[91]少女達はお胸以外そっくりの姫を見て何を思う…
ボクらの前に突如現れた金髪の少女。miwaと名乗った彼女は、何も無いところからボクと同じセーラー服を出現させるという技を披露してみせた。
ゲームの中なんだし、別におかしなことではないのかもしれないけれど、少なくともボクらにはそんな機能は付与されていない。彼女がプレイしているのはライトエディションではないのだろうか……いや、アヤメの言うライトエディションというモノが一体どんなものか、未だ謎のベールに包まれているのだけど。
しかも彼女、お姫様らしい。
お姫様というのがゲームの中での役割なのか、はたまたプレイヤー自身が本当にやんごとなきお家のご令嬢なのかは知らないけれど。
とにかく彼女は、とても高そうな生地と手の込んだ装飾が施された純白のお姫様ドレスに身を包んでいた……ボクらの見ている前で、それまでをぶん投げ、その場で着替え始めるという凶行に走ったけれども……。
しかし、わざわざこんなことしなくてもいいような気がするのはボクだけだろうか?
ゲームの中なんだし、装備なんて瞬時にチェンジできるんじゃないの? それとも……まさか彼女なりのサービスってか?
なんてったって生着替えだ。
そう。このストレス社会――いや、この子が暮らす世界がどんな社会構造を持っているかなんて知る由もないけれど――、リアルと隔絶したMMO的なゲームの中に放り出された途端、思わずはっちゃけてしまった……なんてのはありがちな話。
意外にも高スペックな人間ほどそんな罠に陥るなんて話、あったっけ。
ましてや親や周りの目が厳しい良家の娘だったりしたらきっと尚更。そんでもってリアルでは絶対にできない背徳的な解放感に酔いしれているとか……ひょっとしてこの人、本当にお姫様? つい我慢ができなくなって、抑圧された何かを発散しちゃったり的なヤツ?
いやいやまさか……でも……妄想がはかどって仕方がない。
一歩間違えるとHENTAIさんだけど、でもここに居るプレイヤーは女の子だけだし――あ、ボクはカウント外――このmiwa姫、ただ単に天然なのだと信じたい。女同士の気安さもあるしね。
そっか、女のだけの空間か。うん……本当は違うけど。こんな姿をしてるけどボクが本当は男だって知ったら彼女、きっとショックだろうな。絶対に黙っておかないと。
それにしてもなぁ。リアルでは清楚なお嬢様を演じてる彼女が心の奥底でそんな性癖を隠し持っている心に秘めたHENTAIさんだなんて、想像するだけでテンションが上がってしまい……もとい、ちょっとショックだ。
もちろん、装備を変える時に、いちいち着替えのモーションを起こさなければならない仕様という可能性もあるけれど。このウンコ仕様のゲームならじゅうぶん有り得る。
とは言え、彼女の謎行動のおかげ疑念はすっかり小さくなったのは確か。この少女がボクにそっくりなのって、きっとたまたまだろう。
さて。
ボクのをコピーした制服では胸の辺りが窮屈だとのたまう、素敵なお胸の持ち主miwa姫。ボクが妄想にふけっている間も、彼女は楽し気にこっちを見ていた模様。
はて、何がそんなに嬉しいんだろう? と考えてみたら、どうもボクの視線に理由があるかもしれないということに思い当たった。
あろうことか、ボクはアレヤコレヤと夢想したまま、彼女の胸元をじっと見つめたままだったらしい。我ながら全くいやらしい視線だ。女の姿になっても精神は男のままだってことを再認識。ちょっとだけホッとした半面、よりによって自分とそっくりの相手にドギマギするなんて……情けないやら、こっぱずかしいやら。
それにしても……本当にはち切れそうな胸元。ゴージャス・アンド・デンジャラス。
慌てて目を逸らすけど、制服越しの自己主張極まりない膨らみは脳裏にこびりついたまま。どうやらボクの脳味噌は、さっきの着替えシーンとセットで何やらエロスを反芻している模様。本当にどうしようもない脳味噌だ。ちょっと顔が熱い。
