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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
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龍王の出奔 ―顛末― 龍王ルェイロン

 徐州で悪行を尽していたチェンチュウロンを討ち取り、少しだけ気の晴れたルェイロンは冥道を潜り狭間の世界を歩いていた。少し気に掛けていた徐州の後始末もフェンロンに任せて、安心して王宮へ戻ろうとしたが、気付くと藍が眠る部屋に瞑道を繋げていた。


 「何故だ……」


 (無意識に藍に気が向いてしまったのだろうか?)


 理由は分からないが、慌てて龍気を消し暗い寝室に入り込んでしまった。既に寝台ですやすやと眠る藍の顔は、以前と変わらず清らかで、穢れを知らぬ子供のようだ。龍王は吸い込まれるように枕元に近づき、以前触れた柔らかな頬を思い出し、つい触れたくなるが何故か躊躇われる。


 そのまま微動だにしない龍王は、息を潜めアオイを見続けた。だがその内に、傍目にも酷く滑稽な行動に自分自身呆れてしまう。龍王は、全くもって自分らしくない行動に薄気味悪さを感じる始末だ。

 このまま留まっても泥沼に嵌りそうな予感に、王宮に戻ろうと踵を返そうとすると、藍の手が何か握っているのに気が付いた。


 「何を握っているのだ?」


 興味を引かれたルェイロンは、起さないよう藍の手からそっと取り上げる。それは大きな真珠を贅沢に使い、花の形に模った髪留めだった。


 「素晴らしい品だが、オウロンがあつらえたのか」


 しかし家の調度は以前と変わらない。贅沢をしているようには見えず、この髪留めだけがこの場所にそぐわなかった。だが寝る時にさえ手離さず握っているなど、余程想い入れがある品だろうかと詮索し始める。

髪留めなど装飾品を贈るなど意味深く、妻や恋人に贈るのは良くある事だと龍王でも知っていた。


 (まさか……誰かがアオイに贈った物!?)


 何故か胃が焼け切る怒りが湧き、この髪留めを握り潰したい衝動に駆られる。

 だが、直ぐに冷静に考える龍王は、この場所を知っているのはファンニュロンとオウロンの息子だけで、藍に他の男が贈り物を出来る筈がない。もしかするとファンニュロンが用意したものかもしれないと思い当る。


 (あの者ならこれぐらいの品を容易に用意出来る)


 「……」


 (何を勘ぐっているのだろう。これを誰が贈ったとしてなんだと言うのだ。余には関係ない事)


 髪飾りを枕元に戻し、この不可解な感情を切り捨てる。そして藍の左手に嵌る契約の指環が目に留まってしまった。金の龍が細い指に絡まるように光っている。それは龍王がこの世界から消し去った指環であり、藍もまたこの世界に存在しない者だったはず――天帝の意思が働いたとしか思えない事象。


 (この者の存在が余の調子を狂わせている)


 矢張り、この場所に来るのは最後にした方が良さそうだ。もしかすると契約の指環の影響としか思えなかった。


 (あの天帝が創った神具だ。どんな術が仕掛けられているか分かったものではない)


 眠る藍を見ているだけで胸を締め付ける様な想いが起こり、苛立つばかり。

 この意味不明な不快な感情を全て指環のせいだと決めつけ、龍王は二度と此処には立ち入らない事を心に誓うのだった。


 「余には不要な存在だ……」


 そう苦しげに龍王が呟くと、寝台に眠るアオイを二度と振り返る事無く瞑道を開けて潜った。







 漸く龍王ルェイロンが王宮の寝室に戻ると既に深夜。小さな明かりが点る薄暗い部屋にある寝台に、自分が床についているのを確認すると布団を剥ぎ取る。


 「気付いておるのだろう。早々に元に戻り後宮に帰るがいい」


 寝台に寝ていたのはルェイロンの姿に化けたファンニュロンの侍女だった。濃紺の薄い夜着を羽織っただけの龍王の姿で、侍女はぱちりと目を開けて体を起こすとニッコリと笑う。


 「お帰りなさいませ~陛下」

 「そのうすら寒い姿を直ぐさま解け」


 自分の顔で笑われると背筋がぞっと粟立つ龍王。それを分かっていて確信的に侍女がやっているのは疑いようも無い。


 「酷いですわ~~。陛下が居ない間、確り代わりを務めていた者に掛ける言葉とは思えません……シクシク……」


 龍王の姿のままで寝台に横たわりシナをつくり泣く姿は、本来の龍王を知らない者なら男女区別なく惹きつける色香を放っていた。だがそんな姿を見せられて怒りより諦観してしまう龍王。


