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[102]ボクらは取り残されて…香純ちゃん、何処行ったの?

「どうされました姫様?」

「聞いてない聞いてない聞いてない。とゆーかアレだろ? ボクにはこれっぽっちも関係ない話なんだろ? どこか遠い世界の見知らぬ人たちの行事でしょ?」


 王国の記念式典? 祝賀行事? とても面倒くさそうな響きが、そこかしこに散らばっている。


「何を言ってるのですか!? 姫様が主役ですよ? 中心人物ですよ!」

「あー聞こえない聞こえない。そもそもそんな話、父さんからも母さんからも聞いてないぞ」

「そうでした……っけ?」

「そうだよ!」

「あはは……きっとアレです。サプライズ企画なんです! パーティーの主役に隠すなんて陛下も王妃殿下も人が悪いですねぇ……いやぁ、そうとは知らずバラしちゃいましたぁ。アヤメちゃん、困っちゃったなぁ」

「まさかこの姿……女の姿……を衆目に晒すとか言うなよ? 止めてくれ」

「いえいえ! 王侯貴族に騎士団、それに大臣の方々へのお目通しもありますが、当然のことながらメインとなる祝典には一般参賀も予定されてます! それはもう、数多くの王国民が王宮を取り囲んでの熱気あふれる超一大イベントとなるはずですよ?」

「それに誕生日って……考えてみたらもうすぐじゃないか! そんな話、進行中なのかよ」


 我が人生最悪の誕生日になる予感。何で父さんも母さんもそんな大事なことボクに……いや、ただ単に忘れているだけ……絶対そうだよ! あの二人のことだ、じゅうぶんあり得る……とゆーか、断固拒否しますそんな公開処刑みたいなイベント。


「どうしたの二人とも? ひそひそ話なんかして」

「うわぁっ、ベルさん!?」


 振り向くと、身を乗り出しボクの顔を覗き込むベルさんの顔があった。かなり近いです。しかも、ちょっと幼い感じの顔立ちとは若干ミスマッチ気味な、胸の膨らみまでもがすぐ目の前に。そんな彼女の無防備さにボクの視線はあっけなく捕えられた。


「貴方、ひょっとして記念式典に参加したいとか? ……さすがにそれは無理でしょうね。異世界の野蛮人が、栄えある王国の神聖な儀式に紛れ込むなんてあり得ないわ」

「あの、ベルさん? 何をおっしゃってるのでしょう……?」


 豆鉄砲を喰らった鳩のような表情のアヤメ。そんなアヤメを無視してベルさんは感慨深そうに話を続ける。


「そうねぇ……今頃、王国では王室御用達の仕立屋や宝飾店を総動員して、王女殿下のドレスやアクセサリーを制作しているところよね。はぁぁ……きっと私の生涯年収の何倍よ!? それだけで凄い経済効果なんだって」

「え? ……ええ、そうですね。贅を尽くしたドレスに身を包んだ姫様……早く見てみたいです! そう言えば、今回の記念式典のために新しい祝典行進曲が作曲されたそうですよ!」

「そうらしいわね。出来の良い曲みたいって、私の耳にも入っているわ。それにしても良く知ってるわね?」

「王宮騎士団の音楽隊が、それはもうハードな練習でてんやわんやしているそうです!」

「へぇ」

「あと、今回の記念式典に向けて王宮のセキュリティ・システムが一新されたらしいんですけど、そのせいで近衛騎士団のマニュアルも全面改訂ってことになっちゃったんですよね! そのせいでもう、朝から晩まで講習会だ警備演習だ何だで、騎士団全体が蜂の巣をつついたような大騒ぎみたいですよ!」

「え?」

「何しろ大掛かりな王宮の改修作業を進めちゃった訳ですからね。あんまり本気(マジ)でレイアウトを変えちゃったせいで、近衛師団の部隊長も迷子になっちゃったそうです! いやぁ、笑い話にしたって、それは無いですよねぇ」

「……どうしてそんなこと知ってるのアヤポンさん? 王宮の改修工事のことは関係者だけの機密事項で、セキュリティのために秘匿されてると思ったけど……」


 いぶかしむような目でアヤメをうかがうベルさん。そう言えばベルさん、アヤメが騎士団所属の近衛兵だって知らないんだっけ?