そんなボクの動揺をセーラー服姿のmiwa姫は知っているのだろうか。照れ隠しに横目でチラリと窺うと、彼女は相変わらずにこやかだった。お姫様然としたクールな面立ちの口元は優しく緩んでいて、そのミスマッチにもう一度ドギマギ。
ちょっと近付き難い感じの女の子が、こんな風に親し気な笑顔を見せるっていいよね……って……待てよ……。
miwa姫ってボクに似ているんだよな? ボクだけでなく香純ちゃん達も驚いていたし、間違いなさそう。
ってことは……つまり、やろうとすればボクもこんな風に振舞えるって事かなぁ……いや、お胸のアレヤコレヤは別として。うーん、そんな自信も自覚も無いけれど。可能なのかな? だとしたら少し素敵かも……。
ああっ! ダメだダメだ! そんなこと考えちゃ。
心ならずも女の子の姿になってしまったこの不幸、せっかくだから少し楽しんでみようかなんて思ってしまったのが情けない。我が人生最大の汚点、完璧な黒歴史。本当に駄目だよそんなこと考えちゃ! うぅ……こんなことが脳裏に浮かんだなんて、ホント不本意。
雑念を振り払うため、視線をmiwa姫から引きはがして愛しき香純ちゃん方へ振り向く――と、心のオアシスを求めたボクの希望を打ち砕くかの如く、津島さんと浅見さんのニヒリとした笑顔が目に飛び込んだ。
もちろん、その視線の先はボクの胸元……おいこら! どこを見てる?
「あまりジロジロ見ないでください。視線がいやらしいです」
失礼極まりないヒメサユリの君とコミュ障気味スポーツ万能少女。ボクは二人に率直な意見を叩き付けるけど、それはどうやら逆効果だったみたい。浅見さんがじゃれつくように楽し気な声を出す。
「そう言うなよー、美彌子っちー。減るものでも無し」
「いえ。精神的ダメージでボクのHPが減っていきそうです」
「あら、気にしてるのね果無さん。大丈夫よ、私も……」
ぐぬぬ……津島さんまで。
「気にしてません! 何をどう勘違いしているか知りませんが、精神的ダメージってそういう意味では無いです!」
楽しそうに視線を躍らせる白梅女学院きっての美少女二人。そして今度は再びmiwa姫にその視線をロックオン。今度は二人でひそひそと。
「それにしてもナイスバデーね」
「ナイスバデーだよねー」
「あら浅見さん。ナイスバデーだなんてまるで昭和の時代のオジサマみたい」
「ああっ、最初にナイスバデーって言いだしたのは深央じゃないかー。ひどいなー」
「ふふっ。ナイスバデーじゃなくて、ナイスバディだったわね」
「あははっ! 日本語に直訳すると『イイ身体』じゃん。うわー、なんて卑猥な言葉」
「いやらしいのね、浅見さん」
「深央もねー」
本当にイヤラシイです。しかもそのこと、お二方とも自覚しているのですね。まるで幻滅です。
そして今度は口元に手をやる津島さん。その姿だけ見るといかにも深窓の令嬢的な立ち振る舞いだけど、繊細な指の間から漏れ出た言葉は、そんな印象とは真逆の代物だった。
「白梅女学院の制服って、嫌になっちゃうくらい地味だけど、着る人が着ると逆に物凄くエロ……いえ、扇情的なのね。初めて知ったわ」
「そうだよねー、こんな古臭いセーラー服なのにさー」
「まあ浅見さん、古臭いだなんてストレート過ぎるんじゃないかしら。もうちょっとオブラートに包みましょうよ。せめてトラディショナルとか、そんな風に」
「深央だって今、嫌になっちゃうくらい地味って言ったじゃないかー」
「そうだったかしら?」
「でもさー」
「でも?」
「彼女のおっぱい、サイコーだよねー」
「ええ、最高ね。お腹いっぱいご馳走様って感じだわ」
何だよゴチソウサマって。全校生徒憧れの的、ヒメサユリの君がそんなこと言っていいのかよ。
しかも再びmiwa姫のことをジロジロと。居た堪れなくなったのだろうか、それまでじっと二人のやり取りを見ていたmiwa姫がおずおずと口を開く。
