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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
34/38

5年後 -決意ー

 寝室には小さな明かりだけ灯っていた。天蓋付の寝台の薄い紗の幕が閉められており、中には二つの影があった。寝台の上には藍とユンロンが向かい合って座っている。

 優しく頬笑みを湛えるユンロンは恥じらい俯く藍の頬に手をやり上に向かせるとうっとりと藍を見詰める。


 「アオイ様、可愛いですよ」


 そのままユンロンは藍を抱き寄せて、そっと唇を重ねる。キスをするのが初めての藍は真っ赤になって今にも失神しそうなほど気が動転していた。次にユンロンの唇が移動し、藍の耳たぶに唇が触れたかと思うと甘噛みされてゾクリとする。


 「あっ」

 「次は何をして欲しいですか?」

 「次?」


 キスの次はセックスしかないと藍はドギマギしてしまう。


 「でも男同士だし…」

 「アオイ様」

 「ぼっ、僕」


 藍はそんな積りは無くユンロンから逃れようと体を押しのけようとするが、反対に布団の上の乱暴に押し倒されてしまった。


 「私が欲しんでしょ…」


 ユンロンは水色の髪を垂らしながら藍に覆いかぶさると、アイスブルーの瞳は妖しく光っていた。


 「何を…するの」

 「クスクスクスー 何をサレタイ」


 何故か丁寧な口調がぞんざいに変わる。しかも藍の寝間着の裾を捲り上げてほっそりとした足が露わになってしまった。


 「ユンロンさん止めて…」

 「こうやって、私に犯されて、女のようにひーひー泣きたかったんだろうが!」


 何時の間にかユンロンは醜い妖獣に忽然と変わる。藍はあまりのおぞましさに血の気が引き、悲鳴をあげた。


 「嫌―――!!」

 「何て軟かそうな白い肌だ~、犯してからその肌を引きさき、骨までしゃぶって綺麗に食べてやる!ケーッケッケッケッケー」

 「……!!!」


 妖獣の長い舌が藍の細い首筋を舐めまわすと恐怖と嫌悪感がせり上がって来る。そして一番助けて欲しい人の名をつい呼んでしまっていた。




 「助けて!ユンロンさん――――!」




 藍は自分の声で目を覚ましてしまう。


 「はぁっ…はぁ…… !  また夢か」


 寝台から起き上がると寝まきが汗で湿ってぐっしょりと濡れていた。妖獣に襲われて以来、藍は度々悪夢に悩まされていた。あれが夢だと分かっていても自分の醜い欲望がそのまま見せられているようで、目覚める度に自己嫌悪に陥り泣きたくなってしまった。


 「御免なさい……ユンロンさん」


 藍はつい居もしないユンロンに謝ってしまう。

 もう目が覚めて寝れそうにない藍は、まだ夜が明けていないが布団から抜け出して起きる事にした。薄暗い寝室で静かに服を着替えながら考える。


 男であるのだから、好きな人と厭らしい行為を想像するのは異常じゃ無いはずだが、何故かとても罪悪感を感じる。


 (ユンロンさんに抱かれたいというのは、間違いなく僕の欲望なんだと思うけど空しや……)


 一体後どれくらいの年月をユンロンを想いながら一人身を悶えさせているなんてある意味滑稽と自嘲するしかなかった。その上に誰とも心も体を繋げる事なんて出来ない――生涯聖職者のように綺麗な体で過ごすのだ。

 そして、この狭い結界の中で、一人孤独に死を迎えるのだろう。心なんて一層の事、壊れてしまえば楽なのにと藍は思わずにはいられなかった。


 藍は窓辺に座り夜が明けて行く外を眺める。日本のように四季が無く代わり映えのしない風景だが空だけは違う。綺麗な朝焼けを見やり徐々に変化していく空の色を眺める。


 ユンロンをこのまま想い続けてもいいのだろうかと迷い始める。


 (こんな想いを数百年も続けるなんて僕には無理……いずれユンロンさんにも愛する人と結婚するだろうし、相手は僕じゃない)


