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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
25/38

龍王の出奔 一

 密かに龍王ルェイロンが王宮から姿を消して数日が経った頃。


 ルェイロンは人間の姿に身をやつし、ある商隊の護衛兵として紛れ込んでいた。その姿は、人間に多い髪を茶色に目を緑に変えて、龍気も消し去っただけ。どうせなら顔も変えた方が目立たないが、自分の容姿に対し無自覚。これでも普通の人間に化けたつもりなのだ。その為に、人間ではあり得ない秀麗な容姿は酷く人目を惹き、目立ってしまうのに気がつかないのであった。


 商隊は江州の大商人のモノ。江州は鉱山が多く鉱石や宝石の産出が盛んに行われtており、各州に輸出していた。ルェイロンが雇った大商人は、その特産物である宝石や、加工用の金や銀の高級な品物を扱っており、今回は隣の徐州への品。だが最近徐州の治安が悪くなり警備にも金を掛け腕の立つ傭兵を雇っていた。

 出奔した龍王は、以前ユンロンから聞いた税収を誤魔化している州に興味を覚え、暇つぶしに調べる事にし徐州に赴く事にしたのだ。先ずは隣の州の州境の街で徐州に向かう商隊を見つけ出し、神力を使い商人に暗示をかけ護衛兵とし雇わせ現在に至る。


 だがゾッとするほどの美貌は、商隊では浮きまくっている。誰もがルェイロンを遠巻きにして話し掛けない――と言うより、人を寄せ付けないオーラーを発して近付けなかった。よって孤立していたが、そんな事を気にする性分でもなく、ただ真面目に無言で指示された仕事をこなしていた。

 商隊の一向たちは、ルェイロンを初めは龍族ではないかと疑ていただったが、その様子を見て次第に人間だと信じ始める。なにし神である龍族が人間の命令に従うはずが無いのだから。


 商隊が徐州に入ると、極ありふれた田園地帯が広がり、麦が順調に育っているのが伺えた。農民の様子もこれと言って不審な動きは無かったが、日に立つにつれ通り過ぎる村と街の様相が酷くなて行くのをルェイロンは感じた。農作物は豊かだが農民たちはやせ細っており、野山を駆け巡る子供たちはおらず、皆一様に暗い目をしている。街では、市場には豊富な商品が並び客も多く活気もあるが、それに反し物乞いも多く貧富の激しさを物語っていた。


 そして徐州に入り三日目、急な雨で時間を取ってしまい大きな街に着くはずが予定が遅れてしまい、大きな森の中で仕方なく野営をする事になる。設営が終わると火を焚き簡単な夕食を済ました。何時もなら二人の見張り番で済ますが、十人いる護衛を二つに分け、交代で見張りをする事になった。不思議に思ったルェイロンは、理由を護衛隊長に尋ねると、初めて声をかけられた男は、ギョッとした様子だったが、普通に答えてくれる。 