 (如何して余の周りはこうも一癖も二癖もある者ばかりおるのだ)


 幼少の頃から付き合いで、お互いに良く知った相手。そして迷惑を掛けたのは事実だった。


 「ご苦労であった」


 憮然とした態度だったが、どういう心境の変化か龍王は侍女の労をねぎらったのだ。

 もしかすると初めての事かも知れないと、侍女は内心驚くが表情には出さない。それどころかルェイロンの顔で呆れた表情を浮かべ「ふぅ……」と溜息を付いた。


 「陛下は何時まで経ってもお子様ですね~もう少し気の利いた言葉はないのですか」


 そして、寝台から体を起こして龍王の体にしな垂れかかると、からかうように同じ顔を寄せる。


 「それとも体で示して下さっても宜しいのですよ」


 妖しい流し目で龍王を誘う侍女――その姿は龍王。その光景は倒錯的で酷く美しいが、本物の龍王は見る見る怒りの表情になる。


 「この場で消されたいのか」


 本気で怒りの神気を放つが、侍女は素早く距離をとり避ける。


 「ほんの冗談ですわ~~、我らは陛下をからかうしか楽しみが無いのですから、お許し下さいませ~」

 「良く言う。その調子でユンロンも揶揄しておったのだろう」


 侍女はオッホホホッホ~~と笑いながら誤魔化す。


 「それでは陛下が戻って来たのをファン様にお伝えしなければならないので、これにて失礼させて頂きます」


 そう言って出て行こうとする侍女だが、龍王は呼びとめてしまう。


 「待て。そなたは真珠の髪留めを知っておるか?」


 あの真珠の髪留め出先を探ろうと尋ねてみたが、流石に藍が持っていたとまで言えない。そして侍女は何の事か分からない様子で小首を傾げる。しかも龍王の言葉を勘違いして受けとめてしまった。


 「まー、もしかして褒美を下さるのですか!? それなら皆でお揃いの真珠の耳飾りの方が嬉しいです!」


 髪飾りに反応しないので知らないと判断したが、自分の姿で嬉々とした表情を浮かべられるので龍王はげんなりする。最後まで元の侍女の姿には戻らないのは、龍王に対するささやかな意趣返しと、半分以上はからかって面白がっているのだ。後宮に住む女性たちにとってルェイロンはまだまだ若輩者でしかない。


 「分かった、後日商人を送ろう……」

 「楽しみにしております」


 侍女は、そのまま後宮に戻って行った。



 やっと一人になれた龍王は、ドカリっと椅子に座り込む。

 

 (どうやら、あの髪飾りはファンニュロンが贈ったものでは無いようだ。ならば矢張り、オウロンなのか?)


 「……」


 (余は、またしても何を考えておるのだ)


 誰かが藍に何かを贈ったからといって、龍王には関係ないのだから気にする必要は無い筈なのに、あの真珠の髪飾りが引っ掛かる。


 (忘れるのだ。あの者も真珠の髪飾りも)


 龍王は気分を変えるために酒を飲む事にする。

 呼び鈴を鳴らし家令を呼ぶと、すぐさま酒の用意の乗った盆を持ち現れ、黙々と酒を整え終えると辞していった。

 自分で杯に酒を注ぎ次々と飲み干し喉を潤うと漸く一息つくが、明日から又ユンロンと対峙していかねばならないかと思うと気が重い。


 相性が良い相手とは言い難く、それでも生涯ユンロンと共に顔を突き合わせてこの国を治めて行かなければならい。それを思うと憂鬱になる龍王。しかしユンロンが居なければ、こんなに早くこの国が復興しなかったのも事実。

 

 (鬱陶しくとも斬捨てる訳にもいかない。あの者がいなければ余の負担が増えるだけで面倒だ)


 国政の能力で言えば、ユンロンの方が余程龍王として相応しい。だが天帝が龍王に指名したのはルェイロンで、その理由は青龍国で一番神力が高いからだ。神力の大きさだけで龍王を選ぶなどふざけた方法だった。


 (この世界を創った天帝の考えなど理解出来ないが、これ以上天帝の思惑通り動くのは御免だ。

  余に伴侶など必要ない。

  アオイには可哀想だが、あの場所で人知れず生涯を送って貰うしかない。

  余の命が尽きるその時まで……余の囚われの囚人として)

 


 誰にも存在を知られず、狭い結界の家に閉じ込められた哀れな藍に、龍王は無意識に独占欲と暗い愉悦が心を満たすのだった。







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