[101.5]ボースアインシュタイン凝縮とクーパー対と王国の記念式典
うーん、退屈な回かも。少しだれ気味でしょうか。ということで[101.5話]としました。読み飛ばしても大丈夫な回です(たぶん)。
「どうしたの? アヤポンさんにそっくりさん。そんな端っこ行っちゃって?」
怪訝そうにこちらを伺うベルさんに愛想笑いを返したボクは、アヤメの頬を引っ張ったまま、さっきまでのポジションへと引き返す。
「それがですね! 聞いてくださいベルさん……姫様ですねぁ……アイタタタ! や、止めてください姫様!」
全身でしっかりとホールドしたまま、この能天気娘が余計なことを口走らないよう、ボクはほっぺをつねる指先に力を入れる。傍から見るとかなり百合チックな女の子同士のボディランゲージなんかに見えちゃうかもしれないけど、それはこの際、目を瞑ろう。
「お腹すきましたぁベルさん……」
「え? ……でも、さっきおやつ食べたばかりでしょ?」
「だってぇ~~」
「はいはい……いい子いい子」
miwa姫とベルさんは再び二人の世界へと入ってく。身を寄せ合う二人は仲の良い姉妹と見紛うばかりの仲睦まじさ。だけど束の間、小さな影がベルさんの表情を掠めたような気がして――見間違いかと目を凝らした時、ボクの隣の津島さんが何かを口走った。
「ノイマン型のコンピューターじゃ、きっと無理よね……」
それはとびっきりマニアックな独り言だった。その文学少女的香りを漂わせる可憐なルックスとは裏腹に津島さん、隠れ技術オタク少女だったりする。
くるりんぱと巻いた長い黒髪をタオルで包んだ彼女は、大人っぽさとあどけなさの両方を混ぜこぜに放つという、かなり難易度の高い存在感を振り撒いている。しかし、その上品な佇まいとは真逆の単語を繰り出す津島さん。ボクらの見ている前で、彼女の独り言は突然、裏声へと変わった。
「はっ! ま、まさか……量子コンピューター!?」
盛大なエコーを引き連れ大浴場に響く津島さんの声。
「はい?」
「どしたのいきなり?」
「あ、ごめんなさい……。私、大声出しちゃった」
「別にいいけどさ。いきなり量子コンピューターだなんてどうしたの?」
「え、えぇ……こんなリアルなシミュレーションどうやって実現しているのかなぁ? って気になっちゃって……それで、つい」
津島さんの視線がベルさんの方へと泳ぐ。
「あの……ベルさん?」
「ふっ……未開人には想像もつかないテクノロジーを使っているんだから!」
先回りして言いながら誇らしげに胸を張るベルさん。いえいえ、別にベルさんが作ったワケじゃないでしょ、コレ? 自慢し過ぎのような気がします。だけど興味津々の様子の津島さんは目をキラキラ輝かせて――
「そうなの!? ねぇ、教えて! どんなアルゴリズムなの? 物理的エミュレーションは離散系で処理してるのよね?」
「ふっ……未開人にそんなこと聞かれるなんて思いもしなかったわ……」
――あ、こりゃ誤魔化す気満々だなベルさん。と、思いきや。
「……そうね……物理エミュレーションを担っているのは、リー群の多元的解析を高速に逐次実行するために設計されたベクタードマシン。だからこんな風に仮想空間の中で疑似的な世界を再構築できてるって訳。ちなみに、根幹となるシステムのアルゴリズムは、位相幾何学的なアプローチを元にしていて、その中で量子的重ね合わせ状態を扱っているはず。だから確かに広義の量子コンピューターね」
「やっぱり! それでそれで? どんな原理なの? 量子ビットはどうやって扱ってるの? 論理ゲートはどんな構造をしているのかしら」
「さすがに詳しいことは知らないけれど……確か、トポロジカル励起した余剰次元に、ナノサイズの凖結晶デバイスをずらりと並べているんじゃなかったかしら。量子ビットは真空管に近い動作をするデバイスで保持しているのよ」