 そう考えるだけで藍は胸が締め付けられるように苦しくなり、自分を抱きしめるように腕をかき抱く。


 (きっと、それを知ったら耐えきれない。そしてその時、側におじいちゃん達が居なかったら? 他に僕を慰めてくれる手は、どこにもない……)


 「もう無理かも……」


 今ならまだ側にオウロン達がいてくれるが、二人の寿命が後数百年もあるとは思えない。

 ただ想うだけでいいと思ったのに、何時の間にか本心はユンロンが欲しいと駄々をこね、この閉じられた世界で、その想いだけが膨らみ続けていたのだ。


 (この想いが狂気に変わらない内にユンロンさんを忘れよう)


 毎年交わしているユンロンとの手紙――それは藍の心の支えだった。

 しかしユンロンとの繋がりを断ち切るなら、手紙を止めなければならない。


 「今年の手紙を最後にしよう」


 口に出した途端に目から涙が溢れる。


 (初めから想ってはいけない人だったのだ)


 龍王の伴侶にならなければ出会う事も無く、ユンロンは龍族の中でも高い地位にあり人間の藍が想っても相手になどされない。最初っから縁がなかったのだ。


 藍は涙を拭い立ち上がると何時も枕元に置いてある真珠の髪飾りを手に取り、箪笥から布を出して、丁寧に包む。


 「もう二度と見ない」


 毎晩手に取り磨きユンロンだと思い大事にして来た髪飾りを、箪笥の一番奥に仕舞いこんだ。

 目に見える物ならば仕舞いこむなど簡単だが、心はそう簡単にはいかないだろう。

 人間ながら龍王の伴侶になった藍には、長い、長い、信じられない程の寿命があり、忘れるには十分な時間があった。


 (僕の存在などユンロンさんも直ぐに忘れてしまう……)


 藍は諦める事を選ぶしかなかった。

 暫く寝台に放心したように座り込む。


 (どうして僕は此処に居るんだろう)


 藍には五年経ってもそれが分からず、ただ左手に嵌る金の指環を仕舞い込めないのを呪うしかなかった。





 モンが起きて、台所に行くのを見計らっ、藍も髪を三つ編みに結い身繕いをすませて部屋を出た。


 「おばあちゃん、お早うー」

 「お早う。 今朝は随分早起きなのね」


 台所で既にお湯を沸かし始めているモンに声を掛ける。


 「なんだか早く目が覚めちゃったんだ。それより朝ご飯は僕が作るよ」

 「それじゃあお願い。私は掃除をするから」

 「うん」


 藍は先程までの陰鬱さを払拭させるように明るく頷いた。そして何時もの日常が始まる。

 それは似たような毎日繰り返しだが、モン達との少しづつ違う優しい時間。だから藍はまだ大丈夫だと言い聞かせるのだった。




 「親子丼作ってみよう」


 藍は朝ご飯に親子丼に初めて挑戦する事にした。

 最近では、日本の料理を試しに作るが失敗する事が多い。なにしろ自分の食べた記憶だけで作っているので、とんでもない物になってしまった。だから成るべくシンプルな材料で、簡単な料理を選んでいる。

 この前は卵焼きを作ると、モンに大好評だった。

 青龍国の料理は蒸したり揚げ物や炒めた料理が多く、煮たり焼く料理の多い日本食が変わっているので受けるのかも知れない。

 ご飯を炊いて、残っている鶏肉と玉ねぎがないので、ネギに似た野菜、そして産みたての新鮮な卵を用意して調理する。ネギもどきを刻み鶏肉も一口大に切る。次に鍋に水、醤油、酒、砂糖を入れて具財を投入して煮詰めてから味見してみる。


