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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
7/38

ユンロンとの道程

 案内された部屋は藍が泊まった部屋より更に広い大広間で、窓が大きく取られており、紗の薄いカーテンが掛けられていた。 部屋の中央には丸い大きなテーブルが置かれており、既に幾つかの料理が並んでいた。


 (誰もいない)


 藍は部屋を見渡すが誰もいないのでがっかりする。


 「此方にお掛け下さい」


 ユンロンは椅子を引いて藍を座らせた。藍の目の前には綺麗に彩られた料理が並んでいるが、とても食べ切れる量では無く途方に暮れる。しかも肉料理が多く見ただけで胃もたれしそうである。

 そして沢山の料理に呑まれて箸を持てずにいる藍に、ユンロンは異世界の料理しか食べれないのかと心配になる。


 「お口に合いませんか」

 「いいえ。折角用意して貰ったんですが、朝はあまり食べないんです。 できればスープだけ下さい」

 「それでしたら此方をお召し上がりください」


 ユンロンは大きな蓋のある陶器の器から、中身を小さなお椀によそうと藍に渡す。それは野菜と肉団子が入ったスープで、受け取った藍は陶器のスプーンを使い一口飲んでみる。具財の出汁が効いた塩味で、あっさりして美味しく思ったより食が進み藍はスプーンの動きを止めることなく飲み切る――と言ってもお碗一杯を食べるのが精一杯で、ユンロンにお代りを勧められるが断った。


 そして食後のお茶を飲みながら、これからの予定を教えられる。


 「少し休憩した後、直ぐに出立いたします。馬車で郊外まで出てから仙鳥に乗り、夕方に知り合いの龍族の屋敷に泊まる予定で、翌日の夜には王宮に到着します。少々強行軍で申し訳ありませんが、ご容赦下さい。もし体が辛い場合は遠慮なく申し出て下されば休憩致します」

 「はい」


 藍は王宮と聞き、また憂鬱になって来た。


 (王様が僕をいらないと言てくれる筈だ……でもそうなったら、この人は王妃じゃない僕なんか興味ないよね)


 龍王に会えば、もうユンロンと会えなくなる気がした藍は、まだこの人の名前を知らないのが寂しくなる。


 (まさか龍族さんなんて呼べないし……どうしよう)


 この際、勇気を奮い立たせて名前を訊こうとする。


 「あの……」

 「はい。何でしょうか」

 「……王様ってどんな人ですか」


 藍はやっぱり、尻込みして違う事を聞いてしまう。


 「そ…、そうですね…… 王としては賢王として立派に国を治め、そのお姿も神々しいばかりのお美しいお方ですよ」


 藍は龍王が素晴らしい人らしく少し安堵した。


 「お優しい方ですか?」

 「……陛下にお会いすればお分かりになると思います」


 ユンロンは嘘を付けず誤魔化す。真実の龍王の人也を教えて藍がこれ以上怯えるのを避けたかった。


 「怖い方なんですか……」

 「いいえ…少々無口で無表情ですが、理不尽なお方では無いので御安心下さい」

 「そうですか……」


 ユンロンの様子から、藍はなんだかとても気難しい人の気がして憂鬱になる。


 「ところで私は出発の手配をして来ますので、暫らくお一人になりますが大丈夫ですか」

 「はい」

 「直ぐに戻って参りますのでお待ち下さい」


 ユンロンがそう言って退室し、藍は広間に一人になってしまった。静かな部屋で少し心細く感じた藍は、気を紛らわすために窓の側に行く。

 この国の街の様子を見る為に窓辺に行く。カーテンを捲ると曇りガラスの窓があった。


 「ガラスだけど曇ってる。透明じゃないんだ」


 カイリンの家にはガラスもなく木製の板の窓だったので、またしても藍は生活の格差を感じていた。どこの世界でも貧富の差があるのは同じなんだと思いながら、窓を開けてみようとガラスに触れる。


 「冷たい!?」


 触れた途端に指先に痛みを伴うぐらいの冷たさを感じ驚く。


 「氷?」


 もう一度、藍は注意深く窓に触れてみるとまるで氷のようで驚く。もしかすると窓のガラスは溶けない氷で出来ているのかもしれないと藍は考えてしまう。何しろ太陽石という不思議な石もあるファンタジーそのままの世界。繁々と見るが窓は開きそうもなく、外を見るのを諦めて仕方なく椅子に座ってお茶を飲む。

