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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
3/38

漂着



 浜辺に一人の少年が打ち上げられていた。


 少年の足元には波が打ち寄せは引いて心地よい波音を立てている。そこに白い海鳥が十数羽集まって、少年を取り囲んでいる。長そでの白いTシャツと紺のジャージを穿いた黒髪の少年だった。


 周囲は、抜けるように澄んだ青空の下には、白い砂浜が地平線まで続き、心地よい風が吹いていた。どこか南国のリゾート地を彷彿させる場所だが、少年以外の人影は見えず閑散としている。


 少年は仰向きで気を失っており、海鳥たちは太陽の強い日差しから守るかのように影を作って立ち、中には少年の服をくちばしで引っ張り海から引き上げようと羽ばたいたりする海鳥もいた。その姿は海鳥たちが少年を護っているようでもあった。


 そして気を失っていた少年の瞼がピクリっと動くとパチリと瞼が開く。そして寝ぼけた様子で体を起こそうと動き出すと、海鳥たちが一斉に羽ばたき飛び立った。


 バサバサバサーっと一斉に飛び立つすさまじ羽音と白い鳥の群れに驚いた少年は目を大きく見開き、呆気にとられて茫然とする。


 「な、なっ、何!?」


 そして目の前に広がる風景を目にして更に絶句してしまった。そこに広がる風景は少年――藍にとって身憶えの無い場所で、自分がどういう状況か理解できずにいた。


 「僕……どうしたんだろ……夢??」


 夢にしてはリアルすぎる波と砂、何より容赦なく降り注ぐ太陽の日差しが肌を焼く感覚はとても夢とは思えなかった。藍は混乱してグラグラする頭で必死に考える。


 「確か……崖から落ちて……。助かったのか……」


 昨晩の事を思い出し崖から海に転落したのを思い出す。

 

 「でも、何処なんだろう此処? キャンプから余り離れていないといいんだけど……」


 付近の海岸に運よく流れついたと考えた藍は安堵したが、もしかするとキャンプから自分がいなくなり騒ぎになっているのではと心配になって来た。

 夜は点呼があり生徒が一人居ないのは直ぐに気が付く筈だが、藍には気懸りな点が一つある。あの大沢がこの件で関わりを考えた学校側が無視するかもしれないからだ。


 そのままキャンプが終わるとしたらと思うと不安になる。


 捜索も当てにならず、両親も藍がキャンプから戻っていないのに直ぐに気が付くだろうかと思うと長いため息が漏れた。 両親より家政婦さんの方が先に気が付きそうだと苦い思いになる。


 「そこまで無関心じゃ無いと思いたいんだけど……」


 藍は暫くボーっとしていたが、助けが来るのを待つより自分から行動した方が良さそうだと動き出す事にする。


 何より早く道路か人を探して助けを求めないと、喉が渇いて堪らない。このままでは暑さで干上がってしまいそうだった。


 難なく藍は立ち上がる。思ったより体は怪我も傷む箇所もないが、髪と体が海水でべた付き気持ち悪い。ズボンと運動シューズは濡れていたが、焼けつくような砂の上を裸足で歩く気にはなれなかったのでそのまま歩き始めた。


 炎天下の中、藍は砂地に足を取られてヨロヨロと歩くが、全く人の気配がしないのを可笑しく感じ始める。


 (変だ……これだけ長い綺麗な砂浜。海水浴客が押し寄せてきそうなはずだけど?)


 太陽は真上に差し掛かり昼を表しており、これだけの砂浜を夏休み中の若者がほって置くはずがないと訝し始める。


 (もしかして、お金持ちのプライベートビーチとか?)