 「ああ……この辺りは、はぐれの妖獣が頻繁に出没して、幾つもの商隊がやられてるんだ」


 妖獣の殆どは、隣国白虎国との国境に跨った広大な樹海――妖獣の森に居るのだが、時折はぐれの妖獣が他の森に住みつく事が多々あった。


 「妖獣は州軍の管轄のはず。何をしている」

 「それがー、州軍も動いて何度か討伐しようとしたらしいが、気配を察してか姿を現さんらしい」


 妖獣は一般の人間の手に負える相手では無く、州軍が駆逐していた。妖獣が絡むなら龍族が率いる軍隊が派遣される筈で、妖獣を見付けられないなどおかしな話。


 「成程…少し見回りをして来る」

 「なに!?」


 隊長は勝手な事するなと言いたかったが、あっという間に消え去ってしまたので、何も言えない。側に居た護衛仲間も吃驚した様子でルェイロンを見送った。


 「全く何を考えてるのか分からん」


 憮然と呟く隊長に他の護衛たちが質問を始める。


 「初めて声聞いたぜ。隊長はあいつが何者か知ってるんすか?」

 「名前がルェイとしか知らんが、只もんじゃねえな。どっかの龍族の庶子で、凄い手練れなのは分かるが、訳ありだろ」

 「龍族の血を引いてるのなら、あの雰囲気納得かも」

 「あいつの側にいるだけで、なんかゾッとするよな」

 「それに、あれだけ綺麗だと怖いぜ」


 本人が居ないのをいい事に、常日頃溜まっていた好奇心が吹き出した男たち。暫らくルェイロンの話題で商隊は盛り上がる。庶民が実際に、龍族に会える機会など殆どないのが実情。知識として龍族は神力を操り、身体能力が異常なほど高く長寿であり、殆どの者が美しい容姿をしているぐらいしか知られていない。

 しかも前龍王の悪行が、二百年以上経った今でも人間に浸透しており、畏怖の対象でしかなかった。


 もし龍族に会いたい場合は、軍人か官吏になり、それなりの地位に登るしかなかった。つまり、ほんの一握りの人間しか会う事が適わないのだ。




 飛び出したルェイロンは商隊から離れ、森の中を気配を消し走り回る。だが、一向に妖獣の気配がせず、上空に舞い上がり真っ暗な森を見下ろして妖獣の気配を探る。しかし全く感じないので、不審に思っていると、その代わりに二十人位の人の集団を見つけるのだった。その集団は商隊では無く、明らかに武装した盗賊で、この者達が妖獣の仕業と見せかけ襲っているのだろうとルェイロンは考えた。


 しかし、役人が調査すれば、妖獣と人の仕業かは一目瞭然のはず。つまり黙認しているか、実際に手を染めているかのどちらか。中央が腐っていれば、その末端に毒も回るのは当り前の事だ。


 しかしルェイロンは、今は何もしかけずに野営地に戻ってしまった。商隊はホロ馬車が二台と護衛が乗る馬十頭で構成されており、馬車を挟んで焚火を燃やし見張り番の五人以外は既に寝てしまたようだ。


 「何かあったか?」


 隊長が恐る恐る聞いてくる。


 「いや」


 下手に襲撃を知られ警戒して盗賊が襲って来ないのを恐れ、ルェイロンは知らせない事にする。

 そのまま一人で馬車の近くに腰をおろし、そのまま寝る振りをするのだった。

 一時が経ち、人が此方に忍び寄る気配を感じ目を開けると、隊長が剣を手に取り仲間に目線を送り、傍に寝ている者を揺すり警戒を呼び掛けていた。

 殺気を感じると同時に、盗賊が一斉に襲ってきたが、護衛達も一斉に応戦を始める。しかし盗賊達は剣の腕は素人に毛が生えた程度の烏合の衆、武器も大鎌やクワで、人数は多いが力の差が歴然だ。戦いは、あっという間に片が付いてしまう。


 そして戦意を失った盗賊の数人が逃げて行った。


 「後を追う。朝まで戻らなければ先に行け」


 ルェイロンは盗賊が逃げて行く方向見てから、隊長にそう言い残して後を追うが、背後から「ほっておけ」と隊長が声を掛けたが無視する。直ぐに追いついた盗賊たちは、土地勘があるのか闇の森を迷う事もなく走り抜けた。そして逃げ込んだ場所は、呆れた事に最後に通った村。多分、商隊が通れば物色して襲っていたのだ。

 残党が入って行ったのは村の中でも大きな家で、唯一明かりの灯った村長の家だった。


 ルェイロンは窓から家の中を伺うと、ロウソクの暗い灯りの中で、粗末な服を着て誰もが痩せこけた十二人の老人と怪我を負った男三人が話し合っていた。


 「長、殆どの者がやられちまった……俺らこれからどうすりゃいいんだ……」

 「明日には役人どもが税を取りに来る。村にはもう何もない…」

 「もうお終いだ。働き手の男はほとんど切られちまった」

 「……」


 誰もかれもが悲愴な面持ちで黙り込む。


 長と呼ばれた白いひげをたくわえた深い皺を刻んだ老人は、深いため息をついた後に、他の者達に重い口で語り始める。


 「遅かれ早かれ、いずれこうなったんじゃ……自分らが生きる為に他人の命を奪ってきたのが間違っておった。今度はわし等の番が来ただけ…せめて最後に役人どもに一矢報いるまでだ。その前に隣の州に女子供を逃がす時間を稼ぐんじゃ」