「あ、そうでした! ……ええっと……です、ね? 実は……」


 小首を傾げバツの悪そうな表情を浮かべるアヤメ。どう切り出したらいいのか迷っているのだろう。だけどベルさんは、悩めるアヤメが言葉を見つけるのをピシャリと塞いだ。


「まあいいわ。王宮騎士団ねぇ……歴史マニアの私としては、いい加減ジーノ家の復権があってもいい頃合いと思うのだけど、そうも行かないのかしら……もう、そんな時代じゃないのに。あそこのお姫さんも王女殿下と同い年なのに気の毒よね……って、こんな話したって仕方なしだわね。さて、そろそろお風呂上りましょうか……」

「はーい、ベルさん!」

「miwa姫は素直よね。ほら、ぱっつんもそっくりさんも。学生がこんなところ入り浸ってるんじゃないわよ? 学生の本分たる学業を疎かにしては駄目、ほら、満足したらとっととログアウトしなさい」


 だからログアウトできないんだって。それにしても、ぱっつんとか、そっくりさんとか、いつの間にか決まっちゃったらしい。ヘンテコなあだ名をつける人だなぁ。


「ま、どうせロクな教育は受けて無いだろうし、サボった所で大勢に影響はないのでしょうけどね。何せ未開人の学校だからね! それはそうと、ひとこと言っておくわ。ほら、そっくりさん!」

「はい? ……ボク?」

「他に誰がいるってのよ!」


 ざばぁと立ち上がると、ベルさんは堂々と湯気を纏ったままボクの方を指さす。こうやって見ると意外にも理想的なプロポーション。不摂生極まりない生活を送っているというのに、どうやってその肉体美を維持しているのだろう?


 ――そんな風に感心しつつぼんやりと見つめるボクの視線にも、彼女は動じることなく胸を張り、言葉の弾丸を撃ち付け始めた。


「鼻の下を伸ばして見てるんじゃないのよ! まさかアンタ、百合(アレ)とかレズ(コレ)とか、そっちのがあるんじゃないでしょうね? ほんっと、そっくりさんなだけ(タチ)が悪いわ……そこんとこ自覚して、無垢で高貴な王女殿下のイメージを壊さないよう、気を付けなさいよ!」

「あの……ベルさん?」

「どうしたのアヤポンさん。怖い顔して?」

「いえ……さっきから少し気になっていたのですが……いくら何でもそのお言葉、不敬ではないでしょうか?」

「はい?」


 アヤメがベルさんのことを言い咎めたその時だ。


 ちゃぽん。


 掌で無造作に叩いたような、そんな虚ろな音が幾つも生まれた。少し遅れて、湯船のお湯が波打ち大きく揺れる。


 揺れる水面(みなも)が複雑な模様を描き、ボクらの周りを行ったり来たりした。湯船の縁に跳ね返る波型をぼんやり見つめながら、おぼろげながらこの場所で何かが起こったのだと知った。


 その正体を最初に見つけたのは、一人立ち上がっていたベルさんだった。


「……どうしたのかしら。誰もいなくなっちゃったわよ?」


 彼女の言葉につられるようにして辺りを見回す。彼女の言う通りだった。人っ子一人いない、がらんとした無人の空間。静かすぎる大浴場。さっきまでの賑わいは嘘のように消えていた。


 あんなにたくさんのプレイヤーやゲームキャラが集まって、ああでもないこうでもないと、勝手気ままに盛り上がっていたのに。一体どうしたのだろう。


 ボクは立ち上がった。アヤメや津島さんも、不安を隠せないような表情で辺りを窺っている。


「皆さん、一斉にログアウトしたのでしょうか……それにしても変ですね、NPCの人達も消えちゃいましたか……どうしちゃったのでしょう?」


 そう言うとアヤメはウィンドウを呼び出し、怪訝そうな表情で顔を近づけた。


「あれ? チャットも沈黙してますねぇ……おかしいなぁ……ねぇ、ベルさん? 今までこんなこと、ありましたっけ?」

「私の知る限り一度も無いわ。サーバーにトラブルでもあったのかしら」


 ベルさんの視線に答えるように、miwa姫がおずおずと口を開いた。


「いえ。そういったアラームは発令されていませんよ? それにしても変ですねぇ……何かトラブルとかサーバーメンテナンスがあったとして、どうして私だけ残っているのでしょう」

「それもそうね……ちょっと怖いわ」

「うん。一旦、ここを出ようか。香純ちゃん達がどうなっているのかも気になる」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 悪い予感は当たった。大浴場を出たボクらを待っていたのは果てしない静寂。誰もいない閑散とした宮殿の中を、ボクらはひたすら歩く。香純ちゃんと浅見さんはどこにもいなかった。フロントのお姉さんも、そこら辺を徘徊していたはずの貴族風キャラクターも、誰もいなかった。