 キャンプ場の近くにこれだけの砂浜は無く、予想では九十九里浜だと考えていた。でも陸の方には鬱蒼とした樹海のような林が続いており、道も無く建物も見えない。


 だんだん、どこかの無人島まで流されたのかもと不安がもたげ出す。


 一旦立ち止まって周囲を見渡すが、綺麗な風景写真集の一枚を見ているかのようだと藍は思った。

 ゴミ一つ落ちて無い白いサラサラな砂浜が地平線まで続き、マリンブルーの海は空と一体となったように溶け込んで地平線の境界が無いように見える。

 その風景は、とても日本の海と思えず、沖縄や南国のイメージ。


 (まさかハワイかフィルピン諸島まで流された!?)


 しかし流されるには距離があり過ぎて、海流的にも不可能。だからその考えはすぐ打ち消した。


 「ここは何処?」


 言い知れぬ不安がどんどん膨らむのを打ち消すために早く人に会いたかった藍は、再び歩き出した。既に濡れたズボンは乾き、付着していた砂も乾いた為に歩く振動で落ちて行った。


 そして体感で1時間程歩いたはずなのに、似たような海岸線が永遠に続いている様な恐怖が湧きあがった。まるでこの世界に一人取り残された気分の藍は不安が徐々に絶望に変化しそうになった時だった。漸く遠くの方に数軒の海の家のような建物が見えて、思わず足早になって行く。


 (良かった!これで確実に近くに人が居るはずだ)


 二軒の木造の粗末な小屋が確認出来るようになって来ると、三艇の小船と数名の人影も見えてくる。恐らく近隣に住む漁師だと思った藍は、喉の渇きも忘れ声を張り上げる。


 「すみませーん!」


 喜び勇んで駆け寄ると、そこに座り込んで網を持った人々が手を止めると一斉に振り返り藍を見た。


 その人達の様相を見ると、全員男性で日に焼けた逞しい体に茶色の長い髪を後ろで束ね、服装は袖の無い短い着物を紐で縛り膝辺り、膝までのズボンを履いている。一様に着古した粗末な感じで、ほぼ全員が茶色の髪と緑の目に彫の深い顔立ちで、とても日本人には見えない。


 (外国人だ! やっぱり日本じゃないのか?)


 男達も訝しそうにこちらを凝視して言葉を発せず、言葉が通じなかったのかと藍も困惑するしかなかった。そんな沈黙が続く中、ただ一人の白い髪の老人が戸惑ったように声を掛けてくる。


 「お前さん、何処から来なすった? ここらの人間には見えんが?」


 (に…日本語だ!)


 藍は日本人には見えないが言葉が通じで安堵する。


 「あっ、あの僕…、海に落ちて……ここに流れついたんですが……此処ってどこですか?」


 取り敢えず自分の流れ着いた場所を知るためにそう聞くと、老人は不信そうに藍を見ながらも答えてくれる。


 「変な事を聞く子だの? ここは四神のお一人、龍王様が治める青龍国の東の端にある漁村じゃが?」


 「四神? 龍王様? ……???ファンタジー?」


 (冗談?)


 まるでファンタジー小説のような設定のセリフに戸惑うが、老人を見る限り本気でそう言っている様子。この理解できない状況に、やっぱりこれは夢の中なのかもしれないと思い始めるが、何故か頭から血の気が引く。


 「お前さん、顔が真っ青だが大丈夫か」


 老人が心配そうに声を掛けてくれるが、それどころでない藍は足元が崩れそうになる。喉が渇いている上に歩き疲れて最悪の体調で、しかも頭が現状を受け入れないせいかガンガンと頭痛がしてくる。


 (こんなの信じられない。そうだ気を失おう……次に目を覚ます時は現実に戻っているはずだ)


 「おい、しっかり……」


 老人が必死に藍に呼びかけるが、血の気を失った顔の藍はそのまま体が傾き砂に倒れ込む。驚いた老人と男たちは藍を取り囲むと、繁々と不思議な生き物でも観察するように見下ろした。


 「なんとも不思議な子どもだ。黒い髪といい、もしかすると龍族様の血を引く子かもしれん。丁重に村に運ぶんじゃ」


 老人の言葉に男たちは頷き、一番大きな男が軽々と藍を抱き上げて老人について歩き出す。だが藍の左手の薬指に金の指環が嵌っているのを誰も気が付かなかった。そして他の男たちは漁に出る為の網の修繕を再び始めるのだった。








 パチリっと藍の瞼が開くと黒い瞳の中に家のリビングが映りこんでいた。


 「アレッ!?」


 (何時の間に僕はここにいたんだろう?)