 

 「僕はどうなるんだろう……」


 藍は、この世界に来てから何度目かの呟きを言ってしまう。

 

 「王妃になるなんて無理だよ」


 (でも…あの人が王様なら…)


 無意識にそう思ってしまい自分自身驚く。


 「!?」


 (ばっ、馬鹿じゃないの……あの人も男だし男同士なんて変だ)


 男同士――藍は海に落ちる前に大沢に迫られ嫌悪していたのを思い出す。大沢になにかされるくらいなら死んだ方がましだと考えていた藍だが、男性のユンロンを意識しているのを自覚する。

 

 (あんなに綺麗で優しい人だから、王妃じゃない僕なんか、あの人が相手にしてくれるはずが無い。でも僕が王妃になったらずっと傍にいてくれるかな)


 藍は浴室で言われた言葉を思い出す。


 『望む事は全て私にお申し付け下さい。決して貴方様を不幸な目に遭わせません』


 ユンロンが、ずっと護ってくれると言う甘い誘惑に、藍は心が揺れ始めていた。

 このまま王妃になってしまおうかと悩んでいるとユンロンが戻って来てしまう。


 「お待たせしましたアオイ様。少々暑苦しいですが、こちらのマントをお付け下さい」


 ユンロンが持っていた黒いマントを藍に羽織らせる。藍は意識してしまい始終ドキドキしていた。

 マントはフード付きで、藍の体をスッポリ覆い尽くし、フードを目深にかぶらされ、まるで黒いてるてる坊主。そしてユンロンも同じようにマントを羽織るが、様になりカッコいい姿に藍は見惚れてしまった。


 「申し訳ありませんが、此のままで少々お待ち下さい」

 「はい」


 暫らくすると誰かがドアをノックし「馬車の用意が整いました」と声が掛けられる。この街に来て初めての人の声に藍は、やっぱり人がいたんだと変な話驚いてしまった。


 「分かりました、今行きますので下でお待ちなさい」


 ユンロンは藍の服装を検めるようにマントのフードをもう一度確り深く被らせる。


 「お顔を隠して決して見られないようにお願いします。声も出してはなりません」

 「はい?」


 何故見られていけないのか聞こうとしたが、ユンロンは口に指を当て喋らないよう合図される。


 部屋を出て階段を降りて廊下を歩いてエントランスホールのような場所に出ると、そこには身なりの整った老人が一人だけ玄関の入り口で頭を下げじっとしている。黒いマントで姿を隠した二人は玄関を通り抜け外に出ると目の前には二頭立ての馬車が玄関口にピタリと横付けされ停まっていた。


 見たかった街の様子を遮られたまま藍は、ユンロンに促されるままに馬車に乗り込み、クッションの利いた座席に座る。外が気になり窓に掛けられているカーテンを捲ろうとするが、それさえユンロンの手で遮られる。明るい日差しの中の街の様子を知りたかった藍だったが、静かに座っているしかなかった。薄暗い馬車の中で二人きりだが喋らずにいると、藍は徐々に眠くなったのか頭が船を漕ぎ始める。その内にユンロンの肩にもたれ、すやすやと寝てしまうのだった。


 そしてユンロンは肩に掛かる小さな頭の僅かな重みを感じ、何とも言えない想いが湧いてくる。この小さな弱々しい少年を全霊を掛けて守りたい保護欲――それ以上の強い想いを感じてしまい、眠る藍を抱きしめたい衝動に駆られる。だがそれは許されない事。ユンロンは藍の頭の重みだけでもと、そのまま目的地まで行くのだった。


