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[98]セーラー服は素敵です

 同性しかいない気安さか、津島さんはセーラー服の胸当てに手をやると、襟元を広げパタパタとあおぎ出した。


 大きく開かれた襟元からのぞく肌。おまけにブラの紐までチラチラと。無意識のうちに吸い寄せられる視線。その先にあるのは、紛う事なき学園一の美少女、津島さんの胸元。いつになく無防備な彼女の仕草を見てるうち、思わずこぼれる独り言。


「セーラ服っていいよな……」

「はい? 姫様」

「あ、いや……何でもない」


 どうやらアヤメに聞かれてしまったようみたいで、アヤメは不思議そうにこちらを見つめている。何でもないと言ってはみたものの、そんなアヤメの視線に促され、はっきりきっぱり嘘偽りのない本心が口を突いて出てきた。


「素晴らしいデザインだよね。特に夏服」

「……は?」


 あまりに唐突だったせいか、言葉を詰まらせ目をまん丸にするアヤメ。だけど下心だけじゃなく心の底からそう思っているのは確かだ。呆けた顔の彼女をよそに、無性に語り合いたくなったボクは続ける。


「風通しが良いし、動き易いし、おまけにカワイイしさ。これほど機能性と様式美を兼ね備えた服装なんてなかなか無いんじゃない?」

「……はぁ? そうでしょうか……確かに素敵なお洋服だとは思いますが」

「これほど女の子だけずるいって思ったことは無いよ……まぁ、まさか自分で着ることになるなんて事態、予想もしてなかったけどさ」


 ホントそう。最初にこれを女学生の制服として採用した人の慧眼けいがんには頭が下がるばかりだ。ああ、そうさ。セーラー服フェチっとでも呼んでくれ。


 みずからの言葉にハッと気づかされ、今度は自分のセーラー服に目をやる。今はゲームの中のアバターだけど、上手くできているもので、洗いざらしの感触までそっくりに再現されているんだ。


 それにしても、リアルの自分も普段からこれを着ているって思うと妙な気分。


「ほら、中学の時は女の子の夏服ってブラウスだったでしょ? 街中でセーラー服の女の子を見かけた時はときめいたなぁ……特に自宅(ウチ)の近くを通りかかる白梅女学院のおねーさんが眩しくってね! この制服は憧れだったよ」

「えーと……姫様?」

「あ! 言っとくけど、さすがに自分で着ようなんて変態チックなことは考えなかったよ? 目で見て愛でる方専門って意味ね? そうだよなぁ……何がどうして自分で着る(こんな)羽目になったんだろう……」

「いえいえ、前にもお話ししましたが、姫様が白梅女学院(がっこう)に通われるのは既定路線でしたので、いずれこの制服を着用されることになるのも必然的な訳でして……ですからほら、予定より前倒しで急遽白梅女学院にチェンジされた時も、あらかじめちゃんとご自宅に制服は用意されていたじゃないですか?」

「そういや第二高校(まえのがっこう)の夏服に変わる前に白梅女学院(こっち)来ちゃったんだよな……チョッチ心残りかも……あ、もちろん愛でる方専門だよ! 自分で着る気なんて無いからね! あんな短いスカート、自分じゃ絶対に無理……」


 第二高校ももう夏服なんだよな。少しは見てみたかったかなぁ……ま、ボクなんぞがクラスの女の子に相手にされる訳ないから、近くでじっくり見つめるなんて事、まず無かったのだろうけど。


 しかもあり得ないことに、男モードのボクが、第二高校の女子の制服で女装するという気持ち悪い想像が一瞬、頭をかすめてしまった。ああ、嫌だ。人類の宝ともいえる津島さんの胸元のビジュアルで上書きして、嫌なイメージをリセットしよう……。


「何をコソコソ話してるのですかぁ、二人とも?」


 そんなボクの脇から、のんびりと声をかけてくる香純ちゃん。


「秘密の話」

「あぁー、美彌子さんと菖蒲さん、内緒話ですぅ……教えてください……」


 ちょっと拗ねた目も可愛い香純ちゃん。もちろん彼女もセーラー服姿。スラリとした津島さんもイイけど、小柄でカワイらしい香純ちゃんのセーラー服も、これはこれで最高だ。


 そんなボクと香純ちゃんのやり取りが聞こえたのか、大きく開いたセーラー服の胸元をあっけらかんともてあそんでいた津島さんがこっちを向く。


「どうしたの? ずっと見つめたままで」

「え? ……あ、いや! 何でも無い! 気のせい!」


 津島さんのすっきりとした切れ長の目が、キョトンとした表情を湛えてこっちを見ている。さっきまでセーラー服にまつわるアレヤコレヤへとふらりと旅立っていたボクの意識は、ノーマルポジションへと無事帰還。