 「少し大味かな?」


 鶏肉から出汁は出ているが、日本で食べた味には及ばない気がする。藍には何が足りないか分からなかったが十分美味しく感じ満足する。

 最後に溶いた卵を流し込んでとじると出来上がった。


 「案外、簡単だったかも」


 まだ時間があるので、ご飯を多めに炊いた藍は、ソン達の為に残りをおにぎりにした。

 出来あがった親子丼を、早速二人に食べて貰おうと食卓に並べふるまう。


 「どうぞ。僕の国の料理なんだけど食べてみて」


 食卓に並べた親子丼を珍しそうに見詰める二人。


 「アオイ…これは何だ?」

 「親子丼て言って、鶏肉とねぎを一緒に煮て味付けしてから卵でとじた物だよ」

 「親子丼? 変わった名前ね」

 「親は鶏肉で、子供は卵で親子丼て言うんだよ」

 「成程 」

 「冷めない内に食べてみて」


 自分で味見した分には不味くは無かったのだが、やはり此方の料理と違う。だから二人の反応が心配で、藍はジーッと食べるのを見守った。そして二人は同時に親子丼に箸をつけ、口に運び何度か咀嚼してのみ込む。


 「どう…」


 藍は恐る恐る感想を聞いてみる。


 「卵がフワフワで美味しい!」

 「鶏肉の出汁も効いていて、なかなかいける」

 「本当!」


 二人の反応は概ね良好で嬉しくなる。


 「アオイの世界の料理には、他にどんなのがあるの?」

 「僕の一番好きだった料理はお寿司。酢で味付けしたご飯を一口大に握って、その上に生の魚の切り身を乗せて食べるんだ。凄く美味しいんだよ」


 そう言った途端、二人は奇妙な顔をする。


 「生の魚なんて大丈夫……」

 「なんと妙な食べ物だな……」


 青龍国では生の魚を食べる習慣がなかった。二人の様子からお寿司は無理そうな反応だ。

 だが藍の方は久しぶりに寿司の名を口にした途端に食べたくなってしまう。そして次々と納豆、みそ汁、ラーメン、カレーライス、スパゲッティーと、向こうの味を思い出してしまった。モンの料理はどれも美味しいが、生まれ育った食事は脳に焼き付いているのか、不思議と食べたくなってしまう。

 しかし所詮は無い物ねだりだ。

 ここで寿司を作るにしても、この森の中で新鮮な海の魚を手に入れるのは難しい。食卓にのぼる干し魚が殆どで、酢はあるが、ご飯に酢を混ぜるだけで良いのかと、作るには藍の知識は色々と不足していた。


 それから日本の料理の話で盛り上がり、朝御飯は楽しく終わる。

 後片付けをモンに任せた藍は、ソンの為に作ったおにぎりを持って外に行き森に向かって呼びかけた。


 「ソーン―、出て来て! ソーン―!」


 ソンの寝床は、この近くらしく、呼べば大抵来てくれる。五分ばかり待つと、大きな影と小さな影が森の中から現れ、藍の目の前にやって来た。ソンと番になったメス猿だった。


 「ソンの好きなおにぎりを作ったから、その子とお食べ」

 「ウッキ――!!」


 藍が大好物のおにぎりを差し出すと、ソンは喜び勇んでおにぎりに飛びかかろうとするが、バッシィ―――ッと結界に阻まれ激突と共に弾き飛ばされてしまう。


 「キッ―――!!」

 「ソン!」


 顔面をぶつけたのか、顔を手で押え痛そうにしていると、メス猿が心配げに舐めている姿に藍は微笑ましくなる。


 「良かったね。可愛い奥さんに来て貰えて」


 痛みが引いたソンは、メス猿に何か言うと、オズオズと結界に入って来て、おにぎりのお皿に手を伸ばす。


 「はい、ソンと一緒に食べてね」

 「キィウキィー」


 お礼を言うように可愛く鳴く。


 「可愛い~、ねー名前を付けても良いかな?」


 メス猿は首を傾げながら、藍の言っている意味が分からないようだったが、勝手に付けてしまおうと頭に浮かんだ名前を言う。


 「君の名前はナナだよ」

 「ウッキー?」


 不思議そうに小首を傾げる姿が可愛い。


 「ナナ」


 藍は名前を覚えて貰う為に、もう一度呼び、頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。


 「ソンのとこにお戻り。焼きもちをやてるから」


 結界の外でソンがイライラと行ったり来たりと忙しない様子だ。

 ナナは頭にお皿を乗せ、絶妙のバランスで落とさずソンの元に戻る。二匹並んで座り美味しそうに食べ始めた。藍はその姿を眺め、これが自分とユンロンだったらと未練がましく空想する。


