるかしら。それとも何か解決策があるって言うの? 未開人が? 止めてくれる……ほんと、馬鹿じゃない」
「ちょ……ば、馬鹿って……」
「ベルさん!」
言い返そうとしたボクの横で鋭い声がした。声の主はアヤメだった。彼女は語気を荒めて立ち上がった。
「おかしいですよ? 姫様に向かってさっきからの暴言の数々、いくらいいかげんなワタシでも見過ごすわけにはいきませんよ……一体、どうしちゃったんですか!」
「どうしたのよアヤポンさん。何を怒っているの?」
「ああっ、お二人とも喧嘩は止めてください!」
今度はmiwa姫。その悲痛な声にアヤメとベルさんは押し黙る。人を楽しませることを生き甲斐にしている彼女にとって、こんな諍いは耐えられない――そんな風に思えた。
アヤメとベルさんが口を噤んだことを確かめてから、miwa姫はボクの方へと直った。彼女は寂しそうな目で語り始めた。
「私から説明しますね? いつの頃からか、こんな風になっちゃうようになってしまったの……急に眠くなったり、とても空腹になってしまったり……そう、アヤポンさんがゲームを離れるちょっと前のことだったかも。理由は分かっているの。でも、どうしようもないだけで」
「miwa姫!」
「いいのよ、ベルさん。ハテナシさん達にも聞いてもらいたいの……それでね、その理由。心配したベルさんがゲームの開発元に調べてくれって、お願いしてくれたの。原因はすぐにわかったみたい。私たちゲーム内の人工知性の成り立ちに関係することなんだって。今の状況では、どうすることもできないみたい」
「え?」
ボクに返す言葉の持ち合わせは無かった。それ以前に、何がどうなっているのかさっぱり分からない。人口知性の成り立ちとかいう時点で、理解の範囲を超えている。
その答えをmiwa姫の代わりに語ったのはベルさんだった。
「……彼女達の自我はね。決して堅牢なものでは無くて、かなり儚いものなの。言ってみれば、ゆらゆらと水面を目指し、弾けていく無数の泡の軌跡……それがシステムの中でエミュレートされた意識の正体。要するにトランザクションの積み重ねが彼女達のクオリアを形づくり、補強しているの。つまり、プレイヤーとの関わりが無い限り、NPCの意識はどんどん希薄になっていく……そういうことなのよ」
彼女としては分かりやすく言ったつもりなのだろう。だけど、ボクにとってはさっぱりだった。耳から入って来た言葉の羅列が、何のイメージも伴わずに思考の外にすり抜けていく。
「ええっと、補足しますとね?」
そのことに気付いたのだろう。アヤメがベルさんの言葉を継いだ。どこか自信無さげな口調だったけど。
「こちらの世界……と、言いますか……今、姫様が暮らしている世界ですね? 要するに地球です。その技術レベルですと、人工知能ってニューラルネットワークとかディープラーニングとか……そんなのを連想されますよね、きっと?」
「うん。AIもかなり人間っぽくなってるよね。チューリングテストだっけ? 機械かかどうか見分けを付けようとしても、もう、本物の人間と区別つかないくらいに進歩しているんだっけ? こないだニュースでやってた」
「はい。ですがそういうAIは、突き詰めていけば所詮はオートマタでしか無いんですよ。いくら進化させても、その枠組みの中では、決して自我は生まれませんし、miwaちゃんのようにはならないんです」
「え……ちょっと待った。まさかこのゲームのNPCって、プログラムがこんなふうに振舞ってるんじゃなくて、本当にボクらのような意志を持っているってこと!?」
「そうですね。先程、大浴場でmiwaちゃんが言っていたように、NPC本人も私たちも、そのことを証明する術は無いのですが、哲学者や脳科学者を交えた賢人会議が何度も繰り返されて、一応、そういうことで結論付いています」
アヤメはチラリとmiwa姫に目をやり、miwa姫は照れ臭そうに言った。
「私たちが、自分も気付かないで、そういうフリをしているだけ……という可能性もあるんですよ、一応? ですが、どちらが正しいのか証明する術も無いですし、一応、そういうことになったようなんです……まあ、私としては、嬉しい方向で結論付いたわけですが」
混乱してきた。こんな風に面と向かってmiwa姫と会話をしていることが、とても奇妙なことのように思えてくる。
――なら、ボクのクオリアは一体どこにあるの? いや、白梅会の小部屋に残してきたボクの身体の中にあるのは間違いないけれど。だけどこのボク自身でさえ、まるでデータの作り出した幻影の一つのような気がしてきて仕方がない。
「分かったような、分からないような……ゲームプレイヤーとの関わりが無いと意識が薄れてきちゃうって、それってつまり……」
「はい姫様。NPCの方達は、プレイヤーとの交流が無い状態が長く続くと、徐々に自意識が薄れていって……」
言葉の途中。彼女は異変に気付き、喋るのを止めた。次の瞬間、彼女は呪文を放つ。
「y・p・e――顕現せよ、光の盾!」
防御術式だった。大きな防護障壁がボクらを囲むように展開。そしてその直後。
まばゆい光、空気を切り裂く大きな轟音。全身を揺さぶる不吉な衝撃。突然の高エネルギー攻撃だった。周囲の木々はなぎ倒され、防護障壁に阻まれ行き場を失った奔流は、弾き飛ばされるようにベクトルを変え、その先にあった教会の屋根を容易く吹き飛ばす。
ガラガラと、ついさっきまで教会の一部だった構造物が崩れ落ち、がれきとなり壁に沿って積み重なる。土埃のエフェクトがもうもうと立ちこめ、視界を遮る。
「――いやぁ、皆様。御無沙汰しております。こんなところまで来ていたとは……探したのですよ?」
いつか来ると覚悟はしていたけれど、それは思ったよりずっと早かった。何より聞きたくないと願っていた声、ヨダカの声だった。
ボクらに追い付き、不意打ち攻撃を仕掛けてきたのだ。
束の間の安息は終わりを告げた。これから始まるだろう出口の見えない攻防、ヨダカの攻撃はその合図だった。声の主を探そうと木々の隙間から空を仰ぎ見るけど、ざわざわと揺れる梢の隙間が作り笑いの絶望を投げかけているだけで、ヨダカの姿は何処にも見当たらなかった。
お気付きの方もいらっしゃるかも知れませんが。
書き溜め分が完全に底をつき、推敲も何も無しで投稿するという状況が続いてます。
このため、投稿直後は本人も嫌になるほど目が滑りまくる文章となっており……はい。文章を書くのがとても苦手な作者ですので、ライブ感あふれる投稿と言うのは、まるっきり駄目なのです。
このような訳ですので、ここしばらく、自己嫌悪に陥りながら最新話の改稿を繰り返すという投稿スタイルを取らせてもらっています。投稿後の漸次改稿ではありますが、文章の体裁を弄るだけで、筋書きそのものには手は加えていないことを付け加えさせていただきます。
最新話を追いかけて頂いている読者の方々には(有難い限りです!)、大変見苦しい文章で申し訳ない限りなのですが、ご理解いただけますようお願いいたします。ご容赦ください。
エピソードの方は佳境に入ってきております。もうしばらく、お付き合いくださいませ。よろしくお願いします。