 津島さんは扇ぐのを止め胸元を押さえた。ボクの視線の先に気付いのだろうか。ちょっと照れたような表情。一方ボクは慌てて目をそらし、釘付けになっていた視線を振り払う。紅潮気味の彼女の肌と、きっと真っ赤なテクスチャに置き換わっているボクの顔。


「シャワー、無いのかしら? 汗を流したいわ」


 そんな飾らない彼女の言葉に、つい可笑おかしくなってしまったボクは軽口を叩く。


「あのさ、津島さん?」

「どうしたの果無さん? 苦笑いなんて浮かべて」

「それ、しっとりとした汗を表現したテクスチャと、そんな感じがするように触感や温感のフィードバックがかかっているだけだと思うよ?」


 ホント、無駄なところに力を入れているゲームだ。それともリアルの津島さんも汗だくでうわ言を漏らしながら机に突っ伏しているとか……そんなシチュエーション、考えたくもないけれど。


「でも、べとべとして気持ち悪いのに変わりは無いわ」

「このゲーム、何でそんなことまで実装するんだろうね」

「リアリティ追及です姫様!」

「お風呂ー! シャワー!」


 ガラにもなく甘えた声を出す津島さん。やっぱりちょっといつもと違う。何だろう、どこか解放されたような感じで、いつもより女の子している。


 そんな彼女に向かって、アヤメが突拍子も無い提案を持ち出してきた。


「そうですねぇ……では、大浴場へ行きましょうか?」

「え、あるの? 大浴場なんて」

「はい姫様! 王宮には付きものです! 総大理石造りのお風呂です!」


 ゲームの中のお風呂? そんなのまで実装してるんだ。まさかライオンの口からお湯が流れてる的なやつ? 切なくなるほどテンプレ……な予感。


 …………。


 ま、待てよ!?


「ちょ、ちょっと……お風呂!?」

「どうされたのです姫様? 声を裏返して」

「お風呂って……あれだよね? ……入浴……だよね?」

「?」

「まさか……裸で入る……の?」

「そりゃまぁ……いくらゲームとは言え着衣入浴はお勧めできませんし」

「ゴクリ……」


 それって、津島さん達も……一緒に!?


「いいですねお風呂! 私たちも行きましょうよぅベルさん!」

「えぇっ、miwa姫? まだ昼日向ひるひなたじゃないですか?」

「たまにはいいじゃないですかぁ」

「仕方ないですねぇ……」


 横から会話に割り込むmiwa姫にベルさん。この二人もボクらに付いてきて、ずっと一緒に津島さんのバトルを観戦していた。本当に日がな一日ヒマらしい。


 本当にいいの!?


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まじかー!? 混浴なのかよー!」

「はい! 千人風呂です!」

「広いですぅ」


 雄叫びを上げる浅見さん。津島さんや香純ちゃんも目をまん丸にしたまま、まるでプールのように広いお風呂を眺めていた。


 どこをどう歩いて行ったのか、ボクらは宮殿の奥深く、大浴場があるというレクリエーション区画へと足を踏み入れていた。先ず目に入ってきたのは、マッサージチェアや畳敷きに給湯ポット装備の長テーブルが並んでいるという、どこにでもありそうな日帰り温泉施設の景色。思ってたのと全然違うじゃんと肩透かしを食らったけれど、そこを抜けると、神話チックな石造りの遺跡を思わせる、ギリシャ神殿風の柱が並ぶ大広間に躍り出た。


 そしてその先。


 目の前に広がっていたのは、思い描いていたイメージ通りの大浴場だった。日本の温泉とはまるで違う、ローマ風というのかどうか知らないけれど、とにかくそんな感じの、石造りのお風呂。


「フロントからバスタオル借りてきました! さぁ入りましょうか姫様!」

「ちょっと待った心の準備が……てか……本当に……いいの?」


 フロントとかバスタオルとか、ゲームとは縁遠そうな言葉は置いておくとして……本気で心の準備ができていない。ゲームの中で着替えたり脱いだりできることは確認済み。それはイイんけど……。


 ボクらはもう一度、一緒にいる面々の顔を見渡す。


「本当に入るつもり?」

「当然よ、さ、行きましょう。早く汗を流さないと臭ってきちゃうわ」


 セーラー服のタイをスルスルと外しながら、ずんずんと入っていく津島さん。やる気だ。脱ぐ気だ。入る気だ。あんな箱入りのお嬢様、公衆浴場的に入る経験なんて無さそうなんだけど、意外なことに何の抵抗も無いらしい。


「おっ風呂! おっ風呂!」


 そしてちょっと子供っぽい。


 なお、ゲームの中で体臭なんてものが実装される訳無いとは思うけど、まぁこのゲームのことだからきっと実装されているのだろう。津島さんがそんな深慮の元にああ言ってるかは知らないけれど、まあ多分、きっと何も考えずに言っているだけだろう。


「貸し切り……じゃないんだねー、こりゃハードル高いわー」


 浅見さんの言葉通り、さっきのギャラリーや、何故か津島さんがさっき倒したはずのイケメンNPC達までずんずん入っていく。つまり混浴。ひょっとして津島さんの裸狙いか? ちょっとした羞恥プレイじゃないか?