 馬車は街を抜けて森の中に入り込んで行くが、暫くすると草原が広がるひらけた場所に出ると御者が馬車を停めた。


 「アオイ様、お目覚めになって下さい」


 ユンロンは優しく藍に呼びかけるが、藍は思いの外に深く寝入っているようで、何度か呼びかけるが目覚めない。仕方なく肩を揺さぶり名前を呼ぶ。


 「アオイ様……、アオイ様」

 「――ん……」

 「アオイ様、申し訳ありませんが起きて下さいませんか」

 「ん……んん、あ……っ、 寝てしまいごめんなさい!」


 やっと目が覚めた藍は自分が寝てしまていた事に気付き慌てて謝る。


 「大丈夫ですよ。お疲れのようで申し訳ないのですが、馬車から降りて下さい。ここからはズイセンに乗り換えます」

 「はい」


 ユンロンは藍の手を取り馬車から降り立つと、御者は降りた二人を確認して直ぐに無言のまま馬車は走らせて、去って行った。


 「暑いでしょうからマントを外しましょう」


 ユンロンはそう言って藍のマントを外して、自らのマントも脱ぐ。藍は辺りを見渡すと地平線まで広がる草原に目を見張る。何しろ都会育ちの藍は地平線を見た事が無かったので、雄大な大地に軽く感動してしまった。それをよそにユンロンは頭上に手を上げて呼びかける。


 「ズイセン、下りていらっしゃい」


 すると上空から羽ばたく音と共に竜巻の様な風が起きり、砂埃を立ち上がらせて黒い巨大な影が舞い降りて来た。


 明るい場所で見る仙鳥は、より一層迫力があり眠気がいっぺんに吹き飛びぶ。藍は巨大な鳥を見上げると仙鳥のズイセンもじっと見つめるが、昨夜ほど恐怖は感じなかった。しかし、あのまま馬車で王宮まで行っても良かったのではないかと思い訊いてみる。


 「何故馬車を使わないんですか」

 「馬車でもよいのですが、王宮まで二ヶ月も掛かってしまいます。ですがズイセンなら眠らずに飛べば一日で行けるのです」

 「そんなに違うんですか」


 藍はあまりの差に驚くが、それなら馬車が良かったと思ってしまう。そうなれば二ヶ月もユンロンと旅が出来て長く一緒に居られるからだ。そんな藍の気持ちも知らずユンロンは先を急ぐ。


 「さあズイセンに乗りましょう」


 ユンロンは藍をすくうように体を抱き上げてしまうと、ひらりと仙鳥に乗ってしまう。藍はユンロンに密着されて恥ずかしくて全身が火が噴くように真っ赤になってしまた。しかもズイセンの背ではユンロンが藍の背後から抱える様な態勢で座るので、心臓がドキドキと鼓動が鳴りやまない。そしてそのまま二人を乗せた仙鳥は舞い上がり、翼を一振りする度に空を駆け登って行く。

 徐々に高度が上がって行き、夜とは違い景色がハッキリ見て取れ、視界いっぱいに自然豊かな世界が広がっていた。


 (たっ、高い! 怖い……)


 だが藍は風景を堪能する余裕は無かった。何しろ飛行機と違い、鳥に乗っての飛行は落ちそうで恐ろしい。それに崖から落ちた記憶が新しくトラウマになっていた。その為に羞恥心より恐怖心が勝った藍はユンロンに振り向いて抱き付いてしまう。


 「抱きついてくれるのは嬉しいのですが、私が神力で場を安定させてます。落ちたりしませんから御安心下さい」

 「は……い」


 そう言われても怖いものは怖く、藍は暫くユンロンにしがみ付いたままでいると、子どもの頃に嗅いだことのあるヒヤシンスの香りがした。ユンロンが付けている香水なのか、清涼感の中にも何処か甘さがあり、その香りを嗅いでいると徐々に気分が落ち着いてくる。すると今度は羞恥心が勝ってきてしまた。


 藍はおずおずと腕を離して正面向き直り前を見る。すると今度は次々と移り変わって行く風景にあ然とした。


 遠くには高くそびえたつ山脈が見えたかと思った次の瞬間には雪を頂いた連なる山頂を見下ろし、広大な砂漠から大河、美しい街々、広大な整えられた農地や湖が次々と視界を通り過ぎる様は、風も音も感じない視覚だけのジェットコースターに乗っているようだった。


 それだけ仙鳥のスピードは凄まじく、もしユンロンが神力を使っていなければ、藍など瞬時に飛ばされ地面に落下してしまうだろうし、耐えれたとしても寒さと風圧で体がもたないのが容易に想像できた。