 藍は記憶を手繰り寄せようとするが、頭に霞みが掛かったように思い出せない。


 自分は一体何時からリビングの隅に立っているのかと周囲を見ると、部屋の窓側に置かれたソファーセットに両親が揃って座り込んでいた。レースのカーテン越しからは青空と太陽の光が差し込んでいるが、どこか深刻そうに俯く二人は無言で座っているだけだ。

 普段からどこかよそよそしい両親だが、今日は一段と気まずい空気が流れていた。

 藍はそれを払拭する為に明るく声を掛ける。


 「お父さん、お母さん、お帰りなさい。今日は早いんだね」

 

 夜遅くにしか帰宅しない二人が揃って昼間に在宅するのは非常に珍しい事だった。

 しかし二人は返事を返さず、視線さえ向けようとはせず藍を完全に無視した。

 藍は流石に無視された事が無いので、かなりショックを受ける。もしかしてキャンプに行きたくないとごねたのを、まだ怒っているのだろうかと心配になる。藍はキャンプの事を謝ろうと口を開こうとした途端に思い出してしまった。


 (えっ……キャンプ? そう言えば、何時の間に僕はキャンプから戻ってきたんだ?)


 バスでクラスメートとキャンプに行き、キャンプファイヤーをしたまでの記憶があるが、家に戻った記憶がなかった。必死に思いだそうとするが、頭がガンガンと痛みだし、思考を遮り邪魔をした。


 (僕はどうしたんだ?)


 頭を抱えて考え込むと漸く沈黙を破り母が呟く。


 「あの子……何処に行ったんでしょう」


 「私にも判らん。後は警察に任せるしかない」


 イライラした父が答える。


 「貴方は心配じゃないの……もしかしたら崖から落ちてしまったのかも。まさか虐めを苦に自殺したんじゃ! キャンプなんか行かせなければ良かった。あなたが無理やり行かせたせいよ!! うっうう……うっう」


 母親は顔を両手で覆い嗚咽を殺し泣き崩れてしまう。


 「馬鹿な事を言うな! 家に居ても無駄だ、私は会社に行く」


 父親は母親を慰めるどころか冷たく言い捨て、逃げるようにリビングを出ていってしまう。


 両親の会話で自分が崖から転落したのを思い出す。何故崖から落ちたのに家に戻っているのかは謎だが、思いがけず母親が自分を心配し泣き崩れる姿に胸がいっぱいになる藍。


 「お母さん、ゴメンなさい…心配掛けて」


 慰めようと母親の肩に手を掛けようとするが、藍の手は母親に触れられず、空を切って突き抜けてしまった。


 「何……これ?」


 もしかして死んで幽霊になってしまたのかと確認しようと再び手を伸ばすが、藍の腕はに何も感じず、母親の体温すら感じないのに愕然とした。泣いている母親を慰められない自分が悔しく、側に居ることしか出来ずにいると突然母が笑いだす。


 「くっくっくっくっく…アハハハッハ~」


 泣いていたはずの母親が突然笑いだし、ソファーに背をもたれかかりながら足を組む。


 「本当、タイミングよく居なくなってくれたものね。これであの男と離婚に持っていけるし、会社からも追い出してやる!」


 そう言ってソファーに置いてあったハンドバックから煙草とライターを取り出して、慣れた手つきで吸い始める。


 「藍はあの人の子じゃないから今まで下手に出ていたけど、あの人があの子に冷たかったのは周知の事実。愛人の証拠も掴んでるし、せいぜい子供を亡くした可愛そうな母親を演じれば、全て私の物……やっと自由よ」