「真空管? 真空管なのね!」
津島さん、何か嬉しそう。
「もっと教えて! 思ったよりアナログなのね……でも真空管と言っても色々あるでしょ? 5極管? ビーム管? 回路構成はどんなのかしら?」
「ごきょくかん? びーむかん? え?」
ベルさんちょっと詰まる。いくらインテリの彼女とは言え、ここまでマニアックなことはさすがに知らないでしょう。さあ、どう取り繕う? ――だが、またしても彼女は、ボクの予想を呆気なく覆した。
「……ふっ……未開人に具体的な話を言っても想像もつかないでしょうけど……えっと……そう! 双三極菅よ。ちなみにその量子デバイスは、エルミート演算素子とフリップフロップ、それに古典的なオペレーショナルアンプ的な機能を兼ね備えているのよ。役割に応じてモードを行ったり来たりしてるの……凄いでしょ?」
凄いと言われてもサッパリわかりません。
「へぇ、双三極菅……そうなの、双三極菅なのね……」
“そうさんきょくかん”という言葉が心の琴線のどこかに触れたらしい。ますます表情を輝かせる津島さん。
「12AX7なのかしら? それとも6SN7? それが……ずらりと並んでるのね……」
うわ……津島さんの頭の中には絶対、マーシャルとかツインリバーブとか、とにかくその辺りの真空管ギターアンプの内部回路が展開されている……でもベルさんが説明してるのはきっと、津島さんが想像しているのと全然違うんだと思います。
「あわわわ……」
そしてもう一人、この宇宙人の会話に取り残されたお仲間がいた。アヤメだ。
「……ひ、姫様!? 今のベルさんの言ってること、理解できました?」
「んなわけ無いだろ」
「よ、良かったー。ツシマさんも何やらベルさんの小難しそうなお話に付いてってるようですし、てっきりワタシがおバカさんなんじゃないかと、心配になってしまいました!」
「いや、アヤメがおバカなのは揺るぎの無い事実だと思うけど」
「ヒドイです姫様!」
「てか宇宙人だろアヤメ? 君らの世界のテクノロジーだろ? 何で知らないんだよ」
「えぇ……そんなぁ!? なら姫様、こちらの世界のゲーム機の原理をご存知ですか?」
「ぐぬぬ……」
アヤメにブーメランを返されました……不覚。ボクが言葉に詰まる中、今度はmiwa姫が話に割って入って来た。
「あのぉ、ハテナシさんの世界にもゲームってあるのですか?」
彼女らしい素朴な質問にボクとアヤメは視線で押し問答。この場合、答えるのはボクの方かな?
「そりゃあるよ」
「これが案外と面白いのですよ! miwaちゃんさんはご存じないです? 一部タイトルは王国にも紹介されていて、知る人ぞ知るマニアックな人気があるのですよ!」
「違法コピー……ダメ、絶対」
「ああ姫様なんてあからさまな! ちゃんとお金を払って買ってますぅ!」
「異世界の方々のゲームですか……素敵! 私もやってみたいわ」
「このゲームに比べると原始的過ぎてショボいと思うけど……あ、でもさ? ゲームの中のキャラがどうやって他のゲームするの?」
「強く想えばきっと願いは叶います!」
「そうですよねー、miwaちゃんさんー」
「ねー、アヤポンさん~」
手を握り締め固く誓い合う二人……とゆーか。
そうなのか? できるのか? ……だとしたら世の中は不思議に満ちている。ついでと言うか何と言うか、この流れに乗って一つmiwa姫に訊ねることにした。
「ねえ、miwa姫さん。教えてくれるかな」
「はい!」
「さっきベルさんが言ってたこと、君は知ってるの? 量子ビットがどうとか……って」
「そのことですか!」
「いや、ごめん。ゲームの中の人口知性だから知ってて当然だよね。やっぱりおバカなのはボクとアヤメだけか……」