 安全が分かり空を飛ぶことに慣れ始めた藍は、次第に風景を楽しむようになった。心に余裕が出来ると今度は街での行動の意味を訊きたくなる。


 「街では何故喋ったり街を見たりしたらいけなかったんですか?」

 「事前に説明しておけば良かったのですが、第一の理由はアオイ様の存在を誰にも知られてはいけないからです」

 「僕が? その辺歩いていても誰も気にしないと思いますよ」


 藍は自分の容姿が普通で地味だと思っていた。確かにそうだが、よく見れば綺麗な中世的な顔立ちで品があり、今のように着飾れば十分美しい。しかもこの世界では黒い髪と目は殆どいないので、酷く目立つ存在なのを藍は未だに理解していなかった。


 ユンロンもそれを察し、あえて自分の所為のように説明する。


 「私が隣に居る為にアオイ様の存在が目立ってしまうっですよ」

 「龍族さんのせいで?」


 次の瞬間、藍はユンロンが息を呑むのを感じた。


 「……」

 「?」

 「もしかしてアオイ様……私の名前を……」

 「アッ!!」


 藍は自分の迂闊さに気が付く。ユンロンの事を龍族さんと呼んでしまい、一気に血の気が引き顔が真っ白になってしまった。


 (とうとうバレてしまった!!)


 「ごっ、ごっ、御免なさい!! お会いした時は殺されると思ってたから……緊張していて聞き逃してしまい……本当に御免なさい!!」


 藍は嫌われてしまったかと泣きたくなる。


 「一向に名前を呼んで貰えないので、嫌われているのかと思っていました」

 「ちっ、違います! ほんとに聞き逃して、知りたくても今更聞けなくて、嫌うなんて絶対にありません」


 傷ついた口調で言われ、藍は必死に否定する。


 「それでは今度は確りと聞いて下さい。私の事はユンロンとお呼び下さい」


 (――ユンロン……この人にピッタリだ)


 藍は理由も無くそう思ってしまった。そして早速名前を呼んでみる。


 「ユンロンさんですね」


 藍に自分の名前を初めて呼ばれた次の瞬間、ユンロンの白皙の顔に朱が走り艶やかに口元が綻ぶ。誰かがその様を見ていたなら、魂が抜かれたように魅入ってしまうのは間違いなかった。

 その時、藍は背後にユンロンが居る為にその表情を見る事は出来なかった。だがある意味幸いだったかもしれない。見れば完全に心を奪われてしまっていただろう。


 「さんは要りませんので、もう一度呼んでみて下さいませんか」

 「ユンロン……さん、じゃ駄目ですか」

 「なりません。もう一度お呼びください」

 「ユンロン……さん」


 藍にとってユンロンは年上で綺麗すぎ、高過ぎる存在で、とても呼び捨てには出来ない。しかしユンロンは尚も強要してくるので、渋々と従うしかなかった。


 「ユンロン……」


 呼び捨てにした途、藍は心に何とも言えないダメージを負った気がした。


 「これからは、そのようにお呼び下さい」


 藍は頷き、これ以上に名前を呼ばせられないように話題を戻す。


 「――それで、さっきの話の続きを知りたいですが」

 「そうでしたね。つまり、先程アオイ様が私を呼んだように、龍族と言うのが問題です」

 「うっ……」


 チクリと言われ申し訳なくなる様子で俯く藍をユンロンは微笑ましそうに見下ろしていた。


 「この国を治めているのは龍族ですが圧倒的に数が少ない。そのせいもあり人間にとって龍族に近付くことは権力に近付く事であり、それは美味しい蜜……龍族に取り入りその蜜を吸いたいと考える人間が大勢いると言う事です。そんな人間にとって龍族の僅かな情報でも欲し常に龍族を探ろうと情報網を張っているんですよ。ですが人間は神力を持っていませんから中々容易ではありません。なので人間は精霊術を使用できる者がいて、風を使役する精霊術師は龍族の気配や言葉を拾おうと、常日頃気配を張り巡らせているのです。特にここは龍族の直轄する大きな街には、そういう輩が多い。私と一緒にいるアオイ様は、格好の標的になってしまう。アオイ様の存在は国家秘密ですので情報の漏えいには最善の注意を怠れません」