「ええっと……良くは分かりませんが、満足していただけたでしょうか?」
彼女に対する津島さんと浅見さんの返答はあまりにストレートだった。
「大満足よ」
「破壊力抜群だよー! でさー、今ようやく気付いた気がするー、この制服の破壊力!」
「分かるわ。このギャップがいいのね」
「地味なセーラー服の向こうにある、はち切れんばかりの危険物ってかー? うわぁ、一種のフェチズムだよねー」
「そっけない布地のその向こう。確実に存在している二つのふくらみ」
「あ、深央! またオッサン臭いこと言ったよー」
「本当に失礼ね、浅見さんったら」
「セクシーダイナマイツ!」
「セクシーダイナマイツね!」
「あー、本当にオッサンだー! 駄目だよ深央お嬢様!」
「まあ、失礼しちゃう。ぷんぷん」
ボクは頭を抱えるしかなかった。いつになくテンションマックス。どうかしてる。
どうして女の子って、こんなにおっぱいの話が好きなのだろう。ほんと、男がいないところでは平気でお胸会議をする。目をやると困ったような表情の香純ちゃん。彼女は話題についていけず黙ったままだ。
女の子に幻想を抱いていた第二高校時代の果無都君に聞かせたら、さぞかしがっかりしたことだろう。幻滅すること間違いなし。ボクを置き去りにしたまま、女学院の高貴なお花達が交わす乙女の会話はまだまだ終わらない。
「それにしてもさー」
「何? 浅見さん」
「羨ましいよねー」
「ええ。羨ましいわね」
「あー、やっぱり深央も羨ましいんだー? miwaちゃんのお胸!」
「正直に言うとね。ドレスなんか着た時、出るところが出てるとやっぱり映えるのよね」
「珍しく素直!」
「何を言ってるの? 私はいつも素直で真っ直ぐよ。真っ直ぐ過ぎて何処に伸びていくか分からない斜面の竹みたいって、いつも言われるの」
「それ、ただ単に強情な上に何を考えてるか分からないってことじゃないー?」
「そうなの? でも素直なのは確かよ」
「でもさー、素直じゃない娘も一人いるよー?」
と、ここで二人は再びボクの方――正確にはボクの胸元――に視線を寄せる。その眼力はとても鋭く、そしてイヤらしかった。物凄く嫌な予感を察知して口を挟もうとしたけど、そんな隙を与えてくれるはずもなく。
「それにしても、もう一人のお姫様はどうしてこんなに慎ましいのかしら?」
「ねー、どうしてだと思う? miwa姫ちゃん」
「え? 私ですか?」
いきなり振られたmiwa姫が口ごもる。そりゃそうだ、こんなこと聞かれても困るに決まっている。彼女の視線は右往左往。肩をすぼめ胸元で組んだ両手も姫っぽい。
と、津島さんの声。うずうずとした声色から察するに、この言葉を言いたくて仕方がなかったらしい。
「栄養の差なのかしらね?」
この人、時々空気を読まない。栄養? 何を言ってる。昭和のオッサンだってこんな下品なことは言わないよ。さすがの浅見さんも聞き返す。
「栄養?」
「ええ。お胸に栄養が行き渡らなかったのかしら? と思って」
「マジで?」
「きっとそうよ」
「教えてmiwaちゃん姫」
「はい?」
「やっぱり栄養なの!?」
「……え?」
それはまるで予測不能な軌道を描く魔球の如く。今度は、こんなボクらのことをキョトンと見つめていたmiwa姫に矛先を変えてきた。暴投を受けたmiwa姫は笑みを崩さず――いや、きっと突然のことに心の中でポカンとしているに違いない。
これでようやくこの話題も終わる――だが、そんな希望も虚しく、答え始めたのはmiwa姫ではなく浅見さん。
「そっかー、栄養が行き渡らなかったかー。美彌子っち、残念だねー」
「もうヤメテ……その話題……」
ボクは辛うじてそう言うと、がっくりと首を落とした。もちろん、気にしているわけでも羨ましいわけでもないけど……もう二人にはついていけません……。
「あー、落ち込まないで美彌子っち。冗談だよ冗談!」
