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[90]チェンジ!(意訳:生着替え)

 礼拝堂に現れた少女。スラリとした体躯の上に乗っかっている少女の顔は、見覚えのある代物だった。


 言い方を変えるとボクと瓜二つ。襲い掛かる強烈な違和感。


 少し紅潮した色白の肌、彫の深い目元、なだらかな稜線を描く鼻梁。その彫刻じみた顔は、驚きと好奇心が入り混じった表情を描いたまま、グラデーションがかった藍色の瞳でこちらをじっと見つめていた。


 拒絶するような鋭さと無邪気さが混じり合った彼女の瞳。大きく見開いたまま瞬き一つしていない。彼女は何を見ているのだろう。目を惹きつける完璧な微笑。


 彼女は小さく首を傾げるとゆっくりと口を開いた。それに合わせるように金髪が揺れる。


「こんにちは。ご機嫌いかが」


 その声は聞き慣れているような、まるで初めて聞いたかのような。不思議な感覚。耳に心地良いようで、でも心許ない感じ。それはボクの声だろうか、それとも違うのだろうか。混乱は止まらない。


 思わずあの夢の情景がフラッシュバックしてきた。夢の中に出てきた『ミヤコ王女殿下』の姿と声が彼女に重なる。


 一片の汚れさえ無い純白のロングドレス。明るい金髪を彩るプラチナ色のティアラ。そんな立ち姿の彼女は、相変わらず吸い込まれるような深い色の瞳でじっとこちらを見つめていた。彼女が首を傾げたせいで光の具合が変わったのだろうか、グラデーションは藍色からコバルトブルーへと移ろう。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ……どういうこと!? 果無さん? え? ホントに?」

「凄いですぅ! 美彌子さんが二人ですぅ! しかも王女様ドレスですぅ!」

「まじかー!? ウソだー! あ、そーだー写真! 衝撃の一瞬を写真に……ってしまった! ここゲームの中だー! スマホ無いよー」


 騒ぎ始めた津島さん達の声で、無意識のうちに身構えていた事に気が付いた。ドレス姿の少女から視線を引きはがし津島さん達の様子をうかがうと、どうやら三人の視線は彼女とボクの間を行ったり来たりの模様。何やら口々にはやし立てている。


 一方、ボクの喉は相変わらず言葉を紡ぎ出すのを拒んだまま。


 何を思ったか、ドレスの少女は大きく広がった裾が揺らしてボクの元へつかつかと近づいて来た。いつの間にか彼女はすぐ目の前。やにわボクの手を取ると無邪気な声で。


「まあ、あなた! 私にそっくりですね?」


 両手から伝わる掌の温かさに一瞬、これがバーチャルな世界の出来事だということを忘れてしまうところだった。弾けるような笑顔、ボクには絶対にできないまるで天真爛漫を絵に描いたような仕草。黙ったままのボクを無視して彼女は続ける。


「あの」

「?」

「すみません、ステータス拝見させていただいてよろしいですか?」

「え?」


 唐突な申し出。だけどとっさに返す言葉さえ思いつかずただ頷くと、彼女はボクの手を包み込んだまま、可愛らしい身のこなしで身を乗り出す。


 そんな無防備さにボクの心はかき乱されっぱなし。ところが彼女、ボクの頭上を見るなりキョトンとした表情に。


「……あら? あなたのお名前、読めませんわ」


 そこにはきっと『果無 美彌子』の文字が現れているのだろう。不思議そうに見つめると、今度は津島さん達の方を興味深そうにキョロキョロと見まわす。と、どうした訳か今度は目を輝かせてボクの方へと向き直った。


「ひょっとして皆さん、『あちらの世界』の方々!?」


 あちらの世界――? 空回り中のボクの頭は、その言葉の意味を必死に解析。アヤメの世界から見れば、ボクらが住む世界の方が異世界ということになるっけ――なら、やっぱりこの少女はアヤメと同じ世界の住人。


 戸惑いながらも首を縦に振ると『まぁ』と驚いて見せる少女。


 そのお上品であどけない表情も様式美だった。王女様の高貴さと、好奇心いっぱいの少女のそれが、丁度良いブレンド具合で入り混じった可愛らしさ。とても素敵な笑顔。いくら似ているといっても、ボクにはそんな表情はできない。


「いつの間にサービスが提供されていたのかしら? でも、嬉しいわ。それにしても奇遇ね。こんなそっくりな方がいらっしゃったなんて! ねぇ、お名前をお訊ねしてよろしいでしょうか?」


 再びニッコリと微笑む少女。コロコロとよく表情の変わる少女だ。ドレスの裾を器用にはためかせながら愛くるしいポーズ。ボクはその笑顔に逆らえず、彼女の望む答えを口にした。


「うん……果無はてなしって言うんだけど……」

「まあ、ハテナシさん! 素敵なお名前ね。ねえ、綺麗な黒髪のあなたは?」


 視線の先に津島さん。彼女も負けじとお嬢様的微笑を湛えながら答える。


「津島です」

「ツシマさんですね! とても可愛らしい。それで……あのう……」


 向けられた視線の意味を察したのだろう、浅見さんと香純ちゃんも応じた。


「浅見でーす! よろしくぅ」

「あ、風見……ですぅ……」


 二人の言葉に満足したのだろうか。さも嬉しそうに、うふふ、と彼女は顔をほころばせる。


「アサミさんにカザマさん! お二人も素敵!」


 彼女はボクの手を握ったままグイっと胸元へと引き寄せた。そんな無防備な仕草に、心ならずも胸が躍る。自分とそっくりな相手にそんな感情を抱いたことが恥ずかしくて、ボクは誤魔化すように切り出した。