 「そんなに凄いんですか?」

 「あまりにも涙ぐましい努力で呆れるぐらいですよ」

 「それじゃ、街に泊るのは良くないんじゃ…」

 「陛下の伴侶のアオイ様を野宿などさせられません。それにあの宿には精霊すら入り込めないように強力な結界を張っておりました」


 (僕の為にそこまでするんだ)


 藍には指環をしただけで龍王の伴侶、王妃と言われても実感は未だ湧かない。ただの人間でしかなかった。余程ユンロンの方が重要人物だ。


 「ユンロンさんより僕の存在が、そんなに重要なんですか」

 「ユンロンですよ」

 「うっ……ユンロン、教えてください」

 「アオイ様は陛下の伴侶に選ばれた方。つまりこの国の王妃の座に就き二番目の権力を持つ事になります。今すぐとは言いませんが自覚しておいて下さい」

 「そんな……、僕は人間。しかも男の僕が王妃になるなんて他の龍族の人達とかに反対されるんじゃないですか」

 「心配には及びません…我国で過去に人間が伴侶に選ばれる前例はありませんが、陛下に意見する程の龍族は存在しません。憂えることなく王妃におなり下さい」


 藍としては周囲の反対により、この馬鹿げた話が無くなればいいと思っていた。それなのにユンロンが、藍を王妃にしようとするのが辛かった。


 (ユンロンさんはやっぱり僕が王様の伴侶になった方が嬉しいのだろうか……)

 

 分かりきった事だったが、ユンロンにとって自分は龍王の結婚相手としか見られていないと思うとやるせなくて感情が高ぶってしまった。


 「僕は嫌です! 男なのに、男なのに見たことも無い王様の花嫁なんて嫌だ…嫌だ!いやだ!!」


 一度高ぶった感情は治まらず仕舞には涙が溢れ「嫌だ」を何度も繰り返し泣くしかなかった。

 それを見たユンロンは自分の所為で取り乱す藍を慰めようするが、今の自分は龍王の横に藍を王妃として据える事が責務。何を言っても藍に心を逆なでるだけでしかなかい。


 「アオイ様、そのように泣かないで下さい……」


 ユンロンはそれだけ言って、藍の華奢な体をその腕に抱き締め閉じ込める。それには藍に対して超えてはいけない感情が芽生え始めており、自分自身に『アオイ様の体を直ぐに離さなければ』と言い聞かせる。しかしながら、むせび泣く藍を突き放す事も出来ず懊悩としてしまう。


 その胸で泣き続ける藍は益々切なくて涙が止まらない。


 (この優しさが王様の伴侶だからという理由だけじゃないと思いたい……。でも、王妃にならなければユンロンさんの側にいられないのかも。 もし王妃にならなかったら僕はどうなるうだろう)


 藍は先行きが暗いモノので覆われて出口が見えず、ユンロンに泣き縋るしかなかった。そして益々優しく接するユンロンだけが心に灯る光にのように思えて、その温かい胸から離れられなくなってしまいそうで、変な話し恐くなる。だが今だけだと言い訳しユンロンの胸で泣き続けるのだった






 ――ユンロンの呟き


 今…私は自分の感情に戸惑っていた。

 腕の中には、泣き疲れたアオイ様の体。今まで抱いてきたどの女より華奢で、少しでも力を強めれば折れてしまいそうだ。

 普段の自分であれば、とるに足らない人間が嘆き悲しもうが小石一粒程の心も動かさない。まして縋り付かれれば嫌悪すら感じるだろう。

 龍族だったとして同じ。力ある者が涙するなど有るまじき事で、嘆き悲しみ自分の弱さを晒すなら、私がこの手でその弱さを終わらせてやりたくなる。

 それがアオイ様の場合どうだろう……もっと自分に泣き綴り甘えて欲しいという想いが膨れ上がる。


 ただの庇護欲なのだろうか?