 ……てか……。


 平気なのかよ!? 裸見られて!


 これ、本人から精密に生体スキャンしてモデリングしたアバターだって言うし、ゲームったって実際に裸を見られるのと変わんないじゃん。平気なの? いいの? 本当に女の子の心理は分からないよ!


 とゆーか、混浴だというのを抜きにしても、温泉に普通に入る以上に勇気がいる気がする。その正体に気付いたボクは、思わずアヤメに振り向いた。


「ひょっとして脱衣所……無いんだ?」

「はい! 千人風呂ですから!」


 千人風呂だから脱衣所が無いという理屈が分からないけれど。そうでなくても広い空間なのに、脱衣所が無いというのはかなり心のハードルが高い。野外露出に近しいものがある。


「そうそう……念のために言っておくけど、お洋服は浴室から離れた端っこの方に畳んでおくのがマナーよ? あとタオルはお湯の中に入れないこと。 それとかけ湯をしてから入ってね」

「…………」

「あと、いくら混浴とは言っても女エリアと男エリアは分かれているから! ま、こんなの常識だけど、何しろモノを知らない異世界人のことだから言っておかないとね」

「おっ風呂! おっ風呂!」


 いきなり共同浴場でのマナーを語り出したベルさんとmiwa姫もすっちゃか大浴場へと入っていく。特にmiwa姫のはしゃぎ様は津島さんそっくりだ。


「ほら……私達も行こうよ……ね、香純に美彌子っち!」


 で、浅見さん。ハードル高いなんて言ってるけど、何かやたらワクワクしているように見えるのは気のせいか。


「入る気満々だね、浅見さん?」

「え? そう? いやー、ちょっと恥ずかしいよねー」

「……そう言いながら、いきなり脱ごうとしてませんか?」

「はッ!? え? そう? ……うわー、恥ずかしいわぁー。困っちゃったー」

「……わざとらしいですね」

「イイからイイから!」

「……。で、どうする? 香純ちゃん……」


 自分でどうすると言っておきながら、心の中は決まっている。女の子達と混浴! こんなチャンス、滅多にないよ! ようやく訪れたドギマギイベント! 久しぶりの香純ちゃんの裸! 遂にこの時が来てしまった。夢の中にまで出てきた、正々堂々と同じクラスや知り合いの女の子とお風呂に入るという、淫らな空想の具現化!


 ところが……。


「どうしたの!? 香純ちゃん」

「……む、無理ですぅ」


 そのまましゃがみ込み、両手で顔を押さえてしまった。


「無理って?」

「こんな大勢の人と……ましてや男の人と一緒だなんて……恥ずかしいですぅ……」


 おおっ! ようやく普通の女の子の反応! しかもモジモジした姿もカワイらしい。最高。


「そうだよね。いきなりこんな大浴場で裸になれだなんて、ゲームだって嫌だよね?」

「私……温泉とか銭湯とか……行ったこと無くって……修学旅行の時も、できるだけ人がいない時間に、端っこの方でこっそりシャワーだけ浴びてたんですぅ……」

「ああっ、なんて純真無垢な! さすがだよ香純ちゃん」

「えー、ちょっと香純ー!? そりゃないよー、一緒に入ろー? すっぽんぽんの香純見たいよー」

「……え?」


 おい浅見さん。あんた今なんて言った? そっちの趣味があるのか?


「ゴホンゴホン……こりゃ失礼ー。じゃなくってー、ホラ! イケメン君達が入ってくよ! ちょっと見てみようよー! 男の子の裸だよー?」


 浅見さん……欲望に素直過ぎます。もう少し恥じらいってものを知ってください。香純ちゃんを見習ってください。


「ねぇ浅見さん? 香純ちゃんも嫌がってるんだし、無理矢理はちょっと……」

「ええっ、じゃー美彌子っちは香純ちゃんと一緒にお風呂入れないくていいのかよー?」

「はッ!?」


 そうだった! ガラにもなく紳士ぶって、せっかくのチャンスを自らふいにするところだった。香純ちゃんとお風呂! このチャンス、逃すわけにはいかない。


「ほらー、せっかく上げ膳据え膳で用意されたシチュエーションだろー。有効活用しないと損だよー。裸の付き合いしよー?」

「うん! 浅見さんの言う通りだよ! 苦手意識は克服しないと! ほら、ボクらが見守っているから恥ずかしくないって!」

「…………」


 ああ、何て打算的な人間なんだボクって。でも香純ちゃんの心の葛藤が見て取れるようだ。もう一押し。できるだけ優しく、包み込むように。


「ね、香純ちゃん?」


 だけど――


「無理ですぅぅぅ!」


 ――そう言うと香純ちゃんは泣きながら走り去って行っちゃった。


 何で!?


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