 本来は籍のある州を勝手に抜けるのは重罪で、他州に移っても浮浪者になるしかなく、籍を持たないモノは職を得るのも難しい。だが女子供なら家に迎い入れられ、人並みに生活を送る可能性があった。


 ルェイロンは、それらの会話から村のかなり切迫した状況が読み取れた。

 部屋に集まる男達がむせび泣き陰鬱な中、ルェイロンは粗末な戸を打ち破り家に入る。

 突然入って来た男に、村人たちは驚いた。


 「おっおっおめえはー!!さっきの」


 逃げ帰った男たちは、恐怖で慄いていたが、一人だけ落ち着いた様子の村長が口を開く。


 「わし等を殺す為に後を付けて来たのか……だが明日になればあんたの手を煩わせずとも村は滅びる」


 それでも殺るのかとルェイロンに問いかける。


 「いや…お前らに用は無い。だが経緯には興味がある…話せ」

 「奇特なお方じゃ。いいでしょう。聞いて下され」


 村長の話によると、二十年ほど前から、ここら一帯を治める豪族の世襲の時に、継いだ豪主が強欲な者だった為に、不当な税を課せられ、じわじわと農民を苦しめていった。最近では各村が順番に商隊を襲い物品を納めろと指示を出す始末。以前に、この州を治める知事に直訴をしようとしたが、多額の賄賂を握らされているので、反対にその者が処刑されてしまい、誰も逆らえない。税を規定通り納めない村は、見せしめに全員が殺されるのだ。


 最近では近隣の村が幾つか消えたが、どこからともなく人が運ばれ、そこに住み付き、土地を耕しているが、皆痩せて食べるのがやっとの生活で次々と死んでいく。そしてまた新しい人間が消耗品のように補充されて行く繰り返しだった。


 そして、この村は明日が税の取り立ての期日で、正に風前の灯。


 「お見受けしたところ、貴方様は龍族様でありませんか? もしそうならば、この哀れな人間をどうかお助け下さいませ!」


 村長が跪き哀願すると、村人達も一斉に跪き次々と助けて欲しいと懇願し、床に額を付いてルェイロンの言葉を待った。しかし一向に反応を返さないのに痺れを切らした村長が、顔を上げるとそこには誰もいないので驚く。


 「あのお方は何処へ?!」


 村長は粗末な部屋を見渡すが村人しかいなかった。

 唯一の救いだった相手が忽然と消えてしまい、村人たちの僅かな希望は無残にも打ち砕かれて茫然とする。


 もしかしてあの恐ろしい程に美しい青年は、村人達が見た儚い夢なのだろうかと思い始めるのだった。


 諦めるのになれた村人達は絶望に浸る時間も無く、今は女子供を逃がすべく用意を急がねばならなかった。村人たちは、のろのろと立ち上がる。夜が明ける前に家族を逃がす為に各自の家へと歩き出すしかないのだった。





 翌朝、豪族の屋敷は血の海と化していた中で、生き残ったのは、攫われてきた少女や奴隷として集めたれた近隣の村人達だけであった。

 屋敷に取り残された多数の死体の中に一つだけ首が切られ、屋敷の玄関先に置かれていた。それは豪主の首で、額に箸によって留められていた紙が貼られていた。


 《 この者と同じ所業を繰り返せば、同じ運命を辿るだろう 》


 知らせを受けた近くの駐屯していた州兵が、その紙の最後に龍王印が押されたのを見て腰を抜かさんばかりに驚き、ひれ伏すのだった。






 ルェイロンが、まだ夜が明けない野営地に戻ると、盗賊達の死体は既に埋められた後で、見張りの二人の男以外は、睡眠を取っていた。無言で近付くが、見張りはビクッとしただけで声は掛けてこず、そのまま隊長が寝ている側に腰を下ろす。