 あまりにも残酷な事実に藍は愕然とし、若く美しい母の顔は、まるで知らない他人の様に感じられ心が冷たく凍った。


 「あの子もやっと役に立ってくれたのね……うふふふふ。 早速弁護士に相談よ」


 母親は楽しそうにしながらリビングを出ていき、一人取り残されてしまう。そして藍は今の母親の信じられない言葉に打ちのめされるしかない。


 やはり愛されていなかったんだと思い知らされた。父親と血が繋がらないのは知っていたが、母親は本当の肉親だったはずなのに、もしかして自分を憎んでいたのかと悲しくなった。


 本当の父は母親と大学で知り合い学生ながら僕をみごもり結婚しようとしたが、祖父に反対されて母達は駆け落ちした。両親は裕福な生活では無かったが幸せに暮らしていたが、僕が1歳の頃に父が交通事故で呆気なく死んでしまったらしいのを死んだ祖母が教えてくれた。

 幼い僕を抱えた母は実家に戻るが、祖父に無理やり会社の為に政略結婚をさせられてしまう。藍が物心ついた頃には夫婦間は既に冷え切り藍に構う事も無かったのだ。

 そんな藍を憐れに思い可愛がったのは祖母だけだが、小学校に上がる前に厳しかった祖父が亡くなると祖母も後を追うように逝ってしまった。祖母の死後、藍に無関心な両親は世話を通いの家政婦に任せてしまい、寂しい想いばかりして来た。だが時折、母親が「あの人に益々似て来るのね」と優しく頬を撫でてくれたりもし、少しは愛されているのだと信じていた。


 だが、それは藍の思い込みでしか無かったらしい。


 「お母さん!僕はいらない子供だったの!!」


 藍は心の内を吐き出すように叫んでしまう。


 「嫌いだったの? 僕は何なんだ!!こんなの嘘に決まっているよ……夢だ!夢なんだ。きっと僕はキャンプのテントの中で寝ているんだ!」


 母親を追い掛けるようにリビングから出ようと扉を開こうとノブに手を掛けたが、その手は扉を突き抜け体もそのまま外に投げ出される。


 そして、そこは家の廊下では無く暗闇しかない世界――小さな星の明かりすらない宇宙空間に投げ出された藍は、上下左右すら分からず眩暈が起こる。


 「これは悪夢?」


 本当の自分が存在する場所が分からない。

 

 (何処まで夢でどれが現実か。現実が夢? 夢が現実? どちらが真実?)


 混乱する藍の分かる事は一つだけだった。


 (僕は誰にも必要とされていないんだ……)


 孤独が一気に襲うと、堪らなくなった藍は心の中から悲鳴が湧きおこる。


 「いやだ! こんなの嘘だ! 嘘だぁーーーーーーーーー! 」


 絶望が喉からほとばしった後、藍は目を大きく見開いたまま涙を静かに流し続ける。


 (一体…僕は何のために産まれて来たんだろう……)


 母親に疎まれ存在を否定された藍は生きる気力を失い、いっそう、このまま消えてしまいたくなる。


 (このまま死んでしまいたい……)


 それから意識は真っ暗な暗闇沈み込んで行くのを感じ全てを放棄する事にした。


 (あぁ……僕は少しでも愛されたかった……さようならお母さん……)


 藍は体を胎児のように丸めてそのまま眠りに就く。そのまま暗闇の底に堕ちて行くのだったが、指に嵌っていた金の指環が忽然と光だした。


 そして藍の体を包むように金色の光がフラッシュする。 闇が一瞬白い世界になったが、すぐさま光が収束すると藍の姿は無く、再び虚無の暗闇だけの世界が沈黙するのだった。





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