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[108]津島さんの所持金はボクの予想を遥かに超えていた

「……アンタ一体何者よ!? そもそも、その兵装(コスチューム)、激しく女性王族用モデルっぽいんだけどどういう事? このゲームにそんなアイテムがあったなんて、聞いたことさえ無いわよ! 説明しなさいよッ!!」


 うら寂れた教会の高い天井にベルさんの声が反響する。彼女はイロイロと納得できないらしくて、ボクに指を突き付けたまま、このコスチュームのことを喚き続けていた。


「全くもうッ! イキナリ吹っ飛ばされたと思ったら、今度は掻っ攫われてアクロバット飛行よ!? 何度失神しそうになったか……リアルの私、きっとちびってたわよ……ああッ、うら若き乙女がそんな粗相……お嫁に行けないわ。責任取ってよね!」


 うん。そういやここに来るまで、アヤメの腕の中でジタバタしたと思ったら急に動かなくなったりと、かなり表情豊かなリアクションを続けていたっけ。プライドの高いベルさんにとって、それはきっと我慢ならなかったのだろう。マシンガンのようにぶちまけられる言葉の弾幕は終わりそうになかった――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボクらは鬱蒼とした森の中、打ち捨てられた教会の中に身を潜めていた。


 崩れかけた天井。壊れた備品。この五人以外に人の気配は無く、夜中に百物語でもやったら本当に幽霊でも出てきそう。まあ、仮に幽霊が棲んでいたとして、さっきから続くベルさんのハイテンションな言葉の乱射攻撃を受けてしまっては、すごすごと退散するしかできないだろうけど。


 仁王立ちしてギロリと睨むそんなベルさんに、ずっと呼び出したコンソールを相手に何やらやっていたアヤメは顔を上げ苦笑いを返す。


「でもベルさん、いつもリアルの煩わしさを気にせず連続プレイをしたいからって、アレを付けるって言ってませんでしたっけ? なら粗相は大丈夫ですね!」


 アレって何だよ……確かログインする前にアヤメが解説していたアレか? ベルさん、リアルでアレを付けているのか? 本当に? 冗談じゃなかったの!?


「想像にお任せしますッ! それにしても見れば見るほど似合ってるわね……言わせてもらうわ! 羨ましいわよ正直! 常識で考えてよ? そんなコスチューム、普通浮きまくるじゃない。それが普通に似合うだなんて……アンタ、存在自体にかなりファンタジーが入ってるわよね」


 似合ってるって、何のこと? ……と思ったら、どうやらボクの事らしかった。


「そうなの? まさか自分がそんな風に言われるなんて想像もしてなかった……」

「ま、miwa姫にそっくりだから当たり前かもしれないけど!」

「あまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいです」


 ベルさんの好奇心に満ちた視線がボクの身体を舐め回す。その視線に耐えきれず、ボクは大きく開いた胸元を押さえた。すると好奇心たっぷりのベルさんの視線はずるりと下がる。その視線につられて目を落とすと、目に飛び込んできたのは、惜しげもなく曝されている我が太もも。


「これって……いわゆるアレだよな……絶対領域ってやつ?」


 いかにも魔法少女のコスチュームな短めのヒラヒラスカート。その裾を慌てて掴み、見るもあらな太ももを隠そうと、ボクは無駄な足掻きを続けていた。


 それにしても魔法少女の格好って、こんなファンシーなのだろう? なんてヒラヒラしてるし、キラキラしてるし。そもそも、こんなお色気を振り撒いていいのは女の子の特権のはずだ。ボクなんかがこんな姿を晒していいのだろうか――?


 そんなことを考えているうち、ふと脳裏に浮かぶ香純ちゃんの魔法少女姿。ビビッドで初々しくって心奪われる黄色系魔法少女。うん、香純ちゃん本当に可愛いよな……香純ちゃん最高!


「あら、果無さん。その仕草、恥じらう乙女っぽくて素敵ね。いつもは気高いはずのエーデルワイスの君がたまに見せるそんな姿も新鮮。今度私も真似させてもらうわ……」


 止めてください津島さん。完璧系美少女の津島さん(ヒメサユリの君)が、そんなあざとい真似したら、破壊力抜群でシャレにならないことになります。絶対ダメです。


「はぁ……それにしても羨ましいわ。こんな綺麗なプリンセスが現実に存在しているなんて、いまだに信じられない」


 冗談でしょ。それに残念でしたボクは男です。女の姿になってはいるけど、本質は男ですよ? こんな残念なボクに見惚れないでください。勘弁してください。


 それにしても津島さん、能天気過ぎです。そのメンタルをボクにも少し分けてくれたら、世知辛い人生をもっと気楽に送れるような気がします……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いつもはとてもバカっぽいアヤメだけれど、実は彼女、内面はとても真面目なのだ。事実、ボクや津島さんがおバカな掛け合いをしている間も、彼女は真剣な目つきでコンソールと睨めっこしていた。きっと、この状況を打開するための作戦を考えているのだ。