 すると寝ていた隊長がルェイロンに気が付き声を掛けてきた。


 「ご苦労だったな。アジトを潰してきたのか?」

 「いや。だが盗賊もあれだけ痛手を受ければ当分現れ無いだろう」

 「それじゃあ、お前は何しに出かけたんだ?」


 隊長は訝しげにルェイロンを寝たまま見上げると、成程と納得したようにニヤリと笑う。


 「この色男。近くの村に夜這いだな~ 羨ましいぜ!この野郎」


 勝手に勘違いしてニヤついている隊長を無視し、ルェイロンは仮眠を取るべく横になる。――が、それに構わずどんな女だとか下世話な事を話しかけてくるのを無視続けると、流石にあきらめて漸く黙り寝り、自分も少しだけ寝る事にした。




 それ以来、何故か隊長にたびたび話しかけられるようになる。ルェイロンは返事をせず無視するので、どちらかと言えば独り言に近いのだが、本人は気にしてないようだ。

 他の商隊の者達は、それを遠巻きにして見るだけで、ルェイロンに近付く者は隊長以外は誰一人いなかった。これが普通の反応で隊長が稀な存在だ。


 隊長は三十代の巨漢で、フェンロンより大きく恰幅がいい。そして顎に髭を生やし粗野な感じだが、下の者に気を配る面倒見のいい男で、皆に好かれていた。


 その内に、ルェイロンは自分を恐れず、何の下心もなく近付く初めて人間に興味を持ち名を尋ねる。


 「俺はトウジュだ。確か初対面で名乗ったはずだぞ」


 気を悪くした様子では無かった。


 「そうか」


 どうも人の顔と名前を覚えるのが苦手だたルェイロンは、興味のない者は聞き流すのが常だ。もしかすると人間の名前を憶えるのはトウジュが初めてかも知れなかった。

 それから州都に向う道すがら、馬を並べてトウジュから色々と話を聞くようになってしまう。

 道中通り過ぎる街には、浮浪者や孤児が大勢うろつき、街の人間の表情も暗く荒んだ色が強い。街の治安を守る州軍の兵士達も、昼間から酒を飲み職務を全うしている風には見えなかった。


 「徐州は、かなり荒れているな」

 「まあな。前の州知事様は龍族では珍しい程の人格者だっだが、後を継いだ息子の方は、正反対の正に最悪な龍族らしい龍族様だからな」

 「成程」


 記憶を辿り、徐州の州知事を思い出そうとすると、銀髪の聡明そうな老人のを思い起す。年に一度の新年の儀に参賀する姿は清廉としており名をソジュンロン――ユンロンも目を掛けていたのを憶えていた。

 しかし息子の方はとんと思い出せない。興味のない者には記憶に残らないので仕方が無いだろう。

 今の話や、この州の状態を考えれば、碌な龍族ではなく、前王の時代の劣悪な龍族を踏襲している。

 どうやら父親が素晴らしくても、その息子にその血は引き継がれなかったようだ。

 ならば自分はどうなのだろうとルェイロンはフッと考えた。


 最も唾棄すべき存在である――あの男を父とは呼べないほど憎んでいた。


 (アレの血を引いているかと思うと、この身を呪いたくなってしまう。そしてあの男の血を残さないのが母の望み。余はあの者とは違う) 


 結局似ようが似てまいが、どちらにしろ血の繋がりなどくだらないと思うしかないのだった。



 


 商隊との十三日ほどの旅も明日で目的の州都に入り、ルェイロンと商隊の契約はそこで終わりであった。

 その夜は見張り番として隊長のトウジュと二人で酒を酌み交わす。


 「明日で州都に入るが、お前はそこまでの契約なんだろう? それから先は如何するんだ」

 「別段決めていない」

 「やっぱり州都に来た目的は歓楽街か? あそこは凄いからな~。ありとあらゆる快楽が金で得られると有名だ。俺は女房一筋だが、他の奴らは稼いだ金で、遊び倒す算段だ。それで身を落とす奴が大勢いる。それに黒い噂もあるから気を付けろよ。しかし今日の若い奴らが浮き足だっていただろう~、頭の中は女の事で一杯だ!」