 忘れようとしても直ぐには忘れられない人。

 

 その内に自分では無い人がユンロンの横に寄り添う姿を想像し切なくなる。


 「ユンロンさん……」


 思わず涙ぐみそうになり両手で顔を覆うと、金の指環が目に入りる。そしてもう一人の忘れられない人物を思い出してしまう。


 (王様なんて思い出したくもないのに)


 サンジュンロンが知りたくも無いのに、時折龍王の事を手紙で教えてくれる。ユンロン同様に、政務に明け暮れ、夜は遅くまで一人でお酒を飲んで過ごし、美しい姫も誰も近づけない。後宮にも側室一人迎えておらず、誰にも心を見せない孤高な王様だと書いてあった。


 (王様なんだから望めば何でも手に入るのに変な人。でも王様が孤独なら、僕もこの境遇を少しは受け入れられる。けど…もし長い人生の中で、王様にも愛する人が出来、後宮に迎えてその人と愛し合う事になったら、僕は絶対に許せない)


 藍は突然怒りが湧いて来た。


 (僕に全てを諦める生活を強いて、自分だけが愛する者と暮らすなら酷過ぎる。ユンロンさんと他の人との幸せは願えても、王様の幸せなんて許せない)


 滅多に人を憎まない藍だったが、龍王の事を思い出すと憎しみの感情ばかりが湧いてくる。まるでドロドロとした黒い沼に体が沈んでいくようだった。


 (どうかお願い。王様に愛する人が訪れませんように…)


 心の底から龍王の不幸を願ってしまう藍だったが、これ以上龍王を憎ま無い為の方法でもあった。






 ――夜


 藍たちは、夕食後の余暇を居間でそれぞれ過ごしていた。オウロンは、お酒を飲みながら剣の手入れをし、藍はサンジュンロンが送ってくれた本を読んでいる。

 そしてモンは、今日届いた木箱を運んで来て、机の上に色とりどりの糸の束を並べ出した。何時もの裁縫用の糸とは違うように見えた藍は、なんだろうと尋ねる。


 「この糸をどうするの」

 「久しぶりに組紐をしようと思って、取り寄せたの」

 「組紐?」

 「そうよ。この糸を組んで髪紐や飾り紐を作るのよ」

 「何故、また始めるの?」

 「年をとって少し腕が鈍ったかも知れないから、少し練習をしておこうと思って」

 「練習?」

 「サンジュンが、もしフェンロン様と結婚するなら、婚姻の儀で使う髪紐を贈ろうと思って。青龍国では婚姻の儀には男は金、女は銀の髪紐で髪を飾るのが習わしなの。だからその日の為にね。勿論アオイにも普段使うのを作るから楽しみにしていて」


 すると藍はユンロンに貰った髪紐を思い出す。

 真っ白で綺麗で汚しそうだからと一度しか使わず、後は大事に仕舞っていた。


 「髪紐って誰にでも贈っていいのかな?」

 「ええ、親しい人に感謝を込めて贈ったり、夫婦や恋人にもよく贈るかしら」


 恋人と聞きドキリとする。まさかユンロンが、そんな心算で贈ったのではないと思うが、藍の心が弾むのは否めない。


 「そう言えば、わしも若い頃は、モンによく作ってもらったな~」


 懐かしそうにオウロンが呟く。


 「そうだったわね。あの頃は、まだ各州で奴隷禁止に反対する龍族達を討伐する為に出兵していたから……あなたが無事に戻って来るのか心配で心配で溜まらなかった…」

 「そんな事があったの」

 「そうだ。まだ陛下が即位した当時は、龍族に対する規制が厳しくて逆らう州が沢山あったんじゃ」


 それから二人の馴れ初めの話を聞いたのだった。


 オウロンとモンが出会ったのは、悪政を敷いていた前王が滅んで四十五年が経っていた。しかし今だに現龍王の意に従わず、好き勝手している龍族達を討伐する度に軍が討伐に向っていた。若きオウロンは中央軍に所属し、既に大将軍の地位にあったフェンロンと共に何度も出兵した。その当時に駕州で龍族の奴隷として働かされていた多くの人間が、証拠隠滅の為に殺されそうになっていた。


