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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
24/38

ユンロンの不遇

――龍王執務室


 出奔した筈の龍王が机で各州からあげられた報告書を読みふける中、横には丞相のユンロンが監視するように立っていた。そして、その顔に浮かぶ表情は何時も以上に険しく、こめかみに青筋が立っている。


「良いですか、あなたは只黙って座っているだけで良いのです。先程の様に朝議で無用に発言などお願いしておりません」


 苛立った声で龍王に意見するが、どこか内容がおかしい。


 「でも~座っているばかりでは、退屈でしかたがありませんわ」


 しかも姿形と声は龍王ルェイロンであるのに、女性の口調に、不満そうな表情を浮かべていた。普段は表情筋が存在しないかのよう無表情なので、あり得ない龍王の姿。もしこの場に誰かが居合わせたら確実に魂を抜かれた状態になるだろう。


 だがユンロンは一向に気にしていない。


 「今後は一切話さず、座っているだけで結構です!」

 「おー怖い~。優しく接してくれないとファン様に言い付けますわよ」

 「どうぞご自由に。私は部屋に戻りますが、大人しくしていて下さい」


 ユンロンは冷たい眼差しで龍王を見据えて、低い声で言い捨てる。、


 「はい。心得ております~」


 クスクスとルェイロンに化けた侍女が人を小ばかにしたように笑う。

 そう――この龍王は替え玉で、ファンニュロンの侍女の一人だった。


 その笑い声を忌々しく聞きながら、怒りを抑えてユンロンは部屋を後にする。

 廊下を歩きながらユンロンは、王宮から姿を消した龍王に悪態をつきたいのを我慢していたが、侍女との遣り取りで更に神経が焼き切れそう。


 「私はこの怒りを何処にぶつければいいんでしょうね」


 ぶつけるべき正当な相手の龍王は、三日前から突然姿を消してしまった。

 ここ最近は無かったが、数十年に一度はふらりと何処かに消え、数日で戻る事を繰り返してた。始めは何時もの気まぐれだろうと思っていたのだが、一,二日なら龍王不在は誤魔化せると考えていた。だが予想を裏切り龍王は帰って来ない。流石に三日辺りから周囲も不審がるので、小府の長官ファンニュロンから侍女を借り受け、ルェイロンに化けて貰っていた。だが助かる半面、一癖二癖もある女性達なので扱いずらくユンロンでさえ手を焼く。


 その上に龍王の仕事まで圧し掛かり、何故自分ばかりが苦労を背負ってしまうのかと不満が鬱積するばかりだった。戻って来たら、今度は自分が長期休暇を申請して自分の苦労を味わって貰おうかと考えるが、とても龍王が懲りるとは思えず不毛。


 自分の執務室の前に来ると八つ当たり気味に扉を開けたが、室内にいるはずのない人物を見て、思いいきり扉をバタンと閉め直す。


 「何故フェンロンが?! 仕事のし過ぎで幻覚でしょうか…」


 廊下で思わず呟いてしまう。幻覚を確認するために改めて扉を開く。


 「よっ!」


 幻覚が能天気な声を上げた。

 どうやら本物のフェンロンだ。

 しかも片手を上げて、図々しくもユンロンの椅子に座っている様子を改めて確認すると、これまでに溜まった鬱憤がフェンロン目掛けて一気に溢れだす。


 ユンロンは、あり得ない早さでフェンロンとの距離を詰めると、身の危険を感じたフェンロンが素早く横に飛びのき避ける。次々繰り出すユンロンの攻撃を余裕でかわすフェンロンだが直ぐに壁に追い詰めらててしまた。


 「大人しく殴られなさい……」

 「嫌だ!」


 何時もなら殴られるフェンロンも理由もなく殴られるのは許容できず、きっぱり拒否した。

 しかし言葉と裏腹に、蛇に睨まれたカエルのように体は動かない。幼少の頃から培われた恐怖がそうさせていた。


 そして遠慮なくユンロンは鉄拳を振り下ろす。


 ガッツーーーン!!と見事にフェンロンの顔面に拳が食い込んで、後の壁にめり込んだ。


 普通の龍族でも即死だが相手はフェンロン。頑丈だけが取り柄の男で、ユンロンがただ一人思いっきり傷めつけても大丈夫な男だった。それにこれまで散々面倒を掛けられている相手なので、偶には自分のはけ口になっても罰は当たらないはずだと考えたのだ。



 「貴方でも、偶には役に立ちますね」



 ユンロンは美しく微笑む。フェンロンで憂さ晴らしをしたので、少し気が晴れた様子。

 そして壁にめり込んだままの従兄に優しく声を掛ける。


 「貴方が私の部屋を訪ねるとは珍しいですね。何か用ですか?」


 普段から余程の事が無ければ、自らユンロンには近寄ろうともしない男なので尋ねる。

 一方のフェンロンは、とても答えられる状態では無く、痛みに耐えて凌ぐしか無かった。






 暫く動けなかったフェンロンが漸く自力で壁から顔を引き剥がすと、壁が崩れてポッカリと穴が開く。よろよろと体をふら付かせて長椅子に座り込むと、倍に腫れあがった左頬を痛そうに押さえながら文句を言う。


 「うっ…、俺の秀麗な顔が崩れたら如何してくれるんだ……」

 「貴方に泣かされる女性が減って、世の為ですよ」

 「……」


 反論するだけ、自分への被害が大きくなるので止めておくフェンロン。


 「それで、何しに来たのですか? 私に殴られに来たのなら、喜んで歓待しましょう」

 「手紙を届けに来ただけだ!、いきなり攻撃してくるとは鬼か!!」

 「っ! アオイ様の返事ですか!」


 淡い期待を寄せていた返信に、部屋が一瞬明るく感じるほどユンロンは嬉々とする。

 しかしその途端にフェンロンの方は顔を青ざめさせた。そして懐から手紙を取り出しユンロンの前に叩きつけると、脱兎のごとく扉に駆け寄る。


 「手紙は確かに届けたからな。返事はいらないそうだ」


 そう捨て台詞を投げ捨てて、突風のように姿を消すのを、ユンロンは唖然として見送った。


 「まるで悪ガキそのものですね…一体何時になったら将軍らしく落ち着きが出るのでしょうか」


 はぁ…っと溜息をつきつつ手もとの手紙を見る。あの態度から期待した手紙では無とわかる。意気消沈しながら手紙を取り上げ中を確かめる。


 「オウロンからの……だから逃げたのですね」


 矢張りと落胆してしまうが、何が書かれているか読み始める。


 内容は藍に送った真珠の髪留めと髪紐の礼状であったが、最後に、贈物は今後一切しないで欲しい事と、手紙は年に一度のやり取りを願う内容だった。しかも藍の様子は一行も書かれていなかった。

 読み終わると手紙は瞬時に凍り、ユンロンが握りつぶすとまるで塵が舞うように砕けていく。


 「オウロンも私とアオイ様の邪魔をするか……」


 オウロンの立場を考えれば当然の処置。それどころか年に1回の手紙を許すなど甘いとも言える。理解できるが、やるせない怒りがユンロンの体を震わせた。

 不遇の境遇にある藍を慰めたく、せめて頻繁に手紙のやり取りが出来ればと思っていた。だが甘い希望が夢のように散ってしまた。


 ユンロンは、力無く椅子に座る。


 諸悪の根源である龍王を殺せるなら今すぐその首を打ちとりたい気分になって来た。


 (だが陛下の命を奪えば、アオイ様の命も潰え、しかも我が身に玉座までついてくる)


 龍王と同様に玉座など望んでいないユンロン。しかも、あの絶望に満ちた青龍国を救ってくれたレェイロンに、反逆の意志など到底持てない。


 藍への禁忌の想いを捨てれれば問題は無くなる――分かっているが、想いは募るばかりだった。



 (諸悪の根源は全て陛下にあるのだ。あの方が、確りアオもイ様を受け止めていれば諦められた。そうならば私も此処まで苦しまずに済んだのだ)


 結局は龍王が悪いと結論付けるしかなかった。



 「陛下…戻ってきたら覚悟して下さいね……馬車馬の様に働いて貰いますから」


 ユンロンは暗い瞳を光らせ、ふっふっふっふっ……と低く笑うのであった。



 そんな振る舞いが、龍王ルェイロンを逃避行に追い立てている事に、気付かないのか、気付いているのかは、本人しか分からないのだった。






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