「あの、みなさん。よろしいですか?」


 そのアヤメがいよいよ顔を上げ、神妙な声で切り出した。


「これからの作戦なのですが……。miwaちゃんのコピーを量産してエロサービスをさせるという、ヨダカさんの計画。その計画を何とかして阻止したいと思います……これは『miwa姫を崇め奉る会』の総意だと確信してます!」

「フッ、異議なしだわ」


 はいはい。二人しかいない会だからね。二人ともそう言えば確かに『総意』だよね。


「でも、このゲームの運営会社の経営権はヨダカの手に渡ったんでしょ? どうやって阻止するの?」

「はい姫様! 王国の会社法で決まっていることなのですが、株主の1/3が集まれば拒否権を動議できるってこと、ご存知でした?」

「ううん。知らない」

「そうでしたか。ちなみに、一度拒否権が発動されると、再議決の手続きを踏まないといけなくなるんです」

「つまり、臨時株主総会の拒否権発動を使って、ヨダカの目論見を阻止するってこと?」

「はい。それを基本戦術にしたいと思います」

「でもさ? その株主の1/3をどう説得するつもりなの?」

「それにヨダカの会社が株式の半分以上を持ってるのよ? 再議決したって、彼らが株式を手放さない限り、決定は覆らないと思うわよ?」


 ボクとベルさんの疑問にアヤメはうんうんと頷くと、そんな当たり前の疑問を解き解すべく、心持ち明るい声色で応えた。


「ここでキーになるのは、ゲームの運営会社が【合資会社】の形態を取っていたということです。合資会社って珍しいですよね? 要するに、従業員も出資者として、経営権を持つという形態なのですが……ところが、今回の買収に伴い株式会社へと法人形態を変えたみたいなんですよね」

「確かにそんなことを言ってたね。でも、どうして?」

「ヨダカさんのファンドがガッチリ経営主導権を握るためだと思います。でも、そこにチャンスがあります」

「どういうこと?」


 さっぱり見えてこない。


「この後のことを予想すると……恐らく、すぐに従業員の出資分も証券化されるはずです。この追加株式分を全部押さえて、ヨダカさんが保有していない分の株式を合わせて保有すれば、実質的経営権を奪い返すことができるはずです」

「そういうことね……先ずは大急ぎで株式の1/3を集めて拒否権発動、時間稼ぎしつつ、新たに発行されるはずの株式を買い集める……となると、従業員組合の動向が鍵になる……そういうことね」

「はい!」

「ヨダカはリストラとか合理化とか、そんなこと言っいてたじゃない? と言うことは……」

「さすがベルさん、察しがイイです!」

「きっと彼ら、従業員組合からは嫌われてるわね……だとすると、従業員組合をこっちに味方につけることもできそうね」

「はい!」

「ちょっと待った!?」


 なに簡単に言ってるんだ?


「どうされました姫様?」

「そのお金はどうすんだよ!?」


 お金がポンポン出てくるわけ無いだろう!? それって、億単位の金だろ? まるで夢物語じゃないか。


 しかしアヤメは口元に手をやり、不敵に微笑んだ。


「いっそ、姫様のポケットマネーでいかがでしょう?」

「そんなのある訳無いだろ! てか、冗談は止めて。そうでなくてもウチの家計は厳しいんだよ? ボクのお小遣いの何千年分だよ……ああ、母さん今頃パートに出てる時間だなぁ……それなのに、こんな風に遊んでいる親不孝な息子をお許しください……」

「イエイエ冗談です姫様! そもそも王国の商法では、国家に絶大な影響力を持つ王家が、単独で民間企業を買収することは、原則禁じてますし……それが無ければ、話は簡単なのですがねぇ」

「じゃあ、アレか? 津島さんにお願いしてお金を出してもらうのか!?」

「え、私……? ごめんなさい。今、50円しか持ち合わせないわ」

「そういう話じゃないよぉ……てかおい、本当にお財布をひっくり返すさないでよ! てゆーかさ、お嬢様なんだろ? 超大金持ちの津島家のご令嬢だろ!? 何で50円しか持ってないんだよ?」


 お嬢様とかお金持ちとか、そういう話以前の問題だよ!? 何でお財布の中までモデリングされて出てくるんだよ!