「で……君は?」


 そんなボクの言葉に『しまった』という表情で口元を軽く手で押さえるそっくりさん。


「あら! そうでした! 名乗りもせずに私の方から一方的に……あまりに嬉しくて、舞い上がってしまいました。このゲームの中で、私の名をお訊ねになる方はあまりいませんので、つい。では改めて。miwaと申します」


 そう言ってペコリとお辞儀する姿も、まるでお人形さんのように可愛らしかった。興味津々といった様子で見つめる浅見さん。


miwa(ミワ)?」

「はい! 初めての方にこうやって名前を呼んでいただけるって、新鮮ですね。それにしても嬉しいわ! 一度に四名の方々とお友達になれたのですもの!」


 miwaと名乗るその少女はどこまでも無邪気だった。浅見さんは香純ちゃんに目配せすると、待ってましたとばかりに切り出した。


「ねぇー、しつもーん!」

「はい、何でしょう?」

「miwaさんはお姫様なのー?」

「えーと……まあ、そういうことになるでしょうか」

「やっぱりー!」


 二人とも満足気に手と手を取り合い喜んでいる。どうやらその答えを期待していたっぽい。津島さんまで何やら納得した様子。すると今度は少女の方が訊ねてきた。


「それにしても皆様、素敵なお召し物ですね。初めて見ます!」

「お召し物ですかぁ?」

「ひょっとしてセーラー服のことー?」

「白梅女学院の制服ですぅ」

「制服? まあ! それで皆様、同じお召し物を身に着けておられるのですね」

「校則だからねー」

「可愛らしくて羨ましいですわ、異世界の衣装。あ、そうだ!」

「何ですかぁ?」

「私も少し着てみたくなりました。よろしいでしょうか?」

「え?」


 パチンと指を鳴らすmiwa姫。と、彼女の手に現れたのは――。


「嘘!? 私たちと同じ制服!」

「魔法かー、すげー」

「魔法少女が驚いてどうするの、浅見さん」

「そうだったー」

「でも、ここはゲームの中ですぅ」

「あ、そっか。そういやゲームの中で魔法使えんだっけー?」


 何やら呪文を唱えだす浅見さん。しかし彼女は首を横に振る。


「やっぱ駄目だわー」


 そりゃそうだよね。


「ということは……」

「やっぱりアレか」


 津島さんとボクは頷き合う。


「どゆことー? 深央に美彌子っち?」

「彼女のスキルよ!」

「コピー能力! ボクらの制服を複製したんだきっと」

「ゲームらしい一瞬ですぅ ようやく目にすることができましたぁ」


 確かにそうだ。そんなことに感心するボクらをよそにmiwa姫は――えっ!?


「んしょ、んしょ」


 いきなりドレスを脱ぎ捨てあっという間に下着姿。フリルの付いたこれまた超カワイイ上下だ――じゃなくて!?


「まじかよ!? 生着替え」

「大胆ですぅ!」

「おおおーっ、見せつけてくれるじゃんー! それにしてもゴージャスなルックスに違わず惚れ惚れするような裸体! セクシーダイナマイツっ!」

「……お胸は美彌子さんよりあるのね」

「ちょっと津島さん」


 そこに反応するか!


「慎ましいお胸の美彌子さんもギャップ萌え的なツボを刺激する感じでイイけど、これはこれでアリね。いかにも王女様って感じ……」


 ほっとけ!


「まぁ、深央ったらエッチぃー」

「素直な感想を述べたまでよ」

「いやぁ、それにしても、こりゃ目の保養になるわー」

「乙なモノね」

「制服を着る仕草も、どことなくセクシーですぅ」

「あり得ないわ……どうすればこんな扇情的に制服を着られるってゆーの!?」


 変なところで感心するなよ津島さん……。


「ホントそうだわー。私らだって毎日制服を着たり脱いだりしてるんだぜー? なのに未だかつてこんなエロく着替えられたことなんて無いよー。あるー?」

「無いですぅ」

「全く同感だわ」


 はいはいボクも同感だよ。てか、ボクにクリソツな女の子のこんなエロい着替えシーン……とてつもなく毛恥ずかしいというか、あり得ないくらい違和感があるんだけど。


「はい、着替え完了」

「ぱちぱちぱちぱちー」

「ひゅーひゅー」

「ふぅ……いいものを見させてもらったわ」


 おいこら。女の子にはデリカシーってものが無いのか!


「どうでしょう。似合うでしょうか?」

「バッチ似合ってるよー! もう、サイコー」


 クルクルと回って見せるmiwa姫。優美なステップを踏むたびに足に絡むスカートのプリーツ。チラチラと顔をのぞかせるペチコートのフリルが、ボクの中に眠るフェチズムを刺激する――って……おい!


 ああっ、自分とそっくりな姿恰好をした女の子にドギマギしてどうするんだよ全く……。


 うん――男の子にはデリカシーってものが無いらしい。


 そのことに気付かされた瞬間、ボクの心は罪悪感に沈んだ。


 沈んだまま潜航中のボクの意識に、ちょっと戸惑いがちなmiwa姫の声が。


「あ……でも」

「どしたのー、miwa姫どのー」

「サイズが合うと思って、私とそっくりなハテナシさんの服をモデリングしたのですが……」

「うん、うん」

「胸の辺りが窮屈です……」


 ほっとけ!!


☆キャラクター名について★

登場人物は実在する人物とは一切関係ないことを釈明させていただきますよー。念のため強調しておきます。本当に何の意図もありませんよー。くれぐれもご了承ください(サブタイトルはちょっとしたお遊び。そのうち変える予定)。


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