 ガッハッハッハーと笑いながら酒をあおり飲み干す。


 「黒い噂とは何だ」


 ルェイロンが訊くと、隊長は気を良くして話しだす。


 「州都の大歓楽街を後ろで動かしているのが、この州を治める州知事様で、何でも自分の為に近隣や他州からも金で買った女を集めている。 そして気に入った若い綺麗な娘は自分が頂き、飽きたら花街で春を売らせて稼いでるらしい。結構えげつない事をやらしたり、使えない女は、地下で奴隷として売っているらしいぜ。しかも、うちの州の腹黒い知事様が聖人君子に見えるくらい税は高いし、悪行非道を尽くしてるらしいぞ」

「他州なのに詳しいな。そんなに世間一般に噂されているのか」


 隊長は苦虫を潰した顔になり小声で話す。


 「以前に一度だけ、女達を運ぶ仕事を受けおっちまたんだ。俺も最初は只の荷を運ぶと思ってたんだが、荷台を見れば、若い女達が縄でくくられ、馬車に詰められていて泣いてやがるんだ。そいつら闇商人でよ、話を聞けば隣の州の花街に納められる女達で、今さら断ると、こちもヤバそうなんでキッチリ運んだがよ……酒の時その商人から少し話を聞きだしたんだ。女の大半は一年と持たず、次々と女の注文が後を絶たず儲かると笑ってやがった。しかも花街の売上の半分は州知事の懐に入るらしい…全く後味の悪い仕事だったぜ…」

 「俺に話して大丈夫なのか」


 隊長はニヤリと笑い


 「お前友達少なさそうだし、喋る相手もいなさそうだからな」

 「………」


 トウジュは再び、ガッハッハッハーと笑うが、ルェイロンは不快には感じなかった。

 それから酔い潰れたトウジュを放置し、一人酒を飲み続けた。


 これまで通って来た村や街の人々の顔は何処となく疲弊し、物価も他州に比べ高いらしい。

 作物の実りは悪くないよだが、農民達は一様に痩せており、街の人間より更に表情が暗かった。

 どうやら徐州の州知事は、かなりの額を自分の懐に入れているのは明らかだ。他州も正直に税収を国庫に納めているとは思わないが、この徐州は目を瞑るには、度が過ぎている。


 各州には王宮から派遣された官僚もおり、秘密裏に不正を探る巡監察御史が派遣されている筈だが、全く機能していない。恐らく州知事に抱き込まれているのだ。


 (前王の時代の甘い汁を再び味わいたいと欲望に負けたのであろう)


 人間にとって250年は、何世代も前の過去だが、龍族にとっては1世代、もしくは現存の者が居るのだ。今の龍王ルェイロンの治世は、その龍族たちにとって、息苦しく不満が募っていたが、絶大な力を誇る龍王に異を唱えれる者はいなかった。

 しかし、そろそろ綻びが見えてきたようだとルェイロンは皮肉気に唇の端を上げる。


 「まだまだ龍族の手綱を緩めるのは早いらしい……見せしめが必要のようだ」


 そう忌々しげに呟き、そのまま酒を飲み続けながら寝ずに夜を明かすのだった。




 翌日、州都に着くとルェイロンは直ぐ商隊を離れる事にする。そのまま黙って消えようと思ったが、何故か無意識に隊長に声を掛けてしまった。普段のルェイロンなら有り得ない行動だ。 


 「もう、行っちまうのか。もし江州に来る事があれば瑠寛の家を訪ねて来い!俺のかみさんの旨い飯食わしてやるからな」

 「気が向いたらな」


 護衛の報酬の金子を受け取り、商隊を後にする。


 「絶対来いよー!」


 隊長はルェイロンの姿が見えなくなるまで手を振っていた。


 (変わった男だ。余にここまで話しかける人間などいなかった)


 もう二度と会う事は無いだろうが、もう一度縁があるなら酒を飲むのも一興だろうと思ってしまい、自分自信驚くのだった。






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