「え、おかしいのかしら? そうね……昨日、あんまりお腹がすいたから、帰りにバスセンターでラーメンを三杯も食べちゃったのよ……本当は、もう一杯食べたかったのだけどお金使い切っちゃって……」


 ……どこからツッコんでいいのか分からない。お金持ちのお嬢様って、現金を持ち歩いちゃいけない風習でもあるの? ラーメン4杯も食べるの? まさかクレジットカードしか使わないとか?


「いえいえ姫様! 姫様の暮らす世界と、ワタシ達の世界とは通貨が違いますし、そもそも異世界からの買収って、ダメなんじゃないかなぁ? って思います!」

「ハイハイ分かったよ。つまり名案があるってことだろ、アヤメ?」

「ハイです姫様! バレてましたか!」


 バレバレだよ。それをここまで引っ張ったって訳ね。


「で、その名案って?」

「まぁ名案と言う程のものでは……世間一般に<ホワイトナイト>と呼ばれるものでしょうか?」

白馬の騎士(ホワイトナイト)?」


 聞き慣れない言葉に思わずオウム返しすると、アヤメはかみ砕くように説明を始めた。


「敵対的企業買収を仕掛けられた時、それを食い止めるための防衛策です。要するに、友好的なファンドや企業に株式を買ってもらうにお願いするんです」

「つまり、ボクらがお金を出すんじゃなくて、ヨダカのファンドとは別の、どこか他の会社にゲームの運営会社を買い取ってもらうってこと?」

「平たく言うとそうですね!」


 なるほど。ベルさんも真顔で頷くが、その目には納得してなさそうな光が宿っていた。


「まあ、企業買収の防衛策としてはいちばんオーソドックスな手だけど……問題は、そんな話に乗ってくれる酔狂な企業なんてあるの……ってことよね。てがあるの?」

「はい。実家の伝手(つて)を使って、エクセリオン社に声をかけてみようかと……本音を言うと、あまり実家のコネを使いたくは無いのですが……」

「ちょっと待って。エクセリオンって……軍産複合体の超巨大企業じゃない!?」

「そうなの?」


 思わず聞き返すボクに、相変わらず憐れむような目でベルさんは答える。


「ああっ、これだから野蛮な異世界人はッ! いえ、宇宙人でしたっけ? 何で知らないのよ! 王国の兵器は大概エクセリオン製って位、そっち方面では大きなシェアを持っている会社よ! ……まぁ、黒い噂も色々ある会社だけど……大丈夫なの?」


 テンション高めにボクの精神をゴリゴリ削ってくるベルさん。そんなベルさんに、アヤメは少し気乗りしない様子だった。


「そうですねぇ……あ、ちなみに! ワタシ達の強化防護服(パワードスーツ)もエクセリオン社製だったりするのですよ? あ、そうそう、白梅会の部屋でゲームにログインした時に使った端末も、エクセリオン社製ですね。すんごい技術力で、しかも技術範囲がとても広い会社なんです」

「へぇ」

「あと、軍事シミュレータ絡みの繫がりで、このゲームの物理エンジンはエクセリオン社が開発に携わってたりもします。そういった意味でも、友好的買収には持って来いの会社だと思いますよ」

「アヤポンさん……あんた一体何者?」

「で、そのエクセリオン社とは連絡が付くの?」

「え?」


 アヤメはパチクリとまばたき。彼女のグラデーションがかった綺麗な瞳がじっとこっちを見つめる。


「外部との通信は全部ロックされちゃっているみたいよ? きっとヨダカが細工したのね」

「……ハッ!?」


 ベルさんの言葉に、がばと目を見開いたアヤメは慌ててコンソールを叩き出す。


「え? え? え……ええっと……いえいえ! そんな馬鹿な!?」


 ますます慌てふためくアヤメ。宝石のような瞳が、遂にグルグル泳ぎだす。


「あは……あはは……大丈夫ですよォ。次元間通信を使って無理矢理通した仮設サーバーからのログインですから、そう簡単にヨダカのコントロールは受けないはずなんですよ? ちゃーんと、考えてますって! ……考えてる……のですが……げ……」

「おいアヤメ? 『げ』って君らしくない言葉だぞ?」

「…………」

「どうしたんだよアヤメ? 何か言えよ」

「え……えっと……」

「チャットとかあるんだろ? ゲームの中からメールだって送れるんじゃない?」


 しかし、ボクをじっと見つめる真摯な目つきは、ひるみ、おびえ、そして震えていた。


「いえ……いやぁ……困りました! ヨダカさんの細工とは関係なく、最初っから外部との連絡手段が何もない状態だったみたいです! コレ、駄目じゃないですかッッ!? まさかワタシ達、こんなデンジャラスな状態でずっとゲームしてたの!?」

「…………」


 ダメじゃん。


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