「でもね浅見さん? 言っていい冗談と悪い冗談があるわ」
「あー、ヒドイ深央ー!? 深央が言い出したんだろー」
「あら、そうだったかしら」
「そうだよー!? ほら、美彌子っち、うな垂れてるよー?」
「ええっ!?」
「あーあ、 傷付けちゃったー、ひどいなぁー」
「ほんと! ……御免なさい、果無さん」
「もういいです!!」
慌てて申し訳なさそうな表情を貼り付ける津島さん。でも、それはきっと心にもない同情。そんな津島さんのオロオロした同情を、下を向いたままのボクは振り解く。チョッチ投げやりな言葉。と、今度は浅見さん。
「ああっ、美彌子っち泣いちゃったよー」
泣いてません。
両手で顔を覆ったまま大げさに首を振って見せるボクに、ようやくオロオロし始める二人だったが……しかし津島さんが慰めと思ってかけてきた言葉は普通じゃなかった。
「そんなに深刻に考えることはないわ。個性よ、個性!」
「そうだよ美彌子っち。スリムなのもアリだって! ほら、立てば芍薬座れば牡丹って言うじゃないかー、凛とした立ち姿の美彌子っちもカッコいいって!」
「その例え、間違ってるわ」
「そうだっけー?」
「スリムな者同士、傷を舐め合いましょう、果無さん。ストーンと垂直に切り立つセーラー服の胸元も、これはこれで良いものがあるわ」
「あーっ、こら深央! 傷心の美彌子っちに塩を塗るなー!!」
あの……お二人……ボクで遊んでますか? さすがに上目遣いで軽くねめつけると、何を思ったか突然笑い転げた。オロオロしたり笑ったり、本当に忙しい。
ひとしきり笑い終わると、目じりに涙を溜めたまま、津島さんは浅見さんにもたれかかった。
「……ねえ、浅見さん?」
「なにー?」
「もうこの話題……止めましょうか」
「そうだねー」
「虚しくなってきたわ」
あー、何をいまさら。てか、もっと早く気づけよ!?
とまあ、ようやくこの話題から決別するかのような素振りを見せる津島さんに一安心のボクだったが、それは早とちりだったようで。彼女は真剣な表情でmiwa姫に迫る。
「ねえmiwaさん?」
「何でしょう、ツシマさん」
どことなく戸惑い加減のmiwa姫。だけど津島さんは止まらない。
「大変なんでしょ?」
「はい?」
「ばあばからよく聞かされているわ……そうなのよ、隔世遺伝は無かったみたい……あ、それはいいわ。でね? ばあばは言っていたわ……大きいと大きいなりに、いろいろと大変なんだって」
「は、はぁ?」
「リアルでもそんな素敵なお胸をお持ちなのよね? でも……不便なこともあったりしない?」
うわぁ。拘る拘る。きっと、お祖母さんに慰められて育ったんだな。
「あの……」
miwa姫は何か言いたげにしているけど、三人とも気付かないらしい。遂に香純ちゃんまでこの話題に乗ってきた。
「リアルではやっぱり、私達と同じ学生なのかしら?」
「知りたいですぅ!」
「きっと男の子からエッチな視線を浴びせられて困っているのでしょうね……」
「私たちは女子高なのでそんなことは無いですぅ!」
「言い方を変えると潤いの無い学生生活だけどねー。あ、そうだお友達登録! アドレス交換しよーよ? ……ってあれ? そういやこのゲームって、お友達機能無いのー?」
「あの……皆様?」
笑顔を張り付けつつもmiwa姫は少し真面目な声色でボクらに対峙した。彼女はどことなく言い辛そうに口を開く。
「少し誤解されているようです。私はゲームのプレイヤーでは無いの」
「え?」
それって、まさか……。彼女が淡々した口調で答えたのは、彼女の言葉を受けて真っ先に思い浮かんだ通りの内容だった。
「はい。私、このゲームのNPCなんですよ?」
☆続・キャラクター名について★
本当に何の意図もないですよー。
もちろん!あの方に対しては、素敵な曲を歌うシンガーソングライターとして、そして何より日本を代表するフライングV遣い(!)として大いにリスペクトしているところです。