 いや、違う……どう考えても、これは危険な感情だ。


 アオイ様は陛下の伴侶として指環と契約を終えている。それは、どうあがこうが陛下にアオイ様の全てが捧げられる運命。その代償として如何なる力から守られる不可侵の力を得、お互いの命が鎖で結ばれ、どちらか一方の命が損なわれば、もう片方の命も失われる永遠の伴侶。

 

 我々龍族の婚姻は命の契約でもあった。


 龍族の平均寿命は八百年だが神力の差により倍以上の隔たりがある。もし高位の龍族と低位の龍族が婚姻した場合はその命を等しく分け合う為に高位の者は命を削る。それが人間ならば半分近くの命を相手に捧げる事になってしまう――つまり既に陛下の寿命は半分が失われていた。


 もう誰も二人を引き離せないのだ。


 この命の契約は一度結ばれれば二度と解消する事が出来ず、中には命を惜しんで生涯伴侶を持たずに終わる者が多く居る。何故我々が、寿命を別け合ってまで婚姻を結ぶ理由――愛が根底にはあるが、子を成し易くする目的が大きい。神族は妊娠しにくく、それは高位になるほど顕著になり数が増えない。天帝はそれを憂えて神族に命の契約を結ぶ神術を四神国の王達に与えた。各神族たちが婚姻を結ぶ時にはその国の王が行うが、王の婚姻は更に強固にする為に天帝の与えた金の指環と天帝が自ら唱える祝詞によって結ばれる。


 しかも王の婚姻は特殊――伴侶が同性であっても契約の指環によって子を成すことが可能になる。龍王の子どもの多くは神力は高位で、次期王の可能性が高くなる。なにしろ龍王を継ぐには血統では無く龍族の中でも一番神力を有する者が天帝によって任命されるのだ。しかし神力が拮抗する者が数人いる場合は、国が割れて内乱が起きて場合によっては数十年続き無駄な血が多く流される。そして勝者が玉座に就くのだ。そのような無駄な争いが起きぬよう、いつの時代も絶大な神力を有する一人の神族を待ち望んでいた。


 前龍王は歴代の中でも青龍国を暗黒時代に堕とした残虐王エイシャンロン。


 その王を倒した救国の英雄で今の復興と平和な時代をつくり上げた賢王で現龍王ルェイロン。


 国中が今の時代の継続を願い、ルェイロンの子供に次期龍王を期待していた。

 私自身もそうだが、そればかりでは無い。

 あの暗い闇に満たされた陛下の心を慰める存在が現れるのを待ち望んでいた。


 ――アオイ様の出現。それは待ちに待った存在。


 なのに今はその存在に私は平常心でいられなくなっていた。

 まだ出会って一日と経たない少年に心が乱される。 

 あの黒曜石のような瞳を見た時から惹かれていたのかもしれない。


 今は泣き疲れて寝てしまわれ、私の腕の中で濡れたまつ毛のある瞼を閉じ、痛々しく腫らしている目元にそっと唇を落とす。いけない事だが、必要以上にアオイ様に触れてしまいたくなる衝動を止められなかった。暫くそのままでいたが断腸の思いで唇を離して寝顔を見詰める。


 伴侶になるのを嫌がるアオイ様を、このままさらって逃げてしまいたいが、この気持ちは抑えるしかないのだ。これまで陛下の為、国の為、自分を殺す事など容易だったはずなのだが……今はそれが酷く難しかった。


 「アオイ様は陛下の伴侶だ。そして私はこの国の丞相だと言う事を忘れてはいけない」と何度も自分に言い聞かせる。


 陛下の下にアオイ様をお連れしたら、二度と直接会わないと心に決めるしか無い。


 私にとってアオイ様の全てが甘い毒だった。


 これ程の短時間で私の心を乱すのだから、時間が経てば経つほど、この甘い毒は私の体を全て侵し、私だけではなく陛下やアオイ様をも毒するだろう。

 幸い後宮に入ればアオイ様に会う事は叶わなくなる。後は公式行事に出席する陛下の横に坐するアオイ様を離れて見るしかない。


 何故、アオイ様が陛下の伴侶なのだ……。


 しかも陛下がアオイ様を幸せに出来るとは思えなかった。


 だが指環が命の契約を結んでしまったからには抗えない。


 こんな恋など知らなければ良かった。


 今は残された束の間を惜しみながら、我が腕に抱ける幸せをかみ締める。

 

 温かなアオイ様の温もりを感じ一時の甘い時間に酔いしれた。




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