 先発で密かに内定していたオウロンが、いち早く察知し助けたのだが、囚われた牢獄で子供達を励まし小さな体で懸命に守ろうとする少女の姿に心魅かれたオウロン。内乱を治めた後に、その少女を侍女として連れ帰り側に置いた。数年後、恋人になって結ばれたのだが、各地で龍族の内乱が起こるたび、出兵するオウロンを見送った。


 「そのたびに、おじいちゃんが無事戻って来れるように、願いを込めて新しい髪紐を組んだものよ」

 「そうだったな~、モンが寝ずに一生懸命糸を組んでおったな……」


 何時の間にか二人は見つめ合い、昔を懐かしむ様に微笑み合っている。そして今にも妖しい雰囲気。


 「二人とも、僕が居るのを忘れないで」


 藍は見ている方が恥ずかしくなってしまい、独り身としては目に毒だ。

 結婚以来変わりなく仲睦まじい二人には、サンジュンロンも子供時代から当てられていた話を手紙にも書いてあった。


 「あら~やだわ」

 「すまん、すまん」


 フッと藍は髪紐の話を聞いて、ある事を思い付く。


 「髪紐って僕でも作れる?」

 「そうね…アオイなら大丈夫かしら。糸を巻いた駒を手順どおりに動かして、糸を組み編んでく感じだから簡単よ。慣れると何色も使って模様をつくったりも出来るのよ。凝り性の人は糸を自分で染めたりするのよ」


 モンの言葉で藍は意気込む。


 「おばあちゃん、僕に髪紐の作り方を教えて!」

 「別に良いけど、急に如何したの?」

 「ユンロンさんに手紙と一緒に贈りたいんだ……だからお願い」

 「それはいかん!」


 だが直ぐにオウロンに反対されてしまう。


 「おじいちゃん…」

 「いいかアオイ、お前は陛下の伴侶。それなのに丞相様に髪紐を贈るなど、一種の不貞だ」


 オウロンは滅多にない厳しい声で藍を諌めた。


 「そんな……」


 物を贈るだけで不貞と言われても藍には判然としない。名ばかりの伴侶で、龍王は自分の存在すら既に忘れて去っているに違いない。それなのに自由に好きな人に最後の贈り物さえ出来ないのかと悲しくなる。


 だが藍は此処で諦めたくなかった。


 「お願いおじいちゃん、これを最後にするから髪紐を作らせて下さい」

 「最後だと!?」

 「どう言う事アオイ?」


 問い返す二人に、今朝、決心した事を話し出した。


 「これを最後にユンロンさんとの手紙のやり取りを終わりにしようと思うんだ。 やっぱりこんな事を続けていたら、何時かきっとバレてしまう。その時に、皆に迷惑を掛けるのは嫌だ。だからせめて最後にユンロンさんに想いを込めた品を贈らせて…お願いしますおじいちゃん」


 藍はオウロンを真摯に見詰めてから頭を下げて懇願する。


 「アオイ…本当に最後でいいのか」


 オウロンは神妙な面持ちで確認する。


 「うん」

 「でもアオイは、ユンロン様の事を……それでいいの」


 モンは意味深に訊き返す。

 藍はこの時になって自分の想いが二人に筒抜けだったのを知った。

 

 (――確かに年に一度の手紙を待つ僕の姿は、結構分かり易かったかも知れないや)


 「うん…僕が初めて好きになった人だけど、一生涯この想いを伝えられないし叶わない。それに、ユンロンさんも僕の手紙を貰っても迷惑だったのかもしれない」

 「アオイ……」


 貰う返事には、ユンロンの一年の当たり障りのない出来事や、藍を労る優しい言葉が書かれているだけだった。政務に忙殺されるユンロンが、律義に返事を返してくれるのは、龍王の伴侶だから気遣ってくれているだけと思い始める。


 (優しい人だから、僕を突き放せないだけなのかも。この世界に来てから、いろんな人の好意に支えられ甘えていたけど、大分馴染んできたのだから何時まで甘えちゃいけない…)