自信に満ちたmiwa姫の表情。『エッヘン』と鼻息を荒くしそうな勢いで口の両端を吊り上げている。そんなドヤ顔の彼女は自信たっぷりに口を開いた。
「全ッッ……然!!」
はい。3対2でこちらの勝ち。津島さんとベルさんの方が普通じゃないことが確定しました。
「私、難しいことは何もわからないんです……マスコットキャラ失格ですよね」
「そんなこと無いって。それを言うなら、ボクだって脳味噌の中がどうなってるかなんて知らないし」
「もう少し頼り甲斐のあるNPCになりたいと思ってはいるのですが……あ、ごめんなさい。ゲームを盛り上げるキャラがこんな自虐的じゃだめですよね! これでは、オリジナルのミヤコ王女殿下に申し訳が立ちません……しっかりしなさいmiwa!」
「どうしたの、急に落ち込んじゃって?」
「私、結構感情の起伏が激しいんです……」
「そういう風にプログラミングされているってこと?」
言ってしまってから、しまった……と思った。でもmiwa姫はそんなボクの失言を無かったことにしてくれたようで。
「どうなのでしょう……私自身は、私がどんなプログラムなのか知る由もありません。でも、喜んだり悲しんだり、傷付いたりもするんですよ? ……あ、もちろんそれはデータの中でのことですが。でも、自分ではそうだと思い込んでいるんです……変ですよね?」
「ごめん。そういうつもりで言ったんじゃ……」
「悩んだり、食い意地が張っていたり、私、駄目駄目な人工知能なのです……はぁ、もしミヤコ王女殿下がこんな私の存在を知ったらどんな風に思うのでしょう……ああ、恥ずかしくて死にそうです」
陽気なmiwa姫にもこんな側面があったんだ。いや、むしろこれって、ボクの性格を受け継いでる? こんな時、ボクだったらどんな風に慰めてもらえば気が晴れるだろう? ――そう考えた時だ。
「どうしたのですmiwa姫? 弱気になっちゃって。miwa姫は愛らしくて立派なマスコットキャラです、もっと自信を持って、ご自身をご寵愛してください」
「そうですよベルさんの言う通りです! 姫様もmiwa姫にメロメロじゃないですか! ……と言いますか、姫様がmiwa姫の存在を知ったら……って、どういう意味です?」
「え?」
「王女殿下ね……そうそう、王女殿下と言えば今度の記念式典、国を挙げての相当大掛かりなイベントになるのよね。でもどうして、私には王宮から呼び出しがかからないのかしら……やっぱり忘れられてる?」
「記念式典?」
ボクとは縁もゆかりも無い別の世界の、ボクとは全く関係の無い話題と分かってはいたけど、物凄く嫌な予感がしてボクは聞き返した。アヤメとベルさんの視線が何やら静かに、でも不吉な灯りをなみなみと湛えてこちらを向く。
「ええ。ミヤコ王女殿下十六歳の記念祝典よ」
「はい! お誕生日に合わせて大々的な祝賀行事が予定されてるんです! あれ、言ってませんでしたっけ?」
「素敵! 魔法の国のお姫様のお誕生祝賀会!? 舞踏会とかパレードとか、あるのかしら?」
「当然よ黒髪ぱっつん娘! 何しろ第一王位継承者に統治権の最初の継承が行われるのよ? 授刀衛総監の役職を授かる儀式は古式ゆかしく行われる、太古の昔から受け継がれた神聖なる儀式よ」
「第二王宮近衛騎士団の司令官として、正式に任命されるワケですね! その他にも北部方面軍指揮官と左近衛大将の官位、それと王国の事業のいくつかを引き継ぐという、名誉ある……アイタタタ!」
再びアヤメの頬を引っ張り端っこの方へ。これは少しばかし看過できない。
タイトルは……アレです。突っ込み無用ということでよろしくお願いします。それにしても何を書いているのだろう……花粉が危険濃度なのかもしれません。花粉酔い?