 ボクらは当て所もなく歩き続け、時に小走りに、香純ちゃん達を見つけようとしていた。そんなことを三十分ほども続けていただろうか。


「参ったわね……プレイヤーどころかゲームキャラクターまで、みんな消えちゃってるじゃない。どうなってるの!?」


 ベルさんは苛立ちを隠しきれないような声色を吐く。彼女の声に引きずられるようにして、miwa姫が弱々しい声を上げた。


「はぁ、はぁ……皆さん、少し待ってください……」


 苦しそうな声に振り返ると、息切れした様子のmiwa姫が、下を向いたまま辛そうに肩を上下させていた。ベルさんが慌てて駆け寄る。


「大丈夫? ちょっと動き過ぎたわね。私達はここで待機してましょうか?」

「いえ……大丈夫です。ごめんなさい、落ち着いてきました」


 ベルさんは心配そうな顔でmiwa姫の背中をさする。


「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。さあ、もう少し探してみましょう――」


 いつしか庭園へと躍り出たボクら。ベルさんの独り言は虚ろな空に吸い込まれていく。雲一つない真っ青な空は、今は妙に作り物じみて見えた。


「おーい、誰かいるー?」


 そう叫んでみたところで、何も返ってこないことは心百も承知。ところが(やっぱり、そうだよね……)と諦めかけた時、頭上から聞き慣れない声が降ってきた。


「――おや? まだプレイヤーが残っていましたか……困りましたね。一体どういうことでしょう」


 思いがけず返って来た言葉に思わず一歩後ずさり、ボクは声の方を仰ぎ見た。物見台に繋がる楼閣の端っこに目を凝らすと、そこに一人の黒っぽい影が立っていた。


「全プレイヤーを強制ログアウトするよう、技術部に指示を出したのですがねェ……まあ、残ってしまっているものは仕方がない。さて、少しお話でも聞きましょうか」


 その人物――仕立ての良さそうな漆黒のスーツに身を包んだ男――は言い終わると、トンとステップを踏み飛び降りた。


 落下と言うにはゆっくりと、しかしスローモーションではない速度で、ボクらの目の前――だいたい5メートル程先の地面にふわりと降り立つ。


「誰です!?」


 ボクをかばうように一歩前に出ると、アヤメは鋭い口調で問いかけた。男はわざとらしい笑みを貼り付け、慇懃に答えた。


「これはこれは。凛々しいお嬢様です。初めまして。わたくし、ザッハガイキー・キャピタル・サービスのヨダカ、と申します。以後、お見知りおきを……」


 ヨダカと名乗った男は、大げさに畏まったお辞儀をすると、上目遣いでこちらを窺うように視線を左右させ始めた。その視線はボクとmiwa姫を行ったり来たりしてから、やがてmiwa姫に向けて方向で落ち着いた。


「……おや? もう実装が完了したのですかね? 仕事が速いのは結構なことですが、技術部の先走りにも困ったものです」

「ザッハガイキー?」


 アヤメは男の独り言に被せるような形で呟いた後、警戒を怠らない様子のまま、確かめるような口調で質問を投げかけた。


「ザッハガイキーといえば、確か大手の投資ファンドでしたよね? その投資会社の方が、どうしてこのゲームの中に?」

「これはこれは。わが社をご存知とは、お見それいたしました。それにしてもこのような場所で美しいお嬢様方とお会いできるとは、このヨダカ、光栄の極み……」


 男はさらに深々とお辞儀すると、今度はきびきびとした動きで顔を上げた。


「……さて。私めがここに来た理由ですか? 簡潔に申し上げましょう。弊社、ザッハガイキー・キャピタル・サービスは本日、このゲームの運営会社、スキャッター・アンド・ギャザー合資会社……補足いたしますと、組合と役員会の決議により、本日をもって株式会社へと移行致しましたが……その株式のうち51%を買収し、先程、実質的経営権を取得いたしました」

「……え?」


 さっきまでの鋭い表情から一転、呆けた表情に変わったアヤメがおどおどした声を吐き出す。


「どーゆー意味ですか?」


 まるで毒っ気を抜かれた様子のアヤメに、ヨダカは笑顔を崩さないまま、今度こそ簡潔な言葉で何が起こったのかを伝えた。


「はい。このゲームはつい先ほど、我々の所有物となりました」


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