 藍は泣かないでおこうと思っていたが、涙が勝手に溢れて頬を流れ落ちた。


 そして泣いてばかりの情けない自分に嫌気がさす――地球ではとうに二十二歳を超えた大人のはずだが、心は全く成長していない子供のままだった。


 (大人にならなきゃいけないんだ)


 藍は涙を拭うと姿勢を正して二人を確り見る。


 「この気持ちを全部髪紐に込めてユンロンさんに贈りたいんだ。この想いをそれで絶ち切るから僕に髪紐を作らせてください」

 「アオイはそれでいいの? 別の想うだけなら自由なのよ」


 モンが側に来て、僕の頭を優しく抱きとめる。


 「いいんだ…こんな想いを数百年も続けるなんて僕には耐えれない。だからこの想いを終わせたいからお願い」

 「あなた…」


 モンは夫のオウロンを見詰め、藍ももう一度お願いする。


 「お願い…おじいちゃん…」


 二人のお願い攻撃に、オウロンは渋い顔をするが諦めたように肩を落とした。


 「うっう……まるでわし一人が悪者じゃな。 仕方ないの……、本当にこれが最後だぞアオイ」

 「ありがとう、おじいちゃん!」

 「良かったわねアオイ。 お許しが出たから、明日からみっちり教えてあげるけど、人への贈り物を仕上げようと思うと、手紙を出すのに間に合わないと思うの」

 「うん。自分で納得出来る物が仕上がるまで手紙を送るのを延ばすよ」

 「アオイは手先が器用だから、多分半年以上は掛からないと思うんだけど」

 「半年…」


 まさかそんなに時間が掛かると思わず戸惑う。毎年、三カ月先の雨季が明ける頃に送っていたので結構遅れてしまう。


 「サンジュンに言って遅れる事を伝えて貰いましょ」


 そうモンが助言してくれた。


 「そうだね」


 サンジュンロンは、フェンロンと恋人同士だから、従兄のユンロンと連絡がとりやすかった。


 「最後に確認だが、これが最後と決めたんだなアオイ」


 厳しい目を向けるオウロンの目を確りと見詰め返す。


 「はい、もうユンロンさんとは二度と手紙を送らないって約束します」


 半分自分に言い聞かせるように、オウロンと約束する。


 「すまんな……アオイ。 お前にはもっと自由に過ごさせたいんだが…臣下として陛下を裏切る事も早々出来んのだ」


 さっきと打って変りオウロンは申し訳なさそうに項垂れる。


 「分かってるよおじいちゃん……僕は二人が側に居てくれるのを、とっても感謝しているんだ。ありがとう」


 オウロン達にとって、龍王は素晴らしい王で青龍国を救った英雄であるのを藍も知っていたが、皆との龍王に対する認識の差は如何ともしがたい。


 (僕にとっては、自分勝手な酷い男にしか思えない)


 そんな藍だが、オウロン達を付けてくれた事だけは龍王に感謝していた。この二人でなかったら、ここでの生活に馴染めなかったろうし、楽しく暮らせたか疑わしい。

 藍は、そんな感謝もこめて、おばあちゃんとおじいちゃんを順番に「ありがとう」と抱きつき感謝を示した。


 「それじゃあ僕はもう寝るから、お休みなさい」

 「ああ…お休み」

 「お休みなさい」


 少し寝るのには早かったが、藍は一人になりたくて、慌てて自分の部屋に逃げ込んだ。そして灯りも点けず、寝巻にも着替えずに布団に入り込み頭から被って潜り込んだ。

 布団の中で藍は目をギュッと閉じる。


 (これが最後の我儘だから、二度と二人を困らせたりしない)


 「ユンロンさん…」


 布団の中の小さな空間で、これが最後だと静かに涙を流す。


 ユンロンに思いを込めて髪紐を作ろうと心に決めたが……その想いは決して本人には伝わらない。

 ――それで良かった。

 何故なら藍にとっては、ユンロンへの愛を自分の心の奥に仕舞い込む為の儀式だった。


 涙を流しながら藍は、何時しかそのまま眠りに付くのだった。


 もうユンロンの夢を見ない事を願